乾いた国
初の作品になります!まだまだ慣れていないですが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
午前六時。
乾いた電子音が部屋へ響く。
『本日の一人当たり水使用許容量は2.3リットルです。超過利用は罰則対象となります』
シオン・ヴァレスはゆっくり目を開けた。
薄灰色の天井。
壁面ディスプレイには、都市全体の貯水率が青い数字で表示されている。
《現在貯水率 38%》
先月より二ポイント低下。
また減ったのか、とシオンは思う。
だが驚きはない。
毎月のように減っている。
それがこの国の日常だった。
ベッドから起き上がると、床がわずかに冷たい。最低限の電力しか回されていない住宅区では、温度管理も制限されている。
シオンは洗面台へ向かった。
水栓へ手をかざす。
透明なホログラムが浮かび上がる。
《本日の洗浄可能時間 42秒》
許可。
細い水流が流れ始める。
冷たい。
あまりにも少ない。
だが、これでも恵まれている方だった。
レヴァニア連邦では、水は国家管理資源だ。
かつては蛇口をひねれば無限に出てきたらしいが、シオンはそんな時代を知らない。
教科書の中の昔話だった。
顔を洗い終えた瞬間、水流が止まる。
《本日の生活用水残量 2.08L》
無機質な文字。
窓の外では、巨大な海水淡水化タワーが朝霧の中にそびえていた。
都市中央に建設された白銀の塔。
通称、“生命塔”。
海水を浄化し、この都市へ水を供給する心臓部。
同時に。
敵国アストラ共和国が最も破壊を狙う場所でもある。
もしあれが落ちれば、この都市は数日で干上がる。
だから人々は敵を恐れた。
憎んだ。
シオンは軍用ジャケットへ袖を通し、机の上に置かれたスマートコンタクトケースを開く。
薄いレンズ。
神経接続型情報端末。
それを瞳へ装着すると、視界の端へ情報が展開される。
《心拍数:58》 《外気温:7℃》 《本日の移動ルートを表示します》
そして赤いニュース速報。
《アストラ共和国軍、東部送水路を襲撃》
昨日だけで民間人二十三名死亡。
シオンは表情を変えない。
慣れていた。
ニュースは毎日同じだった。
襲撃。
報復。
戦死。
演説。
誰かが死ぬ。
誰かが英雄になる。
それを繰り返している。
外へ出る。
空は灰色だった。
雨雲はない。
この国では、雨は“珍しい自然現象”として扱われている。
子どもたちは本物の雨を知らない。
映像教材でしか見たことがない。
住宅区の道路脇には、水配給を待つ列ができていた。
皆、無言だった。
疲れ切った顔。
乾いた唇。
小さな子どもを抱えた母親。
その横を軍用輸送車両が通り過ぎる。
兵士たちは最新式ライフルを装備していた。
黒い外骨格スーツ。
自動照準支援システム。
都市の巨大モニターには広告映像が流れている。
『祖国の水を守れ』
『次世代防衛ドローン、正式配備開始』
『レヴァニア軍需産業株式会社』
映像の中では、銀色の軍用ドローンが敵施設を正確に破壊していた。
爆炎。
歓声。
誇らしげなナレーション。
シオンはそれを横目に駅へ向かう。
駅前広場では、巨大スクリーンに国家指導者の演説が映し出されていた。
軍服姿の男。
鋭い目。
背後には巨大な国旗。
『恐れるな、市民たちよ』
『我々レヴァニア連邦こそ、人類最後の希望である』
広場の市民たちが拍手する。
スマートコンタクトが歓声量を解析し、愛国指数として記録していく。
沈黙は“不信”として判定される。
だから誰も黙らない。
笑顔で拍手する。
シオンも自然に手を叩いていた。
疑問を持ったことはない。
それが正しい行動だからだ。
軍用列車へ乗り込む。
車内ディスプレイでは戦況報告が流れている。
『昨日の国境防衛戦において、我が軍は勇敢なる勝利を――』
その横では軍需企業の株価が表示されていた。
《レヴァニア重工:+12%》
《ノアウォーター管理機構:+8%》
戦争が激化するほど、数字は上がる。
だがシオンは深く考えたことがなかった。
戦争とは、そういうものだと思っていた。
軍学校へ到着する。
巨大な校門。
白いコンクリート壁。
監視ドローン。
校舎へ入ると、生徒たちが一斉に敬礼した。
「祖国に栄光を」
「祖国に栄光を」
機械のように揃った声。
シオンも敬礼を返す。
教室へ入った瞬間、壁面モニターが起動した。
映像が流れる。
燃える村。
泣き叫ぶ子ども。
血を流す兵士。
『アストラ共和国による非人道的侵略行為』
教官ヴェルナー少佐が低い声で言った。
「よく見ろ」
教室が静まり返る。
「奴らは、お前たちから水を奪う敵だ」
映像が切り替わる。
干上がった貯水区。
倒れた老人。
空になった給水タンク。
「こちらが撃たなければ、お前たちの家族が干上がって死ぬ」
誰も喋らない。
皆、映像へ釘付けだった。
「敵に同情するな」
少佐の声がさらに低くなる。
「敵を人間だと思うな」
シオンはその言葉を静かに聞いていた。
幼い頃から、何度も聞かされてきた言葉だった。
父は国境防衛戦で死んだ。
家には今も勲章が飾られている。
母はいつも言っていた。
『お父さんは英雄だったのよ』
だからシオンは軍へ入った。
祖国を守るため。
父のような英雄になるため。
少佐が教室を見回す。
「平時に人を殺せば犯罪者。では戦時に敵を殺せば?」
生徒たちが一斉に答える。
「英雄です」
「違いは何だ?」
「国家の許可です」
少佐は満足そうに頷いた。
「その通りだ」
シオンは迷わなかった。
疑問もなかった。
それが正義だと信じていたからだ。
窓の外では、灰色の空の下を軍用ドローンが飛んでいた。
静かな音だった。
まるで、この国の日常そのものみたいに。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!
次の更新は来週日曜日の20時の予定です!




