暁の襲撃作戦 その2
昨夜と同じようにアダムたちは砂浜に上陸した。今回は焼討ちの為に別のボートも持って来ていた。
今夜は薄曇りで月や星の光も影って暗く感じる。手探りとは言わないがやや慎重に草地に入って行った。
「この辺りにその沼狸がいたんだよね」
「ああ、地面に置いた俺の堅パンを盗みやがったんだ」
アラミド中尉が聞くとドムトルは思い出したのか少し怒りを込めて答えた。
アラミド中尉の話しではあの大きなネズミは沼狸といって、蘆原や湿地帯に生息する動物らしい。ネズミの仲間だが、姿が大きい事から沼狸と呼ばれている。その毛皮は防寒用に裏地として一般的に使われる物で、飼育し易い事から養殖している地方もあると言う話だった。
「あいつが居るという事は、他にも野ネズミの巣がこの辺りに沢山あると言うことだ。アン、この辺りの魔素を探ってくれないか。目で見えなくてもこの辺りは巣穴で一杯なはずだ。淡水湖には餌となる魚や昆虫もたくさんいる。春が繁殖期だから今頃は子供が育って一杯いるはずだよ」
「や、やってみます」
アンが恐る恐る目を瞑り意識を集中した。無意識のうちに月の雫の黄色い魔石を左手で握り込んでいた。
「、、、!?」
アンが声にならない悲鳴を上げ、思わず身を縮み込ませたのが分かった。
月の女神の力は共感力だ。アンが意識を拡げて行くと周りの魔素の流れが見えて来る。足元の地面に掘られたネズミの巣穴が縦横に拡がり、そこには無数の光点のように生命の魔素の輝きが見えていた。
以前アンの話を聞いたアダムは、地球時代の赤外線カメラ映像を想像した。夥しい数の生命の熱源が、赤い光点の氾濫として浮かび上がって、アンは驚いたに違いなかった。その数は1,000や2,000では済まないだろう。もしかすると万単位でいるのかも知れない。
アンの左手に捉っていたククロウが身じろぎをした。手を伝わってアンの恐怖が伝わったのだろう。だが、ククロウの反応は違っていた。
ククロウとリンクしているアダムにはククロウの驚異的な聴覚が地面の下のネズミの群れを捉えているのを理解していた。しかし捕食者としてのククロウにはそれは大量の餌でしかなかった。ククロウがアンに向いて安心するように頷くと、一声大きな鳴き声を上げた。
「ギィーーー!」
メンフクロウの鳴き声はヒトには耳障りな雑音に聞こえる。人懐っこい擬態は「クックウ」と身を擦り付けて来るように感じるが、本来の鳴き声は見た目と違い残念な音だった。
しかし捕食者の叫び声の効果はてき面だ。ククロウとリンクしているアダムには周りに潜んでいるネズミたちが恐怖に身じろぎをするのが分かった。
アンにもその効果が見えたようだ。水面に起きた波紋のように、恐怖の思念が広がって行くのが見えた。満足そうなククロウの頭をアンが愛しそうに撫でた。自分を愛するフクロウは心強い味方なのだった。
「アラミド中尉、行けそうですね」
「よし、それじゃ、俺たちはビクトールを連れて桟橋へ回る。後でククロウを桟橋へ寄越してくれ」
「分かりました。ビクトール頑張ってな」
「ああ、そっちもな」
ここでアラミド中尉は2名の部下とビクトールを連れて、砂浜に残して置いたボートで海に向かった。
「俺たちも始めようか」
アンとアダムとドムトルは5m間隔で横一線に並んで立った。
ここから地面を崩して沼狸や野ネズミを巣穴から追い出すのだ。巣穴を崩された野ネズミ達が地表に出て来たら、ククロウを使って敵のキャンプに追い込む計画だった。
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
出来るだけ広範囲に目の前の地面を崩して行った。崩すと言うより粒子の粗さが逆に砂粒大に大きくなって、水分の含んだ黒い地面は目の粗い砂状に変化して崩れて行く。地面に生えていた草は足場を失ってしんなり倒れる物もあった。引っ張れば根はあっさりと抜けるだろう。
当然地面に掘られた巣穴は崩されて埋まって行く。
「ギィーーー、ギィーーー」
ククロウがアダムたちの背後から叫び声を上げ、地表に出て来たネズミたちを追い立てた。牧羊犬よろしく縦横に滑空してネズミたちを追いやる。
アダムたちの前にはザワザワと獣の気配が広がり、カサコソというような密かな感じではない。生命の必死さが感じられる雰囲気だ。
「良し、いいぞ。このまま進むぞ」
「俺の可愛い家来も出て来ないかな。見つけたら連れて帰ろうぜ」
「ちょっと、ドムトル、汚いからやめてよ。ククロウと喧嘩するわよ」
「ヘッヘーンだ。あれだけでかければククロウも敵わないぜ」
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
「ギィーーー、ギィーーー」
声を潜めて雑談をしながらも、100mも進めばネズミの奔流は勢いを増し、ひとつの流れとなって進んで行った。アダムたちは一気に速度を上げて行った。
「背を低くするんだ。200mを切ったら向こうからも見えてしまう」
「そこまで行けば流れは止められないわ。十分よ。次の手順に移りましょう」
「ギィーーー、ギィーーー」
ククロウが追い立てて行くと、黒い奔流が何本もの細かい流れとなって分れて流れて行く。村の柵を越えて、道から人家へ、広場のキャンプへ流れは分れて広がって行った。
「Åh, sumpvasken har bragt en horde af mus!」
(おお、沼狸がネズミの大群を連れて来たぞ!)
「D、Det er svært. Beskyt dine dagligvarer. Du bliver spist!」
(た、大変だ。食料品を守れ。食われるぞ!)
小屋から出て来た村人やキャンプをしていたデルケン人が叫び声を上げる。拠点はもう騒然となって行ったのだった。




