第23話 シスターと子供たち、オムライスを食す
「はい、ありがとうございます。ご注文のバニラアイスです」
「ダブルですね? いちごとバナナ。コーンでよろしいですか?」
「パンにはさむのでしたら、ハチミツや、チョコレートソースのトッピングもやってますよ」
「番号札でお待ちのお客様。教会スペシャル盛りができましたよー」
「いらっしゃいませー、アイスー、アイスはいかがですかー?」
サイファートの町の北西。
『青空市』が開かれている広場の一角に、子供たちの客寄せの声と、彼らが売っているアイスを求めてやってくる、お客さんの声が響いている。
神聖教会が、教会で養っている子供たちの手で、町中でのアイス販売を始めてから、大分時間が流れた。
そのアイス売りの光景は、もうすっかり、町の顔という感じで定着していた。
販売場所は、主に、ここ、『青空市』の定期スペースや、冒険者ギルドに併設された売店などだ。それに加えて、移動屋台を使って、大通りをぐるぐると巡り歩く子供たちが何組か、という感じだろうか。
今、『青空市』でお店を開いているのは、レンとアイシャのふたりだ。
どちらも、とある事情で、この町へとやってきた人間種の女の子である。
レンは、この町から遠く離れた西の山で。
アイシャは、ゲルドニアと呼ばれる竜の国の教会支部から。
それぞれ、この町のシスターでもある、カミュの手によって、サイファートの町へとやってきた。
今でこそ、笑顔を浮かべながら、お客さんの注文に、てきぱきとアイスを用意しては、手際よく対応しているふたりだが、それも、この町の存在が大きい。
神聖教会に身を寄せる立場の中でも、特に、子供たち、身寄りのない孤児などの受け入れに積極的なのは、このサイファートの町である。
まず、その手の事業の責任者でもある、カミュが赴任していること。
そして、同時に、発展中のこの町にとっても、働き者の人手、というのが常に求められているから、という大きなふたつの理由があって、教会の支部の中でも、特に、子供たちが多いのが、ここなのだ。
加えて言うなら、仕事などが多いだけではなく、食事に関しても、中央大陸でトップクラスの自給率を誇っているので、いざという時も食いっぱぐれることがない、というのも大きな理由のひとつではあるが。
「よう、ガキども、精が出るな」
「あっ、いらっしゃいませ、シスターカミュ」
「もうそんな時間でしたっけ?」
「ああ。今いる客がひと段落したら、いったん、店じまいな。昼飯の時間だよ」
お客さんに混じって、レンとアイシャに声をかけてきたのは、ひとりのシスターだ。
シスターカミュ。
背はふたりと同じくらいか、少し高め。
とはいえ、見た目は小柄で、長めの金髪で、童顔なので、シスター服を着ていないと、ちょっとふたりと同じような子供に見られるかもしれない。
だが、決定的に違う点がふたつ。
カミュが手に持っているお酒の入ったビンと、ほんのりと紅潮した酔いどれ顔。
この町の住人にとっては、すっかりおなじみの姿ではあるが、常に、お酒を飲んで酔っ払っている姿は、どこからどう見ても、神聖な教会に仕えるシスターとは思えない。
だが、それこそが、カミュという女性そのものなのだ。
見た目、子供が酔っぱらっているようにしか見えないので、あんまり、教育上はよろしくない存在であるのは間違いないのだが、こう見えて、このカミュ、教会の中でも、特殊な立場である、巡礼シスターのひとりなのだ。
巡礼シスターとは、通常のシスターとしてのお勤めとは別に、各地を巡って、各教会の支部のチェックなども行なっている存在だ。
そのため、権限は、普通のシスターよりも強く、定期的な教会本部への出頭の義務を果たす必要こそあるが、それなりに地位は高い。
カミュの場合、教会本部より、『孤児の引き取りの自由』の権限を持っている。
要するに、上に相談なしで、勝手に手を差し伸べていいですよ、というわけだ。
そのため、暇さえあれば、どこからともなく、子供たちを連れてくるというか。
レンやアイシャも、その中のひとり、ではある。
不良シスターを地で行ってはいるが、そういう意味で、子供たちからの信頼は高い存在だ。
「わかりました。もう少しだけ待ってくださいね」
「ああ、他のやつらへの声かけは終わってるからな。お客優先で、ゆっくりでいいぞ」
「はい」
「そういうわけですので、そろそろお店を閉めます。ご注文をご希望のお客様はどうぞお願いしまーす」
店じまいと聞いて、少し離れたところいた通行人も足を止めて、アイスの屋台へと並んでいく。
その行列を、これまた次々と対応して、アイスを売っていく、ふたりの少女の汗を流す姿を見ながら、少し離れた場所で笑みを浮かべるカミュ。
そんなシスターへと近づいてきたのは、ランニングにねじり鉢巻きの男性だ。
この『青空市』の管理人。
商業ギルドのマスターのボーマンである。
「はっはっは、今日も大繁盛だなあ。見ていて嬉しいだろう、カミュ?」
「まあ、今日は暑いからな。別に、あたしらにとっては、売れても売れなくても、どっちでもいいのさ。それも含めて、ガキどものためだ。どうすればいいか、自分たちで考えるのが大事だからな。失敗したら失敗したで、今後の糧になる」
儲かった分はきっちり還元してやるがな、とカミュがシニカルに笑う。
すでに、乳製品関連で、きっちり儲けは確保しているから、と。
「教会や孤児院の必要経費は、アイス以外で十分だ。まったく、ここまで稼げるようになるとは予想外だよ。ガキどもも増えたし、いっそ、居住区の増築でもしようかね?」
「そういえば、料理の方にも手を出したんだったな? おじさんもびっくりだぞ」
「小麦粉から麺類を作る下請けな。後は、もうそろそろ独り立ちって感じのガキどもが、オサムとかから料理を習ってるってとこだな。ほら、新しい麺類……ラーメンだったか? あっちの方にも人をやりたいって話だよ」
今までも、孤児院から独り立ちする前に、料理の修行を始めるケースはあったが、特に最近はその傾向が強いのだ。
どうも、他の教会支部からも、この町の孤児院……というか、教会は、料理人育成機関のようなイメージを持たれている気がする。
そう、カミュが苦笑する。
「ふむ、良い話だなあ。おじさんも、今の立場でなければ、積極的にからみたいくらいだぞ」
「やめとけやめとけ。欲を出すと追い出されるぞ? あたしらも、そこまで、儲けを狙ってるわけじゃないしな」
「はっはっは、もちろん冗談だとも。おじさんもこの町が好きだからなあ。どういう形であれ、少しずつ大きくなっていくのを見るのは楽しいぞ。それに……」
「アイスのおかげで、青空市もお客が増えて潤うってんだろ?」
「その通りだ。よくわかったなあ」
「そりゃ、会うたびに何回同じこと聞かされたと思ってる」
やれやれ、と肩をすくめながら、手に持った酒瓶から、お酒を一飲みして。
アイス屋台の仕事が終わるのをゆっくり眺めるカミュなのだった。
「おかえりなさい。シスターカミュたちが最後ですよ」
レンとアイシャ、そしてカミュが教会へと戻ると、シスターのカウベルが出迎えてくれた。
もうすでに、他の子供たちやシスターは、食事の用意を整えて、席についている。
というか、よく見るとすでに食べ始めている子たちもいるようだ。
「遅くなりました、シスターカウベル」
「アイスの売れ行きが好調で、なかなかお店を閉められなかったんです」
「まあ、それはそれでいいことだよな。てか、今日はずいぶんといい匂いがしてるな。昼飯のメニューは何だ、カウベル?」
「今日はオムライスですよ、シスターカミュ。料理を担当しているのは、トビー君とハヤト君ですね」
トビーとハヤトは、それぞれ、料理人志望の男の子だ。
トビーが王都の出身で、ハヤトは西方諸国の出身だ。
今日作っているオムライスも、塔でオサムから習ってきたものらしい。
「本当は、みんなで一緒にごはんを食べるのが良いのでしょうけど、どうしても、出来たてを食べてもらいたい、とふたりから希望がありましてね。それで、焼きあがった順に食べてもらっているところです」
「そっか。にしても、オムライスか。料理がうまいやつが飯当番の時は助かるな」
最近、教会の食事もレベルアップしてきたというか。
これも、料理の技術を磨いている子供たちが増えたのと、アイスなどの販売による儲けを町へと還元した結果だ。
購入できる食材が増えたため、自然と食事自体が美味しくなったのだ。
もっとも、料理としては、他の店と比べると素人レベルだが、子供たちが自分たちの手で作るというのが大事なので、それはそれで、この教会の味というものだろう。
出されたものはありがたく食べる。
それは、いつになっても変わらない決まりだから。
「三人が戻って来るのが見えましたので、今、作ってもらっているところですよ。手を洗ってから、厨房まで取りに行ってくださいね」
「「はい!」」「ああ、わかった」
そんなこんなで、アイスの残り分を冷凍庫に戻したり、道具などを片付けたり、午前中の売り上げをカウベルへと渡したりして。
その後で、手を洗ったり、身支度を整えて。
食事へと向かう三人。
もうすでに、食べ始めている子供たちからは、『美味しい!』とか、『ふわふわしてる!』とか、ちょっと興奮気味の声も聞こえるのだ。
バターでたまごを焼く香ばしい香りは、歩いている時にも漂ってきているし、なかなか、お腹が空いてくる感じではある。
「はい、お待たせ! カミュ先生! オムライスだよっ!」
「こっちはレンとアイシャの分だ。オサムさん直伝、『太陽のオムライス』ね」
トビーたち、料理担当から示されたのは、オムライスとサラダ、それにスープがセットになったお膳だ。
スープは今日はちょっと味噌汁じたてになっているようだ。
サラダは、トマトと葉野菜が中心となったベーシックタイプのサラダに、作ったばかりのドレッシングがかけられている。
そして、中心にどーんと盛り付けられているのは、オムライスだ。
「おっ、美味そうだな、このオムライス」
「ふわっと開かれてて、きれいだね。すごいよ、ふたりとも」
「上からかかってるのって、ケチャップじゃないの?」
「ああ。そっちのトマトソースの作り方も教わった。ケチャップも使ってるけどな」
チキンライスの上に乗せられた半熟状のオムレツを、直前に真ん中から切り開いて。
それがふわっとまんまるに広がって。
その上から、真っ赤なトマトソースをたっぷりとかけたオムライス。
とろとろとしたたまごの黄色と、トマトソースの赤で彩られた、太陽をイメージするオムライスができあがっている。
まだ、湯気も立っていて、本当にできたて、という感じだ。
「さっさと席に持って行って食べてくれよな。あったかいうちが一番だからさ」
そう、トビーに促されて、いそいそと空いている席へと着くカミュたち。
その姿を見届けて、後から、カウベルもその側の席へと、お膳を持ってやってきた。
「これは、確かに早いとこ食べないと、作ったやつに悪いな。では、いただきます」
「「「いただきます」」」
言うが早いか、カミュがオムライスを口へと運ぶ。
まず、口の中に飛び込んでくるのは、トマトソースの旨みだ。
トマトの酸味もわずかにあるが、それだけではなく、やや甘みが強い。
なるほど、確かに、これは普通のケチャップとは少し違う。
ソースとしてのまろやかさが生きているのだ。
わずかに乳製品の風味がするので、もしかすると、生クリームなども使われているのかもしれない。
そして、程なくして、そのソースが、半熟状のたまごと、炒められたチキンライスと一緒になっていく。
ふわふわとろとろのたまごの食感。
あえて、少し焦がした鶏肉がカリッとしつつも、甘みのある玉ねぎと、塩やその他の香辛料で味付けされたシンプルなごはん。
こちらもバターで炒められているせいか、チキンライス自体がまとまった味になっていて、それだけでも鶏の油などで十分美味しいのだが、そこに、半熟たまごと、トマトソースが一緒になってくるのだ。
「…………驚いた。ほんとに、美味いな、これ」
あの、いたずら好きでわんぱくだったトビーが、このオムライスを作ったとは驚きだ。
確かに、これなら、十分、店などでも出せる味だ。
やはり、このトマトソースだろうか。
これだけたっぷりとかけられているのに、全体の味の調和を乱さない。
色鮮やかな赤に目が行くが、味付け自体は、とても優しい味なのだ。
つんつんとした酸味もまろやかになっているし、それが、このやや半熟状のたまごともよく合っている。
チキンライスの、ごはんへとトマトソースが染み込んで。
これで、ひとつの完成品という感じのオムライス。
カミュは、そう感じた。
「すごいね、トビーたち。このオムライス、とっても美味しいもの。見た目もきれいだし」
「へへ、そうだろ、レン。何せ、かなりたくさん作ったからな。食べるのも、リディアさんに厳しくチェックしてもらったから、ようやっとこんな感じに作れるようになったんだよ」
「そうそう。失敗作も無駄にならなくて良かったよ。たぶん、たまごとかのお代をリディアさんが持ってくれなかったら、赤字になってただろうし」
「ふふ、リディアさんは優しいですからね」
なるほど、とカミュも納得する。
あの『大食い』が手伝ってくれたのか。
そのおかげで、トビーもハヤトも、たくさんオムライスを作れたわけだ。
大分、たまごの値段が下がって来たといっても、それでも、それだけ使えば、そこそこの金額になるだろう。
オサムとかにも、あんまりガキどもを甘やかすなと言ってあるし。
「どうさ、カミュ先生。このオムライス、うまかったろ?」
「そうだな、うん。美味いもんだ。誰にもひとつくらいは才能があるってことだな」
「いや、何だよそれ!? こんな時ぐらいはちゃんと褒めてくれよ!」
「まあ、そのうちな。トビーはすぐ調子に乗るからな」
ぶぅぶぅと文句を言って来る小さな料理人に対して、そんな軽口をたたきながら。
それでも、どこか、子供の成長ってやつにしみじみとしてしまうカミュ。
そんな内心はおくびにも出さないようにして。
今日も今日とて、不良シスターとして、シニカルに笑う。
そんなこんなで、教会の昼食の時間は過ぎていくのであった。




