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渇きの境界線  作者: すずはる


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1/1

乾いた国

初の作品になります!まだまだ慣れていないですが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!

午前六時。

 乾いた電子音が部屋へ響く。

『本日の一人当たり水使用許容量は2.3リットルです。超過利用は罰則対象となります』

 シオン・ヴァレスはゆっくり目を開けた。

 薄灰色の天井。

 壁面ディスプレイには、都市全体の貯水率が青い数字で表示されている。

《現在貯水率 38%》

 先月より二ポイント低下。

 また減ったのか、とシオンは思う。

 だが驚きはない。

 毎月のように減っている。

 それがこの国の日常だった。

 ベッドから起き上がると、床がわずかに冷たい。最低限の電力しか回されていない住宅区では、温度管理も制限されている。

 シオンは洗面台へ向かった。

 水栓へ手をかざす。

 透明なホログラムが浮かび上がる。

《本日の洗浄可能時間 42秒》

 許可。

 細い水流が流れ始める。

 冷たい。

 あまりにも少ない。

 だが、これでも恵まれている方だった。

 レヴァニア連邦では、水は国家管理資源だ。

 かつては蛇口をひねれば無限に出てきたらしいが、シオンはそんな時代を知らない。

 教科書の中の昔話だった。

 顔を洗い終えた瞬間、水流が止まる。

《本日の生活用水残量 2.08L》

 無機質な文字。

 窓の外では、巨大な海水淡水化タワーが朝霧の中にそびえていた。

 都市中央に建設された白銀の塔。

 通称、“生命塔”。

 海水を浄化し、この都市へ水を供給する心臓部。

 同時に。

 敵国アストラ共和国が最も破壊を狙う場所でもある。

 もしあれが落ちれば、この都市は数日で干上がる。

 だから人々は敵を恐れた。

 憎んだ。

 シオンは軍用ジャケットへ袖を通し、机の上に置かれたスマートコンタクトケースを開く。

 薄いレンズ。

 神経接続型情報端末。

 それを瞳へ装着すると、視界の端へ情報が展開される。

《心拍数:58》 《外気温:7℃》 《本日の移動ルートを表示します》

 そして赤いニュース速報。

《アストラ共和国軍、東部送水路を襲撃》

 昨日だけで民間人二十三名死亡。

 シオンは表情を変えない。

 慣れていた。

 ニュースは毎日同じだった。

 襲撃。

 報復。

 戦死。

 演説。

 誰かが死ぬ。

 誰かが英雄になる。

 それを繰り返している。

 外へ出る。

 空は灰色だった。

 雨雲はない。

 この国では、雨は“珍しい自然現象”として扱われている。

 子どもたちは本物の雨を知らない。

 映像教材でしか見たことがない。

 住宅区の道路脇には、水配給を待つ列ができていた。

 皆、無言だった。

 疲れ切った顔。

 乾いた唇。

 小さな子どもを抱えた母親。

 その横を軍用輸送車両が通り過ぎる。

 兵士たちは最新式ライフルを装備していた。

 黒い外骨格スーツ。

 自動照準支援システム。

 都市の巨大モニターには広告映像が流れている。

『祖国の水を守れ』

『次世代防衛ドローン、正式配備開始』

『レヴァニア軍需産業株式会社』

 映像の中では、銀色の軍用ドローンが敵施設を正確に破壊していた。

 爆炎。

 歓声。

 誇らしげなナレーション。

 シオンはそれを横目に駅へ向かう。

 駅前広場では、巨大スクリーンに国家指導者の演説が映し出されていた。

 軍服姿の男。

 鋭い目。

 背後には巨大な国旗。

『恐れるな、市民たちよ』

『我々レヴァニア連邦こそ、人類最後の希望である』

 広場の市民たちが拍手する。

 スマートコンタクトが歓声量を解析し、愛国指数として記録していく。

 沈黙は“不信”として判定される。

 だから誰も黙らない。

 笑顔で拍手する。

 シオンも自然に手を叩いていた。

 疑問を持ったことはない。

 それが正しい行動だからだ。

 軍用列車へ乗り込む。

 車内ディスプレイでは戦況報告が流れている。

『昨日の国境防衛戦において、我が軍は勇敢なる勝利を――』

 その横では軍需企業の株価が表示されていた。

《レヴァニア重工:+12%》

《ノアウォーター管理機構:+8%》

 戦争が激化するほど、数字は上がる。

 だがシオンは深く考えたことがなかった。

 戦争とは、そういうものだと思っていた。

 軍学校へ到着する。

 巨大な校門。

 白いコンクリート壁。

 監視ドローン。

 校舎へ入ると、生徒たちが一斉に敬礼した。

「祖国に栄光を」

「祖国に栄光を」

 機械のように揃った声。

 シオンも敬礼を返す。

 教室へ入った瞬間、壁面モニターが起動した。

 映像が流れる。

 燃える村。

 泣き叫ぶ子ども。

 血を流す兵士。

『アストラ共和国による非人道的侵略行為』

 教官ヴェルナー少佐が低い声で言った。

「よく見ろ」

 教室が静まり返る。

「奴らは、お前たちから水を奪う敵だ」

 映像が切り替わる。

 干上がった貯水区。

 倒れた老人。

 空になった給水タンク。

「こちらが撃たなければ、お前たちの家族が干上がって死ぬ」

 誰も喋らない。

 皆、映像へ釘付けだった。

「敵に同情するな」

 少佐の声がさらに低くなる。

「敵を人間だと思うな」

 シオンはその言葉を静かに聞いていた。

 幼い頃から、何度も聞かされてきた言葉だった。

 父は国境防衛戦で死んだ。

 家には今も勲章が飾られている。

 母はいつも言っていた。

『お父さんは英雄だったのよ』

 だからシオンは軍へ入った。

 祖国を守るため。

 父のような英雄になるため。

 少佐が教室を見回す。

「平時に人を殺せば犯罪者。では戦時に敵を殺せば?」

 生徒たちが一斉に答える。

「英雄です」

「違いは何だ?」

「国家の許可です」

 少佐は満足そうに頷いた。

「その通りだ」

 シオンは迷わなかった。

 疑問もなかった。

 それが正義だと信じていたからだ。

 窓の外では、灰色の空の下を軍用ドローンが飛んでいた。

 静かな音だった。

 まるで、この国の日常そのものみたいに。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!

次の更新は来週日曜日の20時の予定です!

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