14 安倍祐一
柔和な微笑を湛え、誰に対しても紳士的に振舞う貴文。
彼の人となりを尋ねれば誰もがみんな裏表の無い誠実な人だと答えるだろう。
だが俺は知っている。それは上辺だけだってことを。貴文はごく僅かな者にしか素の自分を見せないのだ。
でも、それは仕方の無いことだ。彼は幼い頃から感情をコントロールするよう教育されてきたのだから。
しかし貴文も人間。生理的に受け付けない者やいけ好かない奴もいる。そして、腹の立つ事やイライラする事だってある。
そして、その捌け口は限られた側近(主に俺)へと向けられる。
第三者に対しては常に浮かべている微笑を引っ込め、不機嫌オーラを全身から立ち上らせながら何時間もゲームやスポーツに没頭する。
貴文のストレス発散に付き合わされた後は、心身ともにぐったりだ。
しかし、佐藤さんと付き合いだしてからソレが無くなった。不思議なことにピタリと止んだのだ。
貴文にとって彼女は最高の癒しであるらしい。
溜め込んだストレスが彼女と過ごすことで解消されるのなら、こちらとしては大歓迎だ。思う存分イチャイチャしてればいい。そう思っていたのだが…
最近、貴文の惚気話が鬱陶しい。
手を繋いだだけで心臓がはちきれそうになったとか、肩を抱いた時に微かに匂ったシャンプーの香りにウットリしたとか、初めて名前呼びしてくれた時の恥ずかしそうな表情に萌え死にそうになったとか。
「…… 」
どんだけ浮かれてんだっ!!
お前、本当に貴文か!?
まるで初めて恋をした純真無垢な少年みたいじゃないか。
ああ、まあ確かに貴文にとっては初恋の様なものかもしれん。
俺にとって貴文は従兄弟であり友人であり将来の主だ。
多少のコトは大目に見るさ。ケッ!
クリスマスのお祭り気分が終わった日、俺は貴文から呼び出された。
また糖度120%のどうでもいい話を聞かされるのだと思っていたのだが、貴文の口から出た言葉は思いもかけないモノだった。
「どうしたらプラトニックな関係から抜け出せるんだろうか?」
「えっ、貴文、まだ彼女とヤッてないの?」
「下品だよ、祐一」
「彼女と付き合いだして随分経つんじゃないのか?」
「4ヶ月… 正確には3ヶ月と27日」
「信じられん。エロ魔人のお前がまだ手を出していないなんて」
「酷い言いようだね祐一。僕は真剣に相談しているのに」
俺は慌てて謝った。貴文の機嫌を損ねるのは得策ではない。
それにしてもビックリだ。その道に関しては俺より経験値が高いであろう彼に、こんな相談をされる日が来るとは。
『こりゃ明日は大雪だな』なんて心の中でニヤニヤしながら真面目な顔付きで話を聞いた。
貴文が言うには、今まで彼女をベッドに誘うためいろいろアプローチを仕掛けてきたが、彼女はスルリとかわしてしまうそうだ。
昨日のクリスマスデートも、気合いと念を十分に入れて臨んだのに、計画どおりコトが進まず、気付けばキスしたところで時間切れになったというのだ。
陰鬱な面持ちで貴文は溜息を吐いた。
「最近では態と僕を焦らして楽しんでいる小悪魔なのかも…と、疑うようになってきた」
「いや。佐藤さんに限ってソレはないだろう」
「僕もそう思うが、こう何度も上手にあしらわれてしまうと… そろそろ僕の理性の限界が近い」
「それは困ったな。貴文が犯罪者になったら目も当てられん」
これは思ったより深刻な事態のようだ。
貴文は御伽噺に出てくる王子様の様な見た目だが、中身はいたって健康な若い男だ。そういう欲求は当然ある。いや、どちらかと言うと肉食の方だろう。
さすがに高校時代に付き合っていた同じ学校の女生徒には手を出さなかったが、裏では結構遊んでいた。それこそ、ワンナイトラブの相手を探すため、夜の繁華街に出歩くコトだってあったのだ。
佐藤さんと付き合うようになってそんな事はしなくなったが… とすると、4ヶ月もの間禁欲生活を送っているということか。今までの行状から考えると確かに限界は近いだろう。
というか、いつまで我慢できるか… タイムリミットは秒読み段階かもしれん。
次代の西園寺当主候補である貴文にスキャンダルは禁物。
貴文がコケれば必然的に俺の将来もコケる。
ここは彼女にその気になってもらって、無事恋人同士の甘い夜を過ごしてもらう必要がある。
俺は本気で対策を考えることにした。
賢い男が二人してなんちゅう話をしてるんだ! って感じですが、10代の男の子にとっては大事なことですよね。きっと…




