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砂丘沖の砲煙 その7


「おお、すげえ! あれを見ろよ。本当に撃っているみたいだぞ」


 ドラゴナヴィス号でそれを見ていたドムトルも歓声を上げた。水柱は火薬を詰めた壺を海に投げ込んでいるのだが、それぞれの砲撃とタイミングが一致している訳では無いが、知らずに見ていると迫真の戦闘の様だ。それぞれの甲板では、興に乗って演技でお互いに罵り合う乗組員の姿もあった。


「おい、おい、もう直ぐ俺たちの出番だぞ。ドムトル、空砲に上手く合わせて海に投げ込むんだぞ」


 ドムトルの様子を見ていたビクトールが心配になって声を掛けた。ドラゴナヴィス号が接近したところで、今度はドラゴナヴィス号と偽サン・アリアテ号で砲撃合戦を演じる事になる。ドムトルが砲撃に合わせて水柱を立てる役だった。アダムとビクトールは頃合いを見て帆が落ちる所を見せる組だ。グッドマン船長は同時に一瞬裏帆を打たせて船足を止め、偽サン・アリアテ号の砲撃に身動きが取れなくなった様子を演ずる事になっていた。


「おお、危なくないか!」


 逃げるカプラ号を追って、最初に桟橋から漕ぎ寄せて来た2隻のロングシップが艦尾砲の砲撃から逃れて近づいて来た。それを見たドムトルが叫び声を上げた。

 1隻は横に並ぼうとして舷側のぶどう砲に撃ち抜かれた。立ち上がっていた戦士がなぎ倒され、船は舵を失い逸れて行くのが見えた。しかし、もう1隻のロングシップからは何本かの矢が放たれ、不用意に舷側に立っていたカプラ号の乗組員の一人がそれを受けて海に落ちて行くのが見えた。


「良し、こっちも近づくぞ。総員準備」

「艦橋から司令、総員準備!」


 ドラゴナヴィス号がカプラ号の危機を救援しに近づいて行く。ここからは偽サン・アリアテ号との距離もつまりお互いに砲撃戦となる。

 カプラ号を追って生き残った1隻のロングシップと他の拠点から漕ぎ寄せて来た4隻のロングシップがカプラ号に追いすがるが、カプラ号も帆を張り増しして沖合へ距離を取ろうと懸命に努力していた。

 メインマストに上がって準備をしているアダムからも、必死に櫂を漕ぐデルケン人が、お互いに掛け声を掛けながらカプラ号に向かって行く姿が見えた。敵味方全員が必死の動きを見せている。

 浅瀬には残りの拠点から海に出たロングシップが20隻あった。先行する船を追って、カプラ号やドラゴナヴィス号に向かって来るのか、それとも戦いを諦め海上を逃げて行くのか、デルケン人の氏族長たちも判断に迷うところだろう。しかし、ここでこの20隻を逃がす訳には行かない。アダムたちはこの20隻にも向かって来させなければならないのだ。

 偽サン・アリアテ号のメインマストが見る見る近づいて来るのが見えた。


「向きを調整、ティグリス号に舷側を向けろ。砲列甲板、砲撃準備。各個に射撃開始」

「おいおい、今は空砲だぞ。間違えて実弾を飛ばすなよ!」


 マロリー大佐の指示に、砲撃士官が間違えるなよと大声を上げる。


「帆の準備良いか? 合図で落とすぞ」


 アダムたちの出番が近づいている。二重に張って落とす帆の準備は出来て居た。正しい帆は畳まれていて、その上から落とす帆を拡げていたのだ。偽サン・アリアテ号(ティグリス号)の大砲の斉射が轟いた。黒々と砲煙が上がる。


「良し、帆を落とせ。甲板注意! 帆を落とすぞ!」


 メインマストの帆げたに取り付き、横一線に並んで待機していたアダムたちが、索具を解いてトップセイルを落とした。外からは砲撃にやられて一番目立つトップセイルが落とされたように見えるだろう。すかさずグッドマン船長の指示に帆の向きを変え、裏帆を打たせて船足を止めた。そのままではまずいので直ぐに帆の向きを調整するが、これまた一瞬ガクンと船足が停まったように見えて、艦が異常事態に見舞われたように見えるはずだ。

 案の定、砂浜で見ていたデルケン人の集団から歓声が上がった。彼らからは偽サン・アリアテ号の砲撃に索具がやられ、トップセイルを落としたドラゴナヴィス号が身動き取れずまごついている様に見えるはずだ。

 カプラ号を追っていた5隻のロングシップがそれを見て向きを変えた。偽サン・アリアテ号の砲撃で動きが取れなくなったドラゴナヴィス号に狙いを変えたのだ。こちらの方が向かって来て動きを止めた分近づき易いと考えたのだろう。


「ロングシップとの接近戦に備えろ。来るぞ!」

「実弾準備。今度は本当に沈めるぞ」


 浅瀬に居るロングシップを逃さないためにも、この5隻から離れる訳には行かない。ここが正念場なのだ。

 だが、思惑は半分半分となった。激情に駆られて沖に向かって漕ぎ寄せて来るロングシップが12隻あったが、冷静に浅瀬伝いに逃げて行くロングシップも8隻あった。氏族単位で判断が分かれたのだろう。


「ティグリス号とカプラ号へ連絡、近づいて来るロングシップを迎撃せよ」


 マロリー大佐の判断は早かった。粘って危険を演じても逃げ去って行くロングシップは戻って来ない。間近に迫る5隻とこちらに向かって寄せて来る12隻のロングシップを始末してから追いかける他ないのだ。

 カプラ号が左旋回してドラゴナヴィス号に近づこうとするロングシップに砲撃を開始したが、近づき過ぎると僚艦を傷つける恐れがあるので、途中から狙いを後発組の12隻に変えて斉射を続けた。

 ドラゴナヴィス号の砲列も浅瀬から漕ぎ寄せて来る12隻に集中している。甲板で待ち構える迎撃部隊は近づいて来ているロングシップに向かって矢を射かけ、ジャベリン(投げ槍)を投げ込んで、舷側に近づけ無い様に戦っていた。

 ロングシップのデルケン人は勇敢だった。ぶつかる様に寄せて来ると、盾で矢を受けつつ勝機を狙い、矢を射返す者、舷側に鍵縄を掛けようと振り被る者、それぞれが必死の形相で向かって来る。

 カプラ号とドラゴナヴィス号の砲撃を受けて3隻が沈没したが、沈みかけるロングシップからは、次々と海に飛び込みドラゴナヴィス号目掛けて泳いで来る戦士の姿があった。こうなったら自分の命はともかく、少しでもドラゴナヴィス号を傷つけずにはいられないと言う意気が感じられた。

 ドラゴナヴィス号の舷側からは続けざまにぶどう砲が発射され、懸命な防御戦が行われていた。


「引き付けてから撃つぞ。良く狙え。いいか、チャンスは今しか無いぞ」


 ティグリス号(偽サン・アリアテ号)ではアラミド中尉が声を張り上げていた。浅瀬から漕ぎ寄せて来た12隻がティグリス号に背を向けてドラゴナヴィス号に向かって行く。ティグリス号が味方だと勘違いしたデルケン人が無防備な背中を向けているのだった。


「良し、撃て! その後は各個に砲撃して良し」


 これにはデルケン人も驚いただろう。まともに砲弾を受けて沈没するロングシップが相次いだ。ドラゴナヴィス号からも砲弾が飛んでくるのだ。見る見る数を減らして行く。

 砂浜で見ていたデルケン人からも怒声が上がった。味方だと思って声援を送っていた偽サン・アリアテ号に背中からだまし討ちの砲撃を受けたのだ。怒りはもっともだと思われた。


「生き残った3隻のロングシップが決戦を諦め浅瀬に向かって逃げて行くぞ」


 だがそこは容赦なくティグリス号とカプラ号が追って行った。先行して逃げていた8隻のロングシップが遠浅の砂浜まで辿り着き、砂州に乗り上げて上陸した。ロングシップを全員で持ち上げ、懸命に草地に向かって奥へ運んで行く。そこなら海岸線を入って来られる心配が無いと考えたのだろう。必死に船を担いで走り込んで行くのが見えた。

 ドラゴ場ヴィス号の周りでも決着がついていた。近づいて来た5隻のうち3隻は早々と沈められ、残りの2隻も舷側に寄せて来たが、戦士を乗り込ませるには至らなかった。よじ登って来た猛者もいたが、多勢に無勢、敵うはずも無かった。

 3ヶ所の拠点のロングシップを狙った作戦が終了したのだった。戦果としては45隻のロングシップを沈め、450名のデルケン人を倒すことが出来た。こちらの被害はカプラ号とドラゴナヴィス号の乗組員で、接近戦で死んだ者が3名、負傷した者が5名と軽微な被害で終わる事ができた。

 だが最後まで逃げられた8隻と、最初の攻撃で破壊した27隻の乗組員を加えて約875名のデルケン人が生き残ったのだった。


「作戦としては上出来だ。一斉に52隻のロングシップと海上で戦っていたら、こんな被害では済まなかっただろう。みんな良くやってくれた」


 マロリー大佐の言葉に歓声が響いたのだった。


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