王女リゼットの回顧録
ごきげんよう。サンクチュアリ王国王女、リゼット・フォン・サンクチュアリと申します。
今年12歳を迎えた私は傍から見れば可憐な王女です。繊細なレースをあしらったドレスを纏う、人形のような愛らしさを持っております。
生まれてこの方、蝶よ花よと褒め称えられ、育てられた私。これだけ客観的に自身を評価できるには訳があります。
私には前世の記憶というものがあるのです。
前世は異世界の平民でした。
馬車馬のように働き、残業続きの生活の中で彼氏いない歴=年齢を更新し続け、とうとう29歳で生涯を閉じてしまった、しがない日本のOL。異世界の言葉で言うところの「喪女」という存在です。
異世界の表現は難しいものも多々ありますが、これについては言い得て妙という言葉がしっくりきます。
過労で倒れ、一度途切れた筈のもう一つの記憶が目を覚ました時、そこは中世ヨーロッパ(?)を舞台とした、大人気ファンタジー系乙女ゲーム『アルコバレーノ∞』の世界であり、その中で役割を与えられた登場人物である事を当時5歳の私は1年かけて理解しました。
『アルコバレーノ』
直訳すれば「虹」。 その名の通り、7人の魅力的な攻略対象者たちが、主人公であるヒロインと恋を育みながら、王国に訪れる危機を救っていくという王道ファンタジー乙女ゲームです。
タイトルの末尾に付く∞の文字の如く、ルートは多岐に渡り、攻略対象毎に手に入る限定衣装や装飾品、それらをコンプリートした時にお出しされる絵師様渾身の美麗スチルに前世の私もはしたなくも部屋の中で叫んでいた記憶もございます。
「この世界を舞台にした」というからには生を受けた者らの中には役割を与えられている者もございます。私、『リゼット』の役割は生き別れの姉を密かに探す幼き妹として物語の端役として登場し、互いの関係を知らず、幾度かのすれ違った接触を重ねる役割を担っております。
しかしながら、それも隠し要素とよばれるもので、多くの場合はお姉様が私の存在にに気づかず、接触することなくエンディングを迎える事がほとんどです。
つまり、言ってしまえば私は物語のちょっとした香辛料程度の役割で、知られても知られなくても良い存在。
私は紅茶で喉を潤し、そっとため息を吐きました。
「影からそっと、恋愛模様を拝見しようと思っていただけなのに……」
テラスで、思わずぽつりと溢してしまいます。
私とて年頃の女の子。勉強の合間に恋のお話に心ときめかせる事はやぶさかではありません。少しだけ、憧れてもいたのです。誰かに選ばれ、守られる物語の主人公に。
けれど、その期待は尽く裏切られる形になりました。
なぜなら、主人公たる「お姉様」の存在が、私の知るゲームのシナリオとは、全く違う道を突き進んでしまったのですから。
*
話を巻き戻しますと。今から三年前の出来事です。
この国には、赤ん坊の頃に邪教徒の謀により、魔物が大量発生し、そのどさくさに紛れて行方不明になった第一王女がおりました。
察しの良い方はお気付きでしょうがその第一王女こそゲームのヒロイン、エリスお姉様なのです。
お姉様は運よく平民の養父母に拾い育てられ、そして年頃になると魔法の才能を見出されて「平民特待生」として王立魔法学園に入学いたします。 ここまでは、ゲームのシナリオ通りだったのです。
私も、やや、フライング気味ではありますが、「生き別れのお姉様を探す幼い妹」の役割通りにお姉様を探し出し、お姉様を密かに見守っておりました。
無論、信頼できる口の下……堅い護衛を連れる事も忘れません。
決して自由の身を満喫したいだとか、あわよくば聖地巡礼などという下心など持つ筈もなく、純粋にお姉様をお慕いしている故なのです。ご理解下さいませ。
話を戻します。
ゲームの本来のルートであれば平民として周囲の高貴な生徒たちから浮いてしまうお姉様。
そこに縁付く7人の攻略対象者たち。
彼らとの甘い交流を経て、恋を知り、庇われ、守られながら成長したエリスお姉様が、第一王女であった己の出自を知り、王国を脅かす邪教徒の陰謀を7人の攻略対象と力を合わせて打ち砕いて、次期女王に即位する。その隣にはお姉様の選んだ殿方の姿が。というのがハッピーエンドとなります。
乙女ゲームとしては、絵師様、システム、ストーリー含め文句なしの100点満点な王道展開であると前世の私は評価しております。
それが画面越しではなく生で見られるなんて!
と私は興奮を抑え切れませんでした。
そう、「本来なら」
私は、影ながらお姉様を応援しておりました。 前世の記憶のせいか、やや参観日の親のような温かい気持ちも混ざっていたかもしれません。
護衛の私を見る生温い視線など気にもなりません。
しかし、物語のような美しさを求めていた前世含めた私の期待は悉く裏切られて行きました。
お姉様は私の予想を遥かに超える形で突き進んでいったのです。
*
学園に入学した当初こそ、エリスお姉様は可憐で溌剌とした、磨けば光る美少女でした。 しかし、持ち前の生真面目さと、養父様から叩き込まれたという「鍛錬の習慣」なるものが、お姉様を違った道へと導いてしまったのだと私は愚考いたします。
後にお姉様は考えに考えたのだと仰いました。 「自分は平民特待生。どうしても余計なやっかみや嫉妬を買ってしまう立場。自分と親しい周りの者達に迷惑をかけないよう、強くなければならない」と。
そしてお姉様は養父様のお言葉に活路を見出したのです。
曰く、
「身を守る術は筋肉に宿る」
それは、幼い私にとってはわかるようで、わからない理屈でした。前世の29歳でさえ、首を傾げた事でしょう。結果どうなったかと申しますと。
ある時、お約束とも言える校舎裏にて身分差を理由に嫌がらせをしてきた意地悪な令嬢たちに対し、
「なるほど。口先だけの言葉に重みを持たせる為の筋力が足りないようですね」
と宣いました。言っている意味がわからず、護衛のレオンに目線で助けを求めましたが、彼にもお姉様のお言葉は理解できなかったようです。
お姉様は都合よく落ちていた魔法練習用の鉄製の的を見つけると拾い上げ、「ふんっ」と気合で二つに折り曲げてしまいました。
その折り曲げた鉄の的を彼女達に差し出すと、おもむろに口を開いたのです。
「お養父様は言いました。時として、筋肉の重みは言葉の重みに勝ると! わたくしには皆様の、そのお言葉だけでは納得いたしかねる部分もございます。
さあ、わたくしを納得させうる更なる筋肉をお示しくださいませ!!」
令嬢方は未知の生命体を見る目でお姉様を見、ドン引きの様相で身を引いたかと思うと足早に去って行かれました。
逃げ去る彼女たちの背中を見、胸を張るお姉様のさらに後ろ。
そこには中途半端に手を差し出した姿勢で一人の殿方が呆然と立ち尽くしておりました。
攻略対象の一人。私のよく知る公爵家のお兄様です。
本来のシナリオであれば、公爵家のお兄様がたまたま通りがかって仲裁に入り、それがきっかけでお姉様と懇意に、という流れの筈でした。
それがお兄様が目の当たりにしたのは鉄の的を折り曲げるお姉様。
公爵家のお兄様とは物心がつく頃から交流がありました。お兄様は常々申しておりました。
自分は母に似て細いので父のように大きな身体になれないのだと。
そんな繊細でお優しいお兄様は、お姉様の令嬢方へのお言葉にひどく感銘を受けられたようでした。
それ以降、令嬢たちからの嫌がらせはぴたりとなくなりました。曰く、「わけがわからない」と恐怖を目に浮かべた令嬢がお姉様に関わってはいけないと、お友達の方々にまことしやかに語り伝えたそうです。そしてそれと入れ替わるように公爵家のお兄様はキラキラした目で頻繁にお姉様に会いに行くようになりました。
よくわかりませんが、結果オーライです。
その時の私は経緯はともかくとして、お兄様と仲良くなったお姉様のお姿を見て、満足しておりました。
その後、お兄様はいくら訓練に励んでも太くならないお身体に悩んでいたところ、お姉様からアドバイスを頻繁に頂いていたそうです。
因みに私と一緒に一部始終を見ていた護衛は死んだ魚の目をしていました。
そしてある時は、騎士見習いとの合同演習の際での出来事です。とても大きく凶暴そうな魔物と遭遇いたしました。
攻略対象の騎士様がお姉様を背に庇い「俺が君を守る!」とカッコよく剣を抜いて魔物に立ち向かい、傷だらけになりながらも二人で協力しあい、倒した末に絆を深めるイベントです。
お姉様は騎士様が声を発する前にあろうことか、騎士様を押しのけ、杖を握る手に力を込め、 飛びかかって行ったかと思うとその腕力だけで巨大な魔物を一人無傷で討ち取ってしまったのです。
その様を目の当たりにした騎士様は膝から崩れ落ちたのち、何故か横座りでただただ尊敬の眼差しでお姉様を見上げておりました。
お兄様に続き、騎士様が完落ちした瞬間でした。
ちなみにレオンは「え? 杖……、え? ……」とよく分からない事を呟いておりました。
またある時は魔法の授業での事でした。天才魔法師様が得意げに魔法陣を空中に描き、火炎の球を出して見せ、お姉様が魔法陣の中の非効率な部分を指摘し、そこから話が弾み仲良くなるイベントです。
天才魔法師様が火炎の球を出したその直後でした。
「ふん!!」
お姉様は裂帛の気合と共に、その火炎の球を一瞬で握り潰してしまったのです。
「あれだけの魔力を消費して出せたのがコレでは非効率的ではありませんか」
軽く手を払い、魔法師様を見るお姉様は魔法師様のように己が力を誇示することなく、けれど、とても堂々としたものでした。
天才魔法師様は「己の無力さを知りました……」
とがくりと膝をついてしまったのです。
以降、お姉様を師匠と呼び、公爵家のお兄様、騎士様と共にお姉様直伝の鍛錬を始めたそうです。
レオンの言うところによると、魔法師は体力がないのであながち間違いではないそうです。何か、物言いたげな視線を魔法師様に向けていました。
今回特別についてきてくれた魔法師の護衛は「え……? アレ……、気合じゃ……。魔法?……」
と、戸惑った様子でお姉様を指さし、こちらもやはり、何か言いたげにあちらとこちらをキョロキョロとしておりました。レオンが魔法師の護衛の肩に手を置き、静かな眼差しで「考えるな」と諭していたのが印象的です。
残りの攻略対象の方々もほぼ似たり寄ったりで、日々、逞しさを増して行くお姉様によって、なんだか消化試合の様相を呈しておりました。それにつれて、もともと表情の動かないレオンのお顔が徐々に何かを諦めたような無表情になっていきました。
そうしてお姉様は、7人の攻略対象たち絆を深め、圧倒的な武力と知力、あと筋肉で彼らをねじ伏せ、完璧な下僕にするべく調教していくという覇道ルートを突き進んでいったのです。
好感度ではない、別のシステムが忠誠度ともいえる何かをカウントしているのかもしれません。
お姉様は三年間の学園生活を経る頃には、精悍な顔立ちとなり背が伸び、隙のない完璧な立ち振る舞いと、常人の倍はあろうかという密度の詰まった肉体を手に入れておりました。
そんな只者ではない活躍を果たし、勤勉さによって得た気品と佇まいを兼ね備えたお姉様の存在が我が王家の耳に届くのも時間の問題だった訳で、お姉様のバックボーンを調べに調べ、嘗ての行方不明になった第一王女である事が判明し、晴れてお姉様は王家に返り咲く事ができたのです。
お姉様と初めて言葉を交わした際、お姉様が口元を両手で押さえ、感極まった様子で「妖精さん……!」と呟いておられましたが、とても女性らしい側面をお持ちのようだと微笑ましい気持ちになりました。
そして邪教徒とその黒幕との最終決戦。 ゲームでは7人の攻略対象と力を合わせなければ倒せなかった筈のラスボスを、お姉様は7人の攻略対象達を露払いとし、「国を乱す不届き者が」という一言と共に、ラスボスを一捻りにして鎮圧してしまいました。
お姉様曰く
「健全な精神は健全な筋肉に宿る。あのような軟弱な肉しか持たない者共の攻撃が私の筋肉に勝てる訳がないでしょう」
とのことでした。魔法、いりませんでしたね。
邪教徒の鎮圧後、次のイベントはエンディングです。
誰とも恋に落ちる事なく、次期女王と定められたのですから女王即位エンドとなりました。ある意味での正統派エンドです。しかし、私の知っている即位エンドはもっと華やかで、煌びやかで、攻略対象者たちが恭しく傅く中央で王冠を載せたお姉様が杖、または剣を天に掲げる。そんな神々しくも美しいスチルで幕を閉じたと記憶しています。
しかし、私が目の当たりにしたのは王冠を載せたお姉様が拳を天に突き上げる。雄々しくも逞しいどこか前世の記憶からなる既視感を感じさせるお姿でした。
ゲームとのあまりの剥離具合に私の中の何かが上手くこの現実を呑み込みきれていない感覚に襲われました。
本来、忠実な臣下となった7人は女王をよく支え、諌め、国は繁栄していく筈でした。
実際の攻略対象の7人はと言えば、お姉様を見つめるその眼差しが私には圧倒的な王の器に魅了された狂信者に見えるのは気のせいでしょうか。
諌めるどころか追従する勢いです。
しかしながら誰も他人の心の中を知ることなどできません。見た目で判断することは王家の一員としても褒められたものではありません。
その証にほら。
「エリス様、あなたこそがこの国を導く唯一無二の太陽だ……!」
「俺たちの命、すべてあなたに捧げます!」
お姉様に送る賛辞に何ら怪しいものはございませんもの。
そうして、お姉様はほどなくして満場一致でサンクチュアリ王国の女王として戴冠されたのです。
めでたし、めでたしといたしましょう。




