砂丘沖の砲煙 その4
アダムがククロウを放ったのは真夜中を過ぎた頃だった。この辺りは白夜なので夜の10時頃にならなければ日は沈まない。水平線にも日の光の余韻が無くなる真夜中に放ったのだった。夜行性のふくろうの真骨頂は人間の目には視認できない暗闇なのだ。
砂丘地帯と言っても遠浅では無かった。意外と岸近くまで深さがあった。
ドラゴナヴィス号が敵の拠点から少し離れた地点に移動して岸に近づいたので、ククロウには少し離れていたが、夜目にも遠く人家の灯りは鮮やかに見えたのだった。
「よし、ククロウ、行け」
後背地に淡水湖の名残がある事もあって、砂地を奥に進んで行くと立木は無いが草地が続いていた。結構背の高い草も生えている。
敵の拠点はさびれた漁村の様に見えた。既に地元の人間は住んでいないのだろう。陸地側の交通の便が悪いこの地域では陸路で訪れる者は居ない。閉鎖されたコミュニティ独特の家族的なおおらかさが感じられた。村を巡回するような警備兵も居なかった。きっと基本的に港方向さえ気を付けていれば良いのだろう。
村には粗末な小屋が並んでいたが、収容しきれない人数が広場に焚火を囲み、簡易テントを張っていた。家族や仲間で煮炊きをして食事をした跡があった。大半はもう寝入っていて静かだ。
ククロウが広場に面した大きめの人家の軒に停まって様子を窺っていると、盛んに話声が聞こえる1軒の小屋があった。村の酒場と言った雰囲気だ。
普段はそれ程人数が滞在していないのだろうが、略奪船の拠点なのだ。最低限の生活インフラは整っているのだろう。食堂や雑貨屋、酒場の様なものがあるのかも知れなかった。この小屋は酒場のように見えた。
アダムはククロウをその小屋に近づけ聞こえて来る話声に意識を集中した。
ふくろうは左右の耳の大きさが異なり位置も上下にずれている。そのため音の位置や方向、距離を認識して立体的に理解する事ができた。音によって獲物の位置を特定して、雪の下にいるネズミや地中を移動しているモグラやミミズを狩る事が出来た。
幾つもの話声が聞こえて来た。アダムは王立学園で帝国語を習っていたが、ウトランドの言葉を話す事が出来ないので、残念がら役に立たない。魔素蜘蛛のクロウを連れて行く事も考えたが、蜘蛛は夜行性ではないので暗闇は得意ではなかった。
「こいつら、何時になったら居なくなるんんだ?」
突然理解できる会話がしてアダムはハッとなった。
「どうだろうなぁ。俺は御蔭で儲かるから気にならないぜ」
「あんたは酒場だから良いが、うちは雑貨屋だ。こいつら平気で盗んでいくからなぁ。新顔が多いとうちは儲けがすっ飛んでしまうぜ。いつもの奴らは流石に悪さはしないからね」
普段から海賊(略奪船)や密輸業者の拠点になっているのだろうが、昔から商売をして生き残っている住民もいたのだろう。今回の赤毛のゲーリックの一団が特別なのかも知れなかった。
「もう直ぐ大規模な襲撃を予定している様だぞ。常連客が言っていた。ちょっと今はピリピリしているから、彼奴らに逆らったらヤバいぞって」
「ああ、今日も草を刈る鎌のような物がないかと言って来た奴がいたよ。どうも周辺の草を刈って陸に上げたロングシップを隠しているらしいよ」
「Far, endnu en kop!」
突然会話に割り込んで怒鳴り声がした。
「へいへい、ちょっと待ってくれ。飲み過ぎじゃないか、、、此奴ら酒癖悪いからなぁ。、、、ほら、直ぐに出すよ。ちょっと待てって!」
「夜中まで大変だなぁ。俺は雑貨屋で良かったよ」
酒の追加の注文を受けたらしい。ごそごそ動く音がして怒鳴り声の男は離れたようだ。しばらく二人の会話も止まっていた。
「嫌だ、嫌だ。俺は悪党相手でもゆっくり商売するのが良いよ」
「もう暫くの間だよ、、、ふっ」
「な、何か情報があるのかい?」
「ふふ、族長がエスパニアム王国の私掠船の船長と密会するらしいぜ。何でもその船はメインマストの帆に大きな王国のマークが入っているので、デーン王国の帆船とは一目で違いが分かるらしいよ」
「えっ、それって最近デルケン人の略奪船を襲ったって話を聞いたぞ!?」
「はは、だからさ、それは見せかけなんだってさ。話し合いが着けば仕掛けると言う話さ」
「Du larmer. Lad være med at tale om det.!」
「おお、怖わ。黙っていようぜ」
二人の無駄話に怒鳴りつけた奴が居たらしい。言葉が分からなくてもデルケン人にとって都合が良くない話なのは分かるのだろう。酒場の親父と雑貨屋の会話はそれでお終いとなったのだった。
アダムは暫くククロウを止まらせて様子を窺っていたが、これ以上の情報は取れないと考えてその場所を離れた。
「草を刈って陸に上げた船を隠していると言っていたな、、、」
アダムは広場から桟橋のある方へククロウを飛ばした。
流石に桟橋には夜番が立っていた。焚火の灯りに照らされて長い影が出来て居た。やはり意識は港から海岸線の方へ向いている様だ。
ククロウは夜気の中を音もさせずに飛翔して行った。桟橋を離れ砂州の方へ行くと、不自然に盛り上がった草叢があった。なるほどこれでは海から見ても分からないはずだ。神の目で上空から確認しても、それと知らなければ気が付かないだろう。船を帆布で覆い、その上から刈られた草が厚く被せてあった。
ククロウを飛ばせて確認したが、直ぐにでも出航できる船が桟橋に2隻係留されていたが、それ以外に8隻が隠されていた。
アダムはこの拠点で見るべきものを見たと考え、砂州伝いに次の拠点に向かったのだった。
残りの2つの拠点は最初の拠点とは違い、予備の拠点と言った感じだった。家屋も少なく、均された草地に焚火を囲み、簡易テントが並んでいた。同じように陸揚げされたロングシップが隠されていたが、こちらは桟橋の船を除きそれぞれ5、6隻と言った感じだった。
翌日、アダムは日課となっている偵察を神の目を飛ばして行ったが、まず最初にそれぞれの拠点を回って、隠されたロングシップを上空から確認した。やはりそれと知った上で上空から見ると、刈られて被された草は萎れているのか、少し色が違って見えたのだった。
「敵の拠点を確認しました。桟橋に6隻、陸揚げされて隠された船が19隻あるようです」
アダムはマロリー大佐に前日の偵察を報告すると同時に、提案があるので2艦の船長も呼んで打ち合わせを行いたい旨を申し出たのだった。