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暁の襲撃作戦 その3


 アダムたちと別れたアラミド中尉は慎重にボートを桟橋とその沖に停泊するゴッズ・リース号に向けて進めていた。


「静かに漕ぐんだ。ビクトール、霧の魔法を頼む」

「分かりました。オーン。風の神ティンベルよ。密やかな風にもやを拡げ、辺りを霧の内に鎮めよ。”Orn. Timbel, vindens gud. Spred disen i den hemmelige brise og berolig området i tågen.”」


 ビクトールがスニック・オーダーに指導してもらって練習した霧魔法を唱えた。薄暗い海上に薄く靄が発生してボートのまわりを影に落とした。やがてボート全体が霧に覆われ薄曇りの海上に溶け込んで見えなくなる。

 小さなボートには漕ぎ手の2人の水兵とアラミド中尉とビクトールがいた。背を低くしながら静かに漕ぎ進める。出来るだけ海側からゴッズ・リース号に近づくつもりだった。

 靄を引きずりながら静かに近づいてくる小さなボートは桟橋側からも、ゴッズ・リース号の甲板上の見張りにも気が付かれないだろう。


「では、行きます」

「よし、気を付けて行ってくれ」


 桟橋に100mくらい近づいたところで、2人の水兵がボートから海中へ降りて行った。二人は服を脱いで下着姿になった。そのまま泳いで桟橋へ近づく予定だ。彼らは騒ぎが起こった所でロングシップに油を撒く役だった。魔素蜘蛛のクロウの火玉では水に浸かった船材を燃やす火力は無いからだ。

 

「良し、俺たちも近づこう」

「了解です。オーン。風の神ティンベルよ。密やかな風にもやを拡げ、辺りを霧の内に鎮めよ。”Orn. Timbel, vindens gud. Spred disen i den hemmelige brise og berolig området i tågen.”」


 アラミド中尉は目標であるゴッズ・リース号の船腹を見ながらビクトールに声を掛けた。そこからの100mが随分遠い様に感じたが、もう直ぐだ。

 ビクトールはもう一度神文を唱えて魔法を行使した。ボートを取り巻く靄が濃くなって行き、薄曇りの海面をもう一段暗くしたのだった。

 二人の目に大きなコグ船の船腹がのしかかって来るように見えて来た。ボートはもう10mくらいの所まで来ていた。ビクトールの魔法が効いて気が付く者はいなかった。ここまで来れば船高の高い船だけあって、湾曲した船腹が邪魔で甲板からも海面を見降ろさない限り見えないだろう。


「Åh, sumpvasken har bragt en horde af mus!」

(おお、沼狸がネズミの大群を連れて来たぞ!)

「D、Det er svært. Beskyt dine dagligvarer. Du bliver spist!」

(た、大変だ。食料品を守れ。食われるぞ!)


 陸側から叫び声が上がった。最初の陽動が起こったようだ。

 アラミド中尉はビクトールと目を合わせて頷きあった。こちらももう少しで予定の位置に付く。桟橋の見張りも、ゴッズ・リース号の甲板の見張りも、今は陸側の騒動に気が行って海側から近づいて来たボートに気を配る余裕はないだろう。


「ビクトール、火玉で火を点けたらすぐに岸に向かって泳ぐんだ。私は火勢が付いたところで、ボートをゴッズ・リース号の船腹にしっかりと押し付けてから逃げる」


 アラミド中尉は持って来た油を乾いた布に振り撒くとボートの船底に置いた。そこに二人は着ていた服を脱いで重ねた。先に桟橋に向かった水兵の服も置く。帰りは泳いで戻るつもりなので着替えは砂浜に隠してあった。今は最低限の下着姿になった。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 ビクトールが火玉を出して布に火を点けた。


「それでは、僕はいきますね。ご武運を」


 ビクトールはそう言うとボートから海に滑りこんだ。そのまま岸に向かって泳ぎ出した。

 ビクトールは泳ぎの持続力も速さも自信がないので、ゆっくり水面に立ち泳ぎをして結果を見る余裕が無かった。アラミド中尉からも火を点けた所で敵に気づかれる恐れが大きいので、矢で射られることも考えて、後は後ろも見ないで泳いで逃げるように言われていた。

 アラミド中尉はボートを横にして舳先側から上がった炎が船腹に当たるようにした。


「Det er mærkeligt! Se dig omkring, og der kan være fjender.」

(おかしいぞ! 周りを良く見ろ、敵がいるかもしれん)


 ボートの火の明かりで異変に気が付いた見張りの叫び声が上がった。甲板を走り回る人の気配がした。こうなれば直ぐに見つかるだろう。


「Jeg er under dette. Der er en tændt båd. Drop skallen og sænk den.」

(この下にいる。火が点いたボートがある。砲弾を落として沈めろ)


 これ以上は無理だ。アラミド中尉は持って来た火薬玉の導火線に火を移して甲板に投げ込むと、一気に海に飛び込んだ。甲板から矢で射られる事を恐れて急いでゴッズ・リース号から離れる。

 背後で自分が投げ込んだ火薬玉が爆発する音が聞こえたが、まずは200mくらいは離れなければ危ない。時々水中に身を隠しながら一心に泳いで逃げた。


「Okay, båden er sunket.」

(よし、ボートは沈めたぞ)

「Ilden blev slukket.Se efter tyve!」

(火は消したぞ。賊をさがすんだ!)


 暫くして立ち泳ぎをしてゴッズ・リース号を見るが、残念ながら火災は起こっていなかった。焼き討ちに使ったボートは甲板から砲弾を落とされて沈められたのだろう。しっかりと防火剤を塗られた船腹は簡単に燃やす事は出来なかったようだ。後はロングシップの焼き討ちに期待しよう。

 アラミド中尉は桟橋からは距離を置きながら、砂浜に向かって力強く泳ぎ出したのだった。

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