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25 マスク・デ・侵入

暑くなってきました。

水分補給はこまめに摂ります。

元々は、昭和の高度経済成長期に建てられた巨大な繊維染色の化学工場跡地。


そこに川崎ダンジョンの入り口がある。



1986年にキリュウ・グローバル(株)の前身となる法人が発足した当時、この工場内に突如としてダンジョンが発生した。


従業員たちはすぐに避難し、死傷者を出すことがなかったのは奇跡的。


だが、あの頃は政府もまだ、ダンジョンの管理に関するノウハウを持っていなかったため、そのまま民間へ払い下げられ、なし崩し的に中小企業へ管理権が移った歴史の生き証人(負の遺産)でもある。


現在は、ひび割れたコンクリートの敷地を囲うように錆びついた高いフェンスが張り巡らされ、怪しげな私設ギルドの監視所がいくつも乱立している。


建物の外壁には色褪せた"立入禁止"の看板と、中小の管理会社が勝手に設置した『入場料:一回3,000円』という剥げかけたネオンが不気味に明滅している。


キリュウが管理する本社の近代的なダンジョンゲートとは似ても似つかない、違法な魔素の匂いと泥に塗れた文字通りの廃墟がそこにあった。





「さて……どうやって侵入するかだな。」



近くの駐車場に車を停め、遠目から乱立する監視所を睨みつける。


私設ギルドとは、個人事業主が管理運営するギルドで、謂わば自営業みたいなもの。


……と、そう言えば聞こえはいいが、そもそも彼らは国の審査を通らなかった、あるいは一悶着起こしてライセンスを剥奪されたようなワケありの野良シーカーや、海外からの密入国者が集まって形成された非公式の武装集団である。


三頭竜マネジメントのような中小管理会社は、キリュウのように高価な自動防衛システムや監査部門を維持する資本がない。


そのため、これらの私設ギルドに"入場料の割引"や"違法素材の買い取り"といった特権を与える代わりに、ダンジョン周辺の警備、あるいは汚れ仕事を委託するという持ちつ持たれつの関係を築いている。


あの監視所も、その持ちつ持たれつのひとつというわけだ。




「要するに、ここは犯罪者どもの掃き溜めってことでしょ?なら、さっさとぶっ飛ばして、川崎ダンジョンの中に行っちゃえばよくない?」


「焔ちゃんの言う通りですかね。あいつらを排除しないと、地下のサーバー(証拠)に辿り着けないし、潰すのが手っ取り早いかな。」



魔鎌を両肩に担いでしゃがんでいる焔が、冷徹な視線を監視所へ向ける。


凛子も日本刀を腰に佩き、同じく監視所を睨んでいる。


凛子が前のめりになって、安易に物事を判断するのは珍しい。


確かにポジティブな思考の持ち主だが、本来は冷静に物事を分析することに長けているはず……久々の現場で気持ちが昂っているのかもな。


だが、ことはそう簡単には運ばないんだよ。


何事も簡単にいかないのが、現実というものなのだ。



「本来はそうしたいところだが……それができない理由がある。」



俺がそう告げると、2人は頭に疑問符を浮かべた。



「今ここで私設ギルドを無理に叩き潰した場合、我が社が支払うべき『社会的・長期的コスト』が最大化するわけだ。総務部として、その脳筋な解決策は承認できないんだよ。」



手に持つバインダーを開くことなく、私設ギルドを力で強引に排除した際のリスクを、3つのコードに整理して彼女らに突きつける。



「まず一つは、炎上タイムラインへの"決定的なファクト"の投下だ。現在、ネットでは、"キリュウ・グローバルによる大企業の横暴・若者搾取"というフェイクニュースが炎上中。このタイミングで、我が社のトップシーカーである神代主任が、特区の中小ギルドを武力で壊滅させた場合、メディアはどう報じる?」



焔はよくわかっていないようだが、凛子は気づいた顔をする。



「明日の見出しは……『キリュウ、疑惑の隠蔽のために中小企業とシーカーを武力鎮圧』……」



その通りである。


奴らがの用意したシナリオに、これ以上ない完璧な証拠映像を自ら提供することになるわけだ。



「そして、二つ目。川崎ダンジョン特区は無法地帯だが、あの私設ギルドどもは、自分たちの食いぶち(利権)を守るために、皮肉にも深層からの魔物の逸脱を水際で食い止める"非公式の防波堤"として機能しているんだ。彼らを今ここで完全に無力化すれば、管理能力のない三頭竜マネジメントのシステムは即座に瓦解し、制御を失った魔素や魔物が埼玉一円へ流出する。」



これは、さすがの焔も理解できたようだ。


万が一にでもそんなことが起きれば、事後処理および被害の賠償コストを最終的に押し付けられるのは、国の委託を受けている我が社になるわけだ。


だが、そんなことを認めるわけにはいかない。


俺は改めて監視所を睨む。



「最後に、ここで派手に立ち回れば、地下に潜伏しているであろうドブネズミ共は、即座にサーバーのハードディスクを物理的に破壊し、資金を引き揚げてログを消去するだろうな。残されるのは、キリュウに壊滅させられた地元の被害者と、暴走したダンジョン、そして『やっぱりキリュウは悪だ』という世論だけ。そうなれば、奴らは一滴の血も流さず、株価暴落の果実だけを安全に回収することになる。」


「……チッ、めんどくさ」



焔は吐き捨てるように言う。


彼女ほどの天才でも、この"社会のルール"という名の不条理なバグには勝てないことを理解しているのだろう。


凛子もまた、悔しそうに唇を噛む。



「……つまり、表向きは"キリュウの介入"に見えないように、あいつらの防衛網を潜り抜けて、地下の本丸だけをピンポイントでデバッグしなきゃいけないってことですね。」


「その通りだ。だからこそ、元探索調査部・調査一課の隠密・情報収集スキルを持つ東條と、正面のノイズを一瞬で引き受けられる神代主任のデプロイ(配置)が必要不可欠なんだ。」



結論づけながら、俺はこれから使用する備品を準備し始める。



「先輩って……本当にどこまで先を読んでるんですか。」



その後ろで凛子が小さく何かを溢したが、俺は備品の準備をしていたため、それを聞き漏らしてしまう。


チラリと見えた焔が、凛子を見てなぜかムスッとしているのが気になるが……今はまず、潜入の準備が先だな。


俺は車のトランクを開け、総務部が管理する特注の『偽装身分証』と数枚の隠蔽スクロール、そして、100円均一ショップで購入しておいた安物のマスクを取り出した。


「搦め手で行く。表の野良シーカーたちには適当な偽の情報を掴ませて視線を逸らし、その隙に最短ルートで地下へ侵入する。侵入の際はこれを被ってくれ。今回侵入する経路の入り口は、昔壊滅した私設ギルド"マスク・ド・シーク(覆面探索士)"の残党が警備しているようだ。奴らのトレードマークはこの安物マスクだからな。」



取り出した偽造身分証とマスクを、凛子と焔に渡す。



「え……これ、まじで被んの……」



それらを受け取りつつ、焔は壮絶に嫌そうな表情を浮かべる。


反面、凛子は再び驚いた顔。



「先輩……どこまで先を……」



凛子はさっきとは少し違う表情を浮かべているが、2人を驚かせることができたなら、一応は満足かな。



「俺たちはすでに後手に回っている。しかも、定時退社という絶対的なデッドラインもある。ここからは1秒の猶予もない。準備ができたら、総務部の非公式デバッグ業務を開始するぞ。」



俺は2人にそう告げると、安物のマスクをしっかりと被った。





「おい……100m先の男子トイレに無数の魔物の反応があるぞ。」



いかつい顔をした男が、モニターを見て仲間の男に指示を出す。


その簡易センサー画面には、無数の赤い点が明滅しており、そこに魔物の存在を示している。



「骨ネズミの群れか……しかし、この数は……」



指示された男は、同じモニターを訝しげに見つめ、すぐに無線で反応の近くを巡回する仲間を呼ぶ。



「一階の男子トイレだ。見てこい。」


「ーーー了解。」



無線を閉じる音が聞こえた。


その数分後、トイレから大量の骨ネズミの群れが現れた。






「おい……!西側のトイレで骨ネズミの群れだってよ!」


「あぁ!?マジかよ!」



慌てたように飛び出してきたマスクの男が、別のマスクの男に声をかける。


声をかけられた男は、面倒臭そうに頭を掻いている。



「応援に来いって言われてるから向かってくれ!俺は他の奴らにも声を掛けに行く。」



その言葉に舌打ちすると、男は自分の得物を手に駆け出した。


その様子を見送り、残された男は小さく呟く。



「もういいぞ……」



すると、暗闇から同じようにマスクを被った2人が姿を現す。


1人はスカジャンでもう1人はビジネススーツと、マスクには似合わない服装で。



「東條、さすがだな。隠蔽スクロールの設置……お見事。」



そう言われて、ビジネススーツが誇らしげに笑い、スカジャンは少し不満げだ。



「私だって忍び込むことくらいできるのに……」



だが、マスクで表情は見えないので、俺はそれを上手く流す。



「まぁ、そう言うなよ。神代主任の活躍できる場所はこの先だろ?」



俺が指差した鉄格子の扉の先には、奥が見えないほど暗い階段が地下へと続いている。



「この裏口から、川崎ダンジョンへ侵入する。2人とも気を引き締めて行くぞ。」



焔も凛子もマスクを取り外して、不敵な笑みを浮かべた。


いい表情だな。


彼女たちとなら、今日も定時退社できそうだ。



「よし!行くぞ!」


「え……伊佐水さん、マスク取んないの?」



焔が唖然とした顔で俺を見ている。


凛子もなぜ外さないのかと言いたげな顔だ。


だが……



「……よし!行くぞ!」



俺は2人の言葉を気にすることなく、マスクをつけたまま、階段へと踏み出した。

マスクはどんなデザインがいいかと考えましたが、皆様の想像にまかせます。


今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!

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