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第8話:辺境伯の謝礼と、忍び寄る王都の影


 カスティール辺境伯の病を完治させてから数日後。

 アルスがリリスと共に屋敷で朝食を摂っていると、窓の外から賑やかな馬のいななきが聞こえてきた。

 庭に出ると、そこには豪華な装飾が施された馬車と、山のような荷物を積んだ荷車が並んでいた。


「アルス様、おはようございます!」


 馬車から降りてきたのは、辺境伯の騎士エドワードだ。その顔には、かつての悲壮感はなく、晴れやかな笑みが浮かんでいる。


「エドワードさん。そんなにたくさんの荷物、一体どうしたんですか?」

「辺境伯様からの、心ばかりの謝礼にございます。命の恩人に対し、手ぶらで挨拶に来るような真似は、カスティール家の名が廃りますからな」


 エドワードが合図を送ると、従者たちが次々と荷箱を開けていった。

 中から出てきたのは、王都でも滅多にお目にかかれない最高級の絹織物、隣国の名産である極上のワイン、そして見たこともないほど巨大な魔石の数々。さらには、アルスの【調合】を助けるための、純銀製のフラスコや最新式の蒸留装置まで揃っていた。


「わあ、すごい……! この蒸留器、ずっと欲しかったやつだ」


 アルスが目を輝かせて装置に触れると、リリスが背後から呆れたように溜め息をついた。


「お前という奴は……。金貨や宝石よりも、そんな鉄の塊の方が嬉しいのか」

「あはは、だってこれがあれば、もっと純度の高いポーションが作れるんだよ。リリスの好きな『甘い薬』も、もっと美味しくなるかも」

「……なっ!? そ、それなら仕方ないな。感謝して受け取っておけ」


 リリスは顔を赤くし、そっぽを向いたが、翼がパタパタと機嫌よさげに揺れているのを隠せていなかった。

 さらにエドワードは、一通の親書を差し出した。


「辺境伯様より、このリーフ村一帯の土地をアルス様の領地として譲渡したいとの申し出がございます。もちろん、税の徴収や管理は今まで通り辺境伯家が代行いたしますので、アルス様には『名誉領主』として、この地で自由に過ごしていただきたいのです」

「えっ、村をもらっちゃうんですか? それはさすがにやりすぎじゃ……」

「いいえ、むしろ安すぎるくらいです。あの呪いを解ける御方を他所に取られるくらいなら、村ごと差し上げてでも繋ぎ止めたい。それが主の本音でございますよ」


 アルスは困惑したが、エドワードの強い眼差しに押され、ひとまずその権利を預かることにした。

 こうしてアルスは、追放された薬師から、一躍「辺境の有力者」へと成り上がってしまった。


 ***


 その頃。王都にある勇者ギルドの一室では、重苦しい沈黙が流れていた。

 レオンは荒れた手元を見つめ、震える声で呟いた。


「……見つからない? どういうことだ。あの無能一人の行方が、なぜ掴めない!」


 目の前に跪く隠密部隊の男が、冷や汗を流しながら報告する。


「はっ……。王都周辺のギルドをしらみつぶしに当たりましたが、アルスの登録記録が更新されておりません。おそらく、人里離れた森で野垂れ死んだか、魔物に食われたものかと……」


「馬鹿を言うな! あいつが死んだら、誰が俺たちのポーションを作るんだ!」


 レオンの叫びに、マリアが皮肉げな笑みを浮かべた。


「あら、レオン様。あんな『苦いだけの薬』、もう必要ないとおっしゃったのは貴方ではありませんか。……まあ、私も今のボロボロな肌を見るたびに、あの男が恋しくなりますけれど」

 彼女の美しい肌は、連日の無理な進軍と質の悪い薬のせいで、目に見えて荒れていた。


「……レオン、一つ情報があるわ」


 ゼノが水晶玉を操作しながら言った。


「最近、東の辺境にあるリーフ村というところで、『聖者』と呼ばれる調合師が現れたらしいわ。鑑定水晶を粉砕し、辺境伯の不治の病を一瞬で治したとか」

「聖者……? ふん、どうせどこかの詐欺師だろう。だが、辺境伯を動かすほどの腕があるなら、利用価値はある。……おい、隠密。その『聖者』を王都へ連れてこい。アルスの代わりとして、俺たちのパーティーに入れてやる」


 レオンは傲慢に言い放った。

 彼の中では、世界は自分たちを中心に回っている。優秀な人材がいれば、力で従わせればいい。その「聖者」が、自分たちがゴミのように捨てたアルス本人であるとは、微塵も疑っていなかった。


「断るようなら、武力を使っても構わん。勇者の招集を拒む者など、この国には存在しないのだからな」


 レオンの独りよがりな野望が、静かなリーフ村へと魔の手を伸ばし始めていた。

 自分たちが「神の逆鱗」に触れようとしていることにも気づかずに。



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