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第6話「激闘決着!! 珠実様、黄昏に死す!?」

「ふむ。言われてみればその通りではあるが、まあ気にするな。確かにこやつには気の毒かもしれぬが、倒木や切り株は様々な生物の棲み処や糧となる他、こやつが消えた事で日が当たる様になった場所にはやがて他の植物が育つじゃろう。自然とはそういうものじゃ」


 ところが、その更に苛烈な攻撃への意思をエレナが直接表に出した訳ではないとはいえ、これまでの言動からしてもそれを察していないという事はないであろうにもかかわらず、漸く……或いは今更というタイミングで口を開いた珠実は先のエレナからの質問というか指摘を肯定こそしたものの、即座に要約すれば「気にするな」と宣うと、その理由としてそういった生命の巡りこそが自然というものである旨を告げる。


 しかし、その発言の内容自体は尤もな事ではある、とは聞いた全員が、つまり絶賛敵対関係でありその指摘をした当人であるエレナですらも思ったものの、それを当該の樹木を折った、つまり言ってしまえば殺した当人が言うのは何か違うだろう、とも全員が、つまり珠実に命を救われたサラですら思った事は否めなかったが、元より口を挟める立場ではないと自覚しているサラは当然としても、その問答の切っ掛けであるエレナもそれに更なる言葉を返す事は無かった。


 というのも、その言葉が単に自身の行為を正当化する為のものであるにせよ、或いは考え過ぎの可能性が高いが、もし自身がこの戦いで命を落としたとしても気にする事は無い、という事を暗に伝えて来ているにせよ、これ以上対話を続けていては決心が鈍りかねないと考えたエレナは、その言葉への返答代わりに剣を以て答えんと、何度目かとなる攻撃を仕掛ける為に再度珠実の許へと鋭く踏み込むのであった。


 そして、その攻撃を重視しようという意識の差は実際の動きにも如実に表れており、これまでの戦闘を見続けた事で漸く目が慣れ始めたのか、当初の人影すら捉えられなかった様な状態と比べれば幾らかその動きを一部、つまり比較的速度が落ちた瞬間であれば捉えられる様になって来ていたサラも、更に速度を増して再度自身の目では追えなくなったそのエレナの、人間の限界を超えているとも思える動きには「まだ速くなるのか」と感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。


 だが、更に攻撃を重視せんとする意思により、実際にエレナの攻撃の鋭さが更に増していた事は確かではあるものの、珠実の方も既に一度見せた以上は隠す必要も無くなったという事か、例の妖力を用いた身体能力の向上の技術も遠慮無く使う様になった、つまり平たく言えば更にその動きの速度も上がった事もあり、やはりエレナの剣は空を切るかより鋭くなった金属音を立てるばかりであった為、相変わらず状況を正しく認識出来ているかは怪しいものの、どうやら珠実はその攻撃をも捌いているらしい事を理解したサラの感嘆がそちらにまで及ぶのにも時間は掛からなかった。


 一方、その視線を意識しての事かは不明だが、相変わらず余裕の表情を浮かべたまま無駄に間一髪で……いや厳密には回避が遅ければ遅い程に相手の動きを制限する事が出来る為に一概にはそうとは言えないものの、少なくとも反撃に繋げる気が無いのであれば、その為に潜る事になる危険を考えればとても割に合わないという意味ではやはり「無駄」に寸前での回避を続けていた珠実に対し、攻撃を続けるエレナは相変わらずその表情にこそ変化は見られないものの、それだけの動きを続けていればその肉体の各所には徐々に負荷と疲労が蓄積して来ている事は否めなかった。


 とはいえ、攻撃をする側とそれを避ける側の動きの大きさを、しかも相手は常に殆ど最低限の動きでそれを達成している事を考えれば、自身の方が体力を多く消費する事は最初から分かり切っていた事ではある為、その疲労もまた想定内のものではあったエレナも特に焦りを感じている訳では、少なくともこの件に関してはなかった。


 いや、それが、つまり自身の方に先に疲労が蓄積する事が想定通りであるならば、このまま続けていれば先に体力が尽きた自身が敗北する事もそうなってしまうのでは、という話にはなるのだが、無論ながらエレナ本人はそれを理解した上で無謀な攻撃に勤しんでいる訳ではなく、一定の勝算を持っているからこそ今も果敢に剣を振るっていた。


 尤も、それがか細いものである、という事はこれまでの攻防の流れからも当人が一番良く理解してはいたのだが、あれだけ毎度紙一重の回避を、或いは防御をしている珠実の精神力の方がきっと消耗が早い筈である、というよりそもそも自身の攻撃にずっと身を晒していて消耗をしていない筈が無い、つまり珠実の余裕の表情はそれを隠す為のものであると信じる事にしたエレナはその疲労感を精神の力で凌駕し、変わらず怒涛の攻撃を仕掛け続ける。


 が、そう信じる事にして肉体の疲労を誤魔化す事は出来ても、いやその為には当然に精神力を用いる事になるのだからそれこそ当然の結果と言うべきか、その動きには未だ衰えが見えない事は驚嘆に値する事ではあるとはいえ、その上でその渾身の攻撃を躱され、或いは防がれ続けているとなっては、やがてその精神の平静にも綻びが生じ始めている事は否めなかった。

 

 というのも、先程までの攻勢の時点でも既に散々その勇者としての、或いは当代一とも言える剣士としての誇りに傷が付く事は感じていた訳ではあったが、現在はその時とは異なり更に攻撃に意識を割いた、言わば捨て身とも言える攻勢を仕掛けているにもかかわらず、相変わらず「無駄に」華麗な回避を続けている珠実の余裕そうな表情にも変化が見られないとなっては、さしものエレナとてその状況に対し一定の苛立ちを覚えない筈も無かったのである。


 とはいえ、その表情に関してもそうだが、戦いに於いて感情を表に出す事は勿論、それが自身の内面に於いての事であっても多少の範囲ならば兎も角、冷静な判断に影響を及ぼす程のそれを抱く事は命取りにもなり得る事は重々承知している為に、その強靭な精神力でどうにかその苛立ちを抑えながら攻撃を繰り返していたエレナではあったが、呼吸の切れ目毎に一度距離を置くまでを一度とした攻勢の数が増える度、当然の事ながらそれが徐々に増している事は否めなかった。


 しかし、当然ながらその事実を誰よりも良く知っているのはエレナ当人であり、それ故にその胸中にはまた別の感情が、つまりは肉体の疲労にも影響された焦燥感が湧き始めている事もまた確かではあったが、そういったものが戦闘に於いては決して歓迎されるものではない事は確かであり、当の本人もそう認識しているからこそのその感情や感覚ではあるものの、実際にはその様なものが必ずしも負の影響だけを与える訳ではない、という事が戦いの、延いては人が為す全ての出来事の面白い所でもあった。


 とはいえ、そんな事は露とも思っていない、つまり少なくとも戦闘中に於いてはその様な精神的な動揺は抱くべきではないし、仮に抱いてしまったのであれば可及的速やかにそれを消し去るべきで、或いはそれが難しいのであればそれを可能な限り精神の奥にまで追いやるべきである、という考えの持ち主であるエレナは実際にそう努めながらも可能な限りの冷静さを以て攻撃を続けていたが、その攻勢がまた数回続き、いよいよ日が沈み黄昏が訪れようとした時である。


 そして、もう何度目かの怒涛の連撃を今度も例によって紙一重で捌いていた珠実が、その最中に繰り出された突きに対してもこれまでと同様に、いやそれどころか幾度もその剣に身を晒して来た今となっては既にその剣筋は見切っている、とばかりにより間一髪の瞬間に躱そうと余裕を持ってその突きの到達を待っていた時だった。


 先述の通り、何度目か前の攻勢の時点では既に肉体の疲労、及びその胸中に様々な動揺を覚えていたものを、その強靭な精神力により何とか戦闘への影響が出ない様にと抑えていたエレナであったが、その間にも相変わらず渾身の攻撃を捌かれた事により遂にそれらの問題はその戦闘に於ける判断にまで影響を及ぼし、本来ならば取り得ない行動を取ってしまう。


 則ち、そもそも当初の予測では最初の一撃で終わる筈だった事を含めて十分にそれだけで目的を、つまりは珠実の討伐を達成出来る見込みであった他、珠実の「折角だからこれで相手をする」という、つまりは剣での勝負を挑まんという言葉を受けた事もあり、これまでの攻防も全てはあくまでも剣での決着を意図してのものであったのだが、その肉体と精神の両面に蓄積した疲労や普段は抱く事の無かった様々な感情等が作用した結果、エレナはつい、というよりも半ば無意識にではあるが魔法を使用してしまったのであった。


 とはいえ、元より基本的には剣での戦闘を是としており、最早それに特化していると言えるエレナは魔力による運動能力の向上は兎も角、それを自身以外に作用させる魔法の行使は決して得意ではないと自身でも認識している程である為、その魔法も決して派手なものではないというか、本来であれば、より厳密には本来の用途であれば珠実との戦闘に於いてそう役に立つものでもない筈だったのだが、これまでの攻防やそこに関わる両者の意思、どころか無意識までもが複雑に作用した結果、両者共に予想もしていなかった事が起きたのである。


 則ち、エレナがその突きを繰り出した瞬間、これまでにも散々見て来た経験もありその軌道と速度を予測した珠実は、先述の通り例によってそれを最小限の動きで紙一重で躱そうと待機していたのであったが、そこで不意に、それこそ当人にとっても半ばそうであるもののエレナが「剣を伸ばす魔法」を使用した事により、本来ならば、つまり物理法則的にはあり得ない外的要因により珠実の予測よりも速くそこに到達する事になった剣は、結果としてその予測と余裕が仇となった珠実の喉元を鋭く貫いたのであった。


「ひっ……」


 その突然の、かつ信じ難い、もとい信じたくない出来事に一瞬反応が遅れながらも、直ぐに状況を理解したサラがそう短い悲鳴を上げながらその直視し難い光景から目を背けると、それが自身が為した事である事は当然ながら理解しつつも、それが自らの意識の制御下とは違う所での判断により起きた事もあり同じく一瞬呆けていたエレナも我に返り、その凄惨な光景から目を背ける様に顔を臥せる。


 いや、念願が叶い討つべき相手を討てたのだからもっと喜べば良いのでは、とまでは言わずとも、自らの為した事から目を背けても仕方が無いだろう、という事は当然エレナ自身も理解してはいたのだが、年齢を含むその実情がどうであれ少女の姿をした相手の喉元に自らの剣が刺さり、その柄にまで血が伝って来ているという光景とその耳に未だ残るサラの微かな悲鳴は、その結果が自らの意思とは反した魔法の使用により齎された事もあり、その胸中に目的を果たした事への達成感を生じさせる事は無かったのである。


 とはいえ、その光景や手段、そしてサラという目撃者の存在は自身の望む所ではなかったものの、それらとそこから生じる胸の痛みを含めても尚、その行為自体は自身の正義に則ったものである事を疑っている訳ではなかったが、だからと言って別に珠実の事が憎くて討った訳ではない、どころかその危険性を理由に討伐を企図し、そして果たしはしたものの、戦いを通じてその技術等には尊敬の念すら抱いていたエレナが、せめてしっかりと弔ってやろう……という以前に未だ刺さったままの剣を引き抜こうとした時だった。


「まだまだ甘いのう」


 その為に顔を上げようとした瞬間、自身の耳に届いたその声にエレナはその生涯でも最大と言える驚きを覚えながらも顔を上げると、同時に直前のそれとは別の目的で咄嗟に剣を引き抜こうとするが、自身の所有物である筈のそれはまるで生きた大木の枝をそのまま引き抜こうとしたかの様にぴくりとも動かなかった。


「相手の絶命を確認する前に目を背けるとは、如何に腕が立とうともまだまだ若造、という事じゃな」


 何故――などと考えるまでもなく、自身の両眼に映った光景を見てその理由を理解したエレナは懸命に剣を掴んだ腕を引こうとするが、その「理由」である、則ちその刀身を素手で掴んでいた珠実は自身の手から流れ出る鮮血にも構わずにそれを制すると、その刀身が刺さったままの喉でエレナの迂闊な行為を例によって上からの視点でそう評する。


 しかし、その評価の是非を論ずる以前に、とても冷静に言葉を発せられる様な状態ではなかったエレナはそれに言葉を返す事も無く、膂力の差からこのまま剣を引き合っても埒が明かない、どころか今度こそ珠実からの反撃に晒される可能性がある、という考えから剣を離すと引き合いの余波も利用して高速で珠実との距離を取る。


 尤も、だからと言って剣士の命……とまでは言わずとも、少なくともその戦闘に於ける生命線ではある剣を易々と離してしまっている事からも分かる通り、その理由は言ってしまえばエレナが自身を納得させる為に作り上げた尤もらしい理由に過ぎないものであり、実際の所はそのはっきりと異常な光景からの言い知れぬ恐怖と長年の経験からか珠実の力の高まりを感じ取った身体が無意識にそうしたのであった。


 いや、仮にも「勇者」と呼ばれる者の行動としてそれはどうかという話ではあるのだが、実際には剣を珠実から取り返す事は難しい事も、それに固執していては反撃を防ぐ事が難しいという事も事実ではあるものの、それを措いてもエレナがそうしたのは無理もない事だった。


 というのも、仮にも命の恩人が生きていた事が判明した、という状況である筈のサラでさえ一切の喜びの声を上げていない事からも分かる通り、その珠実の様子は相変わらず遠目に見れば美少女の外見も寧ろ相まってそれを少し離れた所から客観的に見ていた、しかもその当人を命の恩人と感じている者ですらも恐怖を抱かずにはいられないものだったのである。


 そして、ただでさえ確かに仕留めたと思った相手が生きていた、という異常過ぎる前提の上でエレナはそれを間近、かつ正面から見ていた訳であり、その本来ならば陽気にも聞こえていた声も声帯、或いは気道に穴が開いている為か酷く醜く歪んだものとなっていた……だけならばまだしも、その距離故にその穴から鳴っていたゴポゴポと泡が立つ様な音もしっかりと耳に届いていた上に、しかもその振動が珠実の喉、及び手から伝う血と共に手に持つ剣からも感じられていたとなれば、まともな神経であればその場に留まって居る事が難しいのは当然の事だった。


 なお、エレナの突きを食らった時に一度は力を失った様に垂れ下がっていた珠実の尾が、その時にはまた元の様に、どころかその位置が珠実の頭と同等程度の高さにまで上がって来ていた……という事は兎も角、なんと先程までは確かに一本のみだったそれがいつの間にか二本に増えていたのだが、両者共にその珠実の異常な状況の方に意識が向いていた事もあり、現時点では誰もその事に気が付いてはいなかった。


「……妖狐とは不死の存在なのですか?」


 しかし、平常とは言えない精神状態である事は確かであるとはいえ、一度距離を置いた事で自然とその全体像を見る事になったエレナは直ぐにその事実には気付いていたが、どう考えても今はそんな事を気にしている場合ではない事は確かであった為、思考の時間を稼ぐ為という意味も込めて自身が最も気になっている事を当人、もとい当妖、或いは当狐に問い掛ける。


 尤も、その質問は自らが口にしているとはいえ荒唐無稽なものだとは、そして実際に相手が不死身という訳ではないとすれば、時間を稼ぐ事は寧ろ相手にも回復の為の時間を与える事にもなりかねないとは当人も考えてはいたのだが、実際に自身がたった今味わった現象を考えれば、少なくとも現時点の未だ完全には冷静さを取り戻せていない頭脳では他の可能性を見出す事も出来ず、またもしその問いの答えが肯定であれば流石にお手上げである上に、どの道剣が無ければ追撃も厳しい以上は、精神の回復の意味も込めて兎に角考える為の時間を欲したのであった。


「そんな訳あるか。今の攻撃にしてもあと少し反応が遅れるか、或いは軌道を読み損ねていたら急所を貫かれてあの世行きだった筈じゃ。その点に於いてはお主の正確さに感謝といった所じゃな」


 だが、いややはりと言うべきか、エレナがその質問を口にしている間に自らの喉に刺さった剣を抜き、軽く、とはいえ例によってサラの目にはその軌跡も見えない速度でそれを振り付着していた自らの血を落としていた珠実はその問いに即答でそう答える、というよりもツッコミを入れると、実際には今の攻撃でも死に掛けていた事を、とてもそうは思えない軽い口調で明かす。


 とはいえ、その発言の際には既に珠実の声は喉を貫かれる前の声と同様の外見相応の、だが何とも言えない人を喰った様なものに戻っていた、つまり既に喉の損傷からは少なくとも話すには問題無い程度には回復している事を意味していた為、それを聞いたエレナもやはり時間を与えた事は失敗だったかと後悔しかけるが、先述の通り状況的にはどの道それは避けられなかった事を措いても、その言葉の中にそれよりも圧倒的に気になる部分があったエレナにはとてもその軽口に付き合う気にはなれなかった。


「……その様にしたつもりでしたが」


 というのも、此度の出来事というか、現状のエレナ自身としては非常に危機的な状況というものは、言ってしまえば仕留めたと思い込んだ当人の油断が原因であるとは言えるのだが、当然ながら当人としてはその確信があったからこそ、いくらそれが惨いものであるとはいえ先程の珠実から目を離すに到った訳であった為、その確信、つまり自身の手に残った人体の中枢神経を貫いた時特有の、何度経験しても「嫌な」感覚を思い出しながらも、エレナは素直にその旨を口にする。


「じゃろうな。というのも、あの瞬間、妾は急に加速した、もとい伸びた剣をどう足掻いても避け切る事は不可能である事を瞬時に理解したのじゃが、どうにか急所に当たる事だけは避けられたとしても、それを察したお主に首を撥ねられたりしてはさしもの妾でもひとたまりもないのでな。首の筋肉で剣の動きを阻害し、急所を貫いた際の手応えを偽装する事でお主に「仕留めた」と誤解して貰うという一計を案じた訳じゃが、それが上手く行ってくれたお陰で妾は涙に暮れるお主らを空から眺める事も無く、こうしてドヤ顔でネタバラシを出来ておる、という訳じゃな」


 尤も、本来であればその言葉の後には「どうやって自身にそう誤認させたのか」という問いを続けたかった所を、流石に未だ戦闘中の相手にそれを尋ねる事は恥ずべき事として吞み込んだ結果がその、エレナとしてはあまり好まない類のさして意味の無い言葉であったのだが、それを汲んでの事なのか、或いは単に自身の策を披露したかっただけなのか、それを聞いた珠実は即座にそれが自身が意図した事である旨を認めると、自身の言葉にもあった通りにまさに「ドヤ顔」で自身の視点から見た先の出来事の一部始終を語る。


 しかし、それは珠実としては丁寧な説明ではあったものの、興が乗った為か自身も割と最近になって知った様な言葉を混ぜていた為、その当人にとっては聞き慣れない言葉には聞き手であるエレナ達にはその全てを完全に理解する事は出来なかったが、少なくとも声色や表情から明白である、挑発的とも取れる態度を含めても尚、重要な部分については十分に理解したエレナの胸中に湧いていたのはただ一つの感情、則ち相手への純粋な敬意のみだった。


 いや、確かに珠実の行動は完全に常軌を逸していると言えるものであったとはいえ、現在の、どう考えても決定的に不利と言える状況でそんな事を呑気に思っている場合かという話ではあるのだが、手前味噌ではあるものの、当代一とも言える自身の剣が不本意ながらも使用した魔法によって更に加速して迫って来る中、一瞬の判断でそれを喰らう事を前提とした策を考えた思考力だけでも十分にそれに値する上に、当然ながら少しでも見切り損なえば実際に死を迎える事になる状況で実際にその策を、しかも当人の言葉には無かったものの、恐らくは自身に誤認させる可能性をより高める為に可能な限り急所の近くを貫かせた上で行った実行力は、武に生きる者として敵だの味方だのを超越して称賛に値するものだったのである。


「……それはまた、見事と言わざるを得ませんね」


 という訳で、それを伝えない訳にもいかないと考えたエレナはその感嘆を暫しの沈黙で表した上で、仮にも敵である、かつ現在も一応は戦闘の途中でもあるにもかかわらず、珠実に対し心からの称賛を送る。


「ふん、確かに我ながらあの状況に於いては最善に近い判断ではあったが、結局は妾の再生力ありきの苦し紛れの策に過ぎぬ。もし人間同士の立ち合いであれば、即死を免れたとしてもあの一撃で決着であったじゃろう。尤も、お主らにも回復魔法の類はあるやもしれぬし、そうでなくともその場合には斯様な小細工などせず、潔く相討ちに持ち込む事ならば出来なかったとは申さぬがの」

 

 尤も、それはあくまで武人としての思考と行動であり、勇者として、つまり自らの信じる正義の執行者としては未だ珠実が討伐対象である事には変わりは無かった為、その為にはある程度は手段を選ばない事はこれまでの行動からも見て取れる方の側面のエレナは、その発言、及びそれへの珠実の返答をその攻撃を遅らせる良い機会として、その間にどうにかしてせめて剣を取り返す方法が無いかと模索するつもりだったのだが、その事を知ってか知らずか、その称賛を受けた珠実は一応はそれを受け取りつつも、明らかに不服そうにそう答える。


 しかし、その珠実の発言は恐らくは事実ではあったものの、仮に人間同士の戦いであったならば当然ながらそこに到るまでの経緯も同様にはなり得ない、という事を措いても、そもそも当人の視点からは珠実が本気を出している様には見えなかった、とは言わずとも少なくとも攻撃の意思さえ見せなかった事は確かである事や、件の突きが当たったのも自身にとっては不本意な魔法の使用の結果であり、かつそれでも反撃は可能であったという言葉も恐らくは強がりではないと考えれば、思う所も多々あったエレナにはその言葉に沈黙を以て答える事しか出来なかった。


「さて、話は此処までにして再開と行くかの――っと、その前に忘れ物じゃ」


 とはいえ、それは相手としても望む所だったのか、それを良い機会とした珠実はそこで話を区切り戦闘の再開を匂わせる……までは良いとして、そこで何かに気付いた様な様子を見せた珠実はあろう事か、相変わらず何処か諧謔を感じさせる言い回しでそう言いながら、折角喉に穴を空けられてまで結果としては奪う事になっていたエレナの剣を本人の元へと投げ返す。


 尤も、たとえば相手が現状のサラであったならば、その行為に驚いて受け取り損ねたり、躱すなり受け取るなりは出来たとしても、それに目を奪われて隙を晒す事にはなっていたかもしれないが、同じくその行為には大いに驚きながらも無論ながらエレナがその様な無様を見せる事は無く、仮にそうでないとしても当の珠実には相手の隙を窺う様な様子は一切見られなかった。


「……何のつもりでしょうか」


 しかし、散々時間を稼いで……いやその過半以上は珠実が勝手に話していただけではあるのだが、何れにせよ必死でその方法を考えていたのが馬鹿らしくなる程にあっさりと、こうして自らの愛剣がその手に戻ったのは望外の事ではあり、既に何かしらの魔術、もとい妖術による仕掛け等がされている訳でもない事も確認済みではあったのだが、その意図を図りかねたエレナは若干の間を置いた上でそう珠実に尋ね返す。


「お主にとっては大事なものなのじゃろう? それを心優しく返してやった恩人に対して何たる言い草じゃ」


 が、自身の価値観ではあり得ない行動に動揺を隠せない、いや例によって表情等にそれが表れている訳ではないものの、その自身では分からない理由を仮にも敵に対して素直に尋ねている時点で少なくとも珠実にはそれが伝わっているエレナとは対照的に、その問いを受けた珠実は即答で、かつ相変わらずの口調でそれがエレナにとって大切なものである事と、それ故にその言動の無礼さを指摘する。


 尤も、その返答で暗に……という程隠してはいないにせよ、少なくとも明言はせずに示した理由が真実ではない、つまり珠実がそこまでお人好しという訳ではない事はエレナにも何となく察しが付いてはいたが、その真実がこれまでにも匂わせていた戦いによる愉悦を求めてのものにせよ、それを失った自身に勝っても仕方が無いといった自信の表れであるにせよ、仮にも命を落とし掛けた直後にそれを齎した凶器そのものを、それを行った張本人に対して返却するという、少なくとも当人の価値観に於いてはどう考えても異常な行動には、さしものエレナも一定以上の精神的圧力を感じずにはいられなかった。


「まあ良い。じゃが、折角こうして隙を晒してやっているにもかかわらず攻めて来ないのであれば、今度は此方から行かせて貰うぞ?」


 一方の珠実はそれを察しているのかいないのか、何れにせよ返答が無い事を責めるでもなくそう言うと、それが事実かは兎も角これまでの問答は意図的に隙を晒していた旨を明かした上で、攻めて来ないのであれば此方から行くという宣言と共に遂に先程から重力に任せていた右腕を、つまり「珠実丸」を自身の前方にまで持ち上げる。


 そして、それを自身の頭上程にまで持ち上げた上で左手も珠実丸の柄を握り、所謂大上段の形に近い構えを取るが、それに合わせて返された剣を構えこそしたものの、少なくとも左右からの攻撃に対しては「隙を晒して」いると言えるその状況になっても尚、エレナがその場を動く事は無かった。


「さて、頼むから受け損ねてくれるなよ?」


 しかし、先程までは一切攻撃の意思すらも見せなかった珠実であったが、今回は既に攻撃の意思を表明している以上はそのエレナの反応も寧ろ好都合だったのかにやりとした笑みを浮かべると、この期に及んでも、つまりたった今相手の攻撃により一度死に掛けたばかりであるにもかかわらず、やはり余裕を見せるかの様にそう口にした上で刀を更に振りかぶる。


 そして、相変わらず口を噤んだままのエレナの返答を待つ事も無く、彼我の距離を感じさせない疾風迅雷の踏み込みで一瞬にしてその眼前にまで到達すると、その移動により発生した慣性をそのまま刀にも乗せて一気に振り下ろす。


 しかし、確かにその一連の動きは稲妻の様に速く、単純な速度で言えば先程までのエレナの攻撃の中の最速の一撃の時のそれをも上回っていたとはいえ、その構えからしても攻撃の軌道は至極読み易く、かつ例によって攻撃する側と受ける側の必要な動作の量を考えれば、当人の身のこなしならば回避する事も不可能ではなかった筈だが、既にそれが間に合わない距離にまで珠実の接近を許したエレナは剣による防御

を試みる。


 が、それでも珠実の刃が自身に届く前に防御態勢に入った反応と動作の速さは流石ではあったものの、既に当人も警戒していた膂力の差もあってか、そこに如何程の影響があったかは兎も角、重力の助けも借りた珠実丸の刃をまともに受けたエレナの剣は鈍い音と共に圧し折れ、その役目を果たす事は出来なかったのであった。

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