第14話 領主代行、いくら丼を食す
「トライよ、そろそろ店を閉めるぞ」
「ああ、わかった。それじゃ、ぼちぼちお勤めに行こうか。ドムさん、頼んでおいた料理の方は用意できてるかい?」
「もちろんじゃ。もうすでに、荷は詰め込んでおいたからのう」
「いつもすまないな、ドムさん」
夜もどっぷりと更けた深夜。
今、トライたちがいるのは、冒険者ギルドに併設されているドムのバーだ。
もうすでに、周りにはトライの他には、店主のドムとその奥さんのヘレス、それに、隣の席で居眠りをしている、女の子ふたりだけだ。
ギルド『三羽烏』で、トライと一緒にパーティーを組んでいるローズとアズ。
緑色のふわふわした感じの髪に、緑系統の身体にぴったりくっつくタイプの衣装を着ている、ちょっと大人っぽい方がローズで、黒くて長めのストレートヘアの可愛い女の子の方がアズだ。
トライ自身はと言えば、無精ひげを生やした、いかにも、どこの町にもいそうな冒険者のおやじという感じのイメージだろうか。
その辺は、自分でそう思っているだけで、よくわからないのだが。
「おい、ローズ、アズ、起きろ。そろそろ、お勤めに行くぞ。それとも、どうする? 本気で眠いなら、俺ひとりで行くから、休んでてもいいぞ?」
「あ、行く行く。今、お酒を抜いてたところだから。別に寝てないわよ?」
「ぼくも行くよ。トライだけに任せても悪いし。うーん、『無酔』状態まで回復、っと。うん、これで大丈夫」
そう言いながら、ゆっくりと体を起こすふたり。
こう見えて、ローズは樹人種、アズは鉱物種だ。
樹人種というのは、簡単に言えば、植物でもあり人でもあるという種族で、有名どころと言えば、エルフやドリアードがあげられるだろう。
ローズは、そのドリアードであり、その中でも長生きしている部類に入る。
この町のドリアードの中でも、最高齢のレーゼさんを除けば、たぶん、一番長く生きているはずだ。
もっとも、見た目だけだと、妙齢の女性にしか見えないので、年のことを言ったりするとむくれたりもするのだが。
その辺は、おばあさんと言われて笑っているレーゼさんとは違うところだ。
もうかれこれ、千年近く生きているのに、まだまだ自分は若いとか言っている辺り、普通のドリアードとはちょっと違う感じだな。
アズはアズで、鉱物種の中では、一風変わった存在だ。
そもそも、鉱物種に可愛らしい女の子、というのは存在しないはずだし。
男性限定種族。
その鉱物種の、なぜか女性体として生まれてしまったのがアズなのだ。
分類上は、ヒーリングゴーレムとか何とか、本人が言っていた記憶があるが、そもそも、アズが金属の身体に変化していた姿を見たことがないので、どう見ても、普通の美少女にしか見えない。
本来の材質が何なのかは、トライも知らないのだ。
そもそも、変身できるのかどうかも謎だが。
アズ自身もよくわかっていないんじゃないか?
で、変な色気みたいなのを漂わせているのは、常時、鉱物種の繁殖期状態だからだ。
当のアズは、しゃべっているのを聞けばわかるように、自分では男の子って自覚しかない。そもそも、鉱物種は男だけなので、そういう風に育てられたからなのだが、本人が意識せずとも、自然に、異性を惹きつける何かを発しているというか。
性格が変に中性的なので、何がまずいと言っても、性別を問わず、そういう風に感じさせてしまうのが、アズの欠点だな。
ある意味、魅了系の攻撃に近いんじゃないか、とトライも思っているし。
そう考えてからは、きっちりと遮断できるようになったわけだし。
案外、アズの場合、アイドルとかも向いている気がするが、当の本人が、そういう目立つことをものすごく嫌がるからなあ。
ピエロからのサーカスの舞台の依頼を全力で断ってたし。
やってみりゃいいじゃん、とか思うのだが。
「しかし、いつも夜中にご苦労じゃな。まったく、領主代行というのも楽ではないな」
「まったくだ。代われるもんなら、代わってもらいたいくらいだよ。ただ、まあ、ドムさん。別に、夜中の周辺警戒とかは、領主代行の仕事じゃないぜ? 俺が好きでやっていることだしな」
ドムさんの言葉に思わず苦笑してしまう。
別に、こんなのは領主代行の仕事ではないわけだし。
一応、トライは、このサイファートの町の領主である。
なぜ『代行』かと言えば、そもそも、この町の長を決めるための会議のようなところで、領主になりたいやつがいなくて、その地位に適した者がいなかったことに起因している。
別に領主なんていなくてもいいんじゃね?
そういう意見もあがったくらいだし。
とは言え、いざという時のために責任者ぐらいは決めないとまずいので、結局、今の形……トライが『代行』をして、その補佐として、トライが不在の時などは、ローズやアズも『代行』を行なうことができるようになったのだ。
この町、作ったのはこの国出身の開拓団だし、場所は『魔王領』だし、途中から神聖教会も乗っかってきて、面倒くさいことこの上ないんだが、とりあえず、それぞれの要望に折り合いをつける形で、今のような形になった。
町として、自由都市を名乗って独立していないのは、そのためだ。
いざとなれば、そういう選択肢もちらつかせて、要求を通したりもするが、あんまりあちこちに波風を立てても面倒くさいから。
だからこそ、この国に属してはいるが、ここの町の立ち位置というのは、『魔王領』との緩衝地帯としての役割を務めているだけで、それ以外の義務とかは一切ない。
いや、それだけで十分というか。
この町があることで、王都の連中が安心を得られるのだ。
その他の義務とか、そういうのを帳消しにして、表向きは文句が出ないくらいのことはやってるって判断だろう。
まあ、さすがに最近は、王都の貴族も馬鹿なことをやってこなくはなったが。
町ができた頃は、間者だの、暗殺者だのがひどかったからなあ。
そのおかげというか。
そういう連中を叩きのめして。
証拠や何やらで、王とかラファエルたちに協力して。
そのおかげで、たかだか十年で、大分王都の風通しが良くなったのだそうだ。
それに関しては、王も笑っていたし。
合法的に、処分する口実をもらった、って。
まあ、あっちの貴族にとっては、この町は触れるべからず、って認識でようやく統一されたってところだろうか。
今の王は嫌いじゃないから、この調子で頑張ってもらいたいもんだ。
「そうよ、ドムさん。これはトライが好きでやってるんだもの。ふふ、まあ、私とアズも、この町が大切って想いは変わらないから、自分たちの手で見回りをするって、トライの考え方は嫌いじゃないわ」
「うん、なんちゃって勇者はやめたけど、それでもできることってあるし」
それに、トライの場合は体質の問題もあるし、とアズが苦笑する。
まったくだ、とこちらも苦笑する。
「そうじゃなあ、眠らずとも済む、というのも、便利とだけ言うのには色々と考えさせられるものじゃからなあ」
「本当にな。俺もそう思うぜ。色々とできる反面、することがないとえらく退屈でな」
夜が長い、というべきだろうか。
これはトライの特殊な体質と言ってもいいだろう。
眠らなくても、ほとんど活動に影響がないのだ。
いや、正確に言えば、『不眠』スキルとでも言うべきだろうか。
メルが、起きたままの状態で『冬眠』スキルを常時使っているのと、逆のパターンとでも言うべきか。
おそらく、考える機能は、交互なり順番なりで、どこかしらで休んでいるのだろうが、それによる影響がほとんど出ないのだ。
大きなデメリットは、目を閉じても眠れない、ということか。
冒険者をやっていた時は、割と便利ではあった。
定期的に身体を休めれば、疲労とかも回復したし、そもそも、睡眠中にモンスターに不意を突かれることとかもなかったし。
おかげで、剣術の師匠に弟子入りした時も、かなりの短時間で免許皆伝まで行ってしまった。
その師匠、スパルタで有名だったんだが、その師匠が最後の方では少し呆れていたほどだ。
だが、とトライは思う。
そのくらい、夜が長かったのだ、と。
剣術の修行が楽しいと感じてしまうくらいには、退屈を苦痛に思う感覚がまさってしまって。
で、いつの間にか、腕利きの冒険者として有名になって、なぜか、ローズと出会って、『勇者』の真似事をさせられたり、なぜか、この町を作るのを手伝うことになったり、なぜか、アキュレスのクーデターに手を貸すことになったり。
で、なぜか、今、この町の領主代行をしている、と。
『何なんだろうな、俺の人生』って、たまに思うことがあるし。
それでも、退屈よりもマシだ。
誰もいない夜をひとりで歩くのよりも、ずっとずっとマシだ。
この町は夜遅くまで起きているし、何より、夜を歩くのを付き合ってくれる仲間がいるから。
「それじゃあ、見回りついでに、ウーヴんとこに、料理を納めに行くか」
「ふふ、また明日ねー、ドムさん」
「お仕事が終わったら、またぐうたらしに来るわね」
「うむ、待っておるぞ」
そんなこんなで、夜の見回りへと向かうトライたちなのだった。
「よう、ウーヴ。今日も供物を持ってきたぜ」
『ふん、来たか、トライよ。ではありがたくいただいておこうか……って、おいこら、随分と少なくなってないか?』
町の東にある、ウーヴたちの住まい。
その手前までやってきて、荷車に積んできた荷物を下ろす。
すでに、トライたちがやってくるのに気付いていたウーヴと、その長女のフィオナ。
ウーヴは、魔族の闇狼種で、そのまま、闇色をした大きな狼の姿で。
その娘のフィオナは、ダークグレイの髪をした人型の少女の姿で。
それぞれ、出迎えてくれた。
一応、ウーヴたち、闇狼は、この辺り一帯を縄張りとしており、その範囲には、サイファートの町も含まれるため、縄張りを使わせてもらう代わりに、交換条件として、供物を持ってくる決まりになっているのだ。
供物というか、町で作った料理というか。
その料理を納めることで、お礼と言っては何だが、ウーヴの方も、町の周辺警戒を担ってくれているわけで。
その辺は、持ちつ持たれつという感じだろうか。
ウーヴたち闇狼がいると、スタンピードになりかけていても、はぐれモンスターたちが散ってくれるので、そういう意味ではかなり助かっている。
ともあれ。
東の森の中にある、大きな洞窟ダンジョンとその入り口横に建てられた木でできた大きめな一軒家、それらを合わせて、ウーヴたち、闇狼一家の家となっている。
一軒家、と言っても、ウーヴのような狼形態のままでも入れるように、かなり大きめに作られてはいるのだが。
家の方は家の方で、普通の作りとはちょっと違う感じだろう。
前に見た、巨人種の家ほどではないけど。
「ははは、まあ、その辺は仕方ない。だいぶ、この辺も友好的なモンスターが増えてきたってことで勘弁してくれよ」
「あ、やっぱり。トライさんたちと森の子たちが一緒にいるって、兄さんが言ってましたから。どうです? 餌付けは順調ですか?」
「まあ、ぼちぼちだな。いきなり襲ってくるやつは大分減った気がするぜ? ローズとかの言葉にも耳を傾けてくれるようになったしな」
『貴様らなあ……はぐれのやつらの闘争本能も、あれはあれで必要なものなのだぞ? というか、餌付けに供物を使うな!』
まったく、とぶつぶつ言いながら怒るウーヴに、それを見ながら、いつものことです、と苦笑するフィオナ。
「まあ、そう言うなって。ほら、暴れ牛のスペアリブとかだけじゃなくて、今日は、コロネのとこの、チョコレートのお菓子もあるんだぜ。それで勘弁してくれよ」
「うわ、すごいですね! チョコレートのケーキがいっぱいです! 良かったですね、父さん!」
『ふん、仕方ない。今日のところはこれで勘弁してやるとするか』
「ああ、勘弁してくれよ」
ちょっとだけ浮かんだ笑みを慌てて消しつつ、重々しい態度を取るウーヴに、思わず苦笑しつつ、頷く。
この闇狼はチョコレートのお菓子が好きなのだ。
まあ、それは、闇狼の家族みんなが、という感じなのだが。
というか、このチョコレート、どうも、モンスター系と相性がいい気がするのだ。
基本的に、好戦的なモンスターでも、ちょっと落ち着かせる効果があるというか。
そんなこんなで、持ってきた料理を渡して。
「それじゃあ、またな、ウーヴ。今度はもうちょっと量を持ってくるから。まあ、途中で、どのくらいモンスターと出くわすか、それによるがな」
『ふん、期待しないで待っておくぞ』
「ありがとうございました、皆さん」
まったく、フィオナはいい子だよな。
というか、ウーヴの子供たちで、ウーヴに性格が似てるやつっていないよな。
そんなことを思いながら、トライたちは町周辺の見回りへと戻るのだった。
そして、見回りを終えて、また、早朝にドムのお店まで戻ってきて。
「あー、疲れた疲れた。ドムさん、おまかせで何か作ってくれよ。俺とローズとアズの三人分。頼むよ」
「わかったわかった。少し待っとれ」
そう言って、厨房へと引っ込んだかと思えば、それほど時間もたたないうちに、ドムが三人分の料理を作って持ってきた。
「ほれ、これならすぐできるからのう。あまり、朝から重くないものの方がいいじゃろ?」
「おっ、すごいな、ドムさん。これ、いくら丼だよな?」
「そうじゃ。サモンサーモンの良いのを、プリムの嬢ちゃんから手に入れたのでな。そっちの焼き物料理は、もう少し仕込んでから出すからの」
「へえ、朝から豪勢だな」
目の前に並べられたメニューを見て、思わずテンションがあがる。
サモンサーモンのいくらを醤油漬けにしたいくら丼に、ドムさんのお手製のふわふわのたまご焼き、それに、漬物と味噌スープが並んでいる。
サモンサーモンは『魔王領』で獲れる、魚系モンスターの一種で、一匹現れると仲間を召喚して、群れとなって襲い掛かってくる厄介なモンスターだ。
そのくせ、逃げ足も速いので、実は捕まえるのが大変だったりするのだが。
なるほど。
今日は、サーモン料理の日か。
狙っているのかは知らないが、いくらとたまご焼きと、ある意味、目の前の料理はたまご尽くしという感じだし。
人魚の村周辺だと、いくらを持ったサーモンが獲れにくいので、実は、ミーアたちの店でも出しにくい料理だったりするのだ、このいくら丼。
「それじゃあ、いただくわね……うん! いいわね、このいくら丼。シンプルだけど、いくらでも食べられるって感じよね」
「ぼくは、ドムさんのたまご焼きが好きだよ。甘くてふわふわしてるからね。ほんと、焼きたてのたまご焼きって美味しいよ」
「まったくだぜ。と言いながら、俺は、たまご焼きといくら丼を一緒に食べるけどな」
いくらのぷちぷちとした食感と、醤油漬けにされた、ちょうどいい塩加減が、この甘いたまご焼きと一緒になると、また絶妙な感じだから。
うん、美味い。
少しだけ疲れた身体に、滋味が染み渡っていく感じだ。
今、アズも言っていたが、このドムさんのたまご焼きは絶品だ。
ふわふわっとしていて、口の中で少しだけ半熟状のたまごがふわふわととろけていく感じが何とも言えないのだ。
しっかりと炭火で焼いた、だし巻きのたまご焼きと違って、こっちの甘いふわふわのたまご焼きは、焼きたてが一番というか。
温かいうちに食べるのが最高だ。
「あー、でも、やっぱり、このいくら丼も美味いなあ」
しみじみと味わっていると、あっという間にどんぶりの中身がなくなってしまう。
まだ、もう少し食べたい気分なんだよなあ。
「いっぱい用意したから、お代わりもあるぞ?」
「あ、それじゃあ、お代わりを頼むわ、ドムさん」
「それなら、私も私も!」
「ドムさん、ぼくももらってもいいかな?」
「ああ、ちょっと待っておれよ。ところで、酒の方がどうするのじゃ?」
「そうだな……そっちも適当に頼むわ」
そんなこんなで、戻っていくドムさんを見つつ。
いくら丼のおかわりが来るのを楽しみに待つトライたちなのだった。




