第15話 鬼っ子シスター、カボチャプリンを食す
「ヨザックさん、どうもありがとうございました」
「なに、いつも、乳製品を届けてくれるお礼だよ。何せ、今年はカボチャが豊作すぎたもんでな。また、ホルスンたちを連れて来てくれても構わんぜ」
笑顔で、側にいたホルスンの背中をなでながら笑うヨザックさんに、シズネはお礼を言った。
ここは、サイファートの町の北側にある、ヨザックさんの農園だ。
農家連の代表のひとりでもあるヨザックさん。
この町の開拓団としてやってきて、町の立ち上げ当初から、ずっと農園作りをやってきたという筋金入りの農家さんだ。
見た目はブラウンの角刈りで、見るからに筋肉質で、いかにも、普段から力仕事をやってます、という感じの身体付きをしている。
確か四十代後半ぐらいだけど、ハツラツとしていて、もっと若く見える感じだし。
その辺は、ヨザックさん自身が、魔法があまり得意ではないことも関係しているみたいだけど。
身体強化が切れた後も、バリバリ働いているから、たぶん、あんなたくましい肉体になったんだろう。
この町だと、力仕事には身体強化を使うのが主流なので、魔力の底上げとか、ちょっと身体が引き締まってきたかな、くらいで、大体の人は収まってしまうのだ。
その点では、シズネも同じだし。
毎日、教会でシスターの業務に勤しんでいるので、他の町の人と比べても、身体を動かしている方だとは思うけど、身体強化のおかげか、そこまで筋肉質にはならないのだ。
その辺は、シズネの生まれが、『クウガの里』と呼ばれていた忍びの一族の里だったことも関係しているんだろうけど。
少量の食事でも、十分に活動できる身体になっているというか。
元忍びで現シスター。
鬼人種特有の角と黒髪。
今は、この町の教会で、子供たちとホルスンたちと格闘する日々を過ごしている。
子供たち、というか、シズネの後輩かな。
同じような境遇の孤児。
だからこそ、シスターとして、シズネも親身になれるというか。
少なくとも、今の生活が充実しているのに代わりはない。
ちなみに、今、ヨザックさんの農園にやってきていたのは、毎日のお勤めでもある、乳製品の配達と、ホルスンたちの気分転換も兼ねて、農園までお散歩するのを一緒に行なっていたからだ。
ホルスンというのは、牛型モンスターの一種だ。
一応、人懐っこいので、友好的なモンスターのひとつに数えられている。
少なくとも、教会と共存しているモンスターであることは間違いないだろう。
今の、神聖教会による乳製品のほぼ独占状態を維持できているのは、ホルスンたちのおかげなのだから。
さすがに、神の使いとかそこまでは行かないけど、教会でも『ホルスンに悪さすると罰が当たるよ』というのは、シスターカミュの口癖みたいになっているし。
当のホルスンたちは、のほほんとしてるんだけどね。
今も、ヨザックさんになでられているホルスンの他にも、周りでまったりとしているホルスンが何十頭もいる状態だし。
さすがに、町中を、これだけのホルスンと一緒に歩くと、他の住人の迷惑になるので、あまり良くないけど、農家連の場合、ヨザックさんの農園を始め、そのほとんどが、教会とも近くにあるから大丈夫なのだ。
教会は町の北側で、農家連はそのすぐ東側だ。
頼りになる隣人、という感じだろうか。
そのため、農家連の放牧用のエリアとか、余裕のあるスペースなどを、たまに使わせてもらったりもしている。
何だかんだ言っても、ホルスンも人に懐いているとはいえ、四六時中、子供たちの相手をしたりすると疲れちゃったり、ストレスになったりもするだろうから、そういう意味では気分転換の機会は重要というか。
そうすることで、牛乳の出が良くなったりもするし。
「でも、こんなにいっぱい、カボチャを頂いてもよろしいのですか?」
普段も、乳製品と交換で、ホルスンたちが好きな、牧草とかをもらったりしているのに、今日はそれとは別に、ものすごい量のかぼちゃをもらってしまった。
後は、教会に戻るだけだったので、空になったはずの荷車。
そこにめいっぱいカボチャが積まれているのを見て、もう一度確認する。
「ああ。予想以上に採れ過ぎたからな。『塔』の方でも、じきにカボチャフェアとかやるって話だが、それにしても多すぎたもんでさ。はっはっは、それならそれで、みんなにおすそ分けしようかってな。せっかくだし、ホルスンにもな。カボチャが好きなんだろ?」
「ですね。それに牛乳も美味しくなりますし」
さっきまでも、放牧用地の端にあったカボチャを、みんなでむしゃむしゃと食べていたしね、ホルスンたち。
シスターカミュの話だと、この手の野菜を食べさせると牛乳の味が向上するのだそうだ。
そのため、一部の教会の支部では、ホルスンと一緒に、カボチャを育てたりもしているらしい。
もちろん、普通に食材としても、申し分ないし。
「せっかくですし、今晩はカボチャ料理にしてみます」
ちょうど、シズネが今日の料理当番だったしね。
これだけカボチャがあるとなると、どう料理したらいいか悩むけど。
「だったら、後で、塔の調理場に顔を出したらどうだ? さっき、カボチャのことで、オサムから連絡があったとか、なかったとか、そんな話を耳にしたからな。たぶん、カボチャの料理でも作るんじゃないか?」
「そうなんですか?」
豊作だってのは、みんな知ってるしな、とヨザックさんが笑う。
それはちょっと興味があるよ。
もし、難しくないメニューがあったら、教えてもらえないかな?
「わかりました。この後、配達がありますので、ちょっと聞いてみます」
「ああ、お疲れさん。明日もよろしく頼むな」
「はい」
ヨザックさんにお礼を言って。
たくさんのホルスンたちと一緒に、教会へと戻るシズネなのだった。
「こんにちは、教会です。本日分の乳製品をお届けにあがりました」
「おう、いつもすまないな、シズネ。今ちょっとごちゃごちゃしてるから、保管庫のいつものところまでお願いしていいか?」
「はい、わかりました。あの、オサムさん、これって……」
「ああ、ちょっとだけ訳ありだ。少しばかりバタバタしてるんだよ」
周りを見ながら、そう言って苦笑するオサムさん。
それで、改めて、シズネも調理場を見ると。
今も、何ヶ所かで、鍋を使った調理がされているし、オーブンの方も使っているようだ。
それに、こんな時間なのに、今日は、オサムさんの他にも料理人さんがいっぱい来ているのがめずらしいかな。
ミーアさんとか、イグナシアスさんとか。
あ、コロネさんとか、シスターリリック……じゃなくて、リリックさんとかもいるね。
その他にも料理人さんたちが十人以上いるし。
それぞれが、料理を作ったり、テーブルの上に並べられた料理の味見をしているのが確認できた。
テーブルの上には山と積まれたカボチャだ。
「オサムん、さすがにやっぱり、うちのお店だと、スープとか、おまけ料理くらいしか出せないのにゃ。アジフライに、カボチャのフライもつけてみるとかにゃ」
「カボチャのサラダは、弁当でも使えるでござるよ。煮つけも問題ないでござる」
「デザートの方は、色々できますよ? ただ、量をどうにかするのでしたら、プリンにしちゃって、ギルド経由で売ってもらった方が早い気もしますけど。一応、量産もできますし」
「よし、とりあえず、ポタージュは生きだな。あと、ムサシの弁当はその方向で頼む。コロネの方も、店でフェアをやってくれ。プリンに関しては、まだ、さっきの試作は残ってるんだろ? 後で、プリムがやって来た時に、それ食わせれば、たぶん、ゴーサインが出るだろうから、ギルドを動かす方向で。後は、やっぱり、てんぷらか」
「オサム、いっそのこと、他の地方に融通してはどうですか? 消費するだけなら、その方が無難だと思いますよ?」
「まあ、それは俺も考えたがな、ガゼル。これ、一応、新品種なんで、下手に種とかが出回るとまずい。というか、この大豊作自体が、そういうカボチャだってのが原因だとすると、万が一、種が残っていると生態系を壊す危険性がある。この町だと、いざとなれば、レーゼの婆様が何とかしてくれるだろうが、普通の農村だとそういうことができないだろ。土壌の養分をたっぷり吸って大成長。で、その後、一切作物が育たない、とかな」
おや?
もしかして、このカボチャで少し大変なことになってるのだろうか?
どうも、オサムさんの話だと、カボチャ自体は毒とかそういう話じゃないんだけど、すごく成長がよくて、いっぱい採れるカボチャが誕生してしまったとか、そういう話らしい。
元々、品種改良とかしていたから、そういう風になるものもあるとは想定していたらしいけど、今回のカボチャはそれにしても、って感じの品種らしい。
ひとまず、再調査が終わるまで、栽培は控える方向だそうだ。
で、それはそれとして、できてしまったカボチャはもったいないので、町の料理人総出で、カボチャフェアをやって、それは食べてしまおう、って感じらしい。
種に関しては、焼却処分の方向で。
「あの、オサムさん、おいそがしいところすみません。さっき、教会の方でも、ヨザックさんから、そのカボチャを頂いたんですけど」
「そうなのか? 農家連の方には話をしたはずだが……おーい、アノン。緊急時だから、『遠話』で確認してくれ」
「うん、了解……あ、ヨザック? ちょっと、確認、カボチャの件って聞いてる? え? 今、聞いた? あー、そっかそっか。じゃあ、そういうことなんで、その方向でよろしくね。土地の状態も確認しないといけないし……うん、カボチャ自体は問題ないね。そっちはレーゼさんのお墨付きがあるから。まあ、元気が良すぎるカボチャって感じ? ワンパクものというか。うん、それじゃあね……はい、オッケー」
そう言った後、アノンさんがこちらを向き直って。
「うん、そういうわけだから、シズネ。悪いけど、教会にあるカボチャもここに持ってきてもらってもいい? 可能なら、子供たちも一緒で。今から、コロネを中心に、カボチャプリンの量産に入るから。そうすれば、このくらいのカボチャはあっという間に片付くからね」
「あ、はい。わかりました」
幽霊種でドッペルゲンガーのアノンさんだ。
今も、男の子の姿で『遠話』のスキルを使って、また、女の子の姿へと戻ってしまった。
それが、コロネさんの子供のころの姿らしい。
お菓子作りの時は、コロネさんの能力を使うから、そうなるのだとか。
で、そんなアノンさんが、そのままで、ひとつのお菓子を差し出してきた。
「はい、じゃあ、これがカボチャプリンの試作ね。それ、賄賂代わりだから、それ食べて、カウベルと子供たちの説得よろしくね」
冗談交じりでアノンさんが笑う。
今から、みんなでこれをいっぱい作るから、たくさん食べられる代わりに、作るのを手伝ってほしい、ってことらしい。
うん。
今日は、子供たちもアイス売りとかはお休みだから、問題なさそうだ。
子供たち、みんな、プリンが大好きだし。
ともあれ。
時間に余裕があるわけでもなさそうなので、早速、頂いたプリンを食べる。
お店で売っているのと同じ、透明な器に入ったカボチャプリン。
普通のプリンのようにも見えるけど、色が少しだけ、普通のプリンよりも黄色っぽいかな。
では、早速。
「うわ、美味しい!」
普通のプリンとはちょっと違う、カボチャの味がするよ。
どっちかと言えば、ふわとろっとしたプリンに近い食感なんだけど、それでいて、しっかりとした弾力性もあるのだ。
「うん、それ、生クリームも使ってるし」
「しっかりと蒸し器で蒸したかぼちゃを裏ごししたものをベースに、たまごと牛乳と生クリームとお砂糖を使ってるの。普段のプリンより、カボチャの素朴さが生きたプリンになるって感じね」
なるほど。
シズネが味わっている横で、アノンさんとコロネさんが簡単に作り方を教えてくれた。
カボチャの調理部分以外は、ほとんど基本のプリンと一緒なんだ。
同様に、裏ごししたカボチャを使って、アイスクリームも作ることができるのだそうだ。
「それでしたら、自分も作ることができそうですね。子供たちもアイス作りには、すっかり慣れてますし」
「だからこそ、子供たちにも手伝ってほしいのね。カボチャプリンとカボチャアイスのセットなら、この町のどこのお店でも、デザートとして提供できるし」
一緒に添えて、盛り付けると見栄えもすごくいい、とコロネさん。
カボチャのチップスとかも、いいアクセントになるのだそうだ。
「わかりました。すぐ向かいますね」
「うん、お願いね、シズネ。あ、もちろん、それは食べ終わってからね」
そう苦笑するコロネさんに、頷きつつ。
一口一口、じっくりとカボチャプリンを味わうシズネなのだった。
余談として。
このカボチャ騒動は、初動が早かったおかげで、大きな被害が出ることなく、終息を迎えることができたのだった。
しかしながら、その一年後、この時、ホルスンが食べてしまった分のカボチャの種が原因で、今度は教会の敷地の片隅で、このカボチャが発見されてしまうのだが、それはまた別のお話。
本日の教訓:植物の品種改良にはご注意ください。