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第十八話 小遣いをあげるような間柄っていうか



 道端に積もっていた雪も、ほとんどがもう溶けてしまった。

 待ち合わせ場所でぼんやり立っていると、腕を叩かれる。

「お待たせしてごめんなさい」

「いや、まだ時間になってないし」

 見下ろすと、万葉子ちゃんは緊張をしているのを隠すような笑顔で、自分の服装を確かめる。

「変じゃないですか?」

 いつも可愛らしい格好だが、今日は一段とその傾向が強い。コートにもこういうデザインのものがあるのかと感心する。芹花のクローゼットには存在しないであろう服ばかりだ。

 前世の自分と似た顔だが、やはり彼女は女の子なのだと実感した。

「いや、可愛いよ。そういう服似合ってる」

 形式的に出てしまった言葉だが、万葉子ちゃんは嬉しそうだった。

 初めて霊園で会ったときはまさか、彼女と二人で出かけることになるとは思わなかった。

 出かける先をどうしようか悩んだ結果、本人に行きたい場所を直接尋ねることにした。それに加え、三崎から得た情報と、その後メールで一方的に送られてきた映果さんのオススメの場所を参考にさせてもらった。

 とりあえず連れ立って歩いてみるが、彼女は映果さんや桧山さんよりも小柄だ。俺と四十センチくらい差があるんじゃないか?

「お兄さんとは、待ち合わせしやすいですね」

「背が高いから?」

「はい。芹花さんも大きいですよね」

 まあ、女性で芹花よりも背が高い人は多くはないだろう。父方の血を濃く受け継いだのか、俺もあいつも平均よりも上だ。

「いいなあっていつも思ってるんです。うちはどちらかというと小柄な家系で」

 よく知ってます。

 鈴森の父も当時の平均、鈴森の母はおそらく今の万葉子ちゃんよりもさらに小さかっただろう。やけに高く見えた二人の兄も、現代ではさして高くないほうだ。高山田くらいなら、永喜でもそこそこ高い部類と言ってもいいかな。

 そんなことを考えていると、ふと万葉子ちゃんの姿がないことに気づく。慌てて見渡すと、数メートル後ろにいた。小走りで追いついてくる。

「ごめん」

「いえ、私こそすみません」

 つい忘れてしまうが、歩幅がかなり違うんだった。

 ゆっくり歩いたほうがいいよな。映果さんなんて、たまに俺よりもずっと速く歩くけど。

 万葉子ちゃんは手を出しかけて戻す。周囲を気にするそぶりを見せながら恥じらって。

「つなぐのは……まだ早いですよね。お試しですもんね」

 俺に彰寿の記憶がなければ彼女にときめいていただろうか。

 確かにこの子は可愛い。映果さんが溺愛するのはよくわかる。

 でも、今俺のなかにあるこの感情は、明らかに恋ではない。

 彰寿ファンに憤っていたあの小さな子が、ここまで成長したのかという感慨。うん、明らかに爺さん的思考だな。

 俺が革命を生き延びていたら、前原の位置に俺が収まっていただろうか。それで、自分によく似たこの子に複雑な思いを抱きつつ、可愛がっていたりして。もし俺に子がいたら……万葉子ちゃんみたいだったかな。

 ああ、駄目だ駄目だ。こんな思考、不毛すぎる。

「お兄さん?」

「あ、ごめん。いいところのお嬢さん一日お預かりするから緊張しちゃって」

「そんな、うちだってもう一般家庭ですよ」

 わかってないなあ、という自分の思考が鬱陶しい。

「そう? 庶民とやっぱりいろいろ違うんじゃない? 気づいていないだけで」

「確かに、元華族じゃない家の子からはつっこまれたりしますね。幼稚園の頃はなんとなく自分が普通なんだって思ってたけど、高校になるとだんだんむしろ特殊なんだって気づいたりして」

 そこで一回切る。首を傾げていると、彼女は右手で髪をいじりながら苦笑する。

「特殊と言えるかはわかりませんが、最近ちょっと事件が起きて」

「え? 何かあったの?」

 こんなことお話しするのは恥ずかしいんですけれど、と彼女は苦笑する。

「大叔父の隠し子騒動があって」

 大叔父って……俺?

「まさか!」

「あ、彰寿さんじゃないんです。祖父のすぐ下の弟さんで」

 寿史兄上か。それならば納得がいく。

「いきなり女の人が訪ねてきて、自分は寿史さんの娘だから財産をもらう権利があると言い出したんです」

「で、どうしたの?」

「父が……」

 寿基は何か心当たりがあると言うように席を外し、古びた書類を持って戻ってきた。

「それが、大叔父の渡航記録だったんです」

 勘当が解かれてからは徐々に洋行を減らしたようだが、その隠し子疑惑のある女性の生年月日や出身地と記録は一致しなかった。それを知った彼女は、逆にこちらからDNA鑑定を持ち出されると慌てて去っていったのだという。

「彰寿さんならわかるんです。有名ですから。でも、まさか寿史さんの隠し子騒動が起きるなんて、私たちには信じられなくて」

 つっこみたい。すごくつっこみたい。当時の鈴森を知る人間なら、俺よりもあの次兄のほうが可能性が高いと納得するはずだと。まったくの濡れ衣だ。

「どうやらその記録、祖父が万が一のために残していたみたいで」

「あ、お、お祖父さんが?」

「ええ。父にこう言って……」

 ――あれは女性関係に不安がある。もしも訪ねてくる人がいたら、まずはそれで確認しなさい。

 そつがない長兄に、俺はいろいろな感情を込めた息を吐いた。

「まさか、祖父の死後に役に立つとはって父が笑っていました。もしもあと数年遅かったら処分してたかもしれない、と。まだ親戚の出入りもありましたから、みんな大笑いでした。ああいう場合、怒りがわくよりもまず可笑しくなってしまうんですね」

 兄上が亡くなって以来、皆が一様に朗らかな表情になるのは初めてだったという。

「実際、血縁関係があるかどうか調べてもよかったんですけれどね。叔父が言うには、祖父がいなければ騙せそうだから亡くなったのを見計らってやってきたのではないか、と」

 そこまで語ると、彼女は頬を赤らめた。

「ごめんなさい、変な話して」

「いや」

 なんだか自分まで他の人々と一緒に笑いあった気分だ。もしもあのまま死なずに生き続けていたら、そういう未来もあったかもしれない。

「彰寿さんばかりが有名ですけれど、その大叔父もとても素敵な人だったんですよ。祖父がいろいろ写真を見せてくれました」

 兄二人は気質がまったく違うけれどとても仲がよかった。軍学校時代、てっきりあの次兄は俺だけに会っていると思っていたが、寿貞兄上ともよく接触していたと後に知って驚いた。あちらには、鈴森の家のことを尋ねていたらしい。

 俺の死後、どんなやりとりをしていたのかな。

 先に置いていったのは俺だというのに、やはり置いていかれたような気分になる。

「そちらもなかなか大変だね」

「有名な人が一人でもいると違いますね……」

 今ではつながりがなくなってしまったが、と前置きをしながら、亮様の話が出て思わず立ち止まる。万葉子ちゃんは首を傾げたが、彼女の親友がその生まれ変わりだとは言えなかった。

 目的地は、万葉子ちゃんリクエストの水族館。休日で多少混雑していた。

 万葉子ちゃんは俺を見上げ、次に背後を気にする。確かに邪魔に思っていそうな顔をしている人たちがいた。背が高いと便利なことも多いが、こういうときは人一倍配慮が必要だ。

「俺が前にいると見えない人いるから」

 そうやって彼女の後方へ回ろうとするが、即座に横をキープされる。

「じゃあ、端っこでゆっくり鑑賞しましょう」

「ごめんね、気遣わせて」

「いいえ。私、立ち止まってじっくり見るのが好きなので」

 巨大な水槽を泳ぐ魚群に彼女は目を細め、俺も無言で眺める。海に比べたらこれでも狭いのだろうが、のびのびとして見えた。

 その後、数ヶ所回って、ある展望台に到着した。ちょうどベンチが空いていたので、二人で腰掛ける。

 彼女は愛おしむように斜陽に染まる町並みを見下ろす。

「高いところ好きなの?」

「そうですね、小さくなったおうちとか、地上からは見えない遠くのものが見えるのがなんだか楽しくて」

 映果さんはどちらかというと地上を動き回るタイプだからな。

「水族館もそうだけど、鈴森さんは何かをじっくり見るのが好きなのかな?」

「言われてみれば」

 彼女は手を叩く。

「コンサートとかプラネタリウムとか美術館とか。そんな趣味ばかりです」

 ――万葉子は私のお散歩に付き合ってくれないんだ。確か、映果さんはそう言ってたっけ。

「映果がお散歩好きになる前は、二人で映画やバレエ観に行ったりしていましたよ」

 相槌を打ちながら気づく。

「そういえば、今日初めて槙村さんの話が出たね」

 彼女の大きな目が丸くなる。

「そう、でしたっけ?」

「いつも槙村さんの話ばかりだったけど、そういえば珍しいなって」

 思えば、最初のお菓子教室の時点で、映果さん応援作戦を展開していたんだ。そりゃあ、いつだって映果さん話になるよな。あの日の帰り道だって、映果さんのために探り入れてきたのだから。

「本当に二人は仲良いんですね」

 夕日が彼女の顔を照らす。

「はい……映果といると、すごくほっとするんです。何やらせてもあの子は優秀で、反対に私はできなくて。でも、素直に映果はすごいって思えるんです」

 彼女は一度唇を引き締めると、俺を見つめる。

「私、彰寿さんのこと、大嫌いでした」



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