ジャスパー1
リアとマチルダの二人は、赤褐色のドラゴンを操って、わたしのいる野原に降りてきた。
二人のドラゴンは、ジャスパーという名前のオスのヤングドラゴンで、ステラより体が大きい。わたしは朝の厩舎掃除や餌やりでジャスパーのことは知っていた。
ジャスパーはちょっと困ったドラゴンで、ステラが人間にまったく興味を示さないのに対して、この子は人間にちょっかいを出すのが好きらしく、餌やりでは何度か鼻息をかけられて吹き飛ばされたことがある。
ただ、リアには従順なのか、今も彼女の命令通りにすんなり下降してきた。リアとマチルダが降りるために大きな体を屈めている。
二人が鐙のはしごを伝って降りてくると、わたしは困惑して思わず隣でまだ鼻をふぐふぐ鳴らしているステラを見た。
リアとマチルダに嫌味を言われるぐらいは我慢できるけど、もし何かされたらどうしようと思ったからだ。
――まぁ、取っ組み合いのケンカにはならないと思うけど、さ。
もしそうなっても、わたしは大人しくやられるつもりはない。これでも元の世界では今まで弟と本気のケンカをしてきた。叩き合い、蹴り合い、つねり合い、噛みつき合い、物の投げ合いなんてのはしょっちゅうだった。
――最近は高校生と中学生になったから、お互い手が出るようなケンカはしないけど、顔面蹴られて鼻血が止まらなくなったこともあるもんね。ちょっとぐらい取っ組み合ったって平気!
それに、わたしの側にはステラがいる。何かあったら助けて・・・くれると信じたい。
わたしはリアとマチルダを、来るなら来いという気持ちで睨みつけた。
リアはそんなわたしを冷ややかな目で睨み返し、いつもの斜に構えた態度で言った。
「パールもオリの町でおつかいなの?」
「・・・・・・うん」
警戒しながら頷くと、マチルダが周囲を見回した。
「ジェダイドがいないみたいだけど?」
「・・・・・・ジェダイドは・・・町に行ったの。わたしはステラを見てなきゃいけないから」
わたしはぼそぼそ言った。本当はステラを見ている必要なんてないし、ただのお留守番なんだけど、そう言うのはしゃくに障るから。
でも、リアはふふっと嘲笑した。
「もしかして、あなた、ドラゴン酔いで置いてかれたんじゃないの?」
ドラゴン酔いってのは、乗り物酔いみたいなもので、わたしがさっきなっていた状態そのものだ。
ドラゴンに乗ったせいで、三半規管がおかしくなって、目は回るし、吐き気はするし、頭は痛いし、という最低最悪な体調のこと。ついでにわたしはお尻も痛かったりする。
わたしは肯定するのが嫌だったので、つんと横を向いて言い返した。
「違うわ。ジェダイドがステラを置いていくのが心配だから、パールはここで見ててくれって言ったんだもん」
本来ドラゴンは賢い生き物なので、ここで待っていろと言われれば一頭だけで待っていることができる。逃げてしまったりもしない。魔法の首輪を付けられているので、すぐに追われて捕まることがわかっているのだ。
そっぽを向いていたわたしは、ふいに視線を感じてステラの方を見た。ステラが薄目を開けて、じとっと恨みがましい目でわたしを見ていた。わたしじゃなくあんたが置いてかれたんじゃない、って目をしている。
――ううう、ごめん、ステラ。でも、ちょっとぐらい見栄を張ったっていいじゃない!
リアはその間、わたしを疑ぐり深い目で見ていた。
「ふうん」
腕を組み、ふんぞり返ると、彼女は言った。
「じゃあ、ジェダイドは一人でオリの町へ行ったのね?」
「そうよ」
わたしは彼女を見ないように顔を背けたまま答えた。
「あなたたちのおつかいって何なの?」
リアが聞いてくる。
教える必要なんかなかったけど、黙っていたらずっと睨み合いになりそうなので、渋々わたしは答えた。
「ルンドール書店でチョークを受け取ってくるの」
「そう。じゃあ、わたしたちも町へ行きましょう、マチルダ」
リアに言われ、マチルダは驚いた顔をした。
「えっ? は、はい。でも、まだジャスパーに野原から出ないよう魔法をかけてませんけど?」
「いやね、マチルダったら。パールがここでドラゴンを見ていてくれるんだから、わたしたち、安心してジャスパーを置いていけるじゃない」
ふふっと笑いながら言うリアに、今度はわたしが驚いた。
「ちょ、ちょっと・・・・・・」
リアを引き止めようと声をかけたけど、彼女は御付きを従えて、野原を横切り、獣道に分け入っていく。
「一頭も二頭も同じことでしょう。パール、ジャスパーのこと頼んだわよ」
「そうよ、パール。ジャスパーのことちゃんと見といてよね!」
なぜかマチルダまで偉そうに言い、二人はすたすたと下り道を行ってしまった。
「な、なんでよぉ!!」
わたしは大声で反論した。
一頭も二頭も同じって、同じじゃない。ステラは無関心だけど、一応わたしを乗せてくれるぐらいには信頼し合っていると思う。けど、ジャスパーは餌やりのときに会うだけの、よく知らないドラゴンだ。
今、勝手にジャスパーが飛び立っても、わたしにはどうしようもできない。
わたしは慌てて、獣道の方へ走って行った。
「待ってよ、リア! マチルダ!」
だけど、さっきまでステラに乗って放心状態になっていたわたしは、足がもつれて転んでしまった。
雑草の上にぱたりと倒れて、おでこを打ち付けた。鼻じゃないところが悲しい。
うつ伏せのまま、わたしは両手足をばたばたさせた。
「もうっ!! もうもうもうっ!! なんでわたしがあんたたちのドラゴンまで見てなきゃならないのよ!」
わめきながら、手足を振り回していると、突然、ズシン! ズシン! と妙な地響きを感じた。
地面が揺れている。
顔だけ上げると、真横にリアたちのドラゴン、巨体のジャスパーが歩み寄っていた。
「ひ、ひえっ!」
焦げ茶色にも見える赤褐色の巨大な生き物に詰め寄られ、わたしは起き上がろうとしたけど、その前にジャスパーのでかい左の前足がずずいっと出てくる。
「ぐええッッ!?」
わたしの小さな背中にジャスパーの前足が ドンッ! と乗っかった。
「ううう、うえええぇぇぇぇぇ!!」
――潰れる! 身体がぺちゃんこに潰れる!!
声を出そうにも、背中から胸まで圧迫されて息を吸い込めない。
ジャスパーは金色の目を細め、面白そうにわたしを見下ろしている。
――退いてぇぇぇ!
わたしは視線でジャスパーに頼んだ。
けど、ジャスパーは足を退けない。
――し、死ぬ・・・・・・。
さらにジャスパーが、ぐぐっと力を込めてわたしの背中に体重をかける。
「あ・・・・・・ぐっ」
息どころか、肺が潰れそうで、わたしは呻き声も出せなくなった。
――だ、誰か・・・・・・助け、て・・・・・・。
目の前にチカチカ白い光が走る。
ジャスパーからすれば、猫がネズミにやるような気持ちなのかもしれないけど、さすがにもうじゃれてる範囲を超えてる。
わたしはそのままぐったりと全身の力を抜いた。




