47.
石造りの廊下を歩く。
音高く靴音を響かせながら地下への階段を下り、見張り室の前を通り過ぎた。
廊下の両側は鉄格子が並び、石壁を隔てて隣の部屋へと続くのだが、中には捕らえられたばかりの賊が一人ずつ入れられ、計十人いた。
留置所に入れられた当初はずっと出せだの騒いでいたが、食事を出され今は少し落ち着いていた。
中にはふて寝を決め込んでいる者もいる。
賊のリーダーの扉の前で立ち止まり、騎士団員が鍵を開けた。
中に入れば簡素なベッドに腰掛け壁を睨むようにしていた男がこちらを向く。
「ヘッ解放かい?」
人を舐めた態度で見上げた男の言葉に団員は答えない。
後ろを向き、身体をずらして人を通す。
入ってきた男は、執事服を着ていた。
「…はん?なんだ?俺様のお世話でもしてくれるってのか」
ギャハハ、と笑ってみせるが、男達はどちらも表情一つ動かさない。
部屋に入った執事服の男は鍵を開けた団員に礼を言い、団員は一礼して扉を閉めた。
鍵はかけず、背中を向けて扉の外で待機している。
賊は武器を取り上げられ、簡素な貫頭衣を着て壁と繋がる鎖によって片足を拘束されており、牢内は辛うじて移動できるが外には出られない。
だが両手は自由だった。
大人しく座ったまま、執事服の男の出方を待つ。
やがて男が口を開いた。
「誰から依頼されたか、教えて頂けませんか」
下らない質問に、賊は鼻で笑った。
「何だァ?騎士団を信用できないってか?ご主人様から命令されて、執事がわざわざ出向いてきたのか」
今度こそ大声で笑えば、聞いていた他の部屋の賊達も合わせて笑った。
「騎士団の取り調べに黙秘していると伺いました」
「当然だろ~?誰からも依頼なんてされちゃいねぇからなぁ」
「では何故あそこで待ち伏せしていたのですか?」
「知らねぇよ。貴族なら誰でも良かったんだ。身代金目当てだよ」
そうだそうだ、と別の部屋から野次が飛ぶ。
「なるほど、そうですか」
頷いて、執事服の男は一歩前に出る。
もう少し、と、賊は思った。
後一歩踏み込んで来たら殴り飛ばすことができる。
「ところでアンタ、執事なのか?」
「それ以外に見えるでしょうか?」
「いや、見えねぇけどよ。てことは襲おうとしてた坊ちゃん嬢ちゃん家の執事ってことか。いやマジで、何しに来たの?執事の仕事に取り調べも入ってんの?」
笑いながら言えば、執事は真面目に頷いた。
「はい。わたくしの仕事は主人の安寧の為に尽くすこと、と心得ております。一刻も早く自白して頂き、後顧の憂いを絶つ為に参りました」
「見上げた忠義だな…って言いたいとこだが、意味がわからねぇ。おいおい騎士団員さんよぉ!何でこんなオッサン入れてんだよ!頭おかしいんじゃねぇの!?」
前半は執事へ、後半は牢の向こうにいる団員に向かって叫ぶ。
仲間が別の部屋から囃し立て、「さっさとここを出せ」と大合唱だ。
執事を見れば、平然としていた。
「で?拷問でもすんの?」
執事は賊よりも年上で、体格も細身であった。
赤銅色の髪に灰色の瞳。
年齢は五十前後に見え、所々白髪が見える。
見たところ、武器らしきものもない。
負ける要素がなかった。
執事が再度、頷いた。
「話が早くて助かります。ご安心下さい。殺したりは致しません」
「ははっ!そりゃありがたいねぇ!!」
一歩、執事が前に出た瞬間、賊は低い姿勢を保ったままで執事へと近づき、拳を振り上げた。
一瞬後、地面を舐めていたのは賊の方だった。
「……ッ!?」
床に叩きつけられた顔全体が熱く、痛みと言うよりは違和感がひどかった。
目眩と吐き気、頭痛をこらえ、両手をついて顔を上げる。
口中いっぱいに溢れる水分に耐えられず、床に吐き出せばそれは真紅と白だった。
白は、己の歯であった。
何本あるのか、見た瞬間理解ができない数が折れていた。
「お…ぁ…ッ!?」
声を上げようとしたが、上手く発声できない。
だが空気が口の中を通った瞬間走った激痛に、絶叫を上げた。
今まで感じたこともない痛みであった。
床の上を転げ回るが、頭が床に触れただけで殴られたような痛みに身体が跳ねる。
両手で顔を庇おうとして、左側の視界が閉ざされていることを自覚した。
そっと左目に触れてみるが、左目どころか、左半分の形がおかしい。
指先が触れれば激痛でのたうちまわる。
じっとしていられず、かといって動けば痛む。
ひたすらに絶叫を上げる賊の男の異様な様子に、いつの間にか野次は止み、地下は静まり返っていた。
いつまでも痛みは引かず、かといって気を失うこともできない。
男はのたうち回る体力も失って、びくびくと身体を丸めるようにして痙攣を始めた。
肩に何かが触れる感覚があり、次いで痛みが消えた。
信じられず硬直し、恐る恐る指先で少し顔に触れてみる。
痛みはなかった。
顔の輪郭を辿ってみれば、元に戻っている。
「……な…、?」
そっと声を出しても、痛まない。
手をどけて室内を見渡すと、すぐそばに執事が立っていた。
「…な、何を…?」
執事が少し下がり、賊が起き上がるのを待つ。
賊はきょろきょろと怪訝に周囲を見渡し、転げ回った為に部屋中に散った血と、散らばった白い歯を見て呼吸が止まった。
己の身体を見下ろせば、身体中が血で汚れている。
「…ひっ…」
引きつった悲鳴が漏れ、無意識に執事を見上げていた。
視線の合った執事は軽く首を傾げ、頷く。
「夢でも幻でもありません。回復させました。痛みはもうないでしょう?」
「……ッ!?」
「死ぬ前に回復して差し上げますので、ご安心下さい。わたくし、元冒険者ですのでそのあたりの加減は心得ております」
「ひ…っ」
「目玉を抉り出しても、手足を切断しても、内臓を取り出しても、即死はしません。人は意外と丈夫にできているんですよ」
そして執事は、初めてにこりと微笑んだ。
「さて、誘拐をしようとしていた、というお話でしたね。詳しくお聞かせ頂けますか?」
執事が一歩近づき、賊は床を這って下がろうとするが、腰が抜けて動けなかった。
「ひ、…ひっ、や、やめ、」
執事が距離を詰め、男の右肩を掴んだ。
瞬間、骨が砕ける音と激痛が同時に走り、男は再度絶叫した。
「骨が砕けたぐらいでは死にません。大丈夫ですよ」
にこやかに笑う執事の手が、今度は左肩にかかる。
男は涙と鼻水を垂れ流しながら、命乞いをした。
「たす、たすけて、やめろぉぉおぉッ!!」
左肩が、砕かれた。
「殺さないと言っているのだから、死にません。大丈夫ですよ」
同じ言葉を繰り返す笑顔の執事に、心底男は恐怖した。
「ああぁ、があああ…っ」
床を転がることもできず、芋虫のようにばたばたと身体と足を動かすことしかできない男を見下ろして、執事は呟く。
「それで?誰に依頼されたんでしたっけ?ああ、誘拐しようとしていたんでしたね。次は両腿を砕きますね」
「はな、はなす、はなすぅううッ!!だから、やめ、やめ、やめろぉぉ…ッ!!」
声を限りの絶叫に、執事は手を止めた。
「そうなんですか?じゃぁ先に全て話して下さいね。回復はそれからですよ」
残念そうな顔をする執事に、男は知る限りのことを話したのだった。




