王女リゼットの独白
・
ごきげんよう、皆様。
リゼット・フォン・サンクチュアリです。
今日もお気に入りのテラスで美味しい紅茶とお菓子をいただいております。
先日、エリスお姉様は晴れて女王として擁立されました。
最近、ようやっと呑み込みきれなかった現実を呑み込み始め、ただいま順を追って消化しております。
消化が進むにつれ、前世の記憶は何のために思い出してしまったのかと。虚しさを感じる日々です。5歳の頃の私、あんなにがんばったのに。
そうしてがんばって受け入れた、前世の私の知る女王即位エンドにもいくつかパターンがありました。
まず、「好感度」によって変化する7人の攻略対象者各々と結ばれるエンディング。
そしてもう一つは「パラメータ調整」によって迎える女王即位となるエンディングです。
「好感度」エンドは王配エンドを含めて多岐にわたります。中には王家の血筋である事すら判明しないまま、平民として自由に生きるものもありました。
ふと、平民エンドを迎えた際のスチルが頭を過ぎりましたが、あまりの現実との差異に、思わずそれを振り払ってしまいました。今のお姉様ではきっと、ただの平民には収まらないことでしょう。
そして「パラメータ調整」で到達する女王即位エンド。
これには2パターンあり、それらは攻略対象者全員の好感度を一定の値で維持することが前提条件になります。
まずは、魔法と賢さを高める事で到達できる『魔法王エンド』。
そして剣術と体力を高める事で迎える『騎士王エンド』。
魔法王エンドではその知見の広さや深さで、騎士王エンドでは武勇をもって周辺諸国と渡り合い、国交や同盟を結び、平和な時を謳歌するといった内容です。
前世の私はこの乙女ゲームに心血を注いでおりました。用意されていたエンディングは良きも悪しも全て網羅しております。完全コンプリート、いわゆるフルコンプを達成しておりました。一編の取り漏らしもなかったと確信しております。
覇を以て周辺諸国を圧倒せしめるようなエンディングは存在しませんでした。
では何故、お姉様は私の知りうる全てのエンディングを飛び越えて、このような結果を招いてしまったのか。
そもそもの原因はタイトルが悪かったのではないかと考えております。
『アルコバレーノ ∞ 』の∞とは主人公の未来の可能性を示すものとの事。
その無限大の選択肢が、前世のデータすら逸脱し、その末に『覇王エンド』とも言うべき「今」に到達したのではないかと思っております。
お姉様のパラメータはどうなっているのでしょうか。
私の役に立たないゲーム知識によれば、各々の上限は100。
そういえばお姉様は常々仰っておりました。
「限界とは越えるもの」
と。
私は冷めかけた紅茶を一口飲み、虚空に向かって呟いた。
「これ、二期って本当に始まるのかしら」
そう、この作品、前世の私が称えるだけあって、シリーズの続編が出たのです。
その名も『アルコバレーノ∞2』。
2作目は分野の枠を広げた王立魔法学園改め王立学園に、聖女の資質を見出されたヒロインが入学してくる事から始まる物語です。
一新された7人の攻略対象者も生徒会長、留学生、謎の特待生、神学生、錬金術師など、世界観を更に深堀りした仕様になっております。
ハッピーエンドはそれぞれの殿方に嫁ぐ形となり、王道エンドは教会に認められ、聖女となるエンディングです。
更にそこから派生する攻略対象者たちとの未来を仄めかすエンディング。
また、1作目のヒロインや攻略対象者もエンディングデータの引き継ぎで大人になった彼女、彼らのサービススチルが見れる仕様で「1作目のファンを逃さない。あわよくば新規層も1作目をプレイ!」という制作側の意気込みを感じます。
お姉様も学園に入るところまではゲーム通りでしたので、恐らく二期のヒロインや攻略対象者の方々も入学を果たすのでしょう。
そしてここからが肝心な事ですが、実は2期ではリゼットも前作とは違った形での役割があります。
そのものずばり、ヒロインの前に立ち塞がる意地悪で我儘な王女という立ち位置になります。大筋は特待枠の平民生徒を見下し、張り合い、恋路の邪魔をする立場になります。ヒロインの選択肢によっては悪役にもお友達にもなりうる振れ幅の大きい役回りになります。しかも、牙を剥く対象はヒロインだけに限らず、お姉様にまで及びます。
友情エンド、和解エンドはあるものの、ヒロインの敵に回った私の多くの末路は悲惨なもの。
万が一、ヒロインがお姉様と同じタイプだったなら、太刀打ちできる気が全くしません。私のような弱者は強者に阿るか淘汰されるかの二択。
「せめて『アルコバレーノ7割』くらいのタイトルならお姉様も次のヒロインも既存のルートで落ち着いてくれていたのかしら……」
これから4年後に始まる二期が色んな意味で恐ろしくて仕方がありません。
しかしながら、一言申して良いでしょうか。
4年後の私は正気なのでしょうか?
ゲームの企画段階のスタッフの方々にも小一時間問い詰めとうございます。 あの、素手で魔物を縊り殺し、7人の実力ある狂信者を従え、国民支持率99.8%を誇る覇王たるお姉様に対してですよ?
この前世享年29歳しがないOLの記憶しかもたない、カトラリーより重い物を持った事のない私が? 「お姉様なんて認めないわ!」なんて言えると思いますでしょうか?ましてやヒロインに意地悪などと。
できる訳がありません。
お姉様が女王に即位してからのサンクチュアリ王国の国力は爆発的に向上しました。
軍事、経済、治安。あらゆる面でお姉様の治世は素晴らしいものです。隣国は侵略の意欲を失い、 経済面では、お姉様の忠臣たちにより、税制改革が完了。 治安は劇的に改善し、街には国民の笑顔があふれています。
私が入る余地などどこにありはしないのです。
そんな完璧な布陣を敷いたお姉様に刃向かうなんて、物理ですら勝てない私にとって自殺行為以外の何物でもありません。
シナリオライター様。
もし万が一、億が一にもお姉様に逆らったり、ヒロインに意地悪をするのが私でなければならないというのなら、せめて、その理由を用意していただけませんでしょうか。その理由を以て私も努力いたしましょう。
自業自得というなら罰も受けましょう。
ゲームにも事情や設定、ストーリー展開の都合というものがあるのは承知しております。
けれど今の私には特に何の不満もございません。
もし、そんな事になったなら、私はただの反抗期だけでは済まされません。
相手はあの覇王です。
何より恐ろしいのは、七人の攻略対象者たちが背後に控えていることです。
お姉様がお許しになっても彼らに秘密裏に始末されてしまいかねません。
未来の私。
お願いですから、正気でいてくださいませ。
私は熱心に未来の私に向かって祈りを捧げ、心を落ち着けました。
「ともあれ、今後の方針としては、お姉様には逆らわない、ヒロインには関わらない。この2つさえ徹底していれば平穏に暮らしていけるのではないかしら」
もちろん、意地悪はしません。そもそも意地悪の仕方がわかりません。
がんばれ私!と、温度のなくした紅茶で喉を潤しひと息つきました。
けれど、ふと。指先で空になったカップの縁をなぞりながら、埒もない考えが頭を過ぎります。
「これって本当に乙女ゲームなのかしら……」
それに応えてくれる相手は何処にもいませんでした。




