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エピローグ

 もう少し夏が続いてくれてもいいのだけど、なんて思うのは、実家暮らしで電気代がかからないから考えられるのだろう。いつかは出ていくつもりの実家だけど、今のところ、私はまだ実家で暮らしている。

 トーストを一枚とコンビニで買っておいたサラダを食べ、自分で淹れたコーヒーをダラダラと飲んでいると、スマートホンに『そろそろ準備を始めてください』という連絡が届いた。


『緊張のあまりゲロ吐いてもアバターには反映されないから安心して大丈夫ですよ!』


 マネージャーから届いた文面は、そんな言葉で締めくくられていた。相も変わらず、溌溂とした人である。文章でもネアカを表現できるって地味に凄い技術だよな、とも。


 コーヒーを飲み干してシンクに置く。水を張っておくことも忘れない。ゆるゆるのスウェットを脱いで身体にフィットするシャツを着たら、防音室になっている配信部屋に向かう。


 緊張があるかというと、ないわけではない。

 でも、今まで厳しい講習を受けてきたし、非公開設定で配信の練習も何度もしてきた。

 だから、緊張よりも高揚が心にはあった。

 パソコンの設定を最終確認する。講習で習ったとはいえ、正直まだ機材にはあまり詳しくはない。ただ、画面の中で中身のないガワが映っているのを見て、ひとまず胸を撫で下ろす。


 一時は受験の共として勉強に励んだ椅子に腰をかけると、ちょうどそのタイミングでスマートホンが鳴った。マナーモードにしておかなきゃな、と思いつつ画面に視線を向けるとそこには今をときめくアイドルの名前があった。


『初配信ふぁいとー』


 ニヤリとしてしまう。

 画面の向こうに、あざとく拳を突き上げている彼女の姿が見えるようだった。

 なにか返信をしてもいいところだけど、文面を考える余裕がないのでスタンプを返す。彼女も彼女で忙しいだろうし、悠長に会話をしている余裕はお互いにないだろう。


 配信の設定を開始すると、画面の中のアバターが私の動きに連動して動きだした。

 亜麻色の髪をぼさぼさに纏め、ダボダボのパーカーを着たロリ。

 ガワの見た目に関しては会社に一任してしまった私が悪いのかもしれないけど、思いっきりロリになっていることに関しては不満がある。

 まあ、これも住めば都で慣れていくのだろう。

 パーカーに関しては、キーボード操作でフードを被ることもできるのだが、色々と考えた結果、最初は被らない状態で配信を始めることにした。ちなみにフードに関しては、被る深さもある程度は弄ることができて、最大で目元まで隠すことができる。


 Pr@yer三期生のデビュー配信はリレー方式で行われることが決まった。

 順番は私、うづきちゃん、カレンちゃんの順番。

 私は真ん中をやりたかったけど、じゃんけんで負けてしまったので初っ端を担当することになった。カレンちゃんは自らトリを志願した。


 パソコンの画面に表示された時計を見る。

 配信開始まで、あと五分。

 また、スマートホンが鳴動した。ああ、マナーモードにするの忘れてた、と思いながら画面を覗く。

 安住さんからだった。


『うちなさん、配信開始ポストをしてください』


 私はおおわらわで事前に開設してあったアカウントに配信開始のポストをする。

 それから、きちんとマナーモードに設定した。

 委細準備オーケー。

 安住さんにもらった配信準備のチェックリストを指さし確認する。


「よし」


 目を閉じる。

 今までのあれやこれやが思い浮かんでは消えていった。

 記憶は泡沫。

 淡雪ちゃんや荊木ちゃん、星海ちゃん、それから恋詩ちゃん。

 私がここにいるために、席を空けてくれた彼女たちの表情が、今ではもうよく思い出せない。まだ、あれから半年ほどしか経過していないというのに。

 感情は風化する。

 一時は、彼女たちを差し置いて自分がデビューすることに疑問を抱いていた。

 しかしそんな女々しい考えは、厳しい研修の中で朽ち果ててしまった。

 今の私は、もう彼女たちを想うことも許されない。

 きっと誰でもそうだろう。

 今の自分があるために、仕方なく蹴落とした誰かのことを、人はすぐに忘れてしまう。

 それこそ仕方のないことなのだろう。

 仕方のない、ことなのかもしれないけど、それでも寂しく思う気持ちがないわけではないのだった。

 私の初配信、彼女たちも見てくれているだろうか。

 なんて。

 この気持ちも、いつかは忘れる。


「さあ」


 配信の時間だ。

 待機画面には、Pr@yer箱推しのファンが既に数百人も集っている。

 いつまでもファンを待たせているわけにもいかない。

 企業所属タレントになったのだから、私にもある程度の責任というものがある。それを重苦しく思う私もいる。

 だけど、いつかはその重圧を楽しめるようになればいいと思う。

 時間ちょうどに、配信開始のボタンを押した。


 私の初配信が始まる。


「はい、こんにちは。Pr@yer所属三期生の桧山うちなです。これからよろしくおねがいしゅま……します」

以上で本作は完結となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


よろしければ評価や感想などを下さると幸いです。


次作『リングワンダールング』(小説家になろう)

    ↓

https://ncode.syosetu.com/n3113mm/

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― 新着の感想 ―
みんなの人間味がとても好きです。書いてくださってありがとうございます。
2026/07/30 10:45 アイスの時期じゃなくなったけどアイスが食べたい
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