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第5話「エレナと珠実」

 しかし、珠実の体勢が多少変わっている等、状況には些細な変化が生じていたとはいえ、そうして再度踏み込んだエレナが繰り出した攻撃はまたしても先程と同じ突きであり、かつその狙いも変わらずに珠実の首の中心辺りであった為、先の結果を忘れたかの様なその選択には珠実も一定の違和感を覚えながらも、やはり先程と同様にそれを無駄の無い動きで紙一重で躱す。


 が、勇者と呼ばれる程の実力者が本気でその様な失敗をする筈が無く、珠実がその突きを先程と同様に最小限の動きで躱す事までを、そして今度も反撃には来ない事をも読んでいたのか、或いはもしそうされたとしても対応する自信があったのかは不明だが、突きを自身から見て右側に躱された形となったエレナは間髪入れずにそこから剣を珠実側に振る事で、この戦いに於いては初めてとなる連続攻撃を仕掛ける。


 とはいえ、それは体勢的に無理がある動きではある為、その人間離れした瞬発力により剣速にも一定の速度こそ保たれてはいるものの、仮に打ち合いになった場合には珠実の膂力を考えればいとも簡単に弾かれてしまうであろう軽い攻撃ではあったのだが、勇者と呼ばれる者の武器に相応しい愛剣の切れ味ならば首に当たりさえすれば致命傷を与える事は容易である上、流石の珠実の身体能力とはいえ未だ肩に担いだままの刀での防御は間に合わない事は明白だった。


 尤も、一定の、少なくとも未だにサラの目では碌に捉えられない速度を保っているとはいえ、これまでの十分な体勢からの攻撃に比べれば速度が劣っている事は確かではある為、それらを躱した実績のある珠実であれば今度の攻撃もそうする事はそう難しい事ではなかったが、そうなる事も予測済みだったのか、再度最小限の動きで回避した珠実に対し、エレナはその勢いのままに更なる追撃を試みる。


 いや、自身の身体から外側に向かって剣を振った以上、次の攻撃をする為にはそれを戻す必要があるのだから、普通に考えれば「その勢いのままに」攻撃するのは無理があるのではという話だが、これまでとは戦闘の方針を変えたのか、エレナは僅かに身を引いた珠実を追って前に踏み込みながら自らの腕の勢いを利用する様に回転する事で、その勢いを剣先にも乗せた更に強力な一撃を繰り出したのであった。


 しかし、それは確かに直前の攻撃よりは遥かに重さと勢いが乗った攻撃ではあるものの、回転という予備動作を伴った事でそれが目標に到達するまでには一定の猶予があった為、いや例によって少なくともサラには、そして多くの人間にはとても反応が出来ない程度ではあるのだが、その刹那の時を十分な猶予と受け取った珠実は肩に載せていた刀を瞬時に下ろしてその一撃を受け止める。


 その瞬間、また甲高い、だがそれでいて先程よりも重いというか鈍い様な金属同士の衝撃音が響き渡るが、エレナの人間離れした身体能力が生み出した渾身の一撃を片手で持った刀で受け止めたにもかかわらず、今度もその刀も珠実自身も僅かにも揺らぐ事は無かった。


 だが、これまでの反撃を警戒する慎重な姿勢を変更したのか、攻撃を受け止められたエレナは今度は即座に剣を引くと、直前の勢いの乗った攻撃を防御する為には流石の珠実も強く踏ん張ったであろう隙を狙ってか、怯む事無く再度防御の難しい突きを繰り出す。


 が、実際に先の防御の際には一瞬踏ん張った事で素早い回避が難しくなった瞬間があった事は確かではあるものの、エレナにも剣を引く動作が必要であった分既にその隙は消失していた為、その気になれば今度も回避をする事は難しくはなかった筈であるにもかかわらず、珠実は敢えてその鋭い突きを刀の刃という、とても点での防御には向いていない部位で受ける。


 尤も、それだけの勢いを持った突きを点で受けた所で勢いが完全に止まる訳ではない為、結果的には僅かに逸れた突きが自らに向かって来る事になった珠実は結局はそれを僅かに動いて躱す事にはなったのだが、その様な本来ならば明らかに不要な、言ってしまえば遊びとも取れる選択をされた側からすれば心穏やかではいられない……とまでは言わずとも、流石のエレナでも面白くないというか、悔しいという感情を抱いている事は否めなかった。


 とはいえ、確かにそれは珠実にとっては戯れに近い行動ではあったが、それは決してエレナを侮ってのものという訳ではなく、その生涯で初……という訳ではないものの真に久しく自らの実力を見せられる相手との戦いへの昂揚によるものであり、寧ろ人間の身でそこまでの実力を身に付けたエレナに対する敬意の表れでもあった。


 そして、その事は剣を交えたエレナにも何となくではあるものの伝わってはいたのだが、意図的に侮ろうとしている訳ではないにせよ、自身でも認める天賦の才と長年の努力の結晶である剣戟をこうも容易く、どころか最早それが遊びであるかの様に楽しそうに防がれ続けていては、その誇りに障らないという方が余程おかしいという話であり、結果としてエレナの攻勢は更に激しさを増していった。


 とはいえ、先に初めて連続で攻撃を繰り出した時からの話ではあるが、その時点からエレナが戦闘のスタイルを慎重な姿勢から攻撃に重きを置いたものへと変えた事は確かであり、それに当人の感情的な部分が些かも影響していないと言えば嘘にはなるものの、当然ながらその方針の変更には少なくとも当人なりの十分な根拠があっての事だった。


 というのも、これまでの自身の攻撃はその尽くが防御、或いは回避をされている事は確かであり、少なくとも膂力や反応速度、そして当人としては認めたくはないものの戦闘の技術に関しては後れを取っている事は否めなかったが、その動きの無駄の無さ、つまり運動量の少なさから非常に比較が難しくはあるものの、純粋な動きの速度に於いては魔力による増幅を掛けた自身の方が上回っているという見立てにより、反撃に移られる危険性は少ないと判断したからこそ、エレナは更に攻勢を強める事を選んだのであった。


 尤も、当人の視点から現時点で得られる情報としてはそれは間違った判断ではなく、また現時点では実際にその危険性が皆無である事も確かであるものの、実際にはそれは単に珠実の意思によるものである上に、珠実にも同様の、いや厳密には魔力と妖力の違いはあるもののまあ似通っている事は確かな技術により自身の身体能力を増幅する術があったのだが、仮にも命の懸かった戦いに於いてそんな出し惜しみをする、などという可能性はエレナの戦闘哲学からしてその思考には含まれていなかった。


 とはいえ、では珠実がそれを、つまり妖力で身体能力を強化する技術を用いれば直ぐに決着が付くのかと言えば、実際には戦いとはそこまで単純なものではない。現にエレナから見て速さに劣る珠実がその攻撃の尽くを防いでいる様に、余程の実力差が無い限りは防御に専念する相手を捉える事はそう容易な話ではなく、また仮に実際に攻防が入れ替わったとしても、エレナには反撃をせずにいる理由など無い以上はそれを警戒せざるを得ない珠実にもそう大胆な攻撃を選ぶ事は難しかった。


 いや、エレナの視点では速度しか上回っているものは無いのであれば、速度まで上回られては打つ手は無いのではないか、と一見では思えるかもしれないが、その視点では珠実が力を隠している事が分からないのと同様に、珠実からしても現在のエレナの動きが当人の限界であるのかは定かではなく、実際にエレナの方も決して手を抜いているという訳ではないものの、長期戦の可能性を考え最初から本当の全開で仕掛けているという訳ではなかった。


 則ち、互いに実力の高低がある事は確かであれど、その差が余程大きくなければ何が起こるかは実際にやってみなければ分からないのが戦いというものであり、だからこそ実際に両者は現在戦っている訳であったが、そのまさに「息もつかせぬ」激しい連続攻撃にはそれを繰り出す側のエレナも流石に呼吸が続かなくなったのか、最後に下方向から喉元を狙った斬撃を珠実が例によって紙一重で躱した所で再度素早く後方に距離を取る。


「……凄い」


 そして、例によってそれに対し珠実が追撃を試みる事も無かった事で一連の攻防は一段落し、また少し離れた場所からの睨み合いが始まると、その「一連の攻防」の一部始終を見ていたサラは、いや厳密に言えば現状の動体視力ではとても捉えられなかった部分もある……どころかエレナの剣筋に到っては殆どがそうだったのだが、逆を言えばその事も含めてそう思ったのか半ば無意識にそう呟いていた。


 尤も、つい昨日までは戦いどころか、競技の様な高度な運動とも無縁な存在だったサラには両者の攻防の技術的な凄さなど分かる筈もない為、その感想は精々がエレナの人間離れした、自身の決して悪くはないと自負していた視力でも碌に捉えられない速さと、珠実が当初の不意打ちも含めたその速さによる連続攻撃をも防ぎ切ったという事実に対する、言うなれば一般人としてのただの感想であったのだが、それを聞いた珠実は元より何処か楽しげだった表情から更に口角を上げてにやりと笑う。


「……随分と楽しそうですね。私の剣技など恐るるに足らぬ、という事でしょうか?」


 とはいえ、元よりそのサラの言葉は誰にともなくぽつりと呟いた独り言に過ぎなかった事もあり、両者の位置関係的にあくまで人間の範疇であるエレナには届いていなかったのか、その笑みを別の理由によるものと捉えたらしいエレナは相変わらず表情を変えぬままではあり、かつその口調も先程までと同様に概ね平坦なものではあるものの、その内容故にか何処か不満げにも聞こえる声で珠実の表情の変化を指摘すると、続けてその不満の理由を、いや実際に不満に思っているのかは不明なのだが文面上はそう取れる質問を投げ掛ける。


「いや、楽しんでおるのは確かじゃが、後半に関しては寧ろその逆じゃな。よくぞ人の身でそこまでの業と力を身に付けたものだ、と感動しておると申しても良い」


 しかし、仮に実際に不満を覚えていたとしても、少なくとも今回の表情の件については完全に誤解であるにもかかわらず、その不満らしきものをぶつけられた珠実はそれを晴らそうとすらせずに楽しんでいる事を認めるが、その質問については否定の答えを返すと共にエレナの技術を手放しに称賛する。


「……ご自身の方が人間よりも優れた種である、と仰るつもりですか」


 が、その称賛そのものは恐らくは本心からのものだろうとは受け取りつつも、その明確に上から目線の文面には引っ掛かる所を感じたのか、エレナは暫しの考える様な沈黙の後に口を開くと、その引っ掛かりの内容を言葉にしてそう珠実へと問い返す。


「ただの事実じゃろう。分かり易く喩えるのであれば……と、近くにはそれらしい者は居らぬ様じゃが、そこらの小鳥よりも人類の方が飛ぶ事に長けている、と思う人間など居らぬ様にな」


 しかし、例によって表情や口調に変化こそ無かったものの、そのエレナの発言は実質的にはその内容に異を唱えたものであった事は明白であったにもかかわらず、それを受けた珠実はいともあっさりと、当然の事の様にそう言い放つと、周囲からそれを探すも両者の戦闘の気配により逃げ出したのか見つからないという小芝居を挟みつつも、小鳥の飛ぶ力を例にしてそれは別に珍しい話ではない事を示す。


「尤も、これはあくまで戦闘に於いての話であり、別に妾は自身が人間よりも全面的に優れておる、などとは毛頭思うてはおらぬがの」


 が、その発言にエレナの即答が無かった事を、短い付き合いながらも既に見て取れたその聡明さからしてその内容に納得していない為だと考えたのか、更に言葉を続けた珠実は自身が人間より優れているという話はあくまでも「戦闘」に於いての話である旨を、相変わらず仮にも戦闘の最中とは思えぬ口調で、身振りまでを伴って口にする。


 しかし、同じく短い付き合いではありながらも、その発言が相手の機嫌を取る為の口から出まかせではないという事はエレナにも、そしてそれを傍で見ているサラにも何となくは感じられていたが、僅かではあるがより付き合いの長いサラはその内容に同じく何となくではあるものの微かな違和感を覚えていた。


 というのも、先ずは「自身が人間よりも優れている」という旨を「ただの事実」と即座に断言した事や、これまでの自身を含む相手への様々な発言からも分かる様に、少なくとも珠実は謙遜を言う様な性格ではないという事と、その優れた能力はこれまでに自身が見た範囲だけでもとても人間を上回るのは「戦闘に於いて」と限る様なものではないと考えられる事を思うと、その発言は何処か珠実らしくはない様にも思えたのであった。


「……確かに、人間は種としては貴方より戦闘力に劣るのかもしれません。が、戦いとは生まれ持ったものだけで決まるものではないでしょう」


 とはいえ、未だ出会って一時間も経たぬ相手に分かった風な口を利くのも憚られる、という以前に仮にも戦闘の最中の二人の会話に割って入る訳にもいかない、としてその違和感を呑み込む事を選んだサラが成り行きを見守っていると、その間に思考を整理したらしいエレナが一連の珠実の言葉に熟考の末の答えを返す。


「無論じゃ。だからこそ我らはこうして戦っておるのじゃろう」


 だが、それはエレナからすれば相手の言葉への反論だった筈であるにもかかわらず、その反論を受けた珠実はさも当然の様にそれに同意を示すと、それこそが自分達が戦っている理由であろう、と相手にも同意を求める様に告げる。


「……そうですね。では、お陰様で一息吐く事も出来ましたし、その結果を見る為にも続きと参りましょう」


 しかし、その言葉の前半部分に関しては、まあ会話の流れとしてやや不自然には思えるも、別に珠実も戦闘の結果に言及していた訳ではない、という事で何とか理解は出来たものの、実際の経緯を考えればそこから「だから戦っている」という後半部分への繋がりが理解出来なかったサラにはその発言の意図も分からなかったが、エレナの方は意外にもそれに同意を示すと、一連の会話により先程の攻勢の消耗は回復した旨を告げた上で戦闘の再開を示唆するのであった。


 そして、それを示唆したからにはもう楽しい会話は終わりという事なのか、その言葉を受けた珠実がその答えの代わりに左手を手招きする様に動かすと、先程までは最初の不意打ちも含め常にその隙を狙う様に動いていたエレナが、まるでそれに応えるかの様に真っすぐにその正面へと突進する。


 尤も、これまでの戦いからも分かる通り、「正々堂々とした戦い」を是としている訳ではない……いや厳密には基本的にはそうしているものの、その「正々堂々とした戦い」の定義が一般的な、少なくとも一般人代表であるサラの考えるそれとは異なるエレナの攻撃という事もあり、やはり今回もただ愚直に正面からの攻撃をしたという訳ではなかった。


 則ち、その「これまでの戦いからも分かる」という点を逆手に取り、敢えて呼吸の瞬間等の隙を狙う事も無く真っすぐに飛び込んだ、という事が先ず珠実の読みを崩す為の第一の罠となっていた上に、剣が届く位置にまで接近しても敢えて最速では攻撃をしない事により、自身の接近に対し珠実がどの様な反応をしたとしても、後の先を取る形でそれに対して最適な攻撃を繰り出す事が出来る、という目論見の元にその突撃は敢行されたのであった。


 とはいえ、最初の罠の方は兎も角、敢えて攻撃を遅らせるという事は相手に攻撃をする猶予を与えるという事でもある為に本来ならばかなりリスクの高い選択であり、これまでの戦闘のみからでも見て取れるその慎重な性格からはかけ離れた行動にも思えるが、無論エレナは玉砕覚悟でその様な危険な行動を選んだ訳ではなかった。


 というのも、常人ならば……と銘打ってしまうとそもそも最初の不意打ちも含め、その他の攻撃のどれを取っても一撃で決着となってしまう為、この世界に於ける剣の達人を含む人間が相手ならば兎も角、珠実の反応速度や身体能力、及び技術を考えれば「攻撃をする猶予」が与えられたのは今回が初めてではなかったのだが、実際にはその尽くに於いて珠実からは一切その意思が感じられなかった事もあり、遂にエレナも現時点ではの話ではあるがその可能性を考えない事にしたのであった。


 尤も、だからといってそれを完全に排除した訳ではないというか、その可能性を考えるか否かにかかわらず、当人の行動の原則として常に何が起きても最低限の反応が出来るだけの余地は残していたのが、その理由については敢えて考えない様にはしていたものの、当人にしては非常に珍しい事にその備えが本当に最低限になる程度には、その「反撃は来ない」という読みは確信に近いものとなっていた。


 いや、明確な理由も無いのにその様な、もし外れていた場合には大きな危険を伴う様な「読み」を信じて良いのか……という事については、そんなものは当人の性格や信条に依るものだとしても、少なくともその様な不確かなものを信じてリスクの高い行動を選ぶに到ったエレナを本当に「慎重な性格」と評して良いのかという話なのだが、その理由については故あって敢えて考えない様にしたというだけであり、実際には当人としてはその理由に心当たりが無い訳ではなかった。


 というのも、その思い当たった理由というものが、もっとそれらしく言い繕う事は出来ない事もないのだが、はっきりと言ってしまえば「自身が舐められている」という事に帰結してしまう為、これまでの言動からも分かる通りに決して傲慢な性格という訳ではないものの、その高い能力に見合う程度には持っている誇りに障りかねない、延いては冷静な思考にも影響が出かねないという事で、その事については考えない方が良いと結論付けたのであった。


 ともあれ、そうして敢えて隙を狙わずに接近した上、反撃は来ないという前提の元に同じく敢えて攻撃をワンテンポ遅らせる事で、それに対する珠実の動きに対応した攻撃を繰り出す、というのがエレナの戦術であった訳だが、その目論見を何処まで読んでいたかは不明なものの、それを受ける側となった珠実は実際に攻撃が来ないならば動く必要も無い、とばかりに何の反応も見せる事は無かった。


 だが、これまでの攻防を、つまり珠実が自身の攻撃に対し基本的には最低限の動きで回避していた事を思えば、それもまた想定済みであったエレナはその珠実の選択にも動揺する事は無く、攻撃を組み立てる際の癖なのか、或いはそれも戦術の内なのかは不明なものの、今回も先ずは珠実の喉元の辺りへ向けて突きを放つ。


 しかし、結果的には互いに何もしなかった謎の時間……とはいえ互いの身体能力と思考速度により少なくとも唯一の観戦者であるサラにはその存在すらも微かな違和感程度にしか感じられなかった空白の存在により、踏み込みの勢いがそのまま乗らなかったその突きは先程のそれと比較すれば流石に速度では劣っていた為、当然の事ながら珠実はそれを悠々と、だが此方も当人の癖なのかやはり特に必要性がある訳でもないにもかかわらず紙一重の位置で躱す。


 が、それもまた想定内だったのか、それとも単に結果に対する思考があまりにも迅速であるのか、その突きを躱されたエレナはこれまでの攻撃の際とは異なり、その回避の動きの途中には既に剣を引く方向に力を込めていたのか、珠実の首筋を通過した直後には静止した剣を素早く手元に戻すと、二段突きの要領で再度珠実の喉元へと突きを繰り出す。


 とはいえ、それでも人間に致命傷を与えるのには十分過ぎる威力ではあるものの、その無理のある動作からしてその突きの速度は更に落ちてはいたのだが、その無駄に華麗な紙一重での回避の影響で此方も余裕のある体勢とは言えなかった事もあり、結果として直前のそれと同程度の条件となった珠実は今回もその突きを同じ様に紙一重で躱す。


 そして、その後は手先だけの動きで首を狙う、或いは右から斬り付けた剣を瞬時に逆方向に戻してみる等、これまでには見せなかった動きを含めた多彩な連続攻撃を仕掛けるエレナではあったが、そもそも最初の不意打ちを防いだ程の反応速度と防御能力の前では、やはりその攻撃の尽くが珠実の身体に届く事は無かった。


 しかし、無論ながらエレナも無策でその様な愚直な攻撃を、いや相手が珠実という、少なくとも百戦錬磨の当人の経験の中にも居ない程の速度と技術を持ち合わせた存在だからそうなっているだけであり、その何れが不足していても既に決着はついている程の猛攻をしていた訳ではなく、程無くしてその攻防が数十を超えた頃、遂にその策略が実を結ぶ時が来る。


「終わりです」


 というのも、前回の攻勢の時から攻撃を躱され、或いは防がれ続けていたエレナではあったが、それも自身が自負する実力から言えば少なからず業腹ではあるものの、実を言えば先の不意打ちとその次の攻撃を防がれた時点で織り込み済みであったというか、少なくともまあそうなってしまうだろうという予測は付いていたのだが、それでも自身の攻撃の方向や種類と珠実の動きの癖からその回避の方向等を、その狙いが露見しない様に適度に散らせながらも誘導した結果、狙い通りの位置関係を構築する事に成功し決着を確信したエレナはそう言いながら今日一番の横薙ぎの一閃を放つ。


 則ち、幾度もの攻防の末に珠実の背後に樹木がある状態になった所に横薙ぎの斬撃を繰り出す事で後方への回避を封じ、かつ剣が向かって来る方向は言わずもがな、その逆もまたいくら何でも斬撃の切っ先より速く移動する事は無理だというか、もしそれが可能ならば最早戦闘が成り立たない為に考慮しないとして、更に当人の回避をする際の癖なのか、直前の剣を避けた際に珠実丸の位置も下がっていて防御は間に合わない筈である事を思えば、その剣を回避する事は実質的に不可能である、と考えたエレナは、反撃の僅かな可能性さえも考える必要も無くなった、という事で攻撃のみに意識を注ぐ事でこれまで以上の力と速度をその斬撃に込めたのであった。


 しかし、回避も防御も不可能である以上、必然的に決着の一撃となる筈のその斬撃であったが、自身から見て右側からエレナの剣が迫り来る刹那、珠実はエレナの思考には無かったもう一つの方向、則ち下方へと避ける事でその斬撃の回避に成功する。


 いや、厳密には無論エレナとてその可能性を考慮していなかった訳ではないのだが、少なくともこれまでに目にして来た珠実の身体能力では、下方への回避は他の方向へのそれと同じく不可能である、どころか寧ろその速度により自身の剣を顔面に喰らう事になるというより悲惨な末路を辿る事になると予測出来た為に、他の選択肢よりも更に低い可能性として事前に排除していたのであった。


 ともあれ、その想定外の結果には、決着を確信していたエレナも最初の不意打ちを防がれた際のそれをも上回る今日一番の驚愕を覚えざるを得なかったが、当然ながら戦闘中に、しかも決して無駄な大振りをしたという訳ではないものの、決着を確信した事でこれまでの鋭い斬撃よりも更に力を込めた事は事実であった為に、慣性の法則により僅かに長くなった攻撃後の硬直の最中ともなればその様な事を考えている場合ではない為、その動揺を鎮める時間を稼ぐ為にもエレナは何度目かとなる素早い後退により珠実との距離を取る。


 尤も、戦闘に於ける不測の事態に陥った際にはそうする事が半ば習慣となっているという事を措いても、その行動の理由の半分程度がそうである事は確かではあったが、そこには仮に追撃をする事にも十分な体勢であったとしてもやはり素早く距離を取っていたであろうもう一つの理由があった。


 というのも、これまでの攻防……いや実際には攻撃をしているのは常にエレナの方であったのだが、その事実からも分かる通りその一連の攻防に於いて珠実は一貫して攻撃の気配すら見せていなかったのだが、最後の攻撃の後、つまり極めて短時間であるとはいえ初めて明確な隙を見せた瞬間、強烈な悪寒を感じたエレナは何れにせよ殆ど思考を介する事も無く咄嗟に距離を取る事を選んでいたのであった。


「惜しかったのう。狙いは良かったが、妾が使わんからと失念しておったのではないか?」


 則ち、それはその隙が珠実がその気になれば反撃が可能であった、と少なくともエレナ当人には感じられたという事を意味していたのだが、当の珠実はと言えばエレナの戦術を文面上は評価しながらも「終わりです」というその言葉に対しては嫌味とも取れる返答をしながらゆっくりと立ち上がると、そう言いながら自身の尻尾を軽く、少なくとも外見上はそう見える力感で真一文字に振る。

 

 しかし、つまりそれは「自身には尾があるのだから後方の様子を把握する事も可能である為、今のエレナの戦術は本当ならば最初から破綻していた」という事を示す行動であったのだが、その割には、そして外見上はそれ程に力を込めていた様には見えなかったにもかかわらず、そのただの尾の一振りにより珠実の後方の、則ちエレナが珠実を追い詰める為に使用した、決して特別細い訳でも枯れて脆くなっていた訳でもない木は容易く圧し折れ、鈍い音を立てながら地面へと倒れる。


「……それは私とした事が迂闊でしたが、その木に罪は無いのでは?」


 その轟音が収まった後、これまで珠実にはそれを戦闘に用いる様子が一切無かったとはいえ、実際に自身が相手の強力な武器を見落とすという戦闘に於いては本来致命的な失念をしていた事を鋭く指摘された、どころか眼前の信じ難い光景としてまざまざと見せつけられた形となったエレナからすれば、その強靭な精神力を以てしても流石に様々な、これまでの半生に於いては感じた事も無い様なものも含めた感情を抱かない事は無かった筈であったが、それでもやはりそれを表には出す事は無く、あくまで落ち着いた表情と口調を保ったままそう余裕を含ませた答えを返す。


 とはいえ、ただでさえ反応の速さや膂力は勿論、戦闘の技術に於いては良くて互角以下であり、何とか純粋な速度という点に於いては自身が勝っている、という事を拠り所にして戦術を組み立てていたにもかかわらず、その前提を崩される動きで決着の一撃となる筈の斬撃を避けられてしまった、つまりこれまでは手を抜いていただけで実際には速度でさえも自身の想定を上回るものを持っている、というだけでも大分旗色が悪くなっていると言わざるを得なかった所に、更に尻尾という自身には無い部位により後方への備えも万全、かつそれが強力な武器にもなり得るとなれば、正直に言えばその返答にも強がりの要素が無いとは言えなかった。


 しかし、その「手を抜いていた」という事実は戦術的には絶望にも繋がり得る事は確かではあるが、互いに種族は違えど精神、或いは知能を持つ者同士の戦いである以上、その部分の優劣もその結果には大いに影響する、つまりは真剣な戦いに於いて「手を抜く」という本来であれば言語道断な行動を取るその精神性を弱点と見なせば、未だ付け入る隙が無い訳でもない、と考えたエレナの闘志は未だ衰えてはいなかった。


 そして、その中でも最も明確な隙が何かと言えば、その戦いの唯一の観測者であり、今日までは戦いというものと無縁であったサラですら流石に気が付き始めている特大のものが存在している為、此処までの難局に立たされたのであれば最早その理由が何であれそれを利用しない手は無い、と考えたエレナはもう珠実が「反撃はして来ない」という前提の元に、直近の一撃の時の様に攻撃に全ての意識を割く位の気概で攻める事を決意すると、再度剣を自身の眼前に垂直に構えてからそれを珠実の方に向けるのであった。

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