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第99話 熱

 軽く食事を済ませ、それからまた暫く時間が経った。まだ開く気配のない扉を見つめながら、そわそわと落ち着きのない日野は部屋の中を歩き回っていた。


「待っていればそのうち帰ってきますよ。ハルも、そろそろ座ったらどうですか?」


 落ち着きがないのは日野だけではなかった。ハルも、窓辺に立ったままジッと外を眺めている。

 待っているだけというのも意外と大変だ。一分一秒があっという間に過ぎていく。不安や焦りを隠しきれない。心配事が多過ぎてパンクしてしまいそうだ。

 アイザックに呼ばれたハルは渋々窓から離れ、ベッドの近くの椅子に腰掛けると、日野を手招きした。


「ショウちゃんも一緒に座ろう」


 このまま歩き回っていても仕方がないか。窓の外に広がる暗い空をちらりと見て、日野は椅子を抱えると、ベッドの近くへ置き、それに腰掛けた。

 すると、ふと思い出したような顔をして、アイザックが日野へ問いかけた。


「そういえば、あれから体の具合はどうですか? 変な感じがするとか」

「へ? あ、それはまだ続いてますけど、そんなには……」

「本当に?」


 隣に座るハルにチラリと視線を向けながら、日野がごにょごにょと言葉を濁していると、そっと手を握られた。

 ──熱い。触れ合った手から伝わるアイザックの温度は、ただ体温が高いというだけの熱さではなかった。

 ハッとして顔をよく見ると、ほんのり赤く染まっている。雨に濡れて風邪を引いてしまったのだろう。気付かなかった。一体いつから……。


「ザック先生」

「大丈夫です。日野さんが感じている症状は、日常生活に支障はありません。刻も同じ症状はありましたが、それほど酷くなっていないようですし。安心してください」

「ショウちゃん、やっぱり体の調子が悪いの?」


 心配そうに見つめてくるハルに、日野は困ったように笑みを返す。体が敏感になっているなんて、こんな悩みを子供に伝えられる訳がない。

 しかし、日常生活に支障がないのであれば安心だ。確かに今、ザック先生と手を繋いでいてもなんともない。

 それよりも、この熱のほうが心配だ。大丈夫かと声をかけようとすると、アイザックは自身の唇に人差し指を当てた。

 ……ハルには内緒、ということか。

 ニッコリと微笑むアイザックに、それ以上はなにも言えなかった。すると、ガチャリと扉の開く音がして、不機嫌そうな声が部屋に響く。


「おじさん、なにしてんだ?」


 そこには、見覚えのないトランクを抱えた目付きの悪い男が立っていた。一体何を買ってきたのか。グレンは部屋に入るなりそれをテーブルの上に置くと、ガチャガチャと開けていく。

 その様子に、なんだなんだとハルがテーブルに近付いていった。日野もそれがなんなのか気になり立ち上がったがアイザックの方も心配だ。チラリと顔色を伺うと、触れていた熱い手がパッと離れた。

 腕を掴まれ、くるりと体が回る。行っておいで、と背中を押された。振り返ると、アイザックは眠そうにあくびをし始めている。

 ありがとうございます。そう声をかけると、日野はグレンの方へ目を向けた。その時、


「──っぶ!?」

「へたくそ。投げるぞって言っただろうが。ちゃんと受け取れ」


 突然、顔に大きな布が飛んできた。はしゃぎ出したハルの声が耳に届く。

 布が当たっただけでも少しヒリヒリした。痛みの方が心配だとザック先生が言っていたことがよくわかる。日野は頬を撫でながら、飛んできた布を広げてみた。


「これ、コート?」

「わー! ショウちゃんの可愛いね。ねえ、ボク似合ってる?」

「うん。すごくかっこいいよ」


 そう答えると、ハルは嬉しそうにパタパタと部屋の中を走り出した。髪と同じ深緑色をした、ポンチョ風のそれを着ているハルは、まるで小さな魔法使いのようでとても可愛らしかった。

 そして、改めて自身に渡されたコートを見る。膝の辺りまである紺色のシンプルなものだったが、前に付いているボタンが大きくて可愛らしかった。

 これをグレンが選んで買ってきてくれたのかと思うと、ついつい嬉しくなり顔が綻ぶ。

 そういえば、外は思っていた以上に寒くなってきていた。この世界に来た時はまだ太陽がギラギラと照りつける真夏だったというのに。季節が変わるのは早いものだ。

 コートを買ってもらえないか聞いてみなければと思いつつ、フード男のこともあり、すっかり忘れてしまっていた。ありがたい。ちゃんとお礼を言わなければ。


「グレン、ありが──」

「それ良いだろ。雪だるまみたいで」


 後ろでアイザックが吹き出し、必死に笑いを堪えている声が聞こえてきた。それと同時に、ハルが「本当だ! 雪だるまだね!」と大きな声で言うものだから、だんだん恥ずかしくなってくる。

 そして、頭の中に雪だるまの映像が浮かび上がった。体の部分に丸いボタンが三つ付いているタイプのものだ。

 この世界にも雪だるまがあるんだなあ、としみじみ思いながら、日野はギュッとコートを抱きしめる。


「うん、可愛いよ。ありがとう、グレン」

「おう」


 しかし雪だるまか……そうか。

 グレンはきっとセンスがズレているんだと心の中で自分に言い聞かせる。それに、女性の服を男性が選ぶなんて難しいはずだ。

 満足気なグレンの顔を見ることが出来たし、コートのデザインも可愛いので不満はない。

 動き疲れたのか、グレンは椅子をベッドの方へ引きずりながら、腹が減ったと溜め息を吐いていた。その様子に日野はハッとして、畳んだコートをそっとテーブルに置いた。


「さっきサンドイッチ作ったから、持ってくるね」


 日野は嬉しそうにそう言って、キッチンへと向かっていった。

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