第十六話 強敵と書いて「とも」とは読みません
「正寧革命は、成功と言えよう!」
いきなりこんなこと言われたら、固まるに決まってる。
「悪しき因習を断ち切り、新しい世を拓いた。それゆえこの日本は指折りの先進国へと発展するに至った。世界でも希有な成功例に他ならない!」
永喜の世で、こんな言葉遣いするやついたのか。
大学に入学したとはいえ、まずは一般教養の授業ばかりを取ることになる。一年生はゼミの履修はできないが、五月半ばに下級生向けの見学期間が設けられている。
俺がこの学校を選んだのは、革命時代の研究では特に一目置かれている先生がいたからだ。それで、そのゼミに嬉々として足を運んだら、このとおり。
「多くの犠牲があったのは事実。しかし、これも現代化への礎、致し方あるまい」
今、革命の正当性を古めかしい口調で喋っているのは教授ではない。学生だ。確か、三年生の……瀬戸さんだったか。
これが革オタというものなのだろうか。他人から見れば自分もきっと同類とはいえ、不思議な存在として目に映った。
彼は、ゼミ見学の日に発表者となったせいなのか地なのか、とにかく張り切っていた。
配布されたレジュメには、要約すれば、いかに革命が日本史上で最も素晴らしい転機となったか綿密に記載されていた。
永喜人としてはたいそう熱い思想で、今どきこんなに国のことを真面目に考えているのも珍しい。あの日、銀座事件に交じっていてもおかしくはない。
ということは現代には合わない気質でもある。特に女子は、上級生から下級生までそろってドン引きしていた。
ああ、やっぱりそうなってしまうよな。俺は紙で口元を隠しながら、苦笑いする。
瀬戸さんは強い志を抱いて、熱心に研究しているのだろう。彼なりの理論を持っている。
俺も、以前ほど革命肯定派を敵視していない。ただ、それでも価値観のすべてがひっくり返ったわけではない。
「さて、他に質問はありますかね。下級生もよければどうぞ」
瀬戸さんの発表をにこにこと聞いていた先生が、手のひらで俺たちの発言を促す。渡されたレジュメを見ながら手を挙げると、隣の男も同時に挙手した。
「あ」
譲ろうとしたら、あちらからジェスチャーで「先にどうぞ」と言ってきた。ありがたく俺は口を開く。
「一年の松井です。発表ありがとうございました。あの、瀬戸さんは革命は成功だと仰っていましたが」
瀬戸さんは大きく頷く。
「俺は、瀬戸さんが仰るほど完全な成功ではないと思います」
「何ぃ?」
その場にいた学生の大半が、不穏な視線をこちらに向ける。刺激するな、と。それを見ないふりしながら、俺は続ける。
「たとえば華族制と平等主義についてですが、彼らが身分を失ったとしても」
「その身分がまず問題だ! たかだか先祖が勲功をあげたくらいで。それは子孫の手柄ではないだろうに」
「いや、まず」
「あからさまな身分制を作るから、国に歪みが生まれたんだ」
瀬戸さんは、俺がいかに間違った考えなのか、何分にも渡って説いてくれた。俺、まだほとんど何も喋っていないのに。
しまった。別の話題から入ればよかった。完全に話の切り出し方を間違えた。
この人は、六十年前に生まれていたら、もっと歓迎してくれる仲間がいただろうに。
もしかして、過激平民派の生まれ変わりか? まさか、高山田の転生した姿なのか?
語るほど興奮が増したのか、もはや俺が口を挟む隙がないほど、彼は早口になってしまった。俺は相槌を打ちながら反論の隙を探っていたがなかなか入れない。
「あの、いいですか?」
一瞬のわずかな隙を絶妙について、そこに入ってきたのは、さっき譲ってくれた隣の人だった。
「一年の菊川です。お話ありがとうございました。とても興味深かったです」
「菊川くん? 君も革命否定派かい?」
「いえ。でも、肯定もしません。ところで、瀬戸さんは民衆派寄りということでいいんですか?」
瀬戸さんは不愉快そうな顔をする。
「いや、中立だ。そのうえで、革命を成功だと断じている」
菊川と名乗った学生は、レジュメに視線を落とす。
「中立というわりには、あきらかに民衆派に偏った見方だと思うんですけれども」
瀬戸さんの興味は完全に彼に移ってしまう。
菊川とやらはやけに堂々としていて、瀬戸さんの猛攻にも動じずに、どんどん話題を逸らして自分のペースに持っていく。そのおかげか、瀬戸さんもかなり冷静になり、俺とも改めて議論できるほどに落ちついた。
瀬戸さんは満足そうな様子でもう一度結論を述べる。そこで先生が締めの一言を口にし、ちょっと早いがゼミは終了となった。
教室を出ようとする背中に追いついて、俺は声をかける。
「さっきはありがとう。空気壊して申し訳なかった」
穏やかそうに見える顔立ちだ。
「いえいえ。あの人すっごい極端だよな」
苦笑し合う。
見学でこの調子だと、うちの学年、あのゼミの履修人数少なそうだ。
「君も革命時代詳しいの?」
「いや、そうでもないよ。そっちのほうがよっぽど詳しいと思うけどな」
「俺もそこまでじゃないよ」
言いながら、菊川は時計を見る。
「せっかくだし、昼一緒に食べない?」
二限が終わるまであと五分。俺は喜んで誘いに乗った。同じ学科の人と
大学の学食は広くてありがたい。半分以上は埋まっていたけれども、二人座れる席は取れた。
「そういえば自己紹介まだだったね。菊川咲哉です」
丁寧に頭を下げてくるものだから、こちらもついつられて会釈する。
続けて俺も自己紹介し、そのあとはお互いの高校とかどこに住んでるとかいう話になる。
菊川は地方から上京してきて、現在は一人暮らし。一年浪人しているらしい。歳は上になるけど、今は学年一緒だから敬語はやめてほしいと言われた。
「松井はサークルとか部活とかやらないの?」
「あー、どうしよう」
大きい大学ではあるので、多種多様の部活・サークルが存在する。早いのになると、もうとっくに活動を始めているが。三崎もうちの学校に入ったが、確かまたバスケ部って話してたような。中学のときから続けているのは偉いと思う。
「別に趣味とかあるわけじゃないしなあ。菊川は?」
「あー、福祉系」
介護施設を中心にボランティア活動をしているサークルなんだとか。
「立派だねえ」
「そんなことないって」
菊川は目を伏せる。
「単に、自分のためだよ。何かしなくちゃって思ってる、本当、ただそれだけで奉仕精神ってほどじゃないんだ――残念ながら」
自分のため、ねえ。
最初は就職のことを言っているのかと思った。けれども、そういう意図ではないような口調だった。そう感じつつも、あえて口には出さない。
「自分のためって話なら、なんで史学? ぶっちゃけ就職に有利ってわけでもないじゃん」
「うーん、そうだなあ」
菊川は沈黙する。その顔が不意に、泣き笑いみたいに見えた。
「松井はどうして?」
「え?」
いきなりの質問返しに戸惑う。
「もっと」
確かに高校まではそうだった。でも――。
「俺さ……あのあたりのこと、何も知らないんだ。だから、あえて選んだと言うか、ふと、向き合って勉強しなきゃいけない気になったと言うか」
大学でできることは、思った以上にないのかもしれない。けれど、四年間勉強するなら、革命にしたかった。鈴森彰寿の記憶を持っている限り、いつかは向き合うことになったかもしれないから……とは言えないが。
様子を窺っていると、菊川は笑って頷いた。
「……俺も、似たようなもんだよ」




