20■自由な舞台
舞台には舞台マナーというのがあって、ただ立っているだけでも身体をどちらに向けなければならない、とか、舞台に出るときはどちらの足から入るか、など、決まりがある。
古典的な演劇や、オペラなどは、そういった舞台マナーはまだ生き続けている。
が!
お客様に見えていないところは、自由なのである。
私がオペラの舞台で時々一緒になる、イケボなバリトンのUさん。
このUさんは、なんとも自由な舞台を創り上げてくださる。
舞台での所作が綺麗で品が良く、無駄がない。そして、誰も気づかないようなこともする。
歌が上手いだけでなく、演技も上手い。素晴らしい歌い手さんである。
どうしても、声楽家は歌ばかりを磨いて、演技が下手ということがある。
私も演技が下手な方なのだけど、歌がいっぱいいっぱいで、演技を磨くことはなかなか難しい。
だから、Uさんのように歌も演技もどちらも上手な方は羨ましい。
で、このUさんとは何度かオペラの舞台でご一緒したことがあるのだけど、本当に自由すぎて、時々まいってしまう。
Uさんが後ろ(お客様の方にお尻)を向いている時、私がUさんに歌いかける場面がある。
Uさんはとても上手なので、私がお客様から隠れないように、絶妙なところに立っていてくださるのだけど、その時の顔が酷い。
絶対に笑わせようとしている変顔なのだ。
Uさんは後ろ向きなので、お客様からは顔が見えない。
だからと言って、演技をしている時に、変顔ができる・・・自由だ。
これ、普段のリハもゲネプロも勿論本番でも、やる。
しかもいつも違う変顔だったりする。そんなレパートリーいらないのに。
やめてほしい。
もう、その場面が来たら自動的に笑いたくなってしまう。
違う演目で、腕を掴まれる場面で、
私は叫ぶように歌っているのに、いきなり小声で
「ツケマ取れてるよ」
とか言ってきたりする。
げ!?
ツケマ取れてる!?
いやいやいやいや、ツケマしてないよ。
て、ここでなぜウソつく!?
焦るじゃないかあああああ!
というようなことを平気でするのがUさんである。
なんか色んな意味で、気が抜けない舞台となる。
歌い手としては尊敬できるんだけどなあ・・・人格がなあ・・
■終わりにかえて
「黒い音楽教室」をお読みくださりありがとうございました。
黒かったでしょうか。全然黒くなかったでしょうか。
黒く書くってなかなか難しいですね。狭い世界なので、身バレしそうなことも多いですし、明らかに書けないことも多くて、随分とソフトになってしまった感がありました。
ただひとつ言えるのは、音楽の“楽”はただ楽しいだけではないということ。
「いきなり音楽教室」の最後とは真逆になりますが、努力の陰に汗や涙がこれでもかと流れていることが、伝わっていたら黒さも伝わったのではないかと思います。
黒くても、辛くても、それでも音楽は楽しい。
楽しいというのは、単に楽ちんという意味ではなくて、苦労したからこその楽しさなのではないかと思う今日この頃です。
私たち音楽家は、練習は仕事、本番は打ち上げと言いますが、この打ち上げを心から楽しみたいのは確かです。
努力や涙があるからこそ、色んな意味で楽しい。そんな音楽の黒さが伝わっていたら幸いです。
今までお付き合いくださりありがとうございました。