2-① カナン編 「約束の國」
第十章カナン編 「約束の國」
―此の世が生まれて千年の後、神の御使いが七つのラッパを吹きならし、地においては獣が上り、海においては魚が死に絶え、空においてはサタンが投げ落とされるであろう。川には水の代わりに血が流れ、森には木の代わりに骨が突き立てられる。あたかも地の獄と化す地上をお嘆きになられた神は、御身の御子を再び此の世に降臨せしめた。御子は九つの天の御使い達とともに、悪しき獣を率いるサタンに熾烈なる戦いを挑む。その時、我らの魂の輝きこそが、主の刃となり、サタンを穿つのである。おお、人よ、神子を崇めよ。清らかに在れ。アリルイヤアリルイヤ。―
天にある水が全て降り注いだかのような嵐から一週間が経った。雲は全て大地に落ちたのであろう、混じりけのない青い空は旅立ちを歓迎するかのようであった。
コン、コン
出立の準備を終えたノイシュの部屋を叩く音が聞こえる。
「準備終わった?ノイシュ。」
「ああ、今出るよ。」
そう答えてから間もなく、部屋の扉が開いた。バアルに斬られた傷はすっかり完治している。常人では考えられない回復力に、フィネガスが手配した医師は驚嘆していたが、ノイシュにとっては小さい頃から自然なことであった。
アッハーズとの交戦中に投げ捨てた小型の円形盾はあのまま紛失してしまったたため、代わりにフィネガスが自由都市最高峰の鍛冶屋に依頼し、大急ぎで別の盾を新調してもらった。養生の間に磨いたのであろう、窓から差し込む日の光を反射する鎧は目を眩ませる程だ。だがそれ以上に、護聖の象徴でもある煌びやかな額冠は相変わらず目を惹く。
ディアドラの装いも、以前奇岩地帯で出会った時とはやや異なった物だ。奇岩地帯では戦闘を想定していなかったため、身を守る鎧などはなく弓と胸当て程度であったが、今回の旅では本格的な戦闘を幾度も経験することになるであろう。急所を覆える鎖鎧を主としつつも動きやすさを重視した格好となっている。また矢も無限ではないため、即座に矢を調達できるよう切れ味鋭い短刀も携帯していた。
赤枝の戦士団は、元々ディアドラがいなくてもメンバーが各々の裁量で動く場合も多かった為、この旅立ちに異を唱える者はいなかった。結果的に言えば、彼らは当初の予定通り護聖との繋がりを得て、大陸最高レベルの手厚いバックアップを受けられることとなったのだ。ディアドラへの信頼感は上がりこそすれ、反発されることはなかった。
ディアドラ自身も、信頼できる核メンバーに全てを任せることにしたが、ならず者に関して情報があった場合は速やかに情報を収集できるよう、常に自分の所在を明らかにしておくようにすることとした。
情報の漏洩には細心の注意を払うが、どうしてもディアドラ自身が「アガデのロード団」に狙われる危険性は格段に上がってしまうだろう。だがそれ以上にならず者、特にバアルの情報を逐一得られない事の方がリスクが高いと考えた上での決断であった。
アジトを出ようと玄関へ向かう二人の前に、小柄な少女が立ちはだかった。
「もういくのー?」
いつもの間延びした声が、少し震えている。たまに的を射た言葉でドキリとさせられるが、まだ年端もいかない少女だ。ディアドラとの長い別れが寂しいのだろう。
「いつも通りいい子で待ってるんだよ、イゾルデ。私が帰る家は、ここしかないんだから。」
そう言ってディアドラは震える少女を抱きしめた。
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泣き止んだイゾルデに見送られた二人は、関所へと向かい歩き始めた。
「イゾルデはなんで赤枝の戦士団に居るんだ?ディアドラの娘のわけないよな。妹?」
騒がしい目抜き通りを歩きながらノイシュが尋ねた。ならず者による集団誘拐事件のあと、警護団による警備はより厳しさを増したが、活気自体は以前となんら変わっていない。
「あの子は昔の私と同じように、捨て子だったの。旧神原理主義の奴らに任せると何されるかわからないから、私がほとんど面倒見てたわ。娘と妹の中間みたいな子ね。」
旧神原理主義者の言葉を聞き、ノイシュは妙に納得した。幼少の時代からその思想に傾倒した者に育てられれば、確かにバアルやアッハーズのような極右的な人物に成長するのも頷ける。
「むしろディアドラはバアルと似たような環境で育ったのに、良く似なかったな。前リーダーの、アンシャルだっけ?その人は原理主義者じゃなかったのか?」
「んーん、バリバリの旧神原理主義者だったわ。でもまぁリーダーなだけあって忙しい人だったから、私は大して構ってもらった記憶はないかも。バアルは私よりずいぶん年上だから、そこが大きく違ったのかもね。」
未だ謎が多い旧神主義の内部事情であるが、余りディアドラの幼少期について詳しく尋ねるのは、少なくともまだノイシュには憚られた。
彼女の出自を詳しく聞くならば、ノイシュ自身の出自についても語る場面が出てくるだろう。ディアドラが信頼できる人物なのは間違いなく、いずれ彼の故郷についても話す機会は必ず訪れるだろうが、現時点ではどこまで天地郷について語るべきかをノイシュはまだ決めかねていた。とはいえ、これから長く旅を共にするパートナーだ。信頼関係が最も大切な物である以上、そうそう隠し立てもするべきではないのだが。
「…シュ、ノイシュ!聞いてた?」
考え事をしていたノイシュの眼の前にディアドラが手をひらひらさせて気を引く。
「何会話の途中でボーッとしてんのよ、どこの国へ行くの?」
気付けば、以前セタンタとスカアハと待ち合わせをした、中央部の噴水のエリアに到着していた。ここから各国の関所に続く道を選ばなければならないため、ディアドラはノイシュにどの国を目指すのかを聞いたのだった。
「ああ、すまん。最初はカナンに行こうと思うけど、良いかい?」
「カナンね…。まぁ私はノイシュの用心棒だから、貴方についてくけど、どうしてカナンなの?」
「歴史上、カナンの「神」が誕生するのはこれで二人目だろ?一人目は、カナンの建国時、つまり最初の「神」だ。カナンの「神」は、護聖の記録にもほとんど登場しない、一番謎が多い「神」だからな。早めに会っておいた方が良いはずだ。」
そう言ってノイシュは、三国を訪れる最初の国を、「約束の国」カナンへと決めた。
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曰く、「神の子」。曰く、「神に油を塗られし者」。曰く、「救世主」。
カナンの「神」を喩える異名は枚挙に暇がない。それほどまでに民衆から待ち望まれているその存在は、しかし1000年の長きに渡り一度も誕生していなかった。
カナンは「神子教」を国教とする、国土およそ100万K㎡の広大な面積を持つ国である。大陸の西側~北西部に広がり、特に内陸部では葡萄の生産が盛んな国として有名である。その葡萄を用いたワインは大陸一と言われており、他国の人々からも絶大な人気を博している。
千年もの永きに渡り「神」が不在だったこの国では、「神の家」として代わりに「教会」が国を治めていくこととなった。カナンを建国した「神」は、「王」としての側面も併せ持つ人物であったため、その権威はひとえに「教会」に受け継がれていく。そのトップである教皇は、神の代理人として大きな発言権を持った。
神と王と言う、外部の権力闘争には悩まされなかったカナンではあるが、その分教会内部での権力闘争は清廉とは言えなかった。広大な領土を治める為に領主の代わりに司教が派遣されたが、腐敗の温床となることもしばしばだった。またそれらの者達からの贈賄により、教会の中枢が汚職に加担する時代もあった。「神」の不在と教会の不正に民衆の怒りがピークに達し、過激な暴動が勃発したこともあった。
だがそれらの争いは著しく国力を低下させてしまい、本来国が備えるべき終末の年に対して大きな被害を生じさせることとなる。その為近代の教皇は時間をかけて不正を排すために尽力し、現在の教皇の代でようやく「神」が誕生したことも相まって、現在のカナンは国力も回復し、比較的落ち着きを取り戻してきた。
「現在の教皇のシメオンが、「神」の誕生ですぐに膝を折ったというのが大きかったんだろうね。」
「それまでの教会は白羊座の連中の食い物だったからな。まぁ実情はわからないけど、シメオンの手腕は相当なものなんじゃないか?」
世間話をしている間に、二人はようやくカナンの関所に到着した。自由都市を囲む石造りの外壁の中に、大きな閉じられた門が見える。以前までであれば開放されていたようだが、終末の年を控え、カナンに限らず他の国々でも自由都市からの通行は厳しく制限されていた。
というのも、広大な国土を誇る三国において、自由都市のように外壁で領土を全て囲むことは到底不可能である。都市部・村落より無人地帯の方が遥かに多いのだ。そのため、国内にある、外壁に囲まれた重要な都市にのみこのような関所が設置されており、それらの関所では必然的に管理が厳しくなるのだ。商売が盛んな自由都市からだと、違法な品々を運ぼうとする不届き者などもおり、カナン国内の流通を管理する一面もこの関所では持っている。
「まぁフィネガスせん…フィネガスさんが口を利いてくれたらしいから、俺たちは比較的すんなり通れると思うけどな。」
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関所に到着したノイシュ達は周囲を見回すが、意外にも人影はまばらだった
「貴方の財産を手放すということは、天の国に富を積むということです。我が国に入国をしたいのなら、今貴方がお持ちの富を全て我々に寄付してもらわなければなりません。」
周囲に居る、鎧に身を包まれた兵士然とした者と異なり、白の法衣に身を包んだ初老の男性が、老夫婦に向かってそう話している。要は、今持ってる有り金を全て差し出せ、とのことだ。見ると、老夫婦は大きな荷台を引いている。通行料として幾ばくかのお金を徴収するのは一般的とは言え、今回のような過大な要求は余り聞いたことはない。
「そ…そんな。私たちは終末の年が怖いから、救世主様に庇護を求めたいのです…市長からの通行許可証も頂いているのですよ…?」
「通行を妨げているのではありません、ただ貴方達はこのカナン国の住人となりたいというのでしょう?我が国の民は贅沢を善としません。地の国で肥やされた富はいずれ復活したサタンに奪われてしまうからです。だが天の国に在る富は、マーシアハ様の剣となる。それゆえに終末の年が目前にある今、どれだけ天の国に富を積めるかが試されているのです。その心構えが無い者ならば、入国することは叶いません。」
うなだれた老夫婦は途方に暮れている。確かに終末の年に怯えて急遽改宗しようとするのも短絡的過ぎると言えなくもないが、そのような弱者のために信仰は門戸を開くべきとも言える。
「で…では他の所から入国致します…」
「いえ、貴方達の通行許可証は拝見させて頂きました。教会の内部でこの情報は共有され、仮に貴方達が関所を通さずに入国したとしても、今後カナンの信徒として認められることは無いでしょう。」
「そ…そんな…」
「何故富を捨てることを拒むのです?何も差し出さず、庇護だけはして欲しい、そのような利己的な考え方は我々の教えには反しています。互いが互いを助け合う、それこそが人の在るべき姿と言えるでしょう。」
一見もっともらしい言説だが、法衣の男から受ける印象に奇岩地帯で出会ったダゴンに通じる下卑さを感じるノイシュは今一つ彼を好きになれなかった。贅沢を善としないのであれば、お前の膨れ上がったその腹部はどこから来ているのか?と甚だ疑問であったからだ。
何も爪に火を灯し質素倹約に過ごす必要はないだろうが、教理を説く身であれば、少なくとも一目見て矛盾を感じさせる外見はいかがなものか。
とは言え、その国にはその国の法律がある。その決定に外部の者が口出しすることは難しい。落ち込んだ様子の老夫婦は、そのまま道を引き返していった。どうやら全財産の没収という要求に応えることはできなかったのだろう。
通過を待つ数人の列の最後尾に二人は並ぶ。二人の前に並ぶ人たちは、元々カナンの国民のようだ。先程の老夫婦のように厳しい審査を受けることはなく、スムーズに大きな扉のよこに備えられた小さな通用口らしき門を通っていく。
ノイシュ達の審査の番となり、二人は通行許可証とフィネガスからの文書を渡した。通行をチェックしていた、鎧に身を包んだ男はそれを見て、驚きの声を上げた。
「まさか…貴方があの護聖…なのですか?」
どうやらフィネガスの手紙は、単純にして最も効率のよい「護聖」の名を引き合いに出した物のようだ。ノイシュ自身が護聖を証することは中々に難しいかもしれないが、換金所の元締めのお墨付きとなれば話は手っ取り早いだろう。
だが、そこに先程の法衣の男が険しい顔つきで近寄ってくるのが見えた。
「待ちなさい。護聖と言えど、簡単に通す訳には参りませんな。」
内心でため息をつくノイシュはすかさず反論した。
「別に俺たちは改宗希望でもなんでもない、全財産を寄付する必要はないだろ?」
「いいえ、貴方が護聖であると信用できません。」
「別にアンタに信用してもらわなくてもいいよ。フィネガスさんからの書状と通行証明書、必要な書類は揃ってるだろ?それとも、カナンは法で定められた基準を、現場の判断で曲げることが許されてるのかい?」
「貴方が護聖を騙り、我が国に混乱をもたらす火種となる危険を看過できないと言っているのですよ。我らが「神」を愚弄する輩を許すわけには参りませんからね。」
ノイシュは相手を小馬鹿にするように反論した。
「はっ、おたくの国の「神」はそんな輩にむざむざ騙されるほど間抜けなのか?そう思ってんなら、あんたが一番「神」を愚弄してんじゃないの?」
ノイシュの反論に男の顔が険しくなる。
「ぶ、無礼なっ!権天使の方々、この者をひっとらえなさい!」
男は鎧に身を包んだ兵士達に捕縛の命を出すが、兵士たちは困惑して動くことはできなかった。彼らにしてみれば、護聖とは自国の「神」と同じく、伝説上の存在でもある。ましてや、護聖を騙る不審者ならともかく、自由都市の換金所の大元締めであるフィネガスのお墨付きまであるのだ。護聖に自国を守護してもらうことこそが最大の名誉とされるこの大陸で、自分たちの迂闊な行動でその名誉を得る機会を逸する可能性があることなど出来はしない。
「兵士の人たちはまともなようだな。」
その様子を見て取ったノイシュは独り言ちたが、その言葉を耳に捉えた男は、ますます怒気を強めた。
「えぇ~い!!問答むよ…!!!」
「「そこまでです!!!」」
と、同時に、ディアドラとは別の女性の声が周囲に木霊した。それは男の怒声を掻き消すように発せられたが、決して耳を劈くような大声量ではなく、しかし力強い声であった。また、感情的ではなく、強い意思・信念をたった一声で感じさせるその声は、あたかも天の使いから紡がれたような不思議な感覚をもたらす。声のした方に目を向けると、絢爛ではないものの、高貴な意匠が施された法衣に身を包んだ女性が目に入った。
「ダンタリアン殿。司祭である貴男の仕事は我が国に改宗を求める者達に、われらの教理について説くことのはず。いかな十二宮の白羊座の者とはいえ、正規の手続きを遵守した旅人を理由なく捕縛しようとするなど、明らかな越権行為を見過ごす訳には参りません。」
「ウ、ウリエル殿か…いや、こ、これは失敬。救世主様を思う余り、ちとやり過ぎてしまったかな。うん。」
ダンタリアンと呼ばれた男はばつの悪そうにそそくさと、検閲所の詰め所に引っ込んでしまった。先程まで怒気で紅潮していた男の顔面から血の気が引いていく様は、まるで茹でたタコの逆再生を見ているようで、ノイシュは笑いを堪えるので精いっぱいだった。
(ウリエルですって…?)
笑いを堪えるノイシュとは対照的に、その名前を聞いたディアドラに緊張が走る。
(カナン国の九天兵団のトップじゃないの…!!!)
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カナン国の統治体制は、信仰・法・政治・財務を主に司る十二の部署からなる「十二宮」と、治安維持・武力を主に司る「九天兵団」とに大きく分かれる。
「神」が誕生した場合、全ての統治機関は「神」の下に置かれるが、長年に渡り「神」が不在なカナンでは、その長い歴史において常にこの2つの勢力が「神」に代わって国を治めて来た。
十二宮は12の星座になぞらえてそれぞれの部署に分かれ、特に神子教の教理を広めるための司祭・司教などの花形は「白羊座」に所属する。「神」が不在の際に、カナン国の実質的なトップとなる「教皇」はこの白羊座の長のことを指すが、教皇は十二宮のそれぞれのトップからの選挙でのみ決定される。悪しき振る舞いを続ければ罷免されることもあり得るため、白羊座の独裁とはならないような体制が構築されている。もっとも、人の腐敗はシステムだけで抑えることはできず、悪しき教皇による悪政が奮われた時代も勿論あった。
九天兵団はよりシンプルな構成であり、天の御使いを標榜する九天兵団の階級は全て天使の名が冠せられた完全な階級制である。九天兵団の長である「熾天使」は4人居り、それぞれ街の治安維持・外敵への備えのための兵士の訓練・教会や式典の警護・犯罪者の捜査や逮捕などを担う。
十二宮と九天兵団はそれぞれ独立した機関ではあるが、武力を司る兵団によるクーデターが起きないよう、便宜上九天兵団は十二宮の命令に従う者とされる。信仰無き刃は悪であり、神の刃は正しき信仰の下でのみ断罪を許可される。しかし、長年の歴史で幾度となく腐敗してきた十二宮に対する国民の不信感は根強く、またそれらを正す役割を担っている九天兵団の影響力は極めて大きい。十二宮の者と言えど、不正を働いた場合の逮捕権は九天兵団が有している。そのため、九天兵団のトップであるウリエルの言葉は、十二宮のトップと言えども軽視できないものであり、ましてや一介の司祭である者が問題を起こすには明らかに分が悪い相手であると言える。
(そしてこのウリエルという女性…名家の出自でないにも関わらず、10年前に突如として九天兵団に入団し、圧倒的な活躍で瞬く間に九天兵団のトップである熾天使にまで上り詰めた…。カナンの「神」とはまた別の、民衆からの絶大な人気を誇る、「聖女ウリエル」…!)
「失礼致しました、旅人の方。どうかこのウリエルの名に免じてご容赦下さいませんか。」
そんなウリエルを前にしても全く動じないどころか笑いを堪える努力に勤しんでいる隣の男を見て、ディアドラはその胆力に驚くよりも半ば呆れたように頭に手をやった。
「ははっ、別に気にしちゃいないよ。まさか聖女と言われるアンタがいきなり現れるとは予想もしてなかったけどな。」
ノイシュは一連のやり取りを気にするでもなくあっけらかんと笑っている。
「うふふ、さすが豪胆な方ですわね。護聖というのも、やはり本当のようですね。」
朗らかに微笑みを湛えるウリエルは、その美貌も相まってまさに天界の住人のような気品を感じさせた。本物の黄金と見紛うような輝きを放つ金髪の髪は、戦闘の邪魔にならないよう首のあたりまでしかなく、決して若い年齢ではないが、成熟した女性の体つき、まっすぐ伸びた背筋、何よりも全ての者を慈しむかのような慈愛の微笑みを湛えた振る舞いは、まさに美の結晶とも言えるほどだ。
「護聖殿が我が国を訪れて下さったのは我が国の守護を担うため…というわけではなさそうですね。」
ウリエルはノイシュとディアドラを交互に見て口角を上げながらそう呟く。
「顔付きが訝しんでますもの」
「白羊座の悪評を目の当たりにしたからな」
「あら、先ほど気にしていないと仰ってたではありませんか。」
「腹を立てちゃいないという意味さ。何分、カナンに来るのは初めてなものでね。」
「ふふ…でも、我らが「神」にお会い頂ければまたお考えも変わると思いますよ?会えれば…の話ですが」
挑戦的なウリエルの発言に、会ったばかりにも関わらず、らしくないな、とディアドラは感じた。先ほどまでの慈愛に満ちた表情から、堕天使のような表情を浮かべたからである。
「…なるほどね、当代の護聖を試そうと?」
ノイシュは敏感に、その意図を察した。
「流石の慧眼。貴男が本物の護聖であることは疑いようがないでしょう。しかし、神の警護を預かる身としては、それだけで神とお会いさせるわけにはいかないのです。」
ディアドラもすぐにウリエルの意図が理解できた。この国では、過去1000年間、神が誕生していなかったのだ。今でこそ、神の誕生に国全体が沸き起こり、終末の年の前に民の不安を掻き消す気運が高まってはいるものの、長年の神の不在と再誕は、もはや神話が現実となった奇跡に等しい。
一方で、護聖は彼らからすれば「外部の者」に過ぎない。伝説的な英雄であるのは当然知ってはいるし尊敬もあるが、それは数百年に一度刷新される、童話、御伽噺のレベルなのだ。言ってしまえば、御伽噺の主人公程度を、神話の主たる神と同等に扱うことに抵抗を感じるというのは、選民思想の強い神子教徒としては理解できるだろう。ましてや、今は目の前に神が誕生しているのだから。
「貴男には、神の守護者として相応しいと、誰しもが認める功績を立てて頂きたいのです。」
なんて無茶を…!とディアドラは内心で憤った。ノイシュが護聖の名声に胡坐をかいていない人物であるかどうか、初対面の彼らに解らないのも無理はない。しかし、終末の年の前、神の誕生に湧く国民を納得させる功績など、それこそ一朝一夕に成し遂げられるものであろうはずがない。明らかな無理難題なのだ。ノイシュはまだこの国を守護することを決めていないのに、である。
「いいよ、わかった。何をすればいいんだい?」
それに対して、当のノイシュはあっけらかんと言ったそぶりで、こともなげに問い返した。
「アンタほどの人がわざわざわかりやすく言ってくれてるんだ。アテはあるってことだろう?」
これほどあっさりと引き受けられると思っていなかったのであろう、ウリエルの少し面を食らった表情を見て、ディアドラの溜飲は下がった。
「…流石に懐が深いですわ。そうですね…貴男には、とある<結社>を探して神の下に断罪させて頂きたいの。」
「結社?」
「ええ、神に仇為す異端者達の秘密結社、<真なる神の結社>の断罪です。」




