下
それから彼女は同窓会の日がやってくるまで、ずっと2人で過ごしてくれた。それは余命のない人が思い出を作ることのように、苦みを孕んだ短い時間だった。けれど、この2日間は人生の幕を下ろす瞬間を許容できるほど、優しい時間だった。
同窓会当日、昼には彼女と解散した。メモに書いてあったように用意しておいた爆弾を取りに行き、実家にも同じ爆弾を仕掛ける。それが彼女の計画だ。
その間、久しぶりに実家に顔を出した。時間に余裕があっただけでもなく、どうしても帰りたくなった。服も取りに行きたかった。母と妹の顔も見たかった。
実家のドアを開けても、物音一つしなかった。どうやらどこかにでかけているらしく、仕方なく感謝の言葉を書き残した。柄にもないことをしたくなってしまった。それから卒業アルバムを眺めたり、昔ハマったゲームの説明書を読んだりして、身支度を済ませ家を出た。母も妹も帰ってこなかった。残念な気が少しだけした。
実家を後にしてから、急に煩いくらい心臓の音が聞こえるようになって、一歩進むたびに眩暈がした。駅について電車に乗るまでは、ずっとひたすらに後悔しながら彼女のことを思い出していた。
大学のゼミが一緒だったことが、彼女との再会のきっかけだった。大学が同じだけじゃ彼女とこんなに関わりを持つことはきっとなかっただろう。彼女は教室の隅にいる、存在も忘れてしまうようなクラスメイトだったから。家族からも出ていくように言われ、大学でも人に馴染めずにいた彼女に、ルームシェアをしないかと声をかけてしまった。すでに一緒に住んでいた2人を半ば無理やり説得して、彼女が引っ越してきたのは去年の秋のことだった。冬のイベントを過ごすうちに彼女との距離がどんどん近づいて、そうして彼女の心の傷の深さを知った。彼女に抱いていた気持ちが見て見ぬふりをした過去の自分への罪悪感だけではないと気づいた。2月初旬、彼女は一度実家に帰宅した。帰ってきたときには、彼女の体は痣だらけだった。気づいたのは自分だけだった。他の二人は彼女を信頼していなかった。きっと彼女からすればもっとわかりやすかっただろうそれも、彼女の傷を増やすことになっただろう。彼女を大事にしたいと思った。それからすぐに、彼女は少しずつ壊れていった。夜な夜な泣いたり、深夜外に出たり、ベランダで1日を過ごしたり。他の二人はもちろん気味悪がった。あやが処方されている睡眠薬を勝手に飲みだしたときは大変だった。何とか止めて、誤魔化した。それからは彼女が変に行動的になっていった、それでいて食事を吐いたりして見るからに窶れて、でもそれを不器用なりに隠しているらしかった。
そんな中、彼女は血塗れで帰宅した。人を殺す度に彼女が彼女ではなくなることに拍車をかけた。彼女の復讐は今日のこの日までずっと彼女を壊し続けた。
別れた時の彼女を思い出す。皮が剥けた唇を、それでも噛みしめて変な笑顔を作った彼女は「ありがとう」と言った。その言葉に顔を上げたときには、彼女の表情は抜け落ちていた。目を伏せてすれ違って、そのまま歩いていく彼女が、今から人を殺す彼女がどうしても彼女で、彼女に見えて、あぁなんて愛おしいのかと感嘆を漏らした。
今から同窓会で彼女を傷つけた彼らと一緒に爆破されたら、彼女は許してくれるだろうか。救えなかったくせに、何もできなかったくせに、愛してるなんて愚かだけれど。
貸切られた居酒屋の店員の顔を見れずに、案内されるまま同級生たちのところへ合流した。無意識に探していた彼女はその輪の中で無理やりに枝豆の皮を口に詰め込まれていた。
「あはは、ウケる。マジで来ると思ってなかった」
「こういうの久々だな、あの頃は毎日してたのに」
後ろめたい気持ちを彼らはお酒で流してしまったのかもしれない。
彼女と目が合って、足がすくんだ。
「おう!久しぶりだな。イケメン」
「あ、あぁ。イケメンなんて呼ぶなよ」
「無口君じゃん!あの頃はモテてたけど今もモテそう、ねぇねぇ彼女いるの?」
彼女にしたい子がそこにいると、目で訴えたくなった。そのまま、ばちっと目が合ってしまう。枝豆の皮を吐き出す彼女の嗚咽が、耳に痛かった。
「全員集まったじゃん!今夜は飲むぞ」
彼女に雑用を押し付けていた委員長がそういうと、副委員長はファジーネーブル片手に奇声を上げた。カルーアミルクをかけられたらしい彼女は、じっと下を向いて血がにじむほどに手を握っていた。
また、目が合って息をのむ。
脚が竦んだ。ずっと見ていた光景がそのまま現在に繋がって見える。
あの時、見てしまったのと同じように彼女の口が動いた。人に救いを求める4文字。単純で残酷に彼女の口はきっと無意識に動いた。
あの時と違って体が動いた。彼女を囲む同級生を押しのけて、彼女の手を引き連れ出した。幼馴染が唖然としてこっちを見ていた。店員にすぐ戻りますと言って店を出る。ひたすらに走って、少し離れた公園に入って止まった。彼女を振り返る、彼女の表情を見るのがずっと怖かった。
今にも泣きそうな顔で、彼女はへらっと笑って、それからにぃと口角を上げた。
耳をふさぎたくなるほど大きな爆発音がして、悲鳴が響く。かつての同級生の未来が経たれた音だった。
彼女は俯き、ため息を吐いた。彼女の復讐の完遂も近かった。
最後の一人がここにいる。
「お疲れ様」
「……なんで」
「何が?」
「なんで、たすけた?」
「そのまま一緒に爆破の予定が狂ったから気を悪くしたか?」
「ちがう」
彼女と会話がなんとか成り立って、少し嬉しくなる。きっとおかしい、もうすぐ彼女に殺されるのにどうしてこんなにも。
「なんで、わかってた」
「わからないとでも?」
「なんで、にげない」
「逃げてきたから、今日くらいはな」
彼女に実家から持ってきた包丁を渡す。目を見開いて取り落とした彼女に、また渡す。今度はしっかりと握って、それでもその刃先はわかりやすいほどに震えていた。
救急車の音がする。
「あ……」
口をぱくぱくとさせてこっちを見る彼女は、どうしても彼女だ。一緒にクリスマスケーキを選びに行って笑った彼女と同じ人間だ。泣きそうになった。もう少し早く彼女を救えていたなら、同じ彼女という人間のもっと自然な笑顔を見られたはずなのに。
人を幸せにするのは難しい。不幸を一緒に受け入れるのが、今の限界だった。
あの時よりはマシになったはずだ。
「終わらせよう。もうずっと、いじめの対象として認識している人もしていた人もいないよ。これで最後の一人だ。もういいよ、もういい。死んで君が幸せになれるなら、殺してくれて構わない。もう誰も怖くない」
刃先を地面に向けたままの彼女を抱きしめた。音もなくお互いの顔に涙が伝う。
「ちがう、わたし。すきなのはあなた、きらいなのはわたし。ずっと、ちがうのはわたし。ありがとう、これで」
彼女に急に両肩を押され突き放される、内臓の潰れる音がして彼女が倒れていく。
「おわり」
地面に倒れる音がして、腰が抜けた。
随分、遠くまで来た。夜が明ける。
明日の月もさっきまでの月と変わらない。同じ宇宙に浮かぶ月。例え見え方が違っても、変わっても、見えなくても、いつか欠けてしまっても、同じ月だ。
心も体も壊れてしまった息のない彼女の横で、胸に包丁を突き刺した。
人はこうして壊れる。
本編はこれで終了です。よければ感想をください、
そのうち誤字等の修正を加えますが、ストーリーの改良はありません。
読んでいただきありがとうございました。
「今宵、君が見えなくても」ってのいれたくて、でもいれられない主人公なので
うちも我慢しました()
いつか過去編とかいじるときまで・・・