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天国か地獄かわかりません

 もし、天国とか極楽みたいなものを信じているのなら、そのまま信じ続けるといいと思う。だって、そうじゃなきゃ、死んだら終わりなんてつまらない。

 わたしみたいな化学信奉者でも、それぐらいの不思議を信じる余地は残しておきたい。

 目が覚めて、最初に見えたのは真っ青な空だった。白い大きな雲が一つ、まるで我が物顔って感じで広い空を堂々と横切っていた。

 ――ヴァイオリンみたい。

 雲の形を見て、わたしはぼんやりとそう思った。ついで、すぐに視界の中に人の顔が飛び込んで来た。

 丸い顔、赤い頬、飛び出さんばかりに大きく開いた目。その目の色は翡翠のように鮮やかで透き通った緑色をしている。猫毛のようなふわふわの髪は栗色だ。十才ぐらいの少年だった。

「おい、大丈夫か!?」

 彼はわたしの顔を上から覗き込み、心配そうに目を瞬かせた。

「えっと、あの?」

「もしかして、脳天打ってパアになったのか?」

 ひどい言い様だ。わたしはさすがにムッとして、言い返した。

「どこもなんともないわ」

 そう、どこも悪いところはなさそうだった。ただ、なぜか地面に寝転がっているだけだ。

 そこでわたしは身体を起こしながら、はたと気づいた。

 ――あれ? ここ、どこ?

 目に映る景色が空から周囲の景色に移ると、困惑して辺りを見回す。少年の背後に広がっているのは、一面、鮮やかな緑が広がる野原だった。遠方に山の峰の連なりが見え、その足元にこんもりとした森が左右に伸びている。

 目をぱちくりさせ、わたしは右に左にと周囲を窺い、それから訊ねた。

「ここ、どこ?」

「ハァ?」

 少年が眉を寄せてわたしを睨みつける。

「ふざけてんじゃねぇよ。ほら、さっさと立て。どこも痛くないんだろ。心配して損した。いや、心配なんかしてないけど」

 少年はわたしの腕を掴むと強引に立ち上がらせた。確かに、どこも痛くない。でも、何かがおかしい。

「だからあんなに言ったのに、今日は騎乗実習だから気をつけろってさ。もうみんな行っちまったぜ」

 まだ少年はぶつくさ文句を言っている。けど、わたしは自分の服装に気づいて、さらに困惑の度を深めていた。だって、見たことも着た覚えもない服を身に着けているのだ。淡い水色のどこかの制服らしきベストと半ズボンに、白いシャツの襟元に紺色のリボンが巻いてある。しかも、あまり考えたくないが、目の前の少年と視線の位置が同じぐらいだ。

 ――いやいやいや、それはおかしいでしょう。

 わたしはふふっとなぜか笑ってしまった。少年が顔をしかめる。

「おい、何笑ってんだ? 本当にどうかしたのか? いや、いつものことか。さっさと行くぞ。おれまで教官に叱られるだろ」

 少年はわたしを強引に引っ張って連れて行こうとした。今まで背中を向けていた方角へ引っ張られ、振り返ったわたしはそれはもう、ぎょっとしたなんて言葉じゃ言い表せないぐらいぎょっとした。自分の身長の五倍はあるデカブツがそこに鎮座していたのだ。

 ――えっと・・・これは・・・・・・何!?

 灰色の小山のような巨体が、視界を覆う。わたしが知っている巨体生物、象よりも大きい。しかも哺乳類には見えなかった。

 ――あれってもしかして、翼?

 唖然としてわたしはその翼を生やした生物を見上げた。

 絵本や映画で観たことのあるような頭が付いている。爬虫類系のアレだ。体は硬そうな金属のように輝くもので覆われている。

 ――ウロコだよね、これ。

 つまり、そう。これはいわゆる・・・・・・。

「ドラゴン?」

 大声を上げて驚くという状況を超えると、人はちょっと冷静になるらしい。わたしはぽつりと呟いた。

 濃い灰色のドラゴンは、左目をわたしと少年に向けていた。黒いつぶらな瞳をしている。多分、いや、きっと優しい性格のドラゴンに違いない。そうであって欲しい。

 翼を折りたたみ、四つ足を曲げて野原におとなしく座っている。

 すると、少年がわたしの腕を引っ張って、そのドラゴンの脇腹の方へ連れて行った。背中から馬の鞍を大きくしたような物が垂れていて、足をかけるあぶみが付いていた。

「さっさと乗れよ。鈍くせぇなぁ」

 よく見ると、少年もわたしと同じような服装をしている。水色の制服姿。わたしはハッとした。

「ああ、わかった!」

 ぽんと手と手を合わせて微笑む。

「これ、夢だよね!」

 それですべて納得がいく。見知らぬ場所、見知らぬ格好、見知らぬ少年、そして当然だけど現実に存在するはずのない灰色のドラゴン。これが夢でなくて何なのだろうか。

 だが、少年は無情にもわたしのかわいいお尻を手ではたいた。

「いいからさっさと乗れ!」

 夢の中でも現実でも、男の子にそんなことをされたことは一度もない。わたしは飛び上がった。

「ちょっと、何するのよ!」

「グズグズすんなよ、パール。おまえが先に乗らなきゃ、おれも乗れないだろ。それとも、おまえ、ここに置いて行かれたいのか? 歩いて学院まで帰るんなら、そうすりゃいいけど、たどり着く前に狼か大鷹に喰われて骨になるだろうな」

 わたしはお尻を叩かれた衝撃もさることながら、少年を見返し、首を傾げた。

「パール? それ、わたしのこと?」

 少年もここにきて、わたしの態度がおかしいと感じたのか、首を傾げた。

「おまえ、まさか、本当にパッパラパーになったのか?」

「パッパラパーじゃないもん。そんなことより、女の子のお尻に触るなんて最低なんだから」

 少年がさらに眉を寄せる。

「おまえのケツなんて毎日触ってるだろ」

「えっ!?」

 毎日触ってる? そんな設定の夢なの、これ。

 なんだか、とんでもない夢みたい。

 わたしが再び、唖然としていると、少年が強引にドラゴンの方へわたしを押しやった。

「まぁいいや。おまえの頭がどうしようもない状態になってようと、おれには関係ない。とにかく、まずステラに乗ってくれ。今ならまだ昼に間に合う。これで昼飯まで食いっぱぐれたら、おれはおまえを一生恨むからな」

 昼飯ぐらいで大げさな。

 わたしはそれでも鐙に足を引っかけた。すると、少年がわたしのかわいいお尻にまたもや触ったのだ。

「ちょっと!」

「うるせぇよ」

 少年にお尻を押されて、身体がふわりと浮きあがる。

 ドラゴンの背に掛けられた鞍にわたしは慣れない仕草でなんとか登り、またがった。

「ったく、騎乗実習でドラゴンから落ちたヤツなんて、きっとおまえくらいだぜ。どんだけドン臭いんだよ。しかもケガもしてないし、丈夫すぎて引くっつうの」

 ぶつぶつ言いながらも、少年はわたしと違って、軽やかに鞍に乗ってきた。

 わたしの後ろにまたがり、ドラゴンの口から伸びている手綱を手に取る。

「おい、また落っこちたいのか? さっさとおまえも手綱を取れよ」

「あ、うん」

 わたしは何が何やらわからぬまま、垂れ下がっていた縄を持った。

 その直後、座っていた灰色のドラゴンがのっそりと起き上がり、背中が傾斜して後ろに転げていきそうになる。

「おい、バカ! 何やってんだ、バカ! おれにもたれかかるな! 自分で踏ん張れ!」

「そんなこと言ったって・・・」

「習っただろうが! 脚でちゃんとステラを挟むんだよ! この、バカ!」

 そんなにバカを連呼しなくてもいいと思う。

 でも、言われたとおりにわたしはドラゴンの背中を脚で挟み込もうとした。普通の馬なら、それでうまくいったのかもしれない。けど、背中が広すぎる! わたしは少年にもたれかかったままだった。

「クソ、しょうがねぇな」

 少年はドラゴンに声をかけた。

「ステラ、ゆっくりだ。上がったら、微速で学院まで戻るぞ」

 ドラゴンは人間の言葉を理解しているようなタイミングで、低くグルグルと声を出した。

 それからはもう、まさに目が回る状態になった。

 翼が広がって、一気に上昇、風圧につぐ風圧で、わたしは目を開けていられなくなり、少年の声も聞こえないし、必死に手綱らしき縄にしがみついていることしかできなかった。




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