砂丘沖の砲煙 その3
アダムたちの乗ったドラゴナヴィス号は、まずオクト岩礁に寄って守備兵を上陸させた。その中には新たに募った志願兵も加えられていた。その後でティグリス号の待つ砂丘地帯に急行したのだった。
赤毛のゲーリックの拠点からは見られない様に、まずは一番オルランドに近い拠点の沖合にドラゴナヴィス号が、次の拠点の沖合にカプラ号が、一番マルクスハーフェンに近い拠点の沖合にティグリス号が停船した。それぞれマストトップの見張り台がらは視認できるが、岸側からはギリギリ見えない場所だ。3艦は離れていてもお互いが旗信号で連絡が取れるくらいの間隔だった。
マストトップの見張り台ではそこからそれぞれの拠点に入って来るロングシップの数を数えて、拠点に隠される船の数を確認しようとしていた。
「まだまだですな。1日当たり1つの拠点で1~2隻、合わせて3~6隻ぐらいでしょうか。これまでの時間を考えても20隻は越えていても、30隻には届いていない気がします」
「そうだな、エクス少佐の言う通りだろう。赤毛のゲーリックが指示を出しても、直ぐに集結出来る訳でも無い。視認されやすい新造戦艦は最後にやって来ると考えて良いだろう」
「そうですね、ティグリス号が視認されているのか、奴らは喫水の浅いロングシップでも更にぎりぎり浅瀬を渡って来ているようです」
エクス少佐の言う通り、彼らも機動力のあるこちら側の襲撃を恐れているのだろう。新造戦艦が来れば撃ち合いになっても勝負ができるが、ロングシップは数が集まらなければ各個撃破されるだけだ。一気の勝負こそが彼らの勝機なのだから。
「アダム、マルクスハーフェンの方はどんな感じだ?」
「エクス少佐、動きはまだありません。マルクスハーフェンは運河沿いに引き込み水路を備えた大きな倉庫もあるので、隠れて艤装しているのでしょう。船体を隠して帆桁を上げていなければ、さすがによほど近づかないと分からないでしょうから」
「そうだな、アダムの言う通りだろう。いづれにしても、ある程度大きな勢力が協力していると考える他ないだろうな」
最後にマロリー大佐が言うが、偽装工作にも金が掛かっているに違いなかった。
「自由都市同盟の盟主と言っても、マルクスハーフェンの商人がそんなリスクを冒しますかね」
「それこそドムトルが言っていた、エンドラシル帝国の関与を疑いたくなるね」
冷静に考えても、文明国家である神聖ラウム帝国に、自分からデルケン人に大砲を融通して助ける勢力がいるとは考えられない。マロリー大佐にも何らかの政治的な思惑が働いているように感じるのだった。
「いづれにしても、こちらの予想通りの展開だな。ロングシップはこの拠点に事前に集結して隠れて居て、大型の新造戦艦が来るのを待って船団を組んで襲撃するつもりだろう。アダムが新造戦艦を視認してからこちらに合流するまでが勝負だな」
「マロリー大佐、事前の襲撃が上手く行かないで集結されると、やっぱりやばいのかな?」
ドムトルが少し不安に成ったように心配顔で聞いて来た。
「はは、心配しなくても大丈夫だよ。新造戦艦との戦い方も色々考えてある。彼らは大砲を使った戦いに慣れていない。お互いを間近に見ながら至近距離で撃ち合っても負ける事は無いさ。ただ周りに敵のロングシップがいる事を考えると、敵艦を沈めてもこちらが傷つけば危ないだろう。最初の攻撃は交差するように短時間な撃ち合いを繰り返す方が良い。停まって撃ち合うのではなく、3艦ですれ違い様の斉射を加えるのだ」
艦砲は自由に方向を変える事は出来ない。両舷と艦首、艦尾方向にしか撃てないのだ。風向きと風力を見ながら状況に合わせて戦う事になるが、基本は母船通しが舷側を並べて撃ち合い、残る2艦のティグリス号とカプラ号が敵艦の大砲の届かない方向から狙う事になる。
その上でマロリー大佐は、ドラゴナヴィス号自身の攻撃も出来るだけ短時間にして、敵艦と交差するように撃ち合う。そうする事で相手に数を撃たせない戦略が良いと言うのだ。エクス少佐の自慢話が本当ならば、敵艦が2発撃つ間にこちらは5発撃つことが出来る。後は偶然を廃して確率で勝つことを考えるのだと言うのだった。
「問題は敵の戦艦が来る前にロングシップを海上に浮かべてくれるかどうかですな。本当に近くまで戦艦が来てからでは、事前の襲撃としては弱い。距離的に考えてもその後で先回りして再度襲撃するのは運任せになるでしょう。後はオクト岩礁での決戦を残すのみになります」
「それなら、先にアダムの情報で戦艦を狙うのが良いのではないですか?」
エクス少佐の意見を聞いてビクトールが提案した。
「そうだな、それも一つの選択肢だ。合流される前に叩け無いなら、その方が良い。今回はアダムの情報があるから、確実に戦艦を押えられるのも強みだな」
ビクトールが自慢げにドムトルを見るので、ドムトルが頬を膨らませて反論した。
「それでも、先にロングシップを一回叩いて、更に戦艦を沈めてから、残ったロングシップをやっつけるのが一番良いんじゃないか」
「はは、ドムトルは欲張りだな。確かにそれが一番良いのだが、それにはやっぱり都合よくロングシップが出て来てくれないといけないね」
マロリー大佐が笑って、それでは堂々巡りだよと言った。
「こらアダム、お前も笑って無いで、何か策を考えろよ」
「ドムトル、無茶を言わないで。神の目で情報を追っているだけでも大変なのだから」
ドムトルの無茶ぶりにアンが抗議してくれるが、アダムにはまだまだ情報が足りない気がした。
「マロリー大佐、今日は夜にでもククロウを使って敵の拠点を探って見ます。夜間だけ少し岸に寄せてくれませんか。アンも協力してくれ。ククロウにしっかり働いてくれるように言い聞かせるんだ。大変だけど3ヶ所の拠点を回って貰う事になる」
「分かったわ、アダム。ククロウには私から良く頼んでおくから」
アダムはククロウを使って敵の潜伏先を偵察することにしたのだった。