野外コンサート直前!
つ、ついに・・・・・・来てしまいました!
そう、本番です!
午後の部が始まるので、わたしはギターを抱えて、建ち並ぶ校舎から離れた野外ホールに向かった。
学院の敷地内に林立する校舎から校庭を挟んで、野外ホールは森の木々に囲まれた中にある。
大きな石舞台にテントのように厚手の布製の屋根が付けられた簡素なものだけど、扇状に広がった席は学院の生徒全員が座れるだけの広さがあって、今日みたいに晴れた日は周囲の木々の木漏れ日がちょうどいい陰を作っていて、座っているだけでも気持ちよさそうに見えた。
――夏場のお昼寝によさそうだなぁ。
なんて思いつつ、ホールの右横に集まっている人たちに近づいて行く。出演する子たちが集まっているのだ。中に見知った顔を見つけたわたしは声をかけた。
「アンバー!」
アンバーは同じ年ぐらいの女の子と話していたのを切り上げて、笑顔で振り向いた。
「パール! 遅かったのね」
アンバーは栗色の髪を今日は二つに結って、黄色いリボンで飾っていた。水色の制服の胸元にも同じ黄色くて大きなリボンを結んでいる。それに袖口から白いひらひらのレースが覗いていて、いつも可愛いけど、今日はおしゃれしているからか、さらに可愛く見えた。
隣にいた女の子にも挨拶をする。
「こんにちは、カニエ」
カニエとは放課後の練習で何度か顔を合わせたことがあったので、よく知っていた。アンバーの侍女で、下級二年生だ。アラゴンと一緒にいるミシェルのように、アンバーの世話役として側にいるらしい。
――八才らしいけど、正直、わたしよりしっかりしてるよね。
カニエはアンバーの寮での生活も、学校での支援もすべてこなしつつ、自分の学業も完璧にこなしていて、あらゆる教科で成績は常にトップだというから驚きだ。
濡れたような肩までの黒髪に、晴れた空のような青い瞳をしていて、ちょっとエキゾチックな容貌をしている。あまり表情に出ないのか、いつも涼しげでおしとやかそうなんだけど、怒らせたら怖そう・・・。
「ごきげんよう、パールさん」
カニエはわたしを見上げて言った。
「もうみなさん、登録を済ませてますよ。あそこで出演順と曲の確認ができます」
カニエが指差した方をわたしは見た。
子供たちが列を作って、出席簿みたいなファイルを手にした女の子の前に並んでいる。
「ありがとう、カニエ」
わたしはギターをよっこらせと抱え直すと、午後の野外コンサートの実行委員の子に近づいて行った。
出演者リストを見ながら、中学生ぐらいの女の子がさくさくとみんなの出演順と曲を確認していく。
すぐにわたしの番になって、わたしは名前を告げた。
「えっと、パール・ブラックストーンさんね」
青い制服の女の子がリストの紙をめくりながら、首をかしげた。
「おかしいわね」
「えっ?」
「あなた、ギターを持ってるみたいだけど、今日の演奏は歌で登録されているわよ?」
「・・・・・・歌?」
「ええっと、曲名は書かれていないから、今教えてもらわないといけないわね」
女の子は鉛筆を手に、リストから顔を上げ、わたしを見下ろした。
でも、わたしは目をぱちくりさせて、ただ見返す。
「あ、あの・・・わたし、ギターで登録していると思うんですけど・・・」
今度は女の子が目をぱちぱちさせた。
「あら、どういうことかしら?」
女の子はまたリストを見て、それから首をかしげて口をゆがませた。
「いえ、やっぱり歌になってるわ」
言いながら、今度は出演者リストと重ねて持っていた今日の演目が書かれた午後の部のパンフレットを取り出し、中を確認する。
「ほら、見て」
女の子がわたしの方にパンフレットを向けてきた。
「ここよ。午後の部の野外コンサート、パール・ブラックストーンさんでしょう。ギターじゃなくて歌って書いてあるもの」
わたしはパンフレットを見て、思わず「えっ!?」と呟いた。
だって、わたしの持っているパンフレットにはギターって書いてあったはず。
「ああ、わかったわ」
女の子は何かに気づいたらしく、微笑んだ。
「生徒用のパンフレットは一週間前に刷ったものなの。これは来客用のパンフレットで、三日前に刷り上がったから、その間にギターから歌に登録し直したんじゃないかしら?」
「あ、あの・・・わたし、登録し直したりなんかしてませんけど・・・」
「そうなの? でも、ギターで出演する子の枠はもう埋まってるのよ」
女の子はリストを再度、わたしに見せた。今度は表になっている出演順の書かれたリストだ。
時間配分とか、貴族の位によって順番が決まっているらしい。
ギター、ハープ、歌、踊りと分けられていて、わたしは歌で登録している子たちの中の最後尾になっていた。
「ギターの最後に入れてもらえませんか?」
わたしが懇願すると、女の子は困った顔になった。
「そうね、そうしてあげたいのは山々だけど・・・パンフレット通りにやらないと、上流貴族の方々も観に来られているでしょう。勝手に順番を変えたら、どう思われるか・・・。それに、わたしにはそんな権限もないし。登録し直すなら委員長に言ってもらわないと・・・」
「そんなぁ」
思わず、ギターをぎゅっと抱える。
「そこをなんとか! わたし、歌なんて歌えません! それにがんばってギターの練習をしてきたんです!」
「だからわたしに言われても・・・」
わたしが委員の女の子にギターの最後に入れてくれるだけでいいから、と頼んでいると、後ろからカニエが服の裾を掴んできた。
「パールさん、その方に言っても無駄なようですよ」
振り返ったわたしは、登録の順番待ちをしている数人の子たちが、困った顔でこっちを見ているのに気づいた。
わたしのせいで、後ろが詰まっている。
渋々、わたしは女の子の前から退いて、カニエに連れられ、その場を離れた。
「大丈夫、パール?」
アンバーが心配そうに声をかけてくれる。
「ううん、大丈夫じゃない」
わたしはしょげた顔で言った。
「どうしよう、わたし、歌で登録されてるって・・・」
アンバーとカニエは顔を見合わせ、気の毒そうにわたしを見た。
「でも、一体どういうことでしょうね? 新しいパンフレットにするときに間違えたのか、それとも誰かが登録し直したのか」
カニエが言い、アンバーが首をかしげた。
「すでにあるパンフレットを少し直しただけのはずよ。間違えるなんてことあるかしら?」
わたしは理由なんてどうでもよかった。とにかく、ギターで出演できなきゃ、何の意味もない。一週間の練習が水の泡になるどころか、練習に付き合ってくれたアンバーやアラゴン、ジェダイドにも申し訳がない。
それに何より、歌で出演することになっているなんて、どうすればいいのか。
――人前で歌なんて歌えないよ・・・。
わたしが茫然としていると、アンバーが袖をくいくいと引っ張った。
「ねえ、パール。委員長を探して、ギターで出演させてもらいましょう」
アンバーはすたすたと女の子の方へ歩いて行き、何かを訊いて戻ってきた。
その表情がなぜだか暗い。
「アンバー、どうだった? 委員長は誰? 今、どこにいるって?」
わたしが矢継ぎ早に訊ねると、アンバーは言いにくそうに答えた。
「パール、あのね・・・・・・実行委員長は、その・・・プラムねえさまらしいの」
「・・・・・・」
聞いた直後、頭の中が壊れたパソコンみたいにフリーズした。
――プラムねえさま・・・・・・。
プラム・ラヴァーシュタインのあれやこれやの嫌がらせの話が浮かんでくる。
――まさか、これってプラムさんの仕組んだこととか・・・言わないよね・・・。
さすがに恐ろしすぎて、口にできない。
わたしが黙って、硬直していると、カニエがさらっと言った。
「プラムさんなら、もうしばらくしたら来られると思います。ここへ来る前、食堂のカフェテリアでお茶をしながら、他の方に午後のコンサートの話をしてらっしゃいましたから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アンバーもわたしもカニエを見た。
――この状況でも涼しげな表情だなぁ。
冷静なカニエの顔って見ていると落ち着く。
わたしはがんばって気を取り直した。
「と、とにかく、それじゃあわたし、プラムさんに頼んでみる・・・」
プラム・ラヴァーシュタインが仕組んだことなら無駄だろうけど、そうじゃなかったら、きっとギターに登録し直して、出演できるようにしてくれるはずだ。
あまり希望は持てないけど・・・・・・。
わたしの沈痛な表情を前に、アンバーは眉を寄せ、そっと腕を擦ってくれた。




