私は、妹。
入学式に着ていくリクルートスーツがとてつもなく似合わないのは、私がいつまで経っても子供っぽいからだろう。高校生に見えるか見えないか……やっぱり中学生のような外見にヒールは違和感があった。
「中学生がリクルートとかウケる」
相馬君は指差して大笑いしてきた。相馬君は似合っているから腹が立つ。
……にしても、このリクルートスーツ、他の人と何かが違う。値段か? ブルジョワめ。
嫌な巡り合わせだけど、私と相馬君は同じ大学なのだ。もちろん学部は違う。入試は一緒に来て、入学式も連絡を取り合ってたまたま会って。
ちなみに土橋君とか「ちりとり!」も同じ大学を受けた。片方は学部的な面かもしれないが浪人、片方は落ちて滑り止め入学だ。
今は、向上月君のお墓参りに向かうところだ。
「これもステータスよ」
「ロリコンじゃねーからわかんねーや」
悔しくなんか、ない。私はない胸を張って前をむいて歩いていける。
風がやんわりと吹いた。春の心地よい空気……こんなことが気になる沈黙。
「担任も笑ってたなぁ。俺と珠美ちゃんが同じ大学って」
「私もおかしくてしょうがないくらいだから、先生が大笑いしても不思議じゃないわ。むしろ笑わない方が変」
「確かに言えてるな」
「今だから言うけど、私、先生ってロリコンだったと思う」
「今更突然? 常識くらいに思ってたわ」
相馬君との軽口は気楽だ。沈黙もそんなに重くない。お互いにちょうどいい距離感を持てているから、きっと、友情なのだろう。
お互いになんとなく、クツクツとした不気味な笑いを零す。
「おい、止めろよその笑い方気持ち悪ぃ」
「相馬君の方が気持ち悪い」
お互いニヤニヤしているのが一番気持ち悪いけど。今からお墓だって言うのに。
ほんの少し無言でいたら、相馬君がじっと私を観察していることに気が付いた。
「なに?」
「ん? いや……珠美ちゃん、最近すげー綺麗になったよな」
「嘘つかないでよ」
「いや、これマジ。色っぽくなったよな、中坊のくせに」
一言多いよタコ。
でも、まぁ……。
「恋をすると、女の子は綺麗になるって言うでしょ」
そう、恋。死に至る病。
私は自分の唇がニヤリとつり上がっていることを、少し経ってから気が付いた。
「愛を知ると、欲が出て、色っぽくなるんだよ」
言い換える言葉なんかたくさんあった。しかし、私はこの言葉を選んだ。
相馬君の顔が強張る。あのときのお兄ちゃんと同じ顔。
――"どこか怖がるようでもあった。"
「なんてね」
冗談として笑い飛ばす。だって、ほとんど冗談だ。徹頭徹尾馬鹿馬鹿しい絵空事本気でやっていたのだから。
ともすれば、今だって冗談みたいな浮遊間の中に生きていても不思議じゃない。恋をしてから空を飛ぶ様な気持ちで毎日過ごしています、なんて……。
「ハハ……」
相馬君はカラカラとした乾いた笑いでやり過ごそうとしていた。
事情を察したのか、それとも、嫌な感じだけ受け取ったのか。
仕方ない。私は性格の悪い子から、本当に悪い子へ昇格したのだから。
空は見ない、見れない。足元だけを見る。コンクリのギザギザした地面と、数歩先しか見えない。景色すら映らない。私の足がつまらない地面を一定のペースで流していくだけ。
私は妹。
欲しいものは、お兄ちゃんだけ。
石につまづきさえしなければ、それなりにやっていける。




