突然の申し出
「こ、コーヒーですか……?」
エリィの口からでたのは、オウム返しの意味のない言葉だった。
「この店に、美味いコーヒーを入れる下級悪魔がいると聞いた」
「エリィ!? ボケっとしてないで席へご案内しなさい!」
厨房からマギーさんの声が飛んできて、私はハッと我に返った。
「こちらのお席へどうぞ。当店の特等席で、海が一望できます!」
営業トークに頭を切り替えて、ルシファー様を席にお通しする。
「なるほどそれで店名がアルバトロス――アホウドリか」
「ここからだと、海岸を歩いているのがよく見えるんです。それでは、コーヒーをお持ちしますね」
周りの席からは、下級悪魔たちが心配そうにこちらへと視線を投げかける。
ルシファー様は上級悪魔だ。でも一つ噂がある。人間の魂を食べないというのだ。料理を嗜好品として食べる上級悪魔もいることにはいるが、もともと堕天してきたことが影響しているのだろうか。
「エリィ、何考え事してるのよ。いつも通りコーヒーを淹れなさい、それだけで十分」
コーヒーを淹れるため、カウンター内に入った私をマギーさんは励ましてくれた。
「はいっ」
まずは、お湯を沸かし、私がブレンドしたコーヒー豆を魔導ミルで挽く。魔導ミルは魔力を使わなくても豆が挽ける便利な道具だ。その音が小気味よく、手動で挽いていたころが懐かしい。よし、調子が戻ってきた!
サーバーにドリッパーをセットして、コーヒーフィルターを手際よく取り付ける。お湯が沸いたところで少し冷まし、コーヒーフィルターをお湯で湿らせる。サーバーの余分なお湯を捨て、ドリッパーに挽きたてのコーヒー粉を入れる。まずは少量のお湯で30秒蒸らし、そこから少しずつ、何回かに分けて抽出していく。私はこの工程が一番好きだ。
なんたって、一番いいかおりがするから。
抽出が終わり、味見をして問題ないことを確認すると、コーヒーカップにサーバーから注ぎ淹れる。
よし、できた!
私は完成した一杯のコーヒーをルシファー様へとお運びする。
「当店のスペシャルブレンドです、どうぞ」
ルシファー様は、カップを手に取るとしばらく香りを堪能していた。
そして、ようやく一口飲む。
その一口目を飲みほして言い放った。
「お前、うちの屋敷でメイドをしろ」
「え、メイド……」
ルシファー様の屋敷でメイドをする?
いやいや、そんなことしたら、私の首が物理的に飛ぶ!
「無理です! 私、ドジで皿もグラスも割るし、この間なんて、お客様に料理ぶっかけちゃって! お屋敷で働いたりしたら、首と胴体がサヨナラしちゃいます!」
一気にまくしたてる。そして思った。
終わった……!
一介の下級悪魔が、上級悪魔のそれも魔王サタンの右腕、ルシファー様に盾突いたのだ。
当のルシファー様はというと、一瞬ぽかんとしていたが急にうつむいたかと思えば、肩を震わせている。
「変わってないな」
そう聞こえたように思えたが聞き間違いだろうか。
それよりも、震えているのは怒りからだろうかと気が気ではない。
しかし、ふいに顔をあげたルシファー様は、なんの表情も浮かべていなかった。
「そうか、お前の申し出はわかった」
そのまま、コーヒーを堪能している。
え、これ、私助かった?
「わかっていただけたようで何よりです」
思わずカーテシーをしそうになるくらいだった。今度は羞恥で首が飛ぶだろう。
「その代わりと言っては何だが、毎日、ここでお前のコーヒーをいただこう」
「へ?」
「俺の申し出を断ったんだ、それくらいはかまわないだろう?」
あ、これ逃げられないやつだ。
「そうだな、この席も俺の専用席にしてもらおうか」
そう言って、ひじ掛けに頬杖をついて足を組む。その所作すら美しい。
「お言葉ですが」
しかし、マギーさんは違ったようだった。私の隣にやってきて、ルシファー様の前にかしずくと言い放った。
「ここ、アルバトロスは下級悪魔が憩う場所です。ルシファー様ほどの方なら、ほかにいい悪魔を見つけられるでしょう」
「マギー、お前も懲りないな。魔王城を出た時からか」
「ルシファー様ほどでは。譲歩して、コーヒーを飲みに来るのは許しましょう」
火花の散る二人の間で私は目が回ってしまった。




