300年ぶりの遭遇
「皿洗いも任せられないんじゃ、住み込みで働かせた意味がないわねェ……」
開店前のカフェの住居区域で、マギーさんがせっせと朝食後の皿洗いをしている。
「その点につきましては、忸怩たる思いです」
身を縮めながら、エリィはマギーさんの隣で皿を拭いていた。
「まぁいいわ。エリィのコーヒーのおかげで今月の売り上げは過去最高益行くかもしれないし」
「えっ!」
びっくりした拍子に、手元の皿を落とす。また割ったかと思ったが、小気味よい音はしなかった。
「アンタってほんとにビビリよねェ。そこは誇りなさい」
「マギーさん、魔法使ったんですか!?」
落としたはずの皿はふよふよと浮遊して、私の手の中に戻ってくる。
「魔法使ったから、お腹すくんじゃないかって? んふ、アンタはそんなこと気にしなくていいのよ。アタシは下級悪魔ほどヤワじゃないの」
そう言って、マギーさんはピッと水滴を私の鼻のてっぺんに飛ばしてきた。
「くっ、オネェ強し」
「何か言ったかしらァ?」
「なんでもございません!」
マギーさんは手拭きで水を拭くと、ふうっとため息をついた。
「でも感慨深いわねェ。道端で倒れてたアンタを見たときはどうしようかと思ったけど」
三か月前、私は文字通りマギーさんに拾われた。前の職場も家も追い出され、道端に生えている草を食べやり過ごすこと1週間。奇跡的にマギーさんに見つかった。
「そこのお方……何か……食べるものをください……」
倒れた状態で、道行く人に懇願する。
「や、ヤダぁ、アンタ行き倒れ!?」
そこそこ人通りのある道だったが、誰も見向きもしない。そんな中。
「ほら、パンよ。食べなさい」
そのオネェは私の隣に座ると、自分もパンを食べだした。
「アンタ、その様子じゃ下級悪魔なのね?」
私はパンにかぶりついたまま頷く。
「で、生きていくのにも困ってる、と」
やっとパンを飲み込んで私はまくし立てた。
「そうなんです! 何をしてもダメで、生まれてこの方400年、役に立てたことがありません! でもコーヒーだけは好きです! コーヒーだけは淹れられます!」
隣に座ったオネェは、ブハっと噴き出すと言った。
「いいわ、アンタ、うちの店で働きなさい」
あれから3か月が経過していた。
「初めは目も当てられなかったけど、コーヒーだけは淹れられるのよねェ」
何枚、皿やグラスを割っただろうか。給与から天引きされているので総数はわからないが、かなりの損害が出たようだ。カフェの売り上げが好調とはいえ、だめじゃなかろうか。
「でもマギーさん、普通の悪魔なのにどうしてこの店やってるんですか?」
魔法が使えるということは、人間と契約して魂を食べることもできるはずだ。
悪魔が生きるには、2つの方法がある。1つ目、人間と契約してその魂をいただくこと。2つ目、人間と同じように、料理を食べてエネルギーで生きることだ。でもそれでは魔法を使う際のマナはほとんど補えない。だから、もし下級悪魔が魔法を使ったら、一回でマナ切れを起こしてヘロヘロになってしまう。
「それはねェ、オネェの秘密よ」
「またはぐらかすー!」
マギーさんにはマギーさんなりの信念があるようで、この話題はいつもはぐらかされる。
「そろそろアレウスが出勤してくるんじゃない? 店、開けるわよ」
話題を切り替えて、逃げる気だ。
「今日はアレウス君、欠勤って聞いてますけど?」
「あらー、そうだったかしら? 厨房はアタシだけで回すしかないわねェ」
わかっていたくせに、白々しい。
「さ、今日も下級悪魔のために、頑張ってカフェ開くわよ!」
モーニングも終わり、落ち着いてきた時間帯だった。
「いらっしゃいませー、アルバトロスへようこそ!」
しかし、店に入ってきた人影に私は凍り付いた。
黒髪をきれいになでつけ、白いスーツが長身で整った顔立ちに嫌味なく似合う。白い肌は美しく、特にその青い瞳が印象的だった。これは噂に聞いた魔王サタンの右腕、ルシファー様だ。
それと同時に、ふと、あの夢の人のことが頭をよぎった。
でもそんな思いはルシファー様の一言で吹き飛んだ。
「コーヒーを一杯、いただきたい」
その一杯が、私の未来を変えることを、
まだ私は知らなかった。




