高子と和枝、部室にて 其の3
「しかし、先生。僕だけ助言をしてもらうと言うのは、いささか、公平さに欠けると思うのだが」
和枝は怜先生に、そう主張します。
「それもそうだね。ところで、和枝君、君は男と男の恋愛についてどう思う?」
怜先生の、いきなりすぎる和枝への問いに、高子は、慌てふためくのです。
「せ、先生! いきなり何を! 和枝君に、そういう話題は、少し早すぎるのではないか」
昨日の歓迎会で、自分の『権助提灯』が、和枝に、全く想像と違った、純真無垢な受け取り方をされたことを思い出し、高子は、和枝にはそんな倒錯的世界に立ち入らせまいとさせます。しかし、和枝は、あっけらかんとして、答えるのです。
「ああ、ゲイカップルのことだろう。そういう嗜好を持った人がいることぐらいは知っているさ」
和枝の回答に、高子は拍子抜けしてしまいます。
「へ、へえ。和枝君も、そっち方面の知識、あるんだね」
「もちろんだ、高子君。僕はもう高校生だ。レディーだよ。うぶなねんね扱いしてもらっては困ると言うものだ」
和枝がそう答えると、怜先生は和枝に問い返します。意外そうな顔をしながら。本心はどうだか知れませんが。
「おやおや、和枝君も一人前の淑女になったのかい。子供だ子供だとばかり思っていたのにねえ」
「何という失礼な物言いだ、先生。この僕を。あまり甘く見ないでいただきたい」
「で、その男性カップルは、二人仲良く、何をするのかな、和枝君」
「せ、先生、いくらなんでも、そこまで踏み込まなくたって」
当然、高子は行くところまで行きついた、男性二人を思い描くのですが、和枝の答えは、またもや高子の想像の範囲外でした。
「それは、手を繋いだり、口付けしあったりするんじゃあないか。男女がするのと同じように」
和枝は、同性愛の存在は知っていても、それの深い部分までは知らないようでした。最も、男女の仲においても同様みたいですが。そして、和枝の回答を聞いて、怜先生は意地の悪い笑みを浮かべながら、高子に質問するのです。
「だそうだが、高子君。何か訂正すべき点はあるかな」
「ありません! まったくもって、和枝君のいうことに間違いはないと思います」
「そうだとも、そうだとも。僕はもう大人の階段登っちゃってるからね」
高子は、怜先生にいいようにもてあそばれて、ご機嫌斜めですが、和枝は得意満面なのです。そして、怜先生がまとめにかかるのです。
「とまあ、これで、和枝君が男女の機微だけでなく、男の子同士の機微にも通じていることが明らかになったわけだね。ところで、高子君、柔道の“裏投げ”って知っているかな」
怜先生は、急に話題を、ゲイカップルから、柔道に転じます。最初から、怜先生はそのつもりであったかもしれませんが。
「ええと、印象的な名前だってことは覚えていますが。確か、中学の時の柔道の授業の最初の方で、先生がビデオで見せてくれましたよね。『柔道は、このような危険なことをやりあうものだから、ふざけちゃあだめだよ』って。この高子さん、プロレスみたいだなって思っちゃいました。先生、『こういった立ち技は危ないから、授業では寝技メインでいくね』とも言っていましたね」
「よく覚えているねえ、高子君、感心、感心。“裏投げ”って言うのは、背負いなんかに行こうとして、後ろ向きになった相手を、そのまま抱えて、後ろ向きに反り返って、投げちゃう技だ。高子君の言う通り、プロレスのバックドロップみたいな技だよ。おや、和枝君はピンと来ないようだね」
”裏投げ“と聞いても、何も思い当たるふしがないような和枝に、怜先生は笑いかけます。
「すいません、先生。僕、あまり、柔道は、その」
「問題ないよ、和枝君。先生は、授業を受ける生徒にそこまでは求めていない。怪我をせずに、それなりに真面目にしていてくれればいい。内申点を稼ぎたいなら、相談には乗るがね。それはそれとして、和枝君、“裏”と言う言葉に、どんなイメージを抱くかい」
「それは、“裏街道”とか、“裏稼業”とか、ダークでブラックなイメージをします」
「ま、そういうイメージだね。ああ、でも“裏投げ”は、別に柔道では反則でも何でもないよ。単純に、体の裏を投げるということだろうね。ちなみに、高子君は、どうして、“裏投げ”の名前が印象的だったのかな」
怜先生は、またまた、意地の悪い質問を高子にするのです。
「えっ、それはその……」
「“裏柳生”と言うのもあるね。江戸時代の将軍家剣術指南役の“表柳生”に対し、暗殺といった、汚れ仕事を請け負う“裏柳生”。もっとも。フィクションの中の話みたいだけどね」
「そう! それです、先生! それで印象に残っていたんです」
「そうかい。じゃあそういうことにしよう。しかし、“裏柳生”かあ。してみると、落語にも、表の落語と裏の落語があるかもしれないねえ。『落語』と『裏』で、検索してみると、色々面白いかもしれないねえ」
「はあ、そうですか」
「しかしだよ、高子君。一昔前までは、男色だって、どちらかと言えば、裏の方のお話だったんだよ。それがここまでオープンになっちゃった。女遊びは芸の肥やし、と昔は言ったみたいだけど。今の時代、男遊びが芸の肥やしになっちゃうかもねえ。『え、お前、男としたことないの? そんなんじゃあ、芸人として、いつまでたっても、一人立ちできないぞ。ちょっとそのへんで、やっちゃってこい』みたいな」
「ほう、それは、この高子さんの創作意欲を沸きたててしまうじゃあないか」
「じゃあ、思う存分発揮させてしまえばいい。ま、それは、高子君も、和枝君も自分の家でやってくれ。今日はこの辺りでね」
こうして、高子、和枝、そして怜先生は解散するのでした。




