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はじまりに一杯のコーヒーを 〜上級悪魔は、私にもう一度笑う理由をくれた〜  作者: 長良リコ
第一章 一杯のコーヒー

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300年ぶりの遭遇

「皿洗いも任せられないんじゃ、住み込みで働かせた意味がないわねェ……」

 開店前のカフェの住居区域で、マギーさんがせっせと朝食後の皿洗いをしている。

「その点につきましては、忸怩たる思いです」

 身を縮めながら、エリィはマギーさんの隣で皿を拭いていた。

「まぁいいわ。エリィのコーヒーのおかげで今月の売り上げは過去最高益行くかもしれないし」

「えっ!」

 びっくりした拍子に、手元の皿を落とす。また割ったかと思ったが、小気味よい音はしなかった。

「アンタってほんとにビビリよねェ。そこは誇りなさい」

「マギーさん、魔法使ったんですか!?」

 落としたはずの皿はふよふよと浮遊して、私の手の中に戻ってくる。

「魔法使ったから、お腹すくんじゃないかって? んふ、アンタはそんなこと気にしなくていいのよ。アタシは下級悪魔ほどヤワじゃないの」

 そう言って、マギーさんはピッと水滴を私の鼻のてっぺんに飛ばしてきた。

「くっ、オネェ強し」

「何か言ったかしらァ?」

「なんでもございません!」

 マギーさんは手拭きで水を拭くと、ふうっとため息をついた。

「でも感慨深いわねェ。道端で倒れてたアンタを見たときはどうしようかと思ったけど」

 三か月前、私は文字通りマギーさんに拾われた。前の職場も家も追い出され、道端に生えている草を食べやり過ごすこと1週間。奇跡的にマギーさんに見つかった。




「そこのお方……何か……食べるものをください……」

 倒れた状態で、道行く人に懇願する。

「や、ヤダぁ、アンタ行き倒れ!?」

 そこそこ人通りのある道だったが、誰も見向きもしない。そんな中。

「ほら、パンよ。食べなさい」

 そのオネェは私の隣に座ると、自分もパンを食べだした。

「アンタ、その様子じゃ下級悪魔なのね?」

 私はパンにかぶりついたまま頷く。

「で、生きていくのにも困ってる、と」

 やっとパンを飲み込んで私はまくし立てた。

「そうなんです! 何をしてもダメで、生まれてこの方400年、役に立てたことがありません! でもコーヒーだけは好きです! コーヒーだけは淹れられます!」

 隣に座ったオネェは、ブハっと噴き出すと言った。

「いいわ、アンタ、うちの店で働きなさい」




 あれから3か月が経過していた。

「初めは目も当てられなかったけど、コーヒーだけは淹れられるのよねェ」

 何枚、皿やグラスを割っただろうか。給与から天引きされているので総数はわからないが、かなりの損害が出たようだ。カフェの売り上げが好調とはいえ、だめじゃなかろうか。

「でもマギーさん、普通の悪魔なのにどうしてこの店やってるんですか?」

 魔法が使えるということは、人間と契約して魂を食べることもできるはずだ。

 悪魔が生きるには、2つの方法がある。1つ目、人間と契約してその魂をいただくこと。2つ目、人間と同じように、料理を食べてエネルギーで生きることだ。でもそれでは魔法を使う際のマナはほとんど補えない。だから、もし下級悪魔が魔法を使ったら、一回でマナ切れを起こしてヘロヘロになってしまう。

「それはねェ、オネェの秘密よ」

「またはぐらかすー!」

 マギーさんにはマギーさんなりの信念があるようで、この話題はいつもはぐらかされる。

「そろそろアレウスが出勤してくるんじゃない? 店、開けるわよ」

 話題を切り替えて、逃げる気だ。

「今日はアレウス君、欠勤って聞いてますけど?」

「あらー、そうだったかしら? 厨房はアタシだけで回すしかないわねェ」

 わかっていたくせに、白々しい。

「さ、今日も下級悪魔のために、頑張ってカフェ開くわよ!」




 モーニングも終わり、落ち着いてきた時間帯だった。

「いらっしゃいませー、アルバトロスへようこそ!」

 しかし、店に入ってきた人影に私は凍り付いた。

 黒髪をきれいになでつけ、白いスーツが長身で整った顔立ちに嫌味なく似合う。白い肌は美しく、特にその青い瞳が印象的だった。これは噂に聞いた魔王サタンの右腕、ルシファー様だ。

 それと同時に、ふと、あの夢の人のことが頭をよぎった。

 でもそんな思いはルシファー様の一言で吹き飛んだ。

「コーヒーを一杯、いただきたい」


 その一杯が、私の未来を変えることを、

まだ私は知らなかった。

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