21 変化(1)
エリーゼさん達と一悶着あった後、特に変わったこともなく授業を受け終わった私は、今日も1人帰路へついていた。
周りには友人や恋人と一緒に帰っている生徒がちらほら見える。
今まで友人と帰宅する事以前にその友人すらいた事のない私にとって、それは羨ましくとも何ともない……はずなのに、
何故だか、時折彼らが眩しく見えてしまう。
あの人が隣にいないことに違和感を覚えてしまっている自分がいる。
…………なんて、自分から突き放しておいてそんなことを考えるのは少々無視が良すぎるか。
何か別のことを考えようと、アスファルトに向けていた視線を上げると、曲がり角のところに黒猫がいるのが見えた。
…………何だか普通の猫にしては体が大きい気もするが、可愛いので無問題だ。
すぐさまカバンを地面に降ろし、できるだけ怖がらせないようにじりじりと近づいていく。
実は、私は動物が大好きである。
動物の中でも特に、猫がいっとう好きである。
幼少期から不運体質のせいで周りから忌避され家族と使用人を除いた他人との関わりが皆無に等しかった私にとって、何の雑念もなく接することができる動物達(何故か自宅の裏の森から侵入してきた)は癒しそのものだった。
昔母に無理矢理出席させられた社交会で、私が参加していたご令嬢全員から避けられ1人ポツンとノンアルコールシャンパンを飲んでいた時に足元に擦り寄ってきてくれたあの白い猫の可愛さを、私は今でも鮮明に覚えている。
自分が動物に好かれるタイプの人間で良かったと心の底から思う。
そういうわけで、愛しの黒猫ちゃんに触れるべく手を伸ばしたその時だった。
なんと、その艶々の毛に手が触れる直前で逃げられてしまった。
なんて不運なんだろう。
こんなことは初めてだったので、思わずショックでフリーズしてしまう。
体感数分後、何とか意識を取り戻し、まぁこんなこともあるかと諦めて帰ろうすると、いつの間にか、置いていたはずのカバンがなくなっていることに気がついた。
もしかしてと思い、先ほど黒猫が逃げた先を見ると、私のカバンを咥えて走っているあの猫の姿が見えた。
急いで立ち上がって猫を追いかける。
私が走り出す頃には、猫はもう随分と遠くへ行ってしまっていた。
しかし、いくらアドバンテージがあるとはいえ猫の歩幅なんてたかが知れているため、すぐに追いつけるだろうとたかを括っていると、これがなかなか追いつけない。
手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいても、すぐにフェンスなどの狭い隙間を通って足止めされてしまう。
その上、不運のせいで一分に一度はバナナの皮や何故か落ちている石鹸に滑ってこけそうになるので、それも相まって追いつくのが難しくなっている。
そんな状況でも諦めずに猫を追いかけること早約20分。
だいぶ離れに来てしまったが、ついに路地裏の行き止まりまで猫を追い詰めることに成功した。
猫は静かに佇んでこちらを見つめている。
大人しくしているうちに早くカバンを取り戻そう。
「そのままじっとしててくれ…………」
刺激しないように一歩一歩猫へと近づいて行く。
そしてついに、カバンごと猫を捕らえることができた。
取り敢えず猫からカバンを回収し、腕の中にいる猫を撫でる。
「ふわふわだ…………………!」
久しぶりに触れる猫に、心が癒される。
あぁ、なんて贅沢なひと時なんだろう。
気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす猫の様子の可愛さに胸が締め付けられてしまう。
こんな時間が永遠に続けばいいのに………
そう思いながら猫を撫でていた時、背後に強い魔力を感じた。
反射的に防御魔法を展開して後ろを護る。
ドォォォオオン!!!
凄まじい打撃音が鼓膜に響いた。
どうやら私は間一髪のところで助かったらしい。
体勢を整えながら振り返ると、目の前に十数人の男達が、私が逃げるのを防ぐように横に並んで立っていた。
よく見ると、ウチの制服を着ているのが分かる。
私の貴重な癒しタイムを邪魔した不届き者の正体を知るべく、視線を体から頭に移すと、男達のうちの1人と目があった。
「お前がシャルルだな?」
その男が私にそう尋ねた。
どう答えるべきか迷ったが、ここは素直に答えておいた方がいいだろうと思い、正直に返答した。
「……はい」
「何故俺たちの邪魔をしようとする?誰の命令だ?どうやって栽培場所を突き止めた?」
心当たりのないことばかり矢継ぎ早に質問され、頭が混乱する。
「邪魔をする、とは、どう言うことですか?」
「惚けるな。お前が最近俺達のことを嗅ぎ回っているのはバレてるんだよ」
「私と貴方達は初対面ですよね?」
思ったことを率直に伝えると、その男はうんざりしたように舌打ちをした。
「もういい、そっちが白を切るつもりなら、力尽くで吐かせるだけだ!!」
男がそう叫ぶと同時に、取り巻きの男子生徒達も一斉に魔法を展開し始めた。
まずいな。
あっち側は約15人で、こちらは1人。
いくら私が防御魔法が得意でも、さすがに15人相手に同時に攻撃全てを防ぎ切れるほどの強度のシールドは展開できない。
避けようにも逃げようにも、逃亡経路が塞がれている上、この狭い路地裏ではどれも困難だ。
一か八か、できうる限りの高密度の魔力を練って防御魔法を展開するしかない。
魔力も練り終わり、覚悟を決めて防御魔法を展開しようとしたその時、聞き馴染みのあるあの声が聞こえた。
「―――シャルル!!」
「………!アルバート様……!」
ひどく焦ったような顔をしたアルバート様が、こちらに向かって走ってきていた。
「なっ、アルバートだと!?」
「クソッ、あいつが来たんじゃ分が悪すぎる!お前ら、いったん逃げるぞ!」
アルバート様が来たと分かるなり、男子生徒達は一目散逃げていった。
アルバート様はそんな彼らには目もくれないで、ツカツカとこちらは真っ直ぐ歩いてくる。
「大丈夫か?あの男達に何もされていないか?怪我はしていないか?」
心配そうに私を見つめるアルバート様に間髪入れずにそう質問される。
何故だろうか、先ほど感じたような不快感や戸惑いは全く感じず、むしろ安心感で心が満たされている。
きっと、アルバート様の思いやりが感じられるからだろう。
しばらく返事をしない私を更に心配したのか、アルバート様が不安そうに私の名前を呼んだ。
「シャルル?」
ハッと我に帰り、慌てて返事をする。
「大丈夫です。何もされなかったわけではないですが、怪我はないので問題ありません」
「そうか………何をされたのかは後で聞くとして、君に怪我がないのなら良かった」
アルバート様は心底安心したようにため息をついた。
そんなアルバート様を見て、私は先ほどから疑問に思っていたことを口に出す。
「アルバート様は、何故こんなところに?」
私の質問に、アルバート様は何だそんなことかといった様子で肩をすくめた。
「学院から帰っている途中、黒猫を追う君の後をつけているガゼル達を見かけたんだ。ガゼルは要注意人物だったし、怪しいと思って尾行していたら、襲われそうになっている君の元へ辿り着いたとういうわけだ」
なるほど、私に意味のわからない質問をしてきたあの男子生徒の名前はガゼルと言うのか。
通りで見覚えのある顔だと思った。
カーリー•ガゼルといえば、家が学院に多大な寄付をしていることで教員も頭が上がらない存在として学内でも有名だ。
しかし、要注意人物とは一体どう言うことなんだろう?
私がアルバート様の言ったことをあまり理解できていないのを察したアルバート様は、清々しい笑みを浮かべながら、ここ数ヶ月で1番の爆弾発言を落とした。
「ガゼルのことも含めて、そろそろシャルルには説明をしておこう。そのためにも、今日は僕の家に泊まっていくといい」
「…………はい?」
少し更新遅れてしまいました、すいません!




