嵐の来店
トラブルはいつだって突然だ。
ルシファー様が、店休日以外毎日コーヒーを飲みに来て2週間。
その方は現れた。
「へー、繁盛してるじゃん」
モーニングの時間帯、カランと来店のベルが鳴って入ってきたのは。
「え……あれ、サタン様じゃね?」
銀髪を腰まで伸ばし、紅の瞳はまるで少年のように輝いている。人間の十代ギリギリと言っても通じるだろう。恰好もかなりラフで、街中に居てもなじむ格好をしている。ただし、その魔力の圧が強い。
朝食を楽しんでいた下級悪魔のお客さんたちはざわついて、席を立ちあがる者までいた。
「いらっしゃいませ、1名様でしょうか……」
思わず語尾が消え入りそうになる。
「ふふ、誰かと一緒に見える?」
悪戯っぽく笑うサタン様に怒気は感じなかったが、魔力に気圧される。
「失礼いたしました!」
思わず深々と頭を下げていた。
「えー、そう畏まらなくていいよ。僕、このカウンターがいいなぁ、ね、マギー?」
マギーさんの人脈って底知れないな……。
「サタン様、執務を抜け出して来られたんですか」
カウンター内にいたマギーさんが呆れた口調でサタン様に言う。
「うん、だってルシファーが最近楽しそうにしてるからさ!」
「来ますよ」
忠告したマギーさんにサタン様はぽかんとしている。
「え?」
バゴっと音がして、ドアが蹴破られた。蹴られたドアは悲痛な音を立てて倒れる。
「見つけたわよ!」
「やだー、リリス、もう来ちゃったの?」
穴の開いたドアから入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
「これ、僕の妻のリリスでーす」
水色の髪をお団子にして、眼鏡をかけたリリス様は、キッとサタン様を金色の瞳で睨む。
「おもいっきりサボってんじゃないの!」
「えー、でもリリスもルシファーの様子、気にしてたじゃん?」
「それがこの店にある、と?」
サタン様はにっこり笑うと、ポンポンとカウンターの隣の席を軽く叩く。リリス様はすっとその席に座った。
「というわけで、おすすめのコーヒーを2つ、お願いしまーす」
「なんだこれは……」
サタン様一行がコーヒーを楽しんでいる間に来店されたルシファー様が、無様に朽ち果てたドアのあった場所を通りながら呟いた。
「あ。ルシファー、遅かったね」
「私もお邪魔しております」
一瞬ぽかんとしたルシファー様だったが。
「仕事を増やさないでください、サタン様」
ため息をついて、そう言ってドアに修復魔法をかけたようで、蹴り破られたドアはみるみる直ってゆく。
「えー、ドアを壊したのはリリスだよ」
「サタンがサボらなきゃいいだけの話だわよ、そうでなきゃ私も無茶はしません」
ドアが完全に直ったところで、ルシファー様が店内にやっとちゃんと入ってきた。
「俺もコーヒーを」
「ほらぁ、リリス、やっぱりここのコーヒーじゃん!」
「そのようですね」
「まさか、そのためだけに執務を抜け出してきたんですか……」
ルシファー様が顔面を両手で覆って、今度こそ大きくため息をついた。苦労しているのが手に取るようにわかる。
「しかもここのコーヒー、ただのコーヒーじゃないね。美味しいだけじゃない」
サタン様がふふっと悪戯っぽく笑って言う。
「え!?」
何か、不手際でもしたかと私は身構えた。
「ありえないことだけど、多量のマナが入ってる」
その言葉に頷くと、リリスさんも言った。
「えぇ、しかもこれはコーヒーを淹れている、彼女のマナかと」
途端、店内の下級悪魔たちがざわつく。
「確かにコーヒーは美味しいけど、まさか、マナのせいだったのか!?」
「飲んだ日はやけに体調がいいと思ったんだ!」
私、役に立ててたんだ。思わず胸が熱くなる。
「ルシファーはそれがお目当て?」
コーヒーカップで口元を隠しながら、サタン様はルシファー様に問いかける。
「……っ!」
不意を突かれたように、ルシファー様の顔色が悪くなる。
「俺はっ……」
そっか、こんな私の事好きなわけないか。今度はチクリと胸が痛んだ。お目当てはそれだったんだ。
「ご馳走様でした、お会計をお願いしまーす」
「……はい、ただいま」
「何もしないと、あの子、他の誰かに攫われちゃうよ?」
サタン様がルシファー様の隣を通るとき、小さく耳打ちした言葉は私には聞こえなかった。




