第70話 謎を秘めた力(4)
「何なんだ。この妙な感覚は……」
疲れのせいか動きに普段の切れ味がない代わりに、戦い方に関してはいつもより合理的で効果的に、そして残酷になっている自分にレオゼノクは気づいていた。マムルークの士官学校で訓練を積んできたアラジニア流の格闘術とも、他のどの武術とも違う冷徹で野性的な技の数々。後天的に習得したものではなく本能的に体が知っている戦法による容赦のない猛攻に、レオゼノク――ラシードは戦いながら自分で自分が怖くなってくる。
「おのれ、父親譲りの残虐性はやはり噂通りだな。この世界を滅ぼすために生まれてきた魔王の仔よ」
「世界を……?」
予期せぬゼブラゼノクの言葉に、一瞬動きを止めたレオゼノクはその隙に反撃を受けて体当たりで後ろへ押し返される。鉄よりも硬いゼノクの装甲同士が猛烈な勢いでぶつかり合って火花が散り、体に走った痛みがレオゼノクの獰猛な本能を更に激しく燃え上がらせた。
「ウォォォッ……!」
野獣のような咆哮を発したレオゼノクの魔力が上昇し、金色の光が彼の全身に迸る。だがレオゼノクが拳を握って相手に殴りかかろうとしたその時、不意に背後から飛んで来た緑色の二本の光線が、彼のすぐ横を通過してゼブラゼノクに命中した。
「ぐぁぁっ……! き、貴様はジュシエルの……」
「何だと」
ゼブラゼノクの視線を追って、後ろへ振り向いたレオゼノクの目に映ったのは年老いた魔女のような恐ろしい面相をした深緑色の魔人だった。彼女が両眼から放った光線を浴びたゼブラゼノクの胸は石化し、その効果が見る見る内に全身へと広がって、彼はたちまち体全体を固められて灰色の石の彫像のようになる。
「メドゥーサの魔人、か」
メドゥーサゼノクは片手をかざすと、広げた掌から同じ緑色に輝く光の球を撃ち出した。全身を石に変えられて身動きできないまま、超高熱の光弾の直撃を受けたゼブラゼノクはまるで硝子細工の如く木端微塵に砕け散る。
「来るか……うっ」
敵か味方か。警戒して身構えるレオゼノクだったが、肉体が既に限界を迎えていてこれ以上は戦えない。しかしメドゥーサゼノクはそんな彼の姿をしばし無言のまま見つめた後、逃げるように立ち去ってその場から姿を消してしまった。
「神ジュシエルのご加護、って奴か。帰ったら感謝の礼拝をしないとな」
変身を解いたレオゼノクは疲れ切ったラシードの素顔を外気に晒しながら自嘲気味にそう呟く。どうせなら築きかけていた防壁がここまで無惨に壊されてしまう前に救ってほしかったが、という皮肉めいた不平は、今は慎んだ方が良さそうだと流石の彼も思わずにはいられなかった。
「そう言えば、ダーリヤはどこに行ったんだ? 皆の避難誘導でもしてくれたのか」
さっきまでいた部下の姿がないことに気づいたラシードは、爆発に驚いて逃げ出してしまった自分の愛馬が川辺で水を飲んでいるのを発見すると、その背に跨って彼女を探すために駆け出させたのであった。
「また一人……我が同胞の勇者が殉教しおったか」
言葉とは裏腹に、しわがれた導師の声には残念な気持ちも、犠牲者への哀悼の念もさして籠もってはいなかった。地上でレオゼノクと戦っていたゼブラゼノクの魔力が消滅したのを感じても、ヒゼキヤ・ベン・アハブはそのような些事に心を乱されるほど自分は未熟者ではない、とでも言うように眉一つ動かさず平静を保っている。
「まあ良い。あの男は真面目で修業熱心だったが、不憫なことに神から授かったゼノクとしての才が少々足りなかったようじゃ。あふれんばかりの潜在能力を持って生まれたお前とは違っての」
「ううっ……」
ザフィエル教の神を祀った地下神殿の奥、礼拝所から階段を更に下りて行った建物の最深部に、戒律に背いた罪人を閉じ込めるための鉄格子の檻がある。その薄暗い独房の中で手足を鎖に繋がれ、冷たい石の壁に磔にされて監禁されているやせ細った色白の少女に、ヒゼキヤは不気味な笑みを向けながら言った。
「ラビの権威を軽んじ、群衆をたぶらかした罪は奴との戦いで償ってもらうぞ。スザンナ・バト・エリシャよ」
昨夜のレオゼノクとの戦いで力を使い果たし、倒れて意識を失ったスザンナはそのままヒゼキヤ派の信徒らに身柄を確保され、目覚めた時には彼らの秘密の拠点であるこの地下神殿で囚われの身となっていた。重い鉄製の鎖で拘束されて身動きできないスザンナに、扉を開けて檻の中へ入って行ったヒゼキヤの息子のマナセ・ベン・ヒゼキヤはその端整な美顔を息がかかるほどの距離まで近づけて語りかける。
「もう生意気な口は利かせないよ。今の君は、神が僕らに与えて下さった可愛い人形だ」
怯えた表情で声も出せずに硬直しているスザンナを、マナセは嗜虐的な視線でじっくりと観賞するように見つめつつ冷たく微笑むのであった。




