決戦オクト岩礁 その7
デルケン人の戦士ヨハンは青銅色の金属の塊に頭を寄せてぐったりとしていた。
彼はデルケン人の戦士として育ってきたが、家族のロングシップを砂丘沖の戦闘で失い、ゴッズ・リース号に砲兵として乗船させられていた。
戦士としてこれまで身に着けていた軽鎧と鎖帷子を脱ぎ捨て、今は汗みどろに成りながら上着一枚で重い金属の塊に取り付いている。もう何回出し入れしたか分からない。号令が止んで今は手を止めているが、直ぐにまたロープを引く事になるだろう。慣れない作業に手の平には血豆が出来てそれが破れて痛かった。
「装填完了しました!」
「良し、舷側に押し出せ!」
( ドロドロドロドロ。ドロドロドロドロ )
太鼓手の叩く太鼓の音が鳴り、ヨハンが仲間たちと動こうとした時、空間を切り裂くような高い音が聞こえたと思うと、激しい衝撃音がして敵の砲弾が近くに着弾した事が分かった。一塊になって作業していた人間がなぎ倒され、ヨハンの組もその勢いに押されて押し込まれた。
思わず身を竦めて動きを止め周りを見ると、周りの人間もヨハンと同じようにして辺りを覗っている。
「どけ、どけ。負傷した奴を運び出すんだ」
「こっちだ、こっち」
隣の班の大砲に砲弾がぶつかって跳ね、大砲に取り付いていた人間の中に飛び込んだようだった。血を流して倒れ込んでいる人越しに床に開いた大きな穴が見えた。
「ひでえな、ありゃ」
思わず誰かが声を漏らした。それを聞いたヨハンも他人事のようには思えなかった。
既に他にも何発も被弾しており、分厚い装甲を誇るゴッズ・リース号も着実に損害を被っていた。
特に砲台から被弾した時には、船材に潜り込んだ砲弾から発火して火災を起こすので被害は大きかった。そして手押しポンプを持って走り回る乗組員と甲板にじっとたむろしていた砲兵との間で、消火活動の邪魔だと争いになり、ひと悶着も起こっていた。
「おおい、こっちだ、こっち! 着弾した穴から煙が出ているぞ。水を掛けるんだ」
「ええい、落ち着け。他の班は砲撃を続けるんだ! 戦闘が終わった訳ではないぞ」
やはり今回も被弾したところから煙が出ている様だ。慌てて駆け寄る男たちの焦った声がした。
「良し、舷側に押し出せ」
「撃て!!」
号令にヨハンの組は改めてロープを引いて大砲を押し出した。一瞬の間を置いて激しい振動があり砲声が鳴り響いた。
砲戦が始まってから砲列甲板の辺りには砲煙の黒々とした煙が漂い、嗅ぎなれない火薬の燃焼した臭いにヨハンは咳き込んでしまった。汗を拭うと袖が煤で筋を作って汚れるのだった。
男島の見張り台を砲撃した時は一方的にゴッズ・リース号の大砲が敵を粉砕したが、ヨハンたち砲兵が戦果に高揚して大騒ぎをしたのはほんの短い間で、次に始まったドラゴナヴィス号との戦いでは、お互いが傷つけ合う激しい砲戦が続いていた。
舷側越しに視界が狭い中でも、海面を近づいて来るドラゴナヴィス号が良く見えた。敵艦の舷側から突き出た砲身が煙を吐き、お互いが顔を突き合わせるように砲声を轟かすのを聞きながら、足元の甲板が激しく振動する中で、一身に身体を動かしている。
そこには一瞬で死を迎える生死の狭間があって、生存本能を掛けた濃密な時間が流れていた。丸盾と戦斧で敵陣に飛び込んで行く時とは違った戦闘への狂騒と陶酔感があった。
しかし、冷静な心の底では、こんなところに新しいデルケン人の生き方があるのだろうかとも考えていた。こんな金属の塊を挟んで戦うのでは無くて、もっと直截的で自分にも敵にも肉薄して、顔を合わして戦う戦士の姿こそがデルケン人の生き方(戦い)なのでは無いかと感じるのだ。
戦闘で必死に相手と切り結ぶ時、激しい死闘の果てに相手が恐れを表し苦痛に顔をゆがめて倒れて行く。その時、身内に溢れる達成感と優越感、今こそ自分は生きていると実感する。その猛々しく獣のような激しい戦い(生き方)こそがデルケン人の戦士なのだと実感するのだ。
こんな金属の塊との死闘を通じてさえ自分は高揚してしまうが、それは本来対等な生き物として相手と対峙して、お互いの生き死にを賭けて戦う神聖な戦士同士の戦いへの冒涜であるように感じるのだった。
◇ ◇ ◇
ドラゴナヴィス号とゴッズ・リース号の戦闘は激しさを増していた。
女島の高台を砲撃するべく進んで来たゴッズ・リース号をドラゴナヴィス号が北上して迎え撃った。右舷砲列は既に装填してあったので、お互いが接近するのを待って向き合い、砲戦を開始した。
同時にその様子を見ていたカプラ号がゴッズ・リース号の船尾に回り込もうと進出して来る。
ゴッズ・リース号はドラゴナヴィス号に舷側を揃えるように上手回しに向きを変えつつ、ドラゴナヴィス号と艦尾に回り込んで来るカプラ号を右舷砲列で迎え撃った。元々浸水していた事もあって船足は遅い。さらに速度を落としながら向きを変え応戦した。
女島の高台を左舷で砲撃するには回り過ぎるが、今はドラゴナヴィス号を撃破する事を優先した様だ。
戦闘を開始してまだ5分ぐらいだったが、海面にはお互いの砲声が轟き、振動で艦橋の甲板も激しく揺れる。定期的に発射する斉射のタイミングでドラゴナヴィス号の船体はきしむように揺れるのだった。
その時、雑音のように違った揺れをアダムは感じた。しかし船橋から見ても砲列甲板には着弾していなかった。
「被弾、被弾。2発は被弾した模様」
甲板からの伝令にマロリー大佐は戦況を確認し、隣に立つエクス少佐を見た。
「こちらもまた2発は喰らわしたぞ! 既に4発は着弾させ、砲台からも着弾しています。敵艦は一部火災も発生している模様です」
エクス少佐がやや興奮しながら戦果を報告して来た。
「カプラ号に注意、あまり深追いして離脱するタイミングを無くさないように。われわれもこのまま一旦離脱する。男島の西に行ったところで、上手回しに入り、回り込んで再び戻って来てゴッズ・リース号に向かう」
「了解しました。信号兵、カプラ号へ連絡、深追いせず離脱せよ」
マロリー大佐の指示にエクス少佐が信号兵へ指示する。
そこへ艦橋へ伝令が走り込んで来てグッドマン船長へ報告をした、
「中甲板から船長へ報告、被弾したところから大きく浸水しています。船大工が対応中ですが時間がかかります」
「マロリー大佐、お聞きの通りです。甲板で着弾騒ぎが起こらなかったのは、船腹に穴が開いたのでしょう。こちらも船足が遅くなると覚悟してください」
「分かった、グッドマン船長」
話を聞いてエクス少佐もマロリー大佐を見た。
「どうやらこちらも船足を無くしたようだ。上手く離脱出来ないだろう。こちらも留まって応戦する他あるまい。カプラ号への離脱指示を取止め、戦闘続行を指示してくれ」
「マロリー大佐、了解しました。連絡将校、カプラ号へ連絡、戦闘続行せよ」
「グッドマン船長、ゴッズ・リース号へ艦尾を向けると危ない。向きを調整してくれ。このまま留まって撃ち合う」
「マロリー大佐、了解しました」
ドラゴナヴィス号とカプラ号は接近と離脱を繰り返して戦うつもりだったが、被弾によって浸水を起こして速度が出せないようだ。すれ違い様に応射しながら行き過ぎる作戦は難しい。二隻はお互いに距離を保ちつつゆっくり回る事になるだろう。
ゴッズ・リース号との戦闘開始からドラゴナヴィス号は5回の斉射を行い、45発を発射し4発を着弾させていた。女島の砲台は既に10回の斉射を行い、20発を発射して2発を着弾させていた。一方ゴッズ・リース号は男島の見張り台を2回の斉射で粉砕、ドラゴナヴィス号とカプラ号へも4回の斉射で計80発を発射、それぞれへ2発づつ着弾させていた。
ドラゴナヴィス号は2発の着弾で船腹に穴が開き、中甲板から浸水していた。カプラ号も2発被弾していたが見た目に大きな被害は無かった。
一方ゴッズ・リース号はドラゴナヴィス号から4発、砲台からは2発、カプラ号からも2発被弾していた。特に砲台からの被弾で火災も発生し、大砲の損壊もあり、着実に被害を被っているのだった。




