何回目だ?
「これで通算何回目だ?」
今度は、部屋の隅で体操座りをしている状態で目が覚めた。コウは毎回決まって一番窓際で、長机を囲むパイプ椅子の窓から見て左側の椅子にいた。
「かれこれ無言を決め込むようにしてから三回目……通算四回目だね」
にぱっと無邪気な笑顔でそう答える。
「毎回、どうして何も喋らないの? わたしの事嫌いになった?って言われて、おれは死んだ」
そうだね、と伸びをするコウを見て、なんてこいつは気楽なんだと思う。
その伸びを終えたところで、コウが新たな対応策を持ちだす。
「そこで僕は考えた。無言決め込んでも君は毎回死ぬ。じゃあ今度は、心配する余地もないほど喋り続ければいいのさ!」
おれは体操座りの状態から勢いよく立ち上がり、おお!と拳を握った。
こいつはただのお気楽野郎じゃなかった!
「逆転の発想だな! でも何をそんなに喋るんだ?」
「ってな訳で、台本を作りました、この多井中光であります」
コウに台本を手渡された。
これはいつ作ったんだよ、と疑問に思うも、細かい事は気にしない、と一蹴された。
「アカリがこの部屋に入ってきたら、始めるよ。準備しといてね」
毒気のない笑顔でコウはおれを見た。
そして、ドアが開き、アカリが来た。
おれとコウはアイコンタクトをとり、台本に書かれた自分の役を演じ始めた。
「やあ、アカリ遅かったね。待ちくたびれちゃったよ」
「ごめんね、仲村くん。日直の仕事が片付かなくって。関くんもごめんね」
台本通りのコウのセリフに対し、アカリは自然に言葉を返した。
まあ、座りなよ、とコウが促し、アカリはコウの隣の椅子に座った。
ここで、おれのセリフだ。
「さあ、みんなそろったところでショートコントやろうぜ……?」
(おいコウ、ショートコントって何だよ)
(いいから続けて)
目でコウに訴え、目でおれに指導があった。やるしかない、と自分を納得させ、次のセリフを読む。
「よ、よし、じゃあ、コウ、お題をくれ!」
「了解! 『ファミレス』でどうだい?」
「よしきた、おれが店員な、ふたりはお客ってことで始めます。ショートコント『ファミレス』!」
「ピッピッピ、それではお客様、ご注文をどうぞ」
「ハイオクを満タンで」とコウ。
「えっ……。ダージリンと、マカロンを」とアカリ。
ふたりは同時に答えた。台本通りの展開だ。
アカリもこのコントに乗ってきた。こんなとんでもな展開に対応できるのか、なんて順応性が高いんだ、アカリ。
アカリの順応性に驚きつつも、台本のセリフを消化していく。
「よーし! ひとりずつ聞いていくぞー! まず、コウなんて言った?」
「ハイオク満タンで」
「ファミレスだって言っただろうが! ここはスタンドじゃねーよ? どこのファミレス行ったって、メニューにハイオクなんて載ってないから! 仮にあってもどうやってキッチンから運んで来るんだ? ジョッキで何十杯もはこんでくるのか? でもその光景は案外シュールだな。三十点」
「低いよー! 厳しすぎるよ、ユウキ!」
「はい次! アカリ、なんて言った?」
「ダージリンと、マカロンを」
「おしゃれすぎるだろ! こんな超庶民的なファミレスにそんなおしゃれな物は用意していない! ダージリンとマカロン? ティータイムかよ! ん、しかしこれはおれがハマってたアニメを思い出させるな。七十点」
「きゃ、仲村くん、わたしの勝ちだね!」
きゃっきゃとうれしそうなそぶりをアカリは見せる。それにコウは「やられたー」と点を仰いでいた。
良い雰囲気だ。いまこの場で心臓麻痺のきっかけとなる要素はいっさいなかった。
今度こそ死ぬことはないと安心して気が抜けた。コウとアカリはいまもじゃれている。
それは何の前兆もなかった。
心の奥深く、そこにあったとても小さなカケラが光った。そして、光を放ち始めた。
そのカケラの光はどんどん強くなっていく。カケラもそのものも大きくなっていっていく感覚。
おれは、なにかアカリに……なにか大切な事を忘れているような、そんな気を呼び起こす。
カケラから放たれる光が、脳内に直接届く。その光が、大切な事を思い出させようとする。光はその記憶を求めていた。しかし、その光の力が強すぎる。脳の活動限界を明らかに超えて、記憶を呼び戻そうとするのだ。
眩しい、辛い。
激しい頭痛がおれを襲った。
激しい頭痛のせいで、顔を上げていることも辛い。
「ユウキも良い突っ込みだったよ! さ、次のお題はどうする? ん? ユウキ、どうした? 顔色が悪いよ?」
あれ? こんなの台本になかったけどな、と呟きながらコウはおれの顔を覗き込んでいる。
身体、思考の限界を振り切って、光は脳に働きかける。これだけ辛い思いをしているのに、甦り、あふれ出る記憶はどうでもいいことばかりだった。心の奥深くから光を放っているこのカケラが、一番に求めている記憶はまだ戻らない。
この光の暴走を止めようにも、いっさいに恣意性がないから、理性だのなんなので止めることはできない。
なおも光は強くなっていく、脳のあげる悲鳴が全身で感じられる。
俯いたまま動けない。額から大量の汗が噴き出る。
誰か……助けて、くれ。
その時だった。声が聞こえた。
「……くん、関くん?」
アカリの声だった。顔を上げると、コウとアカリが心配そうにおれの顔を覗き込んでいた。
「ユウキ、突然俯いて顔色が悪くなってたよ? どうしたんだい?」
いや、なんでもない。大丈夫。と受け流すが、この展開は、なにも大丈夫ではない。
「関くん? 本当に大丈夫?」
ああ、やっぱり。そう、なるよな……。




