第100話 女と猫
「なんで大きさバラバラなんだよ」
目の前に出されたサンドイッチを見て、グレンは呆れたようにそう言った。不器用だとは思っていたが、どうやったらここまで不揃いなサンドイッチを作ることが出来るのか、不可解だ。
チラリと日野の顔を見ると、味の感想が聞きたいのか、早く食べてほしいというように、そわそわと落ち着きがない。
いくつかある中で一番大きなものを一つ手に取ると、かぶりついて、口の中でゆっくりと味わった。
「ど、どうかな?」
「普通に美味しい」
モグモグと食べながらそう言ったグレンに、日野の表情が明るくなった。嬉しそうに紅茶をいれ始めた彼女は、俯いた拍子に垂れてきた黒髪を耳にかける。その仕草に、なぜだか見惚れてしまった。
ジッと見つめていると、頬が熱くなってきて、それを誤魔化すように手元に残ったサンドイッチを頬張る。
すると、ベッドの方から視線を感じた。嫌な予感がしてそちらに目を向けると、ハルとアイザックがニヤニヤと楽しそうにこちらを眺めている。
「よかったね、グレン」
「幸せそうでなによりです」
パチパチと小さく手を叩いている二人を睨み付けながら、口の中のものを飲み込んだ。
相変わらず趣味の悪い奴らだ……こいつらに女が出来たら真っ先に笑ってやるからな。
心の中でそう呟くと、日野がいれてくれた紅茶を啜って一息つく。すると、それを待っていたかのように、アイザックが表情を変えた。
「それで、情報屋からは何か聞き出せましたか?」
「ん? ああ、そうだな」
そう言って、アイザックに財布を返しながら、グレンはちらりと日野へ視線を向ける。カタンと音を立てて日野は椅子に座った。ベッドの傍に全員が集まったことを確認すると、まだいくつか残っているサンドイッチを食べながら話を進めた。
「奴の名前はオリビア・テイラー」
青い本から力を与えられた、この世界の人間。
刻を意識を失うまで追い詰め、アイザックを血塗れにして弄んだ。そして、ローズマリーとルビーを連れ去ったと思われる男だ。
しかしその名に、アイザックは首を傾げた。
「オリビア? 彼は男性でしたよね?」
「ああ。だが、それが本名だ。女みたいな名前だが、性別は男。普段はオリバーと名乗っているらしい。年齢は二十二で、俺たちと同じ根無草だ」
モグモグとサンドイッチを頬張りながら、グレンは続ける。
「どういう理由があったかは知りたくもないが、奴の母親は、奴を女として育てようとしていたらしい。その母親と四年前に衝突し、鉈で斬殺。それに気付いた父親と三人の兄も同じ日に殺されている。その後、住んでいた街の人間を百以上殺して回り、あげくその街に火をつけて焼き払ったそうだ」
今はその街は跡形もなく消えていると言って、グレンは溜め息を吐いた。
フード男の過去は想像以上に酷く悲しいものだった。日野は顔をしかめて、ギュッとスカートを握りしめる。
二十二歳……私より五つ歳下。その四年前ということは、十八の時に人を殺していることになる。それも大量に。親を憎む気持ちなら、少しは分かる。男として生まれながら、女として育てられていた。その話を聞いてしまうと、この世界を壊したいと思ってしまうほどに、彼にとってはそれが辛かったのかもしれないと考えてしまった。
日野は俯いて、再びグレンの声に耳を傾ける。
「住む場所も何もかも失くした生き残りが、その話を売って回っていたから、奴はこの辺りの情報屋の間で有名だそうだ」
聞き出せた情報はここまでだな、と言ってグレンは紅茶を啜った。一気に落ち込んでしまった空気。雨の音はまだ続いている。
気を取り直すように、グレンはいつもより少し明るい声を出した。
「今話したこと以上は情報屋も知らないんだと。まあ、女と猫が好きらしいから、奴を探すなら女に訊いてみるか……猫を見たら追いかけてみろって言ってたな」
「猫? グレン、情報屋の人にからかわれたんじゃないの?」
そう言ってハルは首を傾げた。犬ならまだしも、自由気ままな猫を追いかけてオリバーに辿り着く訳がない。
日野も、同じくからかわれたのではないかと思いながら、オリバーの姿を思い出す。
女好き。それは合っていそうだ。ローズマリーが欲しいと言っていたにも関わらず、躊躇いなく私にもキスをした。男の人は誰とでもできるとは聞くが……そういうものなのだろうか。
グレンは、どうなのかな。
何故かふとそんな考えが頭を過り、日野はブンブンと頭を振った。そんなことを考えている場合ではないと、改めてオリバーの姿を思い浮かべる。
長い深紫色の髪の毛。幼さを残した顔は、疲れていたのか、目の下にクマが出来ていた。ニヤリと笑うオリバーは黒いフードを被っていて……と、そこまで思い出した時、フードの形に違和感を覚えた。
通常、フードというのは人の頭に合うように丸みを帯びているはずだ。しかし、オリバーのフードは猫の耳のように左右の上のほうが尖っていた。どういう作りなのかは分からないが、よく見たら黒猫に見えなくもない。
「猫好きっていうより、むしろ猫なのかな?」
「何言ってんだお前」
日野がポロリと口にしてしまったその言葉に、グレンが突っ込んだ。
「たぶん、オリバーは人間だと思うよ……ショウちゃん大丈夫?」
「あ、いやそうじゃなくてフードの形が……」
ハルにまで心配されてしまった。大丈夫だよ、と返しながら日野は苦笑する。
フードの形と言われ、男三人はなるほどと腕を組んだ。
結局、オリバーの居場所は分からずじまいだったが、彼の名前や過去は少し知ることができた。戦うにあたり、敵を知ることは大切だ。何が役に立つか分からない。
過去に何かあったとはいえ、相手は破壊の力を持った上に、笑いながら鉈を振り回すような男だ。油断はできない。
誰かが傷付く可能性の高いこれからの戦いを思い、日野は再びスカートを握りしめた。
【アトガキ】
こんばんは、柚中です。
2020年6月下旬に連載を始めて、今日12月3日で「日のあたる刻」は100回目を迎えることができました。
読みづらい部分もたくさんあったかと思いますが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
主人公の日野にはたくさんの思い出を作ってあげたいと思っていますが、物語が続いていく中で色々な事が起こり、むしろ彼女には苦労をかけてばかりのような気がします(笑)
日野が、この世界に来てよかったと、みんなと出会えてよかったと思えるように、楽しいことも、嬉しいことも、これからたくさん書いていけるよう頑張ります。
日野憧子を始めとする「日のあたる刻」のみんなと出会ってくれてありがとうございます。
私は彼女たちを陰からそっと見守り続けます。
よろしければ、これからも私と一緒に彼女たちを見守ってくれると嬉しいです(*´v`*)
柚中眸