48.
バートン男爵家の領地は、ダンジョン都市の隣にあった。
都市まで転移で飛んで、そこから馬車での移動となるのだが、一時間もあれば屋敷へと着いてしまう。
屋敷はダンジョン都市に近い場所にあり、領地は都市に向かって開けていた。
都市のように街全体を防壁で囲むようなことはされていない。
整地された道路、農地や酪農地は頑丈な柵で囲まれ、小型の魔獣は入って来られないように対策されている。
家々や店にも囲いがあり、庭や畑を囲いの中に作るのが主流となっていた。
ダンジョン都市が栄えるのと比例するように、こちらの町の人口も増え、店や家が増えていた。
ダンジョン都市は壁に囲まれている為安全で、冒険者も多い。
年々地価が上がり、家賃が上がっていることもあり、昔からの住民を除いて、一攫千金を夢見てやってくる初心者冒険者等ではなかなか定住は難しいのだった。
ゆえに、すぐ近くにあるこの町へとやって来て、拠点とする。
宿の数も年々増え、アパルトメントも増え、冒険者相手の商売以外にも、販路を拡大したい商人達もやって来て、急速に町は大きくなっていた。
東にダンジョン都市があり、西には森林がある。
東が栄え、西へ向かうに従って草原が広がるのだった。
まだ領主となって三年の名誉騎士の一家は、家族全員で馬に乗って視察に出ることにしており、管理人も同行していた。
管理人は王家直轄地であった頃からずっと勤めている男であった。
男爵家の三男であった男は学園を主席で卒業し、官僚となって順調に出世し、ダンジョン都市の隣の領地の管理、という名誉な職を与えられた。
放っておいても住民は増えていき、税収は右肩上がりで何の憂いもない。
何に金を使おうとも尽きる気配もなく、副官や部下はあれを作ろうこれを作ろうと湯水のように金を使うことを提案する。
だが管理人の男は堅実だった。
クソがつくほど真面目で頑固な男は、カジノやアリーナ等の大規模な建築物を作ることに難色を示した。
領主が住まう館を東北の丘に置き、中央には精霊教会を誘致し、教会と憩いの広場を中心に放射状に道を整備して、北には一般の住宅街を、東北には高級な住宅街を、東には自警団の本部と商店街を、南には宿屋やアパルトメントを、西には農業地や酪農地が広がるようにと基本設計をした。
基本が出来上がるまでにこつこつと続けて数十年が経過していたが、転移装置が我が国に設置されるという話を聞いてからは、とても順調に進んでいた。
管理人は王からお褒めの言葉を頂戴し、報償を頂いたこともある。
三年前、名誉騎士に領地として与えられると聞いてから、副官や部下達の動きが不審になった。
副官は若く上位貴族の出身で、部下達もまた管理人の男よりも上位の貴族家の出身であった。
直轄地であった頃には役人として最低限の仕事をするだけだった男達が、管理人を排除して自分達が成り代わろうと動き出したのだった。
事故に見せかけて殺されかけたこともある。
命の危険を感じたことは何度もあった。
名誉騎士に管理人が金を横領していると嘘を報告したり、自分達が虐げられていると被害者ぶったりもして、陥れようとされたこともある。
副官と部下の数人が結託しており、管理人に味方はいないと思われた。
ここまで領地の為に尽くしてきても、上位の貴族に排除されるのか、と覚悟を決めて名誉騎士と面談をしたが、名誉騎士は彼らの言い分が虚偽であることを知っていた。
それどころか、管理人の今までの仕事ぶりをいたく感動した様子で褒めてくれたのだった。
副官とその部下は排除され、ずいぶんと風通しの良くなった職場で、管理人は今も変わらず管理人として働いていた。
領地への貢献が素晴らしいとして給与も増えたし、今までと変わらず仕事をさせてくれる新しい領主へ、管理人は忠誠を誓っていた。
ダンジョン都市に比べればまだまだ小さな町であるが、このまま順調に行けば都市に迫る規模になれるはずだと管理人は信じており、名誉騎士にはずっとここの領主でいて欲しいと心から願っていた。
名誉騎士が領主になったことが知れ渡り、さらに冒険者や定住希望の住民が増えているのである。
この三年で急速に増えた住民に対応するのが目下の悩みとなっていた。
住居を用意するにも、一日二日でできるものではない。
今は冒険者には西に作ったキャンプ場に、テントを張って生活をしてもらうこともあった。
キャンプ場には浴場や食堂、売店や洗濯代行など、一通りの生活支援を行う総合旅館を建て、そこで宿泊もできるし、必要な施設だけを利用することもできるようにしている。
それは名誉騎士が領主となって最初に指示をした案件であった。
非常に上手く回っており、自前のテントを利用する冒険者は場所代は無料としたおかげで、大きな混乱もない。
むしろ施設を拡充しようかと話をしているくらいであり、初心者冒険者達はそこで野営の仕方を学んだり、冒険者同士で情報を交換したりと交流の場としているのだった。
最終的な目標は、町を囲む防壁を作ることである。
管理人が堅実な領地運営をしていたおかげで、資金は有り余っていた。
有効活用すべき、という意見はたくさんあったのだが、いつかは壁を作って住民の安全を守りたい、と管理人になった頃からずっと思っていた。
あまりにも大規模な工事になること、当時は直轄地であり、自分の意見を王家に奏上することも簡単ではなかった。いずれ機会が訪れた際には役立てて頂きたい、と長年かけて計画を温めていたのだった。
名誉騎士が領主になって一年目、すぐに領主は信頼に足る、素晴らしい人物であると管理人は思ったが、大規模な工事計画を打ち出すには時期尚早かと、喫緊の課題を片づけることを優先した。
二年目、キャンプ場が上手く回り始め、せっかく冒険者が多く居住しているのだから、仕事を斡旋してこの町でも働いてもらおう、と、見回りや森林周辺の魔獣駆除、自警団と共に街の見回りをしてもらい、治安の強化などを確立した。
そして三年目、ついに領地へと戻ってきた名誉騎士に、計画を打ち明けた。
反対されるかも、とは微塵も思っていなかった。
壁の重要性を名誉騎士が理解しないはずがない。
魔獣を全滅させることが不可能である以上、住民の安全を守るにはこれしかないのだということは、戦闘を生業としている者にとって共通の認識である。
分厚い書類を持ち、執務室に大きなボードを持ち込んで、必要性をプレゼンした。
名誉騎士だけでなく、夫人も、そして兄妹も一緒に話を聞いてくれた。
できるだけ簡潔にまとめたつもりでも一時間以上に及んだ熱弁に、男爵一家は誰も笑わなかったし、呆れもしなかった。
それどころか、感動したように頷いてくれたのだった。
「そう、私もそれをいつ君に言おうかと思っていたんだ」
と名誉騎士に言われ、管理人は目を瞠った。
「ダンジョン都市から一時間もあれば来られるこの町は、これからもっと栄えるわ。冒険者だけじゃない、一般の人達にも多く安全に住んでもらいたい。森林は大きいし魔獣の生息地だけれど、薬草や果物などの採集地でもある。いずれは町に冒険者ギルドの支部を置きたいの。この町から冒険者を始める人が現れてもいいと思うのよ」
夫人の言に、兄妹も頷いた。
「この町で受けられる依頼をまとめるギルドは必要ですね。機能するようになればもっと人は増える。犠牲を可能な限りなくす為にも、壁は必須ですね」
「外壁があって、各家にも囲いがある。貴族家だけでなく、平民の家にも囲いがある町並みは珍しいと思うの。庭や畑があるのも素敵だわ。囲いの文化は残しても面白いと思う。この町の特色になるもの」
「平民の家の敷地面積はどの町もそれほど変わらないけど、囲いを作る分だけ各家は狭い。でも縦に伸ばして三階建て、四階建てというのは他の町ではなかなかないね。一階部分に窓がある家が少ないというのも特徴だ。魔獣に入って来られないような工夫が凝らされている」
「うんうん」
「防壁ができれば建築様式も変化していくだろう。でも歴史は消えない。この町特有の新しい文化ができるかもしれない」
「そういうのも、楽しみよね」
「防壁を作るのも、専門業者だけでなく冒険者も雇えばいいですね。肉体労働は身体を鍛えるのにもちょうどいい」
四人はすっかりその気になっていた。
管理人が呆気に取られる程にあっさりと、長年温めてきた計画はほとんどそのまま、実行に移されることになった。
だが町の現状を確認しておく必要はあるとして、四人と管理人は視察へと赴いていた。
「中心部が美しいわ。町並みが統一されているし、道もわかりやすい」
「そうだね。冒険者の見回りも始まって、犯罪率は低下しているみたいだよ」
「中央広場の朝市はダンジョン都市でも話題になっているそうよ」
「子供の姿も多い。精霊教会から、子供達に字や計算を教える塾を開けないかと打診があった」
「素敵だわ。字が読めて計算ができれば商売もしやすいね」
「うん。王都ではすでに塾があるようだから、参考にしてみたらどうだろう」
「それがいいわね。子供達が仕事と勉強を両立しやすい環境作りが必要ね」
管理人は感動していた。
いつかは、と思っていた計画が、いくつも彼らの口から出てくるのだ。
「王都の塾の制度につきましては、すでに調査しております。後ほど報告書を提出させて頂きます」
「まぁ、仕事が速いわ。さすがね」
「ありがとうございます」
この町に、スラム街のようなものはない。
規模が大きくなってきてはいるが、職を失った者、あぶれた者は冒険者登録をして、キャンプ場に拠点を置き、薬草採集や町の見回りなど、できる仕事を回すようにしていた。公共施設の掃除や、街の美化活動など、資金が潤沢であるからこそ、できることも多い。
精霊教会も積極的に協力してくれており、精神的に傷を負った者のケアもしてくれていた。
もっと規模が大きくなればどうなるかはわからないが、今のところは上手く行っており、これも名誉騎士が領主になってくれてからだと実感していた。
名誉騎士が領地にいる間は、キャンプ場の広場を利用して名誉騎士自らが訓練をしてくれるということで、冒険者達はこぞって参加し、その強さに心酔している。
この領地に私兵はまだいないが、自警団がその役割を果たしつつあり、見所があって希望する者は契約を交わして私兵として行動しつつあった。
もともと自警団は、住民が自主的に町の見回りを行っていたご近所の集まり、であった。
だがいざという時には戦えない。
そこで自警団として活動していた者は冒険者や私兵と共に見回りをしながら、町のアドバイザーとして、情報を共有する方向へとシフトしていた。
報酬らしい報酬はない。
だが交流することで商売をしている者の店に、率先して買いに来てくれる。
それくらいのメリットであったが、特に不満は出ていなかった。
何かあった時に助けてもらうのだから、お互い様であったのだ。
名誉騎士という英雄がいるからこそ安心し、互いに気遣い、思いやる余裕も生まれるのだと管理人は知っていた。
いざという時、名誉騎士が必ず駆けつけ、守ってくれると信じているからだった。
町中を馬で移動する速度はゆっくりであり、道すがら多くの人に手を振られ、名誉騎士家族は大歓迎を受けていた。
護衛らしい護衛といえば、管理人と部下を守る為の冒険者がついているくらいであり、国の英雄二人が揃っているというのに驚く程小規模な視察であった。
気さくに手を振り返し、領主一家はキャンプ場へと向かっていく。
キャンプ場の旅館で一泊し、森林方面の防壁工事をどのように進めるかを決めるのが今回の主目的であった。
魔獣が出てくるのは森林奥地にある瘴気からであるので、まずは西から壁を巡らし、最終的に東で閉じる。
街道は東西南北に走っているため、門は道に合わせて設置する。
領地全体を巡らせるには相当な時間がかかると思われるが、次代へと領主が交代してもやり遂げたい事業であった。
森林の視察も完了し、業者を複数呼んで見積もりを取ることを決めて、屋敷へと戻る。
夫妻は屋敷でゆっくり過ごすということだったが、兄妹はダンジョン攻略へ行くと言って、毎日出かけるようになった。
馬で飛ばせば一時間もかからない。
二人は悠々と出かけていき、一泊して夕食に合わせて帰って来る。
次の日は戦利品の売却に出かけ、またその次の日は一泊して帰って来る。
その繰り返しだった。
名誉騎士はキャンプ場を行き来し、夫人は朝市に夫を伴って出かけ、屋敷に戻ってからは仕事をしたり、町を歩いたりと気ままに過ごす。
親戚付き合い等はなく、茶会に出かけることもない。
役場へも夫婦揃ってふらりと訪れ、町で買ったお菓子の差し入れをしてくれたりと、貴族らしくない貴族であった。
町の住民は、そんな彼らを慕っている。
管理人もまた、枠に囚われない彼らのあり方を好ましく思っていた。
この町をもっと住みやすく素晴らしい場所にしたいと、心から誓うのだった。




