プラムとギター2
「ありがとうございます!」
さっとギターに手を伸ばす。
そんなわたしに、プラムはギターを渡してくれた。
ずっしりとした重さ、硬い弦となめらかなマホガニーの感触に、わたしは感極まって、ぶるっと身震いした。
「さあ、どうぞ、パール。でも、忘れていないわよね、さっき言ったこと。貸してあげる代わりに、わたしのお願いを一つ聞いてもらうわよ」
「もちろんです!」
よく考えもしないで素早く返答したわたしだけど、プラムの「お願い」という言葉がちょっと頭の隅に引っかかった。
でも、このときはそれを訊ねるよりも、ギターを弾いてみたくて、弦に触れるのが先になってしまった。
硬い弦を指ではじく。
ビ~~ン という振動音が響いて、わたしは目を閉じてその音に聴きいった。
「ああ~これよ、これ。最高! 音階はどうなってるのかな? 同じかな?」
空いている丸椅子に座り、膝にギターを置いて、弦の位置を上から下へ移動しながら弾いてみる。
「ふむふむ。やっぱり音階は同じだ。これなら3オクターブ出るわ」
ぐふ、ぐふふふふ、と気持ちの悪い笑いがもれてくる。
それにしてもギターが大きい。十才のパールの身体だと、大人用ギターはサイズが大きすぎて、顔が本体に隠れてしまう。
「むむ・・・」
目いっぱい手を伸ばさないと、ギターの首の部分の上の方にも届かないし、左側の弦にも手が・・・・・・。
「あああッッ!! と、届かない~~ッ!!」
すべての音を鳴らすのはこの身体では難しいみたい。
「そんなぁぁぁぁ!」
悲痛な叫びを上げながらも、決してあきらめずに、ぬいぐるみのようにギターを抱き込み――もとい、ギターに張りつき――ポロンポロンと音を鳴らすのをやめないわたし。
「あああ、時間! 時間が必要!! 楽譜がない!」
とりとめもないことをわめき散らしながら、音を確かめていく。
持ち方を試行錯誤し、右ひざに寄せて斜めに持つことにした。
一番左の弦だけで、ミファソラシドレミ と1オクターブ鳴らすことができた。
これは開放弦といって、弦をどこも押さえずに、ただ右手の指ではじいたときに出る音だ。
左手の指でネックの部分の弦を押さえながら、右手でその弦をはじくと、また違った音が出る。
だけど、本当にパールって手が小さい。指が開かない。これじゃあ、速い曲なんて絶対に弾けっこない。
ただ、ギターの良いところでもあるんだけど、別の弦でも同じ音が出せる。これはピアノでは無理だけど、まったく同じ高さの同じ音が隣の弦をはじいても出るのだ。
――指使いでフォローすれば、なんとかなる・・・・・・かなぁ。
ううん、と唸りながら、ああだこうだとギターを触り続ける。
すると、教室の入り口から突然、声が聞こえた。
「パールッ!!」
背筋がぴんと立つほど、大きな怒鳴り声だった。
思わずギターから顔を上げ、戸口を見たわたしは青ざめた。
「ジェ・・・ジェダイド・・・さん・・・」
なぜか「さん」付けになるわたし。
ジェダイドは教室の入り口に突っ立ったまま、仁王像のように凄んでいる。
無言でゆっくりと手を振り、わたしにこっちへ来いと告げているけど怖すぎる。
――ま、また怒ってるよぉ。
あんなに長く怒り続けることができる人も珍しいんじゃないかと思ってしまう。
わたしは椅子から立ち上がり、ギターをプラムに渡した。
「すみません、ちょっと・・・・・・」
また戻って来て触らせてもらう気まんまんだけど、とにかくジェダイドの怒りを鎮めてこなきゃ、と戸口の方へ行こうとすると、プラムが言った。
「待ってちょうだい、パール」
振り返ったわたしに、プラムが微笑む。
「さっきのお願い、まだ言ってなかったでしょう」
「お願い?」
「そうよ。ほら、これよ」
プラムは左手を上げて見せた。
左手の親指に包帯が巻いてある。
「あ! す、すみません。怪我してらしたんですね。わたし、気づかなくて・・・・・・」
「あら、さっき話したじゃないの」
プラムはくすくす笑い出す。
わたしはギターに夢中で、彼女の話を何も聞いていなかったことがバレてしまい恐縮する。
「あのね、パール。じゃあ、もう一度言うわね。わたしのお願いって言うのは、怪我をしたわたしの代わりに来週のオーブフェスタにあなたに出てもらいたいのよ」
「えっ?」
わたしが目をぱちくりさせたと同時に、いつの間にか教室に入って来ていたジェダイドが真後ろで叫んだ。
「そんなのダメに決まってるでしょう!」
ジェダイドを見て、プラムはにこっと笑った。けど、なんだか目が怖い。冷たい微笑みだ。
「あなたに言っていないわ、ジェダイド。これはわたしとパールの約束なのよ」
「そんなのは無効ですよ。こいつは記憶喪失で、右も左もわからない状態なんですよ。人前に出るなんて、こいつの家名に傷をつけたいんですか?」
「まあ!」
プラムは大げさに驚いた。大きく目を開き、わたしとジェダイドを交互に見つめる。
「そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさい、パール。そうよね、もしオーブフェスタで失敗してしまったら、あなたの家名・・・・・・そう、ブラックストーン家に恥をかかせることになるものね」
そこでプラムは悲しそうに顔を伏せた。
「でも、わたしも本当に困っているの。このギターはお父様にウィズダムで特別に作ってもらったものなの。それなのに怪我で出場できないなんてことになったら、お父様が悲しむわ。せめてわたしの代わりに誰かがこのギターを弾いてくれたらって思っただけなのよ」
プラムはわたしを見上げた。
「パールは音楽が好きそうだから、ついお願いしてしまったんだけど・・・。そうね、迷惑なことを言ってしまったわね。ごめんね、パール」
プラムは瞳をうるませて、うつむいた。
こういうとき、美人が悲しい顔をしていると、同調してしまうのはなぜなんだろう。
わたしは気の毒になって、ジェダイドを振り返った。どうしたらいいか聞こうと思ったのだ。
でも、後ろにいたジェダイドは口をとがらせ、オーブフェスタなんてこいつには無理に決まってるだろって顔をしていた。
「あの、プラムさん」
わたしはやさしく声をかけた。
「実はわたし、ギターはそんなに練習したことがないんです。だから、人前に立って弾けるかどうかわからないんです」
「ええ、そうよね。本当にもう気にしないで、パール」
プラムがうなずく。
わたしは首を横に振った。
「いえ、だから今から練習することになるし、簡単な曲だけになってしまいますけど、それでもよかったら、わたしオーブフェスタに出場します」
「えっ!?」
「お、おい!?」
プラムとジェダイドがまったく同じ表情でわたしを見た。珍獣でも見つけたような顔だ。
「本当にいいの、パール!?」
「バカ、おまえ、何安請け合いしてんだ!」
言ってることは正反対だけど・・・・・・。
わたしは右手を拳にして、ぐっと上げてみせた。
「まだ一週間あるし、最悪、単音で一曲ってことになるかもしれないけど、やらないで後悔するよりやって後悔だよ!」
毎年ピアノの発表会に出ていたから、人前で弾くのには慣れている方だと思う。それに、失敗して音をはずしたって死ぬわけじゃないって、発表会のたびにママが言っていた。わたしもそう思う。
子供の頃は、緊張して頭が真っ白になって、弾き始めの音からわからなくなってしまったときもあった。それでも、とりあえずなんとかなったし、観客っていっても採点されるわけじゃない。ただ楽しみたくて、聴きに来てくれる人たちだ。
十才のパールのギターがたとえヘタクソでも、野次を飛ばしたりする人なんていないと思う。多分だけど・・・。
「大丈夫! いっぱい練習するから!」
わたしが笑顔で断言すると、プラムはぱちぱちぱちと笑顔で拍手をし、ジェダイドは大きな大きな溜め息をついた。
――ふふふふ、これでギターはしばらくの間、わたしの物だあああぁぁぁぁぁっ!!
なんて不届きなことを思っちゃったのはわたしだけの秘密だけど・・・。




