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第4話「宿命の対決!? 珠実様VS勇者様」

「漸くその気になったか。とはいえ、妾が丸腰ではお主もやり辛いじゃろう」


 しかし、仮にも明確な殺意と共に剣先を、それも「勇者」と謳われる程の兵から向けられた訳だが、その時点で仕掛けて来ていない以上は勇者らしく尋常な勝負を望んでいると判断したのか、或いは本当にその状態を危機であると思ってなどはいないのか、珠実は相変わらず余裕のある態度を崩さないままにそう答えると、この期に及んでもエレナを気遣う様な事を口にしながらわざと隙を見せるかの様に背伸びを一つする。


 とはいえ、どう見ても得物の類を所持してはおらず、また体躯的にそれを隠し持つ事も難しい事は明白である為、想像していた最悪の展開になってしまった事に動転しているサラは勿論、勇者として既に数多の戦いを経験して来たエレナも、そう口にしたからには武器を用意する手段はあるのだろうとは思いながらもその方法には見当も付かなかったが、その直後に珠実が背伸びを終えると、突然その背後にそれまでは存在していなかった尻尾が現れる。


 その急な出現には、それを初めて目にしたエレナは勿論、既にそれを一度見た上に、今もまだこの状況を何とか何事も無く収められないかと考えていたサラも驚きを隠せなかったが、珠実は特に説明をする事も無くその尾を自らの前方へと動かすと、その先端を、より厳密にはそれよりも更に先にある何かを掴む様な形で手を当てる。


「故に、折角じゃからこれで相手をしてやろう」


 そして、そう言いながら尾を引くと共に鞘から剣を抜く様に右手を動かすと、まるで尾の中に隠していたかの様にその右手に一振りの刀が、もといそれらしき物体が姿を現す。


 いや、刀なら刀で何が「らしき」なのかという話なのだが、その得物の片刃の刀身自体は確かに刀のそれには見えたものの、鍔が無い等の構造の違いは兎も角としても、柄から刀身に掛けてまるで生物の脈の様な装飾が、或いは実際にその様な禍々しい何かが這い伸びている様になっている様は、とても一見してそれが「刀」であると断言出来る様な物ではなかった。


「それはお気遣いに感謝しますが、これはまた……まさに『妖刀』という訳ですか」


 ともあれ、その珠実の言動に応じてか、エレナはその一連の行動を「気遣い」と称して感謝を告げるが、珠実の右手に握られた「刀らしき物」のあまりに禍々しい外見には、「珠実は討つべき存在である」という判断の正しさへの自信を若干深めながらも感嘆の声を漏らすと、自らが口にした「妖刀」という響きに相応しい何らかの特別な能力を警戒してか、珠実の方へと向けていた剣を自身の近くへと戻して更に臨戦態勢を整える。


「うむ、格好良いじゃろう? まあ、別に何か特別な能力が備わっておる訳ではない故、そう警戒する必要は無い」


 しかし、そうして自身を討つ意思を明言までしたエレナがいよいよ臨戦態勢に入ったにもかかわらず、その言葉を聞いた珠実は眼前の相手とは対照的に軽い調子で頷いてそう訊き返すと、その身の丈には合わない「妖刀」を持つ右手を、その全体像を一同に見せびらかす様に何度か捻りながらも、その禍々しい外見に反しそれには特別な能力は無い事を明かす。


「それは助かりますね。戦闘に於いて注意すべき事は少ない程良いので」


 尤も、当人に相手を謀る意があるか否か以前に、これから一戦を交えようという相手の言葉を鵜呑みにする様な者が居るのかという話であり、かつそれを措いたとしても、そのあまりにも禍々しい外見に対してその言葉は少々説得力に欠ける事は否めなかったが、それを聞いたエレナは少なくとも言葉の上ではそれを疑う素振りも見せず、その有益な情報を気前良く明かした珠実に向けて素直にそう答える。


 とはいえ、外見に対してはノーコメントではある事からも分かる通り、こうして互いに得物まで手にした以上は、エレナの方は流石にこれ以上は歓談を楽しむという気は無い様だという事を察してか、珠実もその返答に対して更に答える事は無く、代わりにやれやれといったポーズを取りながら溜め息を吐くと、その呆れ具合への賛同を求める様にサラの方に視線を向ける。


 が、薄々とそうなる予感はしていたとは、そして珠実の態度から未だにその実感は乏しいとはいえ、遂に訪れてしまった恩人である珠実と勇者であるエレナの対立という最悪の事態を前にしては、つい昨日まではただの一般人に過ぎなかったサラはとてもその様なおどけた振りに応えられる様な精神状態ではなくなっており、ただ青ざめた表情で呆然と事の成り行きを眺めていた。


「……サラさんはこの場を離れた方が良いでしょう。どの様な結果を迎えるにせよ、貴方には辛い光景になるでしょうから」


 すると、その珠実の視線の動きに釣られたのか、それまでは目下の相手となる珠実の一挙一動に注目していたエレナもそのサラの精神状態の悪さに気が付くと、これから起こる事による更なる影響を避ける為にもこの場を離れる事を提案する。


「いや、たとえどの様な結果になるとしても、こやつはこの戦いを見届けるべきじゃろう」


 が、その声に反応して視線をそちらへと向けたサラがそのエレナの言葉に答えるよりも、もっと言えばその提案を受け入れるべきかを考えるよりも早く、珠実は殆ど間髪を入れずにその提案を否定すると、サラ本人に対してではなくあくまでそのエレナの言葉への返答としてそう言い切る。


「……それは少し酷ではありませんか?」


 その珠実の意見が自身のそれとは異なるとはいえ、何か考えがあっての発言だろうと考えたエレナは少し考える様な素振りを見せるが、少なくとも直ぐには思い当たる事は無かったのか、それに対する自身の考えを口にする形でその意図を本人に問う。


「そうかもしれぬ」


 そして、それは現在の話題の中心であるサラ当人も気になる所であった為、未だにそれに同調出来る様な精神状態ではないものの、そのエレナの質問への返答を淡い期待を抱きながら待っていたが、珠実の口から出たのは存外にも肯定の答えだった。


「……が、考えてもみよ。こやつは既に冒険者の道を、つまり戦いを避けられぬ人生を選んだ以上、我らの戦いを見る事はこれ以上無い程の得難い経験であると言えるじゃろう。尤も、現時点では何が起きているかを理解する事も出来ぬかもしれぬが、その道を歩く限りいつかは必ずこの経験が役に立つ筈じゃ」


 その意外な返答に、サラもエレナも驚きの表情を浮かべ……ては各々の理由によりいなかったものの、両者共に何の反応も見せなかった事が逆にそれを証明してはいたが、少々の間を置いて言葉を続けた珠実は当然ではあるもののそれを逆接で繋ぐと、自身が先述した「サラはこの戦いを見届けるべきである」という言葉の真意を語る。


 しかし、その恩人の言葉を聞いて「どうやら尤もらしい事を言っている気はする」とは感じたものの、戦闘面への経験や知識の浅さからそれが本当に正しいかは分からなかったサラには、それが仮にも自身の事についての話であるにもかかわらず引き続き何を答える事も出来なかったが、それが自身の為を思っての言葉である事だけは理解出来た為、別に直面している状況が解決した訳ではないものの、それが僅かには心の救いとなっていた。


「それと、お主にはもう一つ言わせて貰うが、『何れにせよ辛い光景になる』などと決めつけるのは止めて貰おうか。お主はどうだか知らぬが、妾には別にお主を殺す気も理由も無いのじゃからな」


 一方、勇者に選ばれる程の才は勿論、そう呼ばれてからだけでも既に百戦錬磨の経験の持ち主である以上、その珠実の言葉の意味する所は十分に理解出来ていた筈であるにもかかわらず、エレナの方は相変わらず表情も変えずに黙したままであったが、再度口を開いた珠実はその事については特に触れる事も無く、代わりにその先の発言に対してそう異論を唱える。


「……それは私の戦意を鈍らせる為の策略でしょうか?」


 しかし、未だ戦闘状態にまでは至っていないとはいえ、仮にも自らが明確に敵意を、もとい殺意を表明した上に珠実も既に抜刀している以上、その珠実の発言には流石のエレナも初めてその表情を、微かではあるものの変化させて驚きとも呆れともつかぬ間を空けるが、先の「妖刀」への説明と同様その状況故に信じる謂れは無いという事か、やがて口を開くと相変わらず冷静な口調でそう訊き返す。


「阿呆か。妾がその様な狡い真似をしてまでお主をどうこうするつもりがあるならば、お主は疾うにこの世には居らぬわ」


 が、その当人の立場を考えれば当然とも言える質問にも、それを受けた珠実は呆れた様に笑いながらそう断じると、自身がその気ならば既にその命は無いと断言する。


「尤も、別にこれから刃を交えようという相手の言う事をお主が真に受ける必要など毛頭無いが、そうでない者ならばどうじゃろうな」


 その発言には、より厳密にはそう口にする際にも微塵の揺らぎも見せない珠実の自信には、仮にも勇者として称えられ、或いは畏れられている身としては、真偽は兎も角流石のエレナも相変わらず呆れる様に沈黙を保つしかなかったが、当の本人はそれを気にする素振りも見せずにエレナがそれを信じる必要は無いと明言すると、そう一応は疑問の体を為した言葉を口にしながらその答えを待つ様に微かに首を傾げる。


「……あ。それってつまり――」


 しかし、未だに眼前の受け入れ難い状況の影響による動揺の中に居た事もあり、その場には三者しか居ない事からそれが自身に向けた言葉である事は明白であるにもかかわらず、暫しの間はその事に気付かなかったサラが呆けていた事で辺りには謎の静寂が発生するが、その静けさにより漸く状況というか、珠実の発言の意味を理解したサラが珠実の発言を要約しようとすると、皆まで言うなとばかりに珠実がそれを手で制する。


「……勝ってくださいね、珠実様」


 その行動の意図を正確には理解出来た訳ではなかったが、その後も特に口を挟む事も無かった事から何か別の言葉を求めているのだろうか、と考えたサラは暫しの間それに相応しい言葉を考える為の間を置くと、力強く拳を握りながらそう、大きな声という訳ではないものの久し振りにしっかりとした意思を込めてそう言葉を送る。


「任せよ。自慢ではないが、妾はこれまでに一度も戦い(ケンカ)に負けた事は無いからの」


 すると、その力強い意思は相手にも伝わっていたのか、その自らへの応援の言葉をを聞いた珠実はしっかりとその身体をサラの方に向け、此方もその言葉に応える様に力強くそう断言すると、その言葉の説得力を増す為か、或いは単に自らの戦績を自慢をしたかっただけなのかは不明だが、その言葉の根拠として自身が生涯無敗である事を挙げる。


 尤も、当然ながら当人以外にはそれが事実である事を確認する術などは無かったのだが、逆を言えば先に見たその実力も含めて疑う理由も無い上に、この様な時でも何処かおどけている様にも聞こえるその物言いにサラが久し振りに、いや厳密に言えば精々が数分振りなのだが精神的にはそう思える一抹の安心を覚えた時だった。


 それまでは珠実達との対話を続けながら一定の距離を保っていたエレナが一瞬で自らに背を向けたままの珠実との距離を詰めると、先程から既に抜刀していた愛剣でその首の高さに横薙ぎに斬り掛かる。


「ちょ――」


 そのとても「勇者」のする事とは思えない卑劣な、より厳密には少なくとも当人にはその様に思えた行為に、その唯一の目撃者となったサラはその内容を取り繕う暇も無くどうにかそうとだけ思ったままの声を出すが、それはその突然の、かつ予想だにしない出来事に対する反応としては、少なくとも当人の実力を考えれば奇跡的な速さではあったものの、実際にその声が出されたのは甲高い金属音の後だった。


「良い。互いが戦う事を了承し、あまつさえ既に抜刀までしている以上は隙を見せる方が悪いのじゃ。尤も、不意を突かれた事は確かじゃがの」


 則ち、それを視界で捉えたサラが声を出す事でさえ全てが済んだ後になってしまう、という程度には迅速に行われたそのエレナの不意打ちにも、そちらに背を向けていたにもかかわらずその起こりを察知し、無理のある姿勢ではあるもののそれを「珠実丸」で受け止めていた珠実は、眼前でなおも自らの首を撥ねんと剣に力を込めるエレナの姿を見据えながらも、「ちょっと!」とその不意打ちに異を唱えようとしたサラの言葉を制する。


「……不意を突かれて尚、私の剣を防ぎますか。此方としては必殺の一撃のつもりだったのですが」


 一方、体勢の差があるにもかかわらず一向に押し切れない状況に見切りを付けたのか、鍔迫り合いを止めたエレナは彼我の体勢的に状況は有利であったにもかかわらず追撃を選ばずに一度距離を取ると、珠実の発言については此方も共通する見解を持っていたのか、仮にも不意打ちをした張本人であるにもかかわらず悪びれもせずに呆れた様にそう愚痴を零す。


 しかし、少なくとも観測者であるサラから見れば、その両者の発言はまたしてもとても戦いの最中のそれとは思えない、何処か和やかにすら感じられる遣り取りであったが、その発言自体は互いに虚偽であるという訳ではないものの、実際にその頭の中で繰り広げられている思考はそう単純なものではなかった。


 則ち、その言葉からはエレナが主に気にしているのは珠実の反応速度である様にも見えるが、実際にはその脳内ではこの一合で得られた珠実の情報が物凄い速度で整理されており、その中でも現時点で最も重要視されていたのは、彼我の体勢の差があったにもかかわらず一切押し切れる様子の無かった珠実の膂力だった。


 というのも、先の不意打ちの一撃を止められるとは思っていなかったという言葉には嘘は無かった、つまりその一撃で終わらせるつもりであった事は確かではあるものの、百戦錬磨のエレナは「万一」止められた場合に備えてその後の戦いの大まかな方針を立ててはいたのだが、それは「彼我の体格差を活かして押し切る」というものであった為、珠実の想定外の膂力によりその方針は一から立て直す必要に迫られたのであった。


「まあ、動く瞬間まで僅かな殺気すら漏らす事も無かった事は見事であるし、実際に剣を振るに到るまでも殆ど無音に近かった故、相手が人間であったならばその通りじゃったかもしれぬが、見ての通り妾の耳は特別での。踏み込む直前の地面との僅かな摩擦音により状況を察知した結果、どうにか防御が間に合った、という訳じゃな」


 則ち、エレナが一旦距離を取ったのにはその方針を考える時間が欲しかったという理由も含まれており、百戦錬磨のエレナをも遥かに上回る実戦経験を考えればそれは珠実にも分かっていた筈だが、当の珠実は逆に距離を詰めて攻勢に出るでも次の攻撃に備えて警戒を強めるでもなく、「珠実丸」を無造作に地面に下ろした状態でまるで友人と談笑でもしているかの様にそう答える。


 尤も、当人は至極尤もらしく解説していたものの、実際にはエレナが動作を開始した時点での彼我の体勢とそこからその剣が自身の首元に到るまでの時間を考えれば、仮に珠実と同等の聴力を持っていたとしても人間の反射速度では防御も回避も間に合わず、だからこそエレナ当人も「必殺」という言葉を使ったのであったが、意図的にとぼけているのかその辺りには触れる事は無かった。


「……成程、それは戦術を誤りましたね。隠密よりも速度を重視すべきでした」


 その辺りを察知しているのか居ないのか、そして珠実の説明を信じたのか否かもその変わらぬ無表情からは読み取れなかったが、珠実の言葉を聞いたエレナはその無表情を崩さぬままに納得の意を示すと、自らの戦術の誤りを省みると共にその代案を示す。


 その自らの手の内を晒す様な言動の事もあり、両者の会話や表情だけを切り取ればやはりとても命を懸けた戦いの最中には見えなかったが、両者の手に光る得物とまるで辺りの全ての生物が両者の戦いを見届ける為に口を閉じた様な、或いはそこから逃げ出してしまったかの様な静寂は、やはり自身が未だに抱えている淡い希望が叶う事は無いであろう事をサラに思い知らせていた。


 とはいえ、その胸中を占めているのは絶望のみという訳ではなく、寧ろそれとは別の新たな希望がその心を守る様に灯ってはいたのだが、その言動こそ戦闘中という現状に見合うものではないものの、隙を見せぬ構えや表情からは真剣さが見て取れるエレナに対し、その新たな希望を齎した当人は未だに刀を持っていない左手は降ろしたままで表情も良く言えば余裕がある、悪く言えばふざけている様にしか見えない笑みを浮かべている事を思えば、既に珠実の実力を目の当たりにしているとはいえ相手が「勇者」である以上はどうにも不安を拭い切るまでには到ってはいなかった。


「それで妾を斬れるかは別じゃがな。それよりも次はどうするのじゃ? まさか不意打ちが防がれては打つ手が無い、などとは申さぬじゃろう?」


 だが、自らを応援する者の、いや別に声に出している訳ではないのだが実質的にはそう言えなくもない者のその様な心中を知ってか知らずか、そのエレナの言葉を聞いた珠実は相変わらず余裕の表情のままでそう答えると、仮にも「勇者」を前にしても未だに相手を侮る様にそう立て続けに問い掛ける。


 尤も、それもまた未だに表情を崩さないエレナの動揺を誘う為の盤外戦術の様なものであるという可能性も否定は出来なかったのだが、未だ精々数十分程度の付き合いであるにもかかわらず、それを見ていたサラには別に根拠がある訳ではないものの「決してそうではない」と、つまり珠実は自身が思ったままを話しているだけである、という確信に近い推察が出来ていた。


「無論です。今の一撃を防がれた事は確かに予想外ではありましたが、その程度の不測の事態で諦めるのであれば最初から戦いを挑んだりはしません。そもそも、偶々これまでの戦いでは概ね思い描いた通りに終わらせる事が出来ていましたが、本来戦いに不測の事態は付き物ですからね」


 とはいえ、実際の所はどうであるのかは勿論、それを投げ掛けられた者がどう思うかはまた別の話であるのだが、少なくともその言葉を掛けられた張本人であるエレナは表情を僅かにも歪ませる事も無くそう即答すると、その流れで戦いに対する自らの考えを述べる。


 いや、その考えを述べた相手を討つ事が現在の目的である以上、その様な言葉を交わす事に何の意味があるのかという話ではあるのだが、先の珠実が述べた様に未来の同志ともなり得るサラの成長の為なのか、或いは存外にも珠実の言葉に対抗する為に自らの戦績を誇示したかったのか、何れにせよ当人としてはその行為を無意味とは考えていない様だった。


「そうじゃな。故に妾も先述の通りに今の不意打ちを責めたりはせぬが、こうして面と向かっている以上は同じ手は通用せぬぞ。さて、次はどの様な手を見せてくれるのじゃ?」


 一方、その考えは相対している相手も同様らしく、それにより待ちに待ったと言える戦闘が停滞しているにもかかわらず、そのエレナの言葉を聞いた珠実はまさにその通り、といった風に同意を示すと、右手で無造作に持っていた刀を自身の肩に載せる様に構え直しながら、とても自らを殺そうという相手に対するそれとは思えぬ程に自然な口調でエレナに問い掛ける。


「それは見てからのお楽しみ……ですね!」


 そして、その質問を受けたエレナも珠実と同様、相変わらず無表情を保ったままこれまでと変わらぬ口調でそれに答え始めた為、会話の内容を除けばあまりに平和な両者の遣り取りにそれを見ていたサラが戦闘に対する誤解を抱きそうになるというか、つい一分程前の出来事と現在が戦闘中である事を忘れそうになった時だった。


 少なくとも通常の人間の目では、それが捉えられる程に大きな動作を伴っていた訳ではないのだが、丁度珠実が息を吸った瞬間、「お楽しみ」までを口にした所だったエレナがまた一気に珠実との距離を詰めると、当人比ではの話ではあるが少しだけ語気を強めてそう言いながら、突進の勢いそのままに珠実の喉の辺りを目掛けて突きを繰り出す。


 しかし、息を吸う瞬間という、少なくとも通常では戦闘中に於いては最も虚を突かれたと言っても過言ではなく、かつ例によってそれを傍で見ていた、つまり俗に言う傍目八目の視点を持てていたサラでさえその瞬間に到るまで声さえも出せない程の速度でそれが行われたにもかかわらず、その明確な殺意とそれの籠められた一撃を向けられた珠実はまたしても紙一重でそれを躱すが、その瞬きを差し込む事でさえ困難な程の一瞬の間にも、珠実の脳内では本来ではどう考えても不可能な程の様々な思考が瞬間的に繰り広げられていた。


 膂力の差により撃ち合いは不利と見て、より防御のし辛い点による攻撃となる突きを選んだ事への感心。その際に呼吸の瞬間という虚を選んだ戦闘への知識、或いはセンスへの瞠目。そして自身の外見にも惑わされず、躊躇無く、いや実際の当人の内心がどうなのかは当然ながら知る由も無いのだが、少なくともそれを振り切って確実に命を取りに来るという覚悟への称賛。


 だが、その様な様々な、とはいえ流石に戦闘に関する事が多くを占める思考の中、珠実が最も気にすべきだと判断し、通常の思考に於いても引き続き考える事を選んだのはただ一つ、エレナの動きの速さというか、身体能力の高さについてだった。


 というのも、最初の不意打ちの時点でも薄々と気付いてはいたものの、流石にそれが背後の出来事でありかつその対処に意識のリソースの殆どを割いていた為に結論は出せず、今回の攻撃をその目でしかと捉えた事で漸く確信に到ったのだが、エレナの動きは明らかに人間の域を、少なくとも珠実がこれまでに目にして来たそれを超えていたのである。


 故に、最初はそれが自身がかつて属していた世界とこの異世界との違いだと、つまりこの世界の人間は自身の知るそれよりも身体能力が高いのか、と考えた珠実であったが、直ぐに少なくともサラや先程の盗賊達の動きは人の域を逸脱する様なものではなかった事を思い出すと、それが「勇者」たるエレナ独自のものであると判断する。


 とはいえ、かつて液晶画面越しに見た事がある陸上競技の世界一の選手の、つまり最新の科学や栄養学に基づいた訓練や食事の結晶であり、人間という種の限界と言える存在の速度でさえ、たった今目にした眼前の人物の動きとは比較にもならない事を考えれば、もといそんな事を考えるまでもなく、それが当人の才能や努力の結晶たる身体能力のみによるものだと考える事には無理がある、と考えた珠実は既にその要因にも概ねの見当が付いていた。


 というのも、この世界には魔法が存在する事はサラの言葉から既知の事実である上に、現時点では未だ攻撃には転じていないという事もありそれを使用してはいないものの、当人も本気で戦闘する際には自らの身体能力に妖気を上乗せする事で更にそれを高めるという技術を持っている事もあり、それが魔法であるのか単に魔力を用いた技術なのかは不明なものの、エレナも同様の技術を用いている事を察するのは難しい事ではなかったのであった。


 一方、最小限の動きでの回避の後という事で今度は珠実の体勢も十分であったという事もあり、反撃の可能性を警戒したエレナは既に再度珠実との距離を取っていたが、それに到るまでのごく僅かな時間に於いては、此方もまた珠実と同様に本来は不可能である程の様々な思考が、時を圧縮したかの様にその脳内では展開されていた。


 だが、当然ながらその内容までが同様であるという訳ではなく、仮にも自らが定めた敵であるとはいえ、またしても自らの攻撃を退けた珠実に対しては無論エレナも一定以上の敬意を抱いてはいたものの、

それ以上にその結果とそれを齎した珠実の能力に対する脅威を感じており、それ故にその能力を分析する事に最も多くの労力を割く事を選ぶのは自然な事だった。


 そして、そうして互いの距離が開いた事で再度生じた一時の空白の時間もその思考に費やした結果、というよりも厳密には再度距離を取るという選択自体がその考えに基づいたものであったのだが、エレナは此度の一合から再度自らが相対する珠実の能力への認識を改めると、その動きに注意を払いながらもそれへの対応策を、則ち今後の戦術の方針を検討し直していた。


 というのも、先の不意打ちの際には主にその反応速度と膂力が当初の想定を超えていた事が判明したのであったが、その際には不意打ちだったという事もあり少なくとも明確には分からなかったものの、今度の突きへの対応から読み取ったのは、珠実が決して自らの反射神経を含めた身体能力頼みで戦っている訳ではなく、低く見積もっても自らと同等かそれ以上の確かな技術を持っているという事だった。


 そして、それは自身の最大の武器である……いや真の意味でのそれは当然ながら今も右手に握られている剣なのだが、それとはまた別の概ね長所とも言い換えられる「速度」と「剣術」の双方共が、未だその余裕の表情を崩していない事からも珠実には通じない……とまでは言わずとも、ただ単純に攻撃を繰り返すだけではそうなってしまうであろう事を示していたのだが、その胸中に湧いていたのは諦念でも絶望でもなかった。


 というのも、完全に周囲一帯を囲まれる程の数の暴力や、明確に生物としての体積や質量が異なっている様な相手を除けば、こうして苦戦を強いられる様な相手との戦いというものは当人にとっては最早初めてと言っても良く、前者を含めたとしても本当に久しいものであった為、自身の攻撃をいとも簡単に見切る様な強敵を相手に如何にして勝利を収めるか、という難題というか挑戦に直面したエレナの胸中には、久しく覚えの無かった強い戦意が湧いて来ていたのであった。


 とはいえ、そういった戦意等の意欲自体は悪いものではない、とは当人も考えてはいるものの、それが冷静な思考に影響を及ぼしては本末転倒であるというか、少なくとも今回の様な命の懸かった戦いに於いては文字通り命取りになりかねないという事で、自身の胸中に湧いたその感情を否定こそしなかったものの、それを律したエレナは相対する珠実を真っ直ぐに見据えると、再度その構え……とも言えない自然体な姿勢の中からあるとも限らない隙を探る。


 尤も、その冷静な思考や戦闘への集中を妨げる程のものではないとはいえ、相変わらず珠実が見せていた、仮にも自身と命の遣り取りをしている……どころか実際に二度も自身の攻撃を受けているとは思えない余裕の表情と、戦いに真剣に臨んでいる様には見えない態度、そして何よりも、未だそれも自身を謀ろうという計略の一部であるという可能性は否めないものの、未だ自身への攻撃の意思を見せずにいるという事実に対しては、エレナの胸中にはまた別の感情が生じ始めていた事は否めなかったのだが、当人はそれを見て見ぬふりをしていた。


 ともあれ、その一連の思考により生じた空白を、いや実際には隙を伺ったり戦術を考えたりとそれも戦闘の一部ではある筈なのだが、少なくとも当人にとっては退屈だと感じたのか、或いはそれも相手の攻撃を誘う為の戦術なのかは定かではないが、相変わらず余裕のある態度を崩さずにいた珠実が遂に欠伸をし始めると、流石にそれを見過ごす訳にはいかないと判断したエレナは急に前方に倒れ込む様に体重を移動させ、それで生じた勢いのままに珠実の方へと踏み込み三度目の攻撃を仕掛けるのであった。

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