中
その次の日も次の次の日も、彼女は人を殺して帰ってきた。
ホテルを朝には出ないといけない、そうなる頃には通り魔事件として彼女の罪はニュースになっていた。目撃情報もちらほらとあるらしく、犯人は低身長の男だと予想されていたり、髪の長い女性だと言われていたり。インターネット上でも騒がれていた。
彼女がいない間は、事件のことを調べて彼女を追った。
今、隣に彼女がいる間には何も言えなかった。
「今のところ、あと何日かかりそうなんだ?」
時間が経つにつれて、彼女が人を殺していくたびに、会話ができなくなっていった。夜は魘されて、寝れずに吐いたりもしていた。昨夜は特に、凶器として使用したであろう刃物で自分の太ももを抉ろうとした。必死で止めた。抑え込むことしかできなかった。その時も、今も、返答はない。
寝ている間に探ったノートによると、計画は順調ではなさそうだった。それでも、最終的には全員仕留める気らしく、同窓会の日に大きなバツがつけてあった。
ぼぅっとしたままの彼女の代わりに荷物をまとめて、9時を待った。
ホテルをチェックアウトしてから、彼女を連れてカフェに入った。コンビニのものばかり食べていたから、さすがに何か食べないと、いや彼女以外とも関わらないとおかしくなりそうだった。
彼女が彼女だと認識できなくなりそうで、怖かった。
髪を無理やりに切った彼女は、目に見えて窶れていた。目の周りは黒く、唇は皮がむけて、足にはあざができて、彼女は変わっていた。それでも、それでも、同じ彼女であることを受け入れたい自分とどうしても受け入れられない自分との狭間で、嘆くことすらできなかった。
いや、嘆いているのかもしれない。嘆いたとして、いや嘆かずとも、何も変わらない。
サンドイッチセットを2つ注文した。何も言わない彼女は、何も言わなくともそれだけで一緒にいてくれるのだからきっと拒絶してはいないと信じた。外れてはなさそうだった、彼女は自分のほうをじっと見て、食べたのを確認し(彼女は、飲み込んだかどうかまで喉をみて確認したようだった)安堵したような表情に近く固い口を一瞬崩すと、自分もサンドイッチを口に運んだ。彼女は食事の間、音に敏感なようだった。コップを置く音ですらびくついた。ずっと前、クラスの隅で見たような彼女を久しぶりに見た。
カフェを出て、少しだけ歩いた。駅から離れるように進んだ。
歩く間、好きだと言いたくなった。その気持ちが彼女の足を引っ張ってしまうような気がして、それでもそれだけが今届くような気がした。迷った。言おうと振り返って、爪で手首を傷つけようとしている彼女を見てしまった。見なかったふりをしたくて、できなかった。その手首をつかんで、そこらのカップルよりも愛を込めて引いて歩いた。言いたかったことは言えなかった。
もしかしたら、彼女はすでに壊れていたのかもしれないと思ってしまった。
だがそれは一瞬のことでやはり今、彼女という人間は壊れようとしているのだと気づいてしまった。
途中で学生の頃、好きだった綺麗な景色の見える丘があったことを思い出した。笛を吹くように、導くようにそこへ向かった。
疲れなど感じないほど、たくさんのことを考えた。彼女について、ずっとずっと考えていた。見ていた彼女、見てきた彼女、見ていく彼女。ずっと同じ一人の人間なのに、なぜこんなにもずっと考えさせられるのか。
気づけば日は落ちて、丘の頂上に着くころには綺麗な夕焼けが広がっていた。
「疲れてない?」
反応のない彼女とその丘の頂上に座る。フェンスに注意書きの看板、それを背中にしてずっと向こうを見るのが好きだった。
「……空が重くてさ、仕方がなくて逃げたいときによく来たんだ」
それはそう、みじめなくらい同調しかできなかったあの頃に。
「こうこうのころに、みたかった」
無機質で変わらない音のような言葉が、隣から聞こえた。少し触れた体は、確信させるかのように少しだけ震えた。
「たすけて、ほしかった」
助けたかった。今から、その時間に戻れたらそうするのに。
「ぱぱもままもいらないわたし、がっこうもまちもいらない。いらないこ。でも、あのときはわたし、みんなひつようだった」
これからのことを話したくなった。これから、彼女にそれがあったならよかったのにと後悔した。後悔は、すべてが過ぎ去って手につかなく、どうにもできなくなってからするものだ。後悔して、気づいた。
彼女のことは、本当にどうにもならない。
その夜、その丘で彼女と一晩を過ごした。彼女はどこへも行かなかった。きらきらと光る街をじっと見て、唇を噛んだり笑ったりした。もちろんそれから何も言わなかったけれど、彼女の表情からたくさんのことを感じて、考えた。




