1 王妃教育からの逃走
ゆっくりと目を開けると、木製の机に見慣れない本が開いていた。装丁が美しい。重そうな本。
「聞いていらっしゃいますか?ルイ嬢」
声の方に目を向けると、16世紀の欧風なドレスを纏った貴婦人と目が合った。
グレーに混じる白髪が逆光でキラキラしている。アップに纏めた髪は後れ毛もなく、いかにも教師風。
鋭い目つきだなあ。厳しそう。
私は先程まで残業をしていたはず。明日までに修正しないといけない建築図面をせっせと仕上げていた。終電を諦めて今日も徹夜だったはずなのに、今は昼?
ここはどこ?
会社ではない。ベルサイユ宮殿みたいな豪華な設えのだだっ広い部屋。
あ、そうだ。最近よく電車で寝落ちして目が覚めると、会社に行っていたのか帰宅中か分からなくなったり、私は誰だろうとなる、あれだ。意識が飛ぶのが、とうとうここまで来たか。などと考えていたら、目の前の本を目掛けで、貴婦人の鞭が飛んできた。
「王妃になる自覚はあるのですかっっ!」
目の前に振り落とされた鞭にびっくりして、「ひっ」と後ろに仰け反ってしまった。
王妃と言われて、思い出した。私は、王妃教育中の13歳。数ある王妃候補を蹴落として、両親の策略とコネと、少しばかり良い血筋で勝ち取った未来の王妃。
と言っても、まだ子供。鞭は無いわ。
「無理です。」
転生を自覚して、第一声が、王妃教育離脱宣言。
「は?」と貴婦人の口から思わず出た声。
鋭い目つきの眉間に皺が刻まれ、私に貴婦人が詰め寄る。
小さな私は、よいしょとふかふかの椅子から飛び降り、部屋の彼方にある扉目掛けでダッシュした。
「ルイ嬢、お待ちください!令嬢は走ってはなりません。」
慌てた貴婦人先生は、走らずに追いかけようとして、ドレスの前裾を踏み転ぶ。
背後が騒がしいが、私は短い足で、扉を目掛けて走る。あのドアノブに手が届くかなと思った矢先、扉が開いた。ちゃんと3回ノックして。
重そうな扉が開き、少年が入ってきた。背後には従者風が2人。護衛騎士だろうか。
少年の穏やかな表情が、猛ダッシュの私を認識した瞬間、驚きに変わる。従者が少年を守ろうと前に出る。
私は、その少年を王子と認識したが、走り出した足が止まらない。それにしても、重いなこのフリフリドレス。黒いエナメルの革靴が大理石の床に響くが、グリップが効いて滑らない。走りやすい。
王子の前に立った従者の足の隙間目掛けてスライディング。脱出成功。
そのまま私は馬車に乗り込み、自宅に帰った。




