第7話:領主の病と、本物の奇跡
アルスがリーフ村の聖者として崇められ始めた頃、屋敷の門を叩く者がいた。
それは、村長と、見たこともないほど豪華な鎧に身を包んだ騎士の一団だった。
「聖者アルス様、お忙しいところ申し訳ありません」
村長は、かつてないほど恭しい態度で頭を下げた。その後ろで、騎士たちが厳しい表情でアルスを、そしてその背後に控えるリリスを注視している。
リリスはマントのフードを深く被り、不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼女にとって、アルスとの穏やかな時間を邪魔する者は、たとえ人間だろうと魔族だろうと不快でしかない。
「村長さん、聖者だなんて大げさですよ。それで、今日はどうしたんですか?」
アルスが苦笑いしながら尋ねると、先頭に立っていた騎士が、一歩前に出て深々と一礼した。
「唐突な訪問、失礼いたします。私はこの地を治めるカスティール辺境伯に仕える騎士、エドワードと申します。……単刀直入に申し上げます。我が主、辺境伯様の命を救っていただきたいのです」
エドワードの話によれば、カスティール辺境伯は数ヶ月前から原因不明の病に伏せっており、王都から招いた高名な魔法使いや治癒術師たちも、手を尽くしたがお手上げ状態なのだという。
「魔法で治らないなら、僕のような調合師にできることは少ないんじゃ……」
「いいえ! 村で配られたポーションの噂は、既に我々の耳にも届いております。あれは、王立魔法研究所が秘蔵する最高級薬をも凌駕する代物だと。……もはや、頼れるのはあなたしかいないのです」
騎士の必死な訴えに、アルスは困ったように頬を掻いた。
「……リリス、どう思う?」
「お前の好きにしろ。だが、その辺境伯とやらがお前に失礼な態度を取るようなら、私がこの地を焦土に変えてやる」
リリスが物騒なことをさらりと言うと、エドワードたちの顔が引き攣った。アルスは慌てて「そんなことしないから大丈夫ですよ」と宥め、辺境伯の屋敷へ向かうことを決めた。
***
辺境伯の屋敷は、重苦しい空気に包まれていた。
寝室に入ると、そこには痩せ細り、肌が土色になった中年の男性が横たわっていた。
彼の周りには、数人の治癒術師がいたが、皆が疲れ果てた表情で首を振っている。
「……無駄だ。これは呪いだ。それも、古代の魔毒による強力なもの。人間が干渉できる領域を超えている」
リーダー格の術師が吐き捨てるように言った。
アルスは静かにベッドの側へ寄り、辺境伯の様子を観察した。
【真・調合】のスキルを持つアルスの目には、辺境伯の体内でマナがどのように淀んでいるかが視覚的に理解できた。
「呪い、というよりは……体内のマナの循環が逆流して、自身の生命力を削っているみたいですね。これなら、特定の触媒を混ぜたポーションで中和できます」
アルスが淡々と言うと、周囲の術師たちから失笑が漏れた。
「小僧、何を言っている。調合ごときで、我ら聖職者の魔法でも解けぬ呪いが治るはずがなかろう」
「そうです。身の程をわきまえなさい。草を混ぜた水に何ができるというのです」
アルスは彼らの罵倒を気にする様子もなく、持参した道具を取り出した。
【真・調合】の開始。
彼が屋敷の庭で摘ませてもらった変哲もない薬草に手をかざすと、その場で眩いばかりの純白の光が溢れ出した。
術師たちが眩しさに目を細める中、アルスの手の中で、薬草はみるみるうちに輝く液体へと凝縮されていく。
数秒後、アルスの手には、まるで真珠を溶かしたような神秘的な輝きを放つ小瓶が握られていた。
「……はい、これを飲ませてください」
半信半疑の騎士エドワードが、辺境伯の口元へその液体を流し込む。
次の瞬間、屋敷全体が震えるほどの清浄なマナが寝室から放たれた。
辺境伯の肌からどす黒い霧が吹き出し、それと入れ替わるように、健康的な血色が戻っていく。
「……う、ううむ……」
数ヶ月間、一度も目を覚まさなかった辺境伯が、ゆっくりと目を見開いた。
「あ、主様!?」
「……体が軽い。今まで、深い泥の中に沈んでいたような心地だったが……。これはいったい……?」
辺境伯が自力で上体を起こすと、その場にいた全員が絶句した。
「ありえない」と叫んでいた治癒術師たちは、驚愕のあまり膝をつき、祈りを捧げ始めた。
「……奇跡だ。これは、神の調合だ……!」
辺境伯は目の前に立つアルスを見上げ、その手に力強く触れた。
「あなたが私を救ってくれたのか。……感謝の言葉も見つからない。このカスティール、一生をかけてあなたに報いると誓おう」
アルスはいつものように「いえ、たまたま薬が合っただけですから」と微笑んだ。
だが、その背後にいるリリスの瞳は、これまでにないほど冷酷に輝いていた。
彼女は気づいていた。この辺境伯を蝕んでいたのは、ただの呪いではない。
何者かが意図的に仕込んだ、極めて高度な「人為的」な魔毒であったことに。
***
一方その頃、勇者パーティーのレオンたちは、王都のギルドで新しい調合師を面接していた。
「……なんだこれは! こんな泥水のようなポーションが、金貨一倍だと!?」
レオンが机を叩いて激昂する。
新しく雇った自称『天才調合師』の作ったポーションは、アルスのものとは比べ物にならないほど低品質で、しかも法外な値段だった。
「何を仰る、勇者様。これが今の市場の常識ですよ。アルスとかいう男が異常だっただけです」
マリアも、ゼノも、バルガスも、沈黙したまま自分たちの手のひらを見つめていた。
アルスがいた頃、彼らはどれほど自分たちが恵まれていたのか。
そして、その恩恵を「当然」として踏みにじった代償が、これほどまでに重いのかを、彼らはようやく理解し始めていた。
「アルスを見つけ出せ……。どんな手を使ってもだ!」
レオンの叫びが、虚しくギルドの部屋に響き渡った。
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