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ミシェルの呼び笛

 結局、わたしは一限目に遅刻してしまい、キャベッタ先生に大目玉をくらってしまった。

 三日分の歴史の暗記問題を出され、トホホなところに、バカにしたようなリア・コーラルとそのお供のくすくす笑い。それにジェダイドに呆れた目で見られ、しょんぼりと席についた。

 休憩時間になると、わたしの席に友人のサフィーとルビーがやって来た。

「ついに遅刻したわね、パール。クリスティーヌに怒られるわよ」

 赤毛のポニーテールのルビーに言われ、わたしは苦虫を噛んだような顔になる。

「もしかしてまた遅くまで起きていたの?」

 群青色の三つ編みのサフィーにも言われてしまう。

「う、うん。ちょっと本を読んでて・・・」

「しょうがないわねぇ」

 言うことをきかない子供を見るような目をサフィーがしたので、わたしはちょっとママのことを思い出してしまった。

 元の世界では、目覚まし時計をかけていたし、それでも起きられなかったらママが起こしてくれた。

 けど、この世界ではそんな時計はないし、ママもいない。

 クリスティーヌがいてくれるけど、今日は朗読会でいなかったし。

 わたしは溜め息をつきながら、スカートのポケットに手を突っ込み、石の感触に気づいた。

 取り出して、机の上に置いてみる。

「あれ? これって呼び笛?」

 ルビーが言い、サフィーも首をかしげる。

「そうみたいだけど、木製じゃないわね。石だわ」

 サフィーが手に取り、呼び笛を観察する。

「これって手作りみたいよ。器用ねぇ」

 隣から覗きこんで見ていたルビーが目を丸くした。

「穴の数が多くない? 本当に呼び笛なの?」

 わたしは不思議がっている二人に言った。

「それ、さっきミシェルさんにもらったの。あ、ミシェルさんって言うのは――」

 説明しようとした途端、ルビーが叫んだ。

「ミシェルって、ミシェル・ダザンのこと!?」

「嘘でしょ!?」

 なぜかおしとやかなサフィーまで口をあんぐりと開けて驚いている。

「ええっと、多分そのミシェルさんだと思うけど・・・」

 ルビーとサフィーは顔を見合わせ、それから不思議そうにしているわたしを揃って見下ろした。

「パール、これ、黒薔薇(くろばら)の従者様にもらったの?」

「黒薔薇の従者様?」

 わたしの脳裏に、昔の少女マンガで読んだ紫の薔薇の人が浮かぶ。ヒロインの少女に正体を隠して、こっそり紫の薔薇を送って励ます男の人のことだ。

 わたしは眉を寄せて訊ねた。

「それ、ミシェルさんのこと?」

「そうよ!」

 ルビーが満面の笑みでうなずいた。

 確かに黒髪に黒い瞳だけど、黒薔薇の従者様って・・・・・・。

 ちょっと大仰すぎるあだ名じゃなかろうか。

 困惑しているわたしに気づかず、ルビーとサフィーはきゃっきゃと騒いでいる。

「うわぁ! いいなぁっ!!」

「じゃあこれ、黒薔薇の従者様の手作りだよね!? すごぉい!」

 きゃあきゃあと沸き始めた二人に、わたしは引き気味だ。

 ――な、何これ・・・・・・。

 ――このテンション、でもどこかで・・・・・・。

 わたしは、ハッとした。中学高校と教室で女子がきゃあきゃあ言っているとき、そこにはアイドル雑誌があった。あのテンションと同じものを感じる。

「えっと・・・・・・ミシェルさんの手作りかどうかは知らないよ。ただ、もらっただけで」

「絶対そうだよ!」

「ミシェル・ダザンと言えば、アラゴン殿下のお抱え従士だもんね」

 ルビーとサフィーの妙なハイテンションは置いといて、わたしは彼女たちの言葉に注目した。

「アラゴン殿下?」

 すっごく違和感がある。アラゴンさんって、なんというか、一緒に大鷲に乗ったときに思ったんだけど、王族の人って言うよりも近所に住む陽気で調子のいいお兄ちゃんって感じ。ミシェルさんの方がよっぽど殿下っぽい。

「もう! パールってば何もかも忘れちゃったのね」

 腰に手を当て、サフィーが言った。

「あのね、ミシェル・ダザンはアラゴン殿下の身の回りの世話をしているんだけど、とっても器用で細工物を作ったりするのが得意なのよ」

「へぇ」

「だから、これはきっとミシェル・ダザンの手作りの笛だと思うよ。普通の呼び笛は木製で、指孔もこんなにたくさん開いてないの」

 サフィーの説明にわたしはふんふんとうなずく。

「ね、ちょっと吹いてみてよ!」

 ルビーに言われ、わたしは呼び笛を受け取った。

 そのとき、背中にチクッ刺すような痛みが走って、思わず振り返る。

 すると、リア・コーラルとそのお供二人がわたしを呪い殺すような目で睨んでいた。

 ――ひ、ひえぇぇぇぇぇ・・・・・・。

 しかも、しかめ面のジェダイドまでこっちに寄って来る。

 近づいてきたジェダイドは、わたしが持っている白い呼び笛をぐいっと横からむしり取った。

「これ、ミシェルの手作りだな」

 いけ好かなそうに、そう呟く。

「どうしたんだ、これ?」

 ジェダイドに聞かれて、わたしは渋々答えた。

「だから、ミシェルさんにもらったんだよ」

「なんで?」

「なんでって・・・・・・全部話すと長くなるし・・・」

 暗に面倒だから話すのが嫌だとほのめかすと、ジェダイドはじろりと見下ろしてきた。

「ミシェルは自分の作った物を人にやったりしないぜ。あいつ、ケチ(・・)だからな!」

 ケチの部分がやけに大声だったのは気のせいかな?

「遅刻したくせに、ミシェルにこんなものもらってたのか?」

 どうしても理由が知りたいらしい。

 わたしは大きく息をつき、今朝のことを話した。

 すると、ジェダイドの顔色が変わった。

「お、おまえ、おばけ道を通ったのか!? アホじゃないのか!?」

「おばけ道・・・・・・」

 そういう名称があったのかぁ、なんて感心している時じゃないよね。うん。だってジェダイドの顔、目が吊り上がってる。クリスティーヌも怖いけど、ジェダイドも怒ると暴言吐くし、こう言っちゃなんだけど、殴られるんじゃないかってぐらい怒りのオーラがすさまじくて怖い。

「あの、でも、おばけはいなかっ――「当たり前だろッ!!」

 ジェダイドが大声で怒鳴ったので、一瞬教室がシンと静まり返った。

 ――あああ、すっごく注目されてるから、やめてぇ!

 それでなくてもわたしって記憶喪失ってことで目立ってるのに、これ以上目立ちたくないよ。

「おばけが出るからおばけ道じゃねぇんだよ、このノータリンッ!! あの道は痴漢が・・・っ」

 そこでジェダイドは、急にぐっと息を詰まらせたように口を閉ざし、言い直した。

「だ、だからだな、あの道はおばけみたいに怖いヤツが出るからだな・・・・・・おまえみたいに危機感のカケラもない頭に花が咲いてるようなバカは通っちゃダメなんだぞ!」

 怒っているせいか、ジェダイドの顔は真っ赤になっている。

 頭に花が咲いているのがわたしなら、ジェダイドの頭は活火山じゃない。なんて思ってしまった。

 でも、どうやらわたしのことを心配して怒っているみたいなので、素直に聞いておく。

「ご、ごめんなさい。つい、うっかり。遅刻したくなかったから」

「遅刻したくないなら、早起きしろ! おまえは冬眠中の熊か!」

「しゅ、しゅみません」

 もっともなご意見で、思わずもごもごと謝る。

 ジェダイドは鼻息も荒く怒り猛っていたけど、そのあまりの勢いにルビーとサフィーも固まっていた。

 さっきから二人とも一言も発していない。

「じゃあ、ミシェルが下まで連れて来てくれたのか?」

「そうなの」

 わたしはうなずいた。

「あと、異国の歌を歌わないように忠告もしてもらったの」

「・・・・・・ハ?」

「だから、みんなの前であまり聞き慣れない歌は歌わない方がいいよって言われて」

 わたしの言葉に、ジェダイドの顔がぐにゃりとゆがむ。

「ま、まさかおまえ、あの歌を歌ったのか? ミシェルの前で?」

「あの歌?」

「だから、あの・・・ちゅっ ちゅっ って歌だよ!」

 ちゅっの部分が今度はすっごく小声だ。

「えっと、その歌じゃ――」

 わたしの言葉をさえぎって、ジェダイドは再び大声で言った。

「バッカ、おまえ! おれの前以外では歌うなって言っただろうがッ!!」

 ジェダイドの声は、静まり返った教室に響き渡った。もしかしたら、廊下にまで聞こえていたかもしれない。

 わたしはジェダイドに怒鳴りつけられ、突風にあおられたように、のけ反って目をつぶってしまう。

 ――絶対、顔にツバがかかってるよぉ。

 ごしごしと服の袖で顔を拭いておく。

 目を開けると、なぜかジェダイドはうつむいていた。でも、顔はさらに真っ赤になっている。

「い、今のはそういう意味じゃねぇぞ」

 と、ぶつぶつ呟いているけど、多分、わたしにしか聞こえていない。

「お、おまえがハレンチな歌を歌ったら、みんなが迷惑するからな」

 わたしは首を横に振った。

「あの、ジェダイド、わたしそんないつもハレンチな歌を歌ってるわけじゃ――」

「ほんっと、おまえバカだな!」

 わたしの言葉を最後まで聞かずに、ジェダイドは暴言を吐くと、まだ怒っているような素振りで、大股で廊下へ出て行ってしまった。

 残されたわたしに教室中の子供たちの視線が注がれる。

 同級生に怒鳴られ、はてには置いて行かれたわたしは注目の的だ。

 穴があったら、すぐさま入りたいぐらい恥ずかしかった。

 ――これって、理不尽な気がするんだけど・・・・・・。

 それにさっきから尋常じゃないほどの殺気も感じる。

 振り返って確かめるのが怖いので、やめておくけど、絶対にリアだ。

 ――あああ、墓穴を掘ってる気がするよぉ。

 ――助けて、クリスティーヌぅぅぅ。

 わたしは机にゴンッと音を立てて額を打ち付け、困ったときのクリスティーヌ頼みをした。もちろん何の効果もなかったけれど。


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