第52話~第54話
第五十二話:古き地図の陥落都市と、孤狼の破天荒な要求
俺たち『神狼の刃(The Blades of Divine Lupus)』の四人がイーゴリ(Igor Stone-Crusher)の執室へと足を踏み入れた瞬間、そこにいた人物たちの姿を見て、俺――ハナシ・リョウガは微かに目を細めた。
なんとそこには、お忍びの『変装 』をした国王オーレリウス四世(King Aurelius IV)と、領主ガレス様の二人が静かに座って俺たちを待っていたのだ。
王は俺の姿を見ると、深く威厳のある微笑みを向けた。
「リョウガよ、無事で本当に良かった。お前が五体満足でここに立っていること、心から嬉しく思うぞ」俺は短く応じた。「感謝いたします、陛下」
全員が重厚な木製の椅子に着席した後、ギルドマスターのイーゴリが低く重々しい声を響かせた。
「リョウガ、お前たちをここに呼んだのは他でもない。陛下が直々に、お前たち『神狼の刃』へ直属の最高機密任務を託したいと仰せられたからだ」
「そうだ」国王陛下が力強く頷く。
俺は背もたれに身体を預け、冷淡な眼差しを崩さずに尋ねた。「お聞きしましょう。一体、どのような任務ですか?」
オーレリウス四世は真剣な目を俺に向け、本題を切り出した。
「私はお前たちに、再びこの『王の盾』の街を魔物の総攻撃から守り抜いてほしいのだ。もしこの第二波を完全に退け、我が国に完全なる勝利をもたらしたならば、お前たちに**【金貨20000枚】**の追加報酬、そして討伐した魔物どものすべての魔石を与える。さらに、それだけではない。我が王都の一等地にある広大な『領地 』を、お前個人に永久に与えよう。どうだ、我が提案を受けるか?」
その破格の恩賞に、後ろにいたキングラッドやエナリルは息を呑んだ。王都の土地を賜るということは、実質的に最高位の貴族 としての地位を約束されたも同然だからだ。
しかし、俺は僅かな沈黙の後、冷酷な笑みを浮かべて首を振った。
「……悪くない セール (オファー)ですが陛下。俺はその王都の土地の代わりに、別の『報酬』を要求したい」
「何だと……?」
領主ガレス様が驚愕のあまり目を丸くし、身を乗り出した。「王都の土地を拒むというのか、リョウガ。一体、代わりに何を望むというのだ?」
俺は正面のイーゴリに向き直った。「マスター、この世界の大陸の全国家や都市が詳細に記された『地図 』はあるか?」
イーゴリは一瞬呆気に取られたが、すぐに頷いた。「ああ、受付の金庫の奥に、すべての都市が刻まれた古き『古代の地図』がある。リズ、持ってこい」
指示を受けたリズが、金庫の奥から埃を被った重厚な古い巻物を取り出し、中央の机の上に大きく広げた。
俺は右手の指先を伸ばし、現在の位置である『王の盾(要塞都市)』を指し示した。そしてそこから、魔物の蠢く境界線の向こう側、つまり【死者の地】の領域へと指を滑らせ、ある一つの廃墟となった都市のマークの上でピタリと止めた。
「陛下、この都市はかつて、アラマンドン王国の領土 だった場所ですか?」俺は王の目を真っ直ぐに見据えた。
オーレリウス四世はその指先が示す場所を見て、悲痛に目を細めた。
「……そこか。その街は、遥か昔の大侵攻によって魔物どもに蹂躙され、完全に『 秋 』した失われた都市だ。私ですら直接目にしたことはない。……なぜそんな場所のことを聞くのだ、リョウガ? 確かに、三百年前までは我がアラマンドン王国の肥沃な都市だった。だが、幾度もの敗北によって領土を失い、三百年前の『王の盾』の 設立 によって、今ではここが我が国の絶対の国境 ラインとなっているのだ」
室内が墓場のような静寂に包まれる中、俺の唇は自然と、他者を圧するような残虐で不敵な笑みの形へと歪んでいった。
そして次の瞬間、俺の口から放たれた常識破りの『言葉』に、国王も、領主も、イーゴリすらも、全員が心臓を撃ち抜かれたかのように激しく息を呑み、絶句した――。
第五十三話:エルドリアの割譲と、終末の戦鼓
室内に張り詰めた沈黙が流れる中、俺――ハナシ・リョウガは古い地図の一点を見つめたまま、国王オーレリウス四世(King Aurelius IV)を真っ直ぐに見据えて言い放った 。
「陛下、俺はこの『都市の陥落(秋)』した都市の領有権 を要求する。この街の魔物どもを討伐し、完全に (奪還)するのは俺がたった一人で行う。だが、奪還した後にアラマンドン王国の王族が再びこの街の所有権を主張せぬよう、絶対の『保証 』をいただきたい。その代わりに俺も、アラマンドン王国が魔物の脅威に瀕した際は، 独立した軍事同盟として全力で防衛に協力することを保証しよう」
その言葉が放たれた瞬間、イーゴリの執務室は凍りついたような静寂に包まれた 。
これは単なる冒険者の報酬の枠を遥かに超えていた。リョウガの要求の真意は、新たな『独立国家の建国(王国の建国)』であり、アラマンドン王国との関係を、対等な二国間の軍事同盟へと昇格させることを意味していたからだ。
ギルドマスターのイーゴリが、呆れたように、しかし驚愕を隠せずに低く唸った。「おいおいリョウガ、お前……本気で国でも創る 気か!? 狂気だぞ。仮に陛下が許可したとしても、お前たった一人でどうやってあの魔物の巣窟を(掃討)し、占領するつもりだ。あまりにも無謀で (大それた野望)すぎる! 各国が同盟を結んでなお、死者の地の侵攻を食い止めるのがやっとだというのに……! もっと現実を見ろ!」
しかし、オーレリウス四世は動じなかった。彼はリョウガの冷徹な、しかし揺るぎない絶対の(意志)が宿る瞳をじっと見つめ返していた 。
やがて、王の唇から豪快な笑い声が溢れ出た。
「ハハハハハッ!! 素晴らしい! リョウガよ、私はお前のような野心に満ちた勇敢な漢が大好きだ。良いだろう、お前のその常識破りの提案を呑んでやろう。だが、我らは互いに裏切らぬよう、強固な同盟を維持せねばならん。どうだ?」
俺は(冷徹)な笑みを浮かべ、淡々と言い放った。「俺は味方には最上の友として接し、敵には容赦ない悪魔として接する。あなたが俺の友である限り、何一つ心配する必要はありませんよ」
オーレリウス四世は力強く頷いた。「ならば決まりだ。まずはこの第二波の防衛任務を成し遂げよ。成功の暁には王宮へ招待し、かつて『エルドリア(Eldoria)』と呼ばれ、今や魔物の巣窟となって**『大理石の墓標(The Marble Crypt 』**と化したあの都市の完全なる割譲書(権利書)を、お前に手渡そう」
周囲のキングラッドやエナリル、領主ガレス様までもが、目の前で行われた国家間の契約のようなやり取りに、ただ唖然と呆然 するしかなかった 。
王は立ち上がり、外套を翻した。「時間が惜しい。戦の準備に取り掛かるぞ、ガレス」「はっ!」領主ガレス様を伴い、王はお忍びの変装のまま足早に城へと向かった。
部屋に残されたイーゴリが、重い溜息をついて俺を見た。「リョウガ、俺は街のすべての有力なマジャラジュ(冒険者)たちを広場に集結させてある。だが正直に言って、今回の第二波に対して我々に勝算 があるかどうかは分からん。だが……兵も冒険者も、全員がお前に街の運命を懸けている 」
俺はゆっくりと立ち上がり、冷酷な笑みを湛えたままイーゴリを見つめた 。
「心配するな、マスター・イーゴリ。俺たちにできるのは、ただ目の前の敵を全力を尽くして惨殺することだけだ。何が起きようが、戦って、戦って、戦い抜く以外の道はねえ」
イーゴリはその言葉に力強く頷き、不敵な笑みを浮かべた。「フッ……その通りだな。よし、行くぞ!」
ウゥゥゥゥゥォォォォォンッッ!!!
その瞬間、要塞都市の全域に、空を引き裂くような巨大な「突撃の角笛 」の音が鳴り響いた。魔物の第二波の総攻撃が本格的に始まったのだ。「全冒険者、持ち場へ就けぇ陣形を崩すな!」イーゴリの怒号がギルド内に響き渡る。
俺たち『神狼の刃』の四人は、漆黒の壁の向こう側から迫り来る終わりの始まりを迎え撃つため、闘志の焔を燃え上がらせながら、最前線である「南門の大外壁」へと向かって堂々と進軍を開始した。
第五十四話:神狼の戦術と、混沌の黄金眼
俺たち『神狼の刃(The Blades of Divine Lupus)』の四人は、ギルドマスター・イーゴリ(Igor Stone-Crusher)の**引率 **の元、他の多くの冒険者たちと共に南門の大外壁へと向かって急行していた。その道すがら、頭からつま先まで銀の甲冑に身を包んだ聖殿騎士団の軍勢もまた、防壁へと進軍しているのが見えた。彼らはすれ違い様、俺に向かって不気味で凶悪な視線を送り込んできたが、俺は冷淡に無視した。
「リョウガ、あいつら……」キングラッドが声を潜める。
「気にするな。今は目の前の戦いにのみ集中しろ」俺は短くクランの仲間に告げた。
防壁の頂上を見上げると、最高指揮官であるルシアン・ヴェイル公爵(Duke Lucian Vale)や、宮廷魔導士団長のアリスター・フェイド男爵(Baron Alistair Fade)率いる膨大な魔導士部隊がすでに配置に就いていた。さらに、国王オーレリウス四世(King Aurelius IV)直属の近衛軍と領主ガレス様もまた、自ら前線へと降り立ち、直接指揮を執る構えを見せていた。これが要塞都市の命運を懸けた最終決戦であることを、その場にいる誰もが本能的に理解していた。
まさにその時、後方から凄まじい地鳴りのような歓声が響いた。振り返ると、 z زرهを持たぬ普通の街の民や農民たちが、斧や鎌、鍬といったあらゆる道具を手に、決死の覚悟で前線へと駆けつけてきたのだ。
彼らは国王の御前へと進み出て、涙ながらに声を張り上げた。
「陛下! 我らも共に戦わせてくだされ! どうせ街が滅びるならば、この国の勇敢な兵士たちや我が子らの傍らで、戦って死ぬことこそが我らの本望にございます!」
オーレリウス四世は深く感動し、彼らに温かい微笑みを向けて深く感謝の意を表すると、彼らを正規軍の後方支援へと適切に配置した。
全軍が防衛の陣形を整える中、俺たち『神狼の刃』の四人は、国王の特例の許可を得て、巨大な南門の扉をくぐり、大壁の外側へと単騎で打って出た。
「作戦通りに行くぞ。外壁の外で敵の先陣に致命的な打撃を与えた後、速やかに大壁の内側へと撤退し、防衛戦の本番へ移行する」俺の言葉に、三人は力強く頷いた。
門から百メートル以上離れた雪原の荒野で、押し寄せる魔物の先遣隊が俺たちの目の前に迫った。
「まずは俺様から行くぜぇっ!!」
第一撃の火蓋を切ったのは、ドワーフのタリンだった。俺の作戦通り、彼は持てる最大の大地マナを大斧へと凝縮させた。
「――目覚めよ大地! 我が敵を無残に喰らい尽くせ!! 『大震断』!!」
ドゴォォォォォォン!!!
タリンが全体重を乗せて大斧を地面に叩きつけると、激しい地割れが発生し、戦場を真っ二つに切り裂く巨大な「深遠 」が口を開けた。突撃してきた数百匹の魔物が、なす術なくその亀裂へと呑み込まれていく。
続いて第二撃、キングラッドが疾風の如く虚空へと跳躍した。彼は手にした槍と大斧を掲げ、全身の風マナを爆発させる。
「――天と地の狭間に眠る嵐よ、我が咆哮とともに具現せよ! 『天嵐竜巻 』!!」
凄まじい暴風の渦が発生し、吹き飛ばされた無数の魔物たちが、タリンの作った巨大な深遠の底へと次々と叩き落とされ、あるいは風の刃によって細切れに (粉砕)されていった。
二人が技を放った直後、反動で生じる僅かな隙を護るため、エナリルが神速のサポート を開始した。彼女はヴァリックから与えられた魔導の弓を番え、目にも留まらぬ速度で矢を連射する。
シュッ、シュッ、シュッ!
彼女の放つ矢は一矢の狂いもなく的確に、タリンとキングラッドの背後に迫っていた魔物の眉間を貫き、瞬時に屠っていった。エルフの天才弓兵としての真骨頂だった。
そして最後に、俺の番が訪れた。俺は ख 涼しさ を保ったまま、両腕を大きく広げ、静かに心の中で呪言を紡いだ。
「――浮遊せよ」
次の瞬間、重力を無視して、俺の身体はゆっくりと天へと昇り、宙へと (浮遊)した。
地上で見守っていた仲間たちは、俺の姿を見て息を呑んだ。天空に浮かぶリョウガの右目の魔眼が、眩い『黄金色 』に染まり、不気味に明滅していたからだ。彼らはその輝きを目にした瞬間、あの聖殿の異端審問の場でリョウガが目覚めさせた第三の魔眼の正体を、完全に理解 した。
俺は覚醒したばかりの【混沌の魔眼(レベル1)】の権能を解放し、眼下にひしめく魔物の大軍の半数へとその視線を向けた。
怪しい黄金の波動が戦場を払い、魔物たちの肉体を構成する元素の調和を深刻な精神で徹底的に書き換えていく。元素の均衡を崩され、狂乱状態に陥った数千匹の魔物どもは、突如として咆哮を上げ、自らの (同族)に向かって牙を剥いて残酷に襲いかかり始めた! 魔物同士の凄まじい同士討ちの始まりだった。
壁の上からその超常的な光景を目撃していた国王、領主、そして何千人もの兵士や民たちは、驚愕のあまり全員が「指をくわえて(あ然として)」絶句していた。
「おい、嘘だろ……あれが本当に『神狼の刃』の実力なのか……」
「神々の加護だ! あのような偉大なクランが我がアラマンドン王国側にいてくれたのは、最大の幸運だ!!」
しかしその一方で、広場の端からその光景を睨みつけていたルシアン公爵だけは、激しい怒りと (陰湿な憎悪)にその顔を歪めていた。
(あのガキ……やはり生かしておいてはならん。あれは人間ではない、本物の怪物だ。あの男がその気になれば、我がアラマンドン王国など一瞬にして滅ぼし尽くせる。一刻も早く、排除する算段を立てねば……!)彼以外の指揮官たちが勝利を確信して歓喜の声を上げる中、ルシアン公爵だけが冷酷な陰謀の目を光らせていた。
空中から戦場を見下ろしていた俺は、下にいるエナリルに向かって冷徹に命じた。
「エナリル、天高く『黒色の魔導矢』を放て。作戦第一段階は終了だ。これより壁の中へと帰還する」
「了解したわ!」
エナリルが放った黒い矢が、夜空に漆黒の軌跡を描いて眩しく弾けた。
その合図を見た大壁の上の正規軍は、ついに自分たちの防衛戦の本番が始まることを察知し、一斉に武器を構えて身構えた。俺たち四人は、同士討ちで血の海と化した戦場を背に、堂々と開かれた南門の扉の向こう側へと帰還するのだった。




