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あなたと わたしの はなし  作者: みなと


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1/2

1:始まり

※あくまでホラーがメインになっていきます。

訪問看護のお仕事を追求しているお話ではございませんので、「ここおかしい!」と思ってもあまり深く考えないようにお願いします。

 ざわざわと賑やかな駅前、待ち合わせをしている女性が二人。

 たまの休みが一緒になったので、折角なら一緒に買い物したりランチとかどうだろうか、とメッセージで話が盛り上がったので、こうして待ち合わせをしているのだ。

 小さい頃から仲が良く、休みの予定がいい感じに合えばこうしてよく遊んでいる。だがしかし、ここ最近はお互いの仕事が忙しくてなかなか会えなかったために、今日会おうか、という話はとてつもなく盛り上がった。

 とはいえ、休みが合ったのは祝日。ランチの場所もふらりと入るところを決めたとて、かなりの人が待っているに違いない、と予想して予約をしておいた。新しくオープンした店で、半個室になっているから、きっとお互いの話をあれこれ聞くにはちょうどいい場所かもしれない。


 だがそれ以上に大事な友人に会える、という嬉しさが先にきてしまい、人混みなど何のその、と足取り軽く二人がそれぞれ待ち合わせ場所にやってきていた。

 お目当ての人はどこだ、と視線を動かしてみれば、向こうもこちらを探していたようで、ばっちりと視線が合う。パッと顔が輝いて、急足でお互い駆け寄ってからきゃっきゃと盛り上がる。


「久しぶり!」

「本当、久しぶりだよね! 元気にしてた?」

「元気元気! っていうかこんなに休み合わないなんてことある?」

「それな」


 言い合って、二人は笑う。

 通話もしているが、こうしたやり取り自体が久しぶりで、何だか新鮮だと感じてしまう。とはいえこの二人、一年も二年も会っていないわけではなく、二ヶ月ぶりくらい、というだけなのだがこれまでがほぼ週一ペースで会っていたせいもあってか、彼女たちにとってはとてつもなく久しぶりに感じてしまうのだ。


「とりあえず、移動しよ」

「賛成。あと地味に暑い」

「わかる、つらい」


 あはは、と笑い合ってから二人は駅前から移動を始める。

 流石の祝日、人が多いね、と二人は合流して笑い合いながら、目的のカフェに向かう。春先にしては気温の高い日だったこともあり、早いところ室内に入りたい、と二人の足は少しだけ早い。


「元気してた?」

「うん。あー、でも色々あってさー……」

「何、どうしたの。今日がっつり時間あるし、色々話聞くよー?」

「……うん」


 お願いするわ、と友人――芝崎夏美が言い、それをもう一人――上島麻由奈が頷いた。

 この二人は、小学校からの幼馴染。結婚に伴って夏美が上京したこともあって、どうにか仕事の都合を付けて麻由奈が遊びに来る。これがここ数年の恒例行事。


「いやさ、まじで何かあったの? 顔が暗いけど」

「あー……。えーっとね、とりあえずカフェ行こう。ランチの予約に遅れちゃう」

「ほいよ」


 気心知れているからこその軽口を交わしつつ、二人は並んで歩く。


 最近仕事はどう?忙しすぎない?やばい、スケジュール鬼すぎて死ぬ。

 お母さんの調子って、どんな感じ?体調とか崩してない?あー、相変わらずだわ。そっちは?こっちも相変わらず。


 などなど。

 色々な話題が後から後から出てくるし、それをきっかけにして他の話題も出てくる。

 幼い頃からお互いを知っているからこそ、話題が尽きないから、こうして月に数度、遊んでいるのだ。遊ぶとなれば朝から夜までがっつりと。

 ちょっと今回は間が空いてしまったわけではあるが。


「あ、ここだ」


 歩きながら他愛もない話をあれこれしていると、目的のお店に到着した。

 店員に案内されて、通された席は少しだけ奥まったところにある半個室。これは色々と話をするのにちょうどいい、とどちらがどう思うでもなく、二人揃ってほぼ同じことを考えていた。


「よいしょ、っと。荷物貸してー」

「お願いするね」


 荷物入れにお互いの荷物を入れてから、運ばれてきたお冷を一口飲んだ。そして、ふぅ、と息を吐いてメニューを広げたところで、夏美が口を開く。


「……あのさ、私の仕事分かってるよね?」

「ん? そりゃ当たり前でしょ。最近同業とはいえ転職したこともあんたから連絡きたから知ってますとも」


 当たり前だ、と麻由奈は頷く。

 夏美と麻由奈は幼い頃からの幼馴染であり、お互いの職業も何もかも知っている。転職をすれば『いやー、実は転職したんだよねー』と連絡も入るくらいにはお互いを把握している。


「今もまだ看護師……っていうか、訪問看護の方に切り替えたんだっけ。夏美もプライベートで色々あった、とも聞いてるけど……どうしたの?」

「あー……それがね」


 一呼吸おいて、何やら神妙な顔で夏美は話し始めた。


 転職して、業務にも慣れてきた頃のこと。

 社長から『この患者さんのところ行ってくれる?特に誰が指名、とかは言われてないんだけど、色んな患者さんのところ行ってから顔を売る、っていうのも大事よ』と言われたので、訪問した患者さん。

 少し年季の入ったマンションの五階に住んでいるのはまぁいいとして、階段しかなかったために夏美はげんなりとして肩を落としてしまった。


「(……良い運動、そう……良い運動。辛いけど、これはある意味ダイエットにもなって一石二鳥……!)」


 そこまで考え、どうにか自分を前向きにしてみるも、ため息はどうしても出てしまう。はぁぁぁ、と大きな溜め息を吐いてから呆然と建物を見上げた。

 いつまでも呆けていることもできないし、訪問の時間は指定されている上に滞在時間だって限度はあるのだから、と己に喝を入れて階段を上がり始めた。


「よいしょ……っと……。あー……五階、は……つらい……」


 三階までは割と順調に。だがしかし、いきなり足がずしん、と重くなってしまい、ひいひい言いながら、五階まで到着すれば息切れをしていた。


「……よし」


 息を吸って、吐いて。

 目的の部屋番号を確認し、あぁここか、と部屋の前で立ち止まってからチャイムを鳴らす。ぴんぽん、と少しだけ音が外にも聞こえてきて、室内の様子を少しだけ伺う。

 大体はこうしてチャイムを鳴らせば、中から「はーい」と声が聞こえてきて、ドアを開くためにぱたぱたとこちらにやってきている足音が聞こえるようなものだが、何も聞こえてこない。


「あれ?お留守?」


 はて、と首をかしげた夏美がもう一度鳴らそうとチャイムのボタンに指を伸ばした時だった。


「はい」


 がちゃん、と鍵を開ける音がした後にぎぎ、とドアが軋む音がして扉が開く。


「……でるの、遅くて、すみません」

「い、いえ。初めまして、本日はどうぞよろしくお願いしますね。訪問看護の芝崎、と申します!」

「どうも……」


 ぺこり、と頭を下げたのは、とある中年男性。

 顔色があまり良くはないし、悪い意味で何だか独特の雰囲気があるなぁ……と夏美は少しだけじっと見て観察をした。

 患者さんそれぞれに事情があるから、あまり深入りもしないようにしている。必要があればその人にあれこれ聞くこともあるが、そうでなければ夏美は何も聞かない。

 彼女のこういった、良くも悪くも関心がないところは、患者たち……特に、少し気難しい、と分類されている人たちには大好評。

 本人曰く『うち指名制じゃないんですけど!?』らしいが、必要としてくれる人がいるのは良いことである。


「それでは失礼します」

「はい、どうぞ」


 中年男性は少しだけフラフラとしながらも、自分が先に立って歩いていく。

 夏美はそれに続いて歩いていく。


「ここで……」

「かしこまりました!」


 きっと、いつもここで色々な話をしているんだろうな、と思われるリビングスペースに通された。一般的な団地の部屋の作りだな、と冷静に観察をしてから夏美は勧められる通りに腰を下ろした。

 やることは決まっているし、たとえ患者さんと自分自身が初対面同士でも基本的には他の人と同じ。何も変わったことはない。

 なるべく元気に受け答えを、とは言われているのだが、どうにもこの患者さんに対してはうまくそれができない。何をしているんだ、自分は仕事でここにきているのだから、いつも通り元気にしていなければ、と己を鼓舞するも、、何だか目の前の患者さんの雰囲気に引っ張られているような感覚になった。


「(大丈夫、できる)」


 息を吸って、吐いて。

 ニコリ、と微笑んでから夏美は業務を開始する。


「じゃあまずは、いつもの様子をお聞かせくださいね。体調にはお変わりありませんか?」

「ない、です」

「体調にはお変わりないんですね、ご飯はどうですか? 食べにくいとか、何か些細なことでもいいので気に掛かっていることなんか、あったりしますか?」

「……大丈夫です」

「いきなり体調が悪くなる、とかは?」

「ないです」


 顔色が悪いし、少しだけつっかえながら喋っているから、もしかしたら何か我慢をしているかもしれない。

 とはいえ、無理に聞き出すことはできないから、どうにかして話してもらえたら……と思うけれど、こちらの質問以外に答えてくれそうな気配はなかった。


「(どうしよう……何だか気になるけど、話してくれないことには、こちらから無理に色々することはできないし)」


 万が一のことも考え、ご家族に連絡をしておいた方がいいかもしれない、と夏美は少しだけ考え、口を開いた…


「もし、何かあればすぐにご連絡いただけますか?」

「……はい」


 なるべく明るい声で言ったところで、返ってくるのは気がないような、ぼんやりとした返事のみ。

 答えてくれないよりはマシなのかもしれないが、せめてもう少しハキハキしてくれ!と叫ぶわけにもいかず、夏美は言いたいことをグッと呑み込んでから笑顔を貼り付けたままで言葉を続けた。


「じゃ、じゃあ、今日はこれくらいで大丈夫ですか?」

「ええ、はい……」


 うん、と頷くその男性に、これ以上踏み込むな、と何かが言っているような気がして、夏美は笑顔のままでスッと立ち上がった。

 短いけれど、ここでやれることはあまりない。

 それに、現状として聞くことはどうにか聞いたし、元気がないとはいえ本人が大丈夫だと言っている以上は、ここから先は踏み込んではいけないところでもある。

 念のため、社長やせんぱいにも共有しておいた方がいいかもしれないな、と夏美は思ってでようと歩みを進めていく先、何だか気になる部屋があった。


「……?」


 何だろうと思い、フラフラと引き寄せられるようにそちらに向かう。さっき、ここに入ってくる時は気になっていなかったのに、どうして今になって、と思えばよかったのだが、頭が考えることを放棄しているような、そんな感じさえあった。

 ここに入ってくる時は、開いていなかったような気がする。

 今、どうして開いているのだろうか。何でだろうか、と頭の中を疑問がぐるぐると回るが、気になっているところに到着すれば、そこは何でもない場所。


「何だ、トイレ……か?」


 小さな声で独り言のように呟いて、ホッと胸を撫で下ろす。

 だがしかし、何でこんなにこのトイレは黒いのだろうか。


「(こんな暗いトイレってあるかな。いや、リノベーションでもしたのかもしれないし、うーん)」


 背後には、先ほどまで会話をしていた男性がいる気配はああるもの、ここ何でこんなに黒いんですか、だなんて聞けるわけがない。

 この人がここにやってきた時には、もうこんな状態だったのかもしれないし、聞いたところで、素っ気ない反応が返ってきそうなことくらいは予想できてしまうから。


「うーん……」

「あの……何か?」

「あ、い、いえ!」


 何でもありませんよ!と明るく答えたものの、そもそもあれってトイレなのか?と夏美にとっては疑問が残る。

 室内をしっかり見たわけではないし、場所的にトイレだ!と判断しただけだから、何とも言えないところではある。


「あ、……あー、えっと、あそこ開いちゃってるみたいだから閉めておきますね!」

「……あぁ、はい」


 あぁ、やはりこのテンションでの返事なのね、と夏美はある意味予想通りの反応に苦笑を浮かべた。

 近寄って、ドアを閉めつつそっと室内を見る。


「(やっぱりトイレだよね。それ以上でもそれ以下でもないし……うーん?)」


 中に見えたのは、白いトイレ本体と壁にあるトイレットペーパーホルダー。それから手を拭くためのタオルが、壁にあるタオル掛けにかかっている。交換もされているようだし、至って普通か?と考えた。

 トイレの床には掃除用具もあるが、他には特にこれと言って目立ったものが置かれてい流というわけではない。

 トイレットペーパーのストックも置かれているが、別段変わったところはないから、ここに関して報告をしたところで「いや普通のトイレじゃん?」と言われてしまうだけのことだろう。


「……扉、閉めておきますね!」

「すみません……」


 ぺこ、と夏美に対して頭を下げてくる男性に、問題ないからと笑いかけておいて、そっと扉を閉めた。

 それに、こういった団地は思いがけないところがリノベーションされていることだってあると聞くし、入居者を募集する際に、管理人が一部の部屋を改装している可能性だってある。

 色々な可能性があるのだから、余計なことを考えないようにしなければ。夏美はそう思って、扉をパタン、と閉めた。


 そう、何の変哲もないトイレなのだから問題はない。

 患者さんにもきちんと、何かあれば連絡をしてくださいね、と念は押してある。元気がないとはいえ、彼だっていい大人なのだから、自分で自分のことはある程度できるに違いないのだから、と夏美は結論づけて、部屋を後にしたのである。


 それから、三日後。

 あの中年男性のところには、その日は別の先輩が行った、と聞いていたから夏美が気になっていたことを聞くために事務所に戻ったところ、ちょうど帰ってきていた先輩と遭遇した。


「お疲れ様ですー。お、夏美どうよ?」

「どうよ、って何がですか?」

「あの人のところ、行ったんでしょ?」


 にこにこと笑いながら、夏美の先輩は事務所で書類仕事をしている夏美に問いかける。

 あの人、とはどの人だ。

 はて、と首を傾げている夏美はどの人かすぐに分からず、ここ最近の自分の訪問の記憶を必死に辿っている。


「いやねぇ、あたしの代理で行ってくれたほら、団地の」

「めっちゃいい運動したあの患者さんの家ですね!!」

「どういう認識してんのよ」


 手にしていたファイルで、べち、とそこそこ遠慮なく頭を叩かれてしまい、「いてぇ……」と夏美は呻く。


「ごめん、角入ったわ。わざとじゃないの、うっかりうっかり」

「うっかりで終わらせないでくださいってば!」


 ぷりぷりと怒る夏美は、そういえば……と思い出してスマホを取りだした。


「そうそう先輩、気になったんですけどね」

「何よ」

「あの人の家のトイレ、オシャレ仕様です?」

「……ん?」

「だってほら、真っ黒じゃないですか」

「……」


 夏美の言葉に、その先輩はさっと顔色を悪くした。

 おかしな事を言ってしまっただろうか、と感じつつも夏美は言葉を続けていく。


「いやー、びっくりしましたよ。本当に真っ黒、っていうか……真っ暗?」

「……アンタ……」

「でも、トイレ本体だけがぽっかり真っ白だから、すごく目立った、っていうか」

「何言ってるのよ」


 真っ青な顔で、先輩は震える声で続けた。


「いや、そもそもあの団地のトイレ、普通よ。黒なんかじゃないってば」

「え?」

「壁、白いんだから」

「白?」


 あれ、と夏美が首を傾げていると、先輩がすっと一枚の画像を見せてくれた。

 そこに写っているのは、ごくごく普通のトイレの写真。


「あたし、他の部屋に住んでる患者さんのところに行くんだけど、その人認知が進んでるから家族の人からトイレ汚してないか、たまにチェックしてるのよ。あぁもちろん、家族は近くに住んでるけど、状況確認の意味も込めてあたしが訪問してるのもあるし、万が一のことを考えて……ということもあるんだけど……それは一旦置いておくとして」


 こほん、と咳払いをしてから何枚か撮影したトイレの写真、どこをどう見ても、壁は黒くなんかない。


「だ、って……本当に、黒くて」

「有り得ないんだってば、そんなの。リノベとかもされてないし、あの人はそんなことしないわ。だって、あの部屋のトイレって、こうだもん」


 そして見せられた写真。

 何だか薄汚れているトイレの写真だが、写真の端に写っている例の患者さん。


 だが何よりも気になったのは、患者さんの体に隠れるようにして立っている女の人。


「先輩、あの」

「何?」

「そ、その人の家族って……」

「確か、弟さんだけだったんじゃないかしらねぇ」


 いやまて、と夏美は震える。

 そもそも、家族が男性のみであればそこにいる女は、誰なんだ。


「……何、どしたの」

「その人って……恋人、とか」

「いないわよ、独身だし。あー、それとねぇ」


 まだ何があるのだ、と夏美は冷や汗を垂らしてしまう。

 そもそも、このトイレの写真を見て鳥肌が立っているというところに、例の患者さんがぼんやり立ち尽くしているところも恐怖でしかない。加えて、彼に隠れるようにして立っている女性の姿まであっては、何が何だか分からない。


 以前初めて訪問した時、女性なんかいなかった。あの男性だけだったし、しっかりとあの家の様子だって覚えている。


「あ、あはは……まだ何かあるの……?」

「元々は、あの人のお母さんに依頼されて、お母さんの様子を見に行くために言ってたんだけど……」


 けど、って何だろうか。

 何が待ち受けているのか、聞くのが怖いが、聞かないわけにはいかない。


「何が、あるんですか」

「あの人のお母さん、元々めちゃくちゃ元気だったけど……お父さんを亡くされてから色々あって持ち家を処分することになって、仕方なくあそこに来たんですって。でもね、あそこに行ってからびっくりするくらいに体調が悪くなっていって……」


 どうして今これを聞いてしまってから、色々なことが繋がっていくような、この感覚は何なのだろうか。夏美は、ふる、と体を震わせながら、先輩の話の続きを聞く。


「お母さんはもう亡くなってるんだけど、その後はあの息子さんだしね。めちゃくちゃエリートさんだったのに……ねぇ」

「え!?」


 まさかまだあるのか、という顔をしながら夏美は思わずレポート記入していた手を止める。いやいやもうないでしょう、と思っていたから余計に驚いた。


「元々のあの患者さん、誰に言っても分かるような有名企業のお偉いさんだったんですって。でも、ここでお母さんのお世話をしてるうちに色々あったみたいなの」


 だからかな、と何かが府に落ちた気がした。

 夏美が思うに、きっとあの人はとてもはきはきと喋る人だったのかもしれない。だから、今、あんな状態になってしまっているから、あまり人と話したくなくて、ぼそぼそとしたような喋り方になってしまったのでは、と推測する。


「先輩、さっきの画像もう一回見せてもらっていいですか?」

「え? ああいいよ、はい」


 先ほど、あの患者さんの家のトイレが写した画像を見せてもらう。


「……っ」


 やはり、こうして見るとあのトイレの壁は黒なんかではなくごく普通の色合いでしかない。

 ではあの時、トイレで見た色、漆黒にも近いような黒というのは、なんだったのだろうか、と思う。何か理由が分かれば良いのに……と歯がゆい思いをしていたところに、先輩がしれっとまた情報を放り込んできた。


「ああでも、他の子もここのトイレが黒く見えるとか何とか言ってたなぁ。皆揃って『赤い目の女が』って泣きながら辞めていったけど……まさか夏美、そんなもの見えてないよね?」

「…………」


 見えている、といえば、先輩はどんな顔をするのだろうか。

 改めてよく見れば、あの患者さんの影に隠れているようなあの女の目が『赤い』。もし過去辞めていった人たちが、この女を見ていたのであれば自分にも何かあるかもしれない。その『何か』は、分からないけれど。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「――っていうことがあってさ」

「えっ、何それ怖い。てかそのトイレ、黒じゃなくて本当は白とかで、黒なんかじゃないっていうことだよね」

「そう」


 ランチの注文を済ませた後、つらつらと語る夏美の話を聞いていると、ぞわ、と鳥肌が立ってしまったものの、トイレの壁の色が黒に見えてしまった、というだけではなく、妙な女(?)があの患者さんにくっついている、ということも。


 そして、その女が原因で何等かの不幸に見舞われてしまうかもしれない、ということ――。


「でも、アンタ基本はめっちゃ幸運だから大丈夫なんじゃないの?」

「そう思いたい」

「夏美、小さいころからそういう恐怖体験めっちゃしてるじゃん」

「そうなのよ、嬉しくないことに」


 結構軽い口調で、二人は何があったかなー、と過去の体験を思い返していく。

 まさか、今後あんな話を聞くことになるだなんて、と麻由奈が後悔する未来がやってくるとも、思わずに。

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