世界と断片:エピローグ
魔鍵が泥棒王ファウストに盗まれてすぐ、公平王ノア=エーデンの呼びかけにより世界会議が行われた。
三人の王がそれぞれの思惑を抱きながら自国へと帰還していく中、暴君王ガスタークのみは不信感のみを残して自らが支配する独立国家ガラム王国へと帰還したのだった。
「……くそッ!!!」
ガラム王国の王宮。
素肌にそのまま鮮血色のコートを纏い、袖を捲り上げ一際目立つ風貌の屈強な身体。
世界最強の男、暴君王ガスタークが居た。
王の偉大さと強大さを誇るように用意された王室には世界会議から帰還して数日が経って尚、怒りが一向に収まらないでいる。
怒り顕な表情で真紅色のリーゼントを揺らし、腕を組み、右足を左足に組んで乗せている姿。
王座にふんずり返りながら、ガスタークは世界会議の内容を振り返り怒りが募っていた。
「不公平王の野郎……何を企んでやがるッ!!!」
ガスタークの怒りの叫びと共に、大きな衝撃音が王宮に響き渡る。
世界最強の拳が、この怒りの矛先を王室の壁へと狙いを定めてぶつけられたのだ。
通常のガラム人でも破壊する事が不可能な頑丈な壁、それが瞬く間にヒビが入っていき当然のように崩壊を遂げる。
とても常人離れした力。
遥か遠い昔から、ガラム人と呼ばれる人種には特別な血がながれていた。
その血がもたらす効果は絶大で、並みの人間では太刀打ちできない程の戦闘力を子供ですら持っている。
しかし、ガスタークはその中でも特別で身体能力の全てが通常のガラム人よりも桁違いなのだ。
例え魔眼の軍団を引き連れて来ようと、この世界にガスタークを殺せる者などまず居ない。
まさに、世界最強の名はこのガスタークの為にあるとさえ思える。
「こ、今度は何事ですか!? 最近は特に酷いですよ!」
王に仕える一人の男性が慌てて王室へと入ってくる。
「うるせぇッ!!! ごちゃごちゃ言わず修理してろッ!!! テメェらは慣れたもんだろッ!!!」
うるさいのはアンタだよ。
男性はそう思いながらもそれを決して口にする事はない。
今までガスタークの機嫌を損ねた何人もが地獄を味わっている。
「りょ、了解しました!」
「声が小せぇッ!!! 腹から声出せぇッ!!! 殺すぞォッ!!!」
「も、申し訳ございませんッ!!!」
これで王宮の壁が崩壊するのは何度目の事だろうかと困り果てながら入室したのはガラム兵の一人。
ガスタークの暴挙にはガラム王国の民は毎度困らされていた。
しかしそれでも尚、暴君王と呼ばれ国民達に恐怖され、愛され、未だ支持されているのは一重にこのガスタークの人徳だった。
世界からは暴君王などと呼ばれているがガラム王国の民は誰もそうとは思っていない。
確かに横暴さは目立つが、決して自分勝手に誰かを支配したりはしない。
そんなガスタークの本当の姿を皆が知っている。
「オイッ!!! さっき、あの胸糞悪ぃ会議の憂さ晴らしにバジリウオをぶっ殺してきたからよぉ、テメェも兵舎でそれ食って体力つけてからこの壁直しやがれッ!!!」
「え……ば、バジリウオッ!? は、はいッ!! ありがたく頂戴しますッ!!」
「チッ!!!」
兵は王に大きな声で感謝の言葉を叫び、深々と頭を下げて兵舎へと一目散に向かっていく。
バジリウオと言えば魚類最強の海の支配者と呼ばれる猛獣で、数名が乗る程度の船であれば丸飲みしてしまう程の大きさを誇る。
航海を行う際にはバジリウオとの遭遇を一番避けねばならないとされている。
しかし、いくら魚類最強の海の支配者と呼ばれようがガスタークの前ではただの魚に過ぎなかった。
「うへぇ、バジリウオが手土産だなんて結構気が利くじゃんかよ~」
一人の少女がガスタークの前に涎を垂らしながらいつの間にか現れていた。
内側にカーブを描くとても珍しいピンクの髪色。
くっきりとした二重で大きな瞳がつり上がっている。
そして、とても豊満な胸を強調させる白いフリルの付いた髪と同じくピンク色のタイトな服に、丈の短い黒のスカートを穿いて太ももを露出させている。
この少女を一言で表すと、小悪魔チック。
まさにその表現がしっくりと当てはまる。
ガスタークが王室近辺の気配を探り、現在この王室にこの少女と二人きりである事を確認すると大袈裟な溜息を吐く。
「……はぁッ、王様に何か用か。……テメェも食ってこいや」
「いんやぁ~、むしろ君こそ僕に何か用があるんじゃないかなぁって思って待っててあげてるんだろぉ~?」
涎を垂らしたまま怪しく光るその眼、千里眼でガスタークをわざとらしく見つめる少女。
そんな少女にガスタークは静かに眼を閉じて告げる。
「チッ。リライト……今後、世界はどうなると思う」
全てを見通す力、未来さえも見通すことができる魔眼、千里眼を持つリライトと呼ばれる少女。
ガスタークはそんなリライトに質問した。
世界の今後について。
しかし、リライトはとても愉快そうにして、答えない。
いや、答えられなかったのだ。
「ふふふ、観察者を辞めた今の僕に未来なんて見れるわけないじゃん。ストックの眼球なんて遠の昔に使い果たして今じゃ不死すら失ってただの目みたいなもんだ。そんな僕に今後の世界がどうなんてわかるわけないだろ。それに――――」
千里眼を持つリライトは、かつてガラム王国の前王ハーネス・ジオにその眼を利用され、自由を奪われていた。
だが前王をガスタークが殺して王を襲名し、リライトは自由を手に入れ救われたのだ。
そして、ようやく自由を手に入れたその際にガスタークと一つの絶対の誓いを交わさせられていた。
「君と約束しただろ。もう誰の光も奪わないって。……ま、そんな君がどうしてもこの眼を必要とするなら約束は破らせてもらうおおッ!?」
ガスタークが勢いよく王座から立ち上がり、力いっぱいに地面を踏みつけ地響きを轟かせる。
その姿は怒り、その一言で表せる。
そして、先程の壁と同じくヒビが入って綺麗に踏みつけられた部分だけ穴を開けるようにして崩壊した。
またしても兵の作業が増えてしまう。
「テメェッ!!! 何馬鹿げた事ぬかしてやがるッ!!! 誰が未来を教えろなんて言ったぁッ!!? 王様はただテメェが今後どう世界が進むと思うのか聞いただけだろうがぁッ!!!」
「ご、ごめんってば!!」
リライトは直ちに謝罪する。
しかし、それはガスタークを恐れてではない。
ガスタークの為を想っての発言にしろ、ガスタークとの約束を破ろうとした事に対してだ。
「チッ!!!」
再び王座にふんずり返りながら座るガスターク。
そしてリライトはガスタークの背後に周り、王座越しに背中を合わせてゆっくり告げる。
「……でも、やっぱり千里眼が使えない今の僕じゃ今後の世界の動きなんてわからないよ。……ただ気がかりなのは今までハーネスに命令されて何度も探して見つけられなかったあの魔鍵が何で今になって見つかったのか、だね」
存在が謎に包まれる魔鍵。
それが世界に姿を現した事によって既に世界は大きな改変を見せていた。
ガスタークもその異変に気づいている。
「それも気になるが、……最近になって妙にペテン師共のテロ活動が活発化してねぇか」
「あー……シアラの狂信者達の事かい? 確かに最近は頻繁に各地で騒ぎを起こしてるねぇ。相変わらず公平王が無視してるからシアラ自体は何のお咎めも無しみたいだけどねぇ」
「あぁ。……それに、はっきりしちゃいねぇがあの発明バカ共も何か裏でコソコソ実験してるらしいじゃねぇか。かと言うと不公平王んとこは魔鍵が泥棒王に渡ってから不気味すぎるぐらい何もねぇ……。全部あの泥棒王が魔鍵を盗んでからだ」
神妙な面持ちで語るガスタークの前にリライトが背後から周り込む。
そしてガスタークの頬を優しく手で触れ、告げる。
「確かに魔鍵の出現で世界は改変されてきてるのかもしれない。それでも、魔鍵は……楽園には、ガスターク、君みたいな奴が辿りつくべきだ。その為なら僕は何でもするし協力するよ……」
優しく微笑むリライトを、ガスタークは鼻で笑ってみせる。
「ハッ、何今更な事言ってんだぶっ殺すぞ。……泥棒王から魔鍵を奪って楽園に辿りつくのはこの王様だッ!!!!!」
世界最強の男が望む世界の改変。
それはリライトにとっても望むべき世界であり、多くの人々が望む世界。
暴君王、そう呼ばれるガスタークからはとても想像のできない世界の改変だった。
「ホント思うんだよねぇ~。……世界が君みたいな奴ばっかりだったらって。……僕や、僕と同じような奴らや、世界が悲しまなくなるのにな」
「ハッ、所詮は王様が抱く理想なんて幻想に過ぎねぇ。この王様の力を持ってしても世界は何ら変えられねぇ。……だからもう楽園の力で無理矢理にでも変えるしか方法はねぇんだ」
二人の理想の世界は子供の絵空事であり、とても実現不可能。
だからこそ魔鍵を欲する。
「で、僕が千里眼を使えないのにどうやってファウストを他の連中より先に見つけるのさ。闇の仲介屋ですらお手上げなんだろ?」
リライトの問いにガスタークは大きく微笑み、眼を光らせる。
「なぁに、見つけられないなら向こうから王様の元に向かわせるだけだ」
楽園の力を使わずとも改変されていく世界。
魔鍵の少女バッドエンドが自由を与えられ、泥棒王ファウストがアダムの血を盗むまでに起きていたそんな世界と断片の物語。
同時にそれ以前の世界で起きていた数多の物語がこれにて幕を閉じる。
これからは、世界の続きの続きの物語。
世界はどんどん改変を加速させていく事になる。
それも全ては、悲しき運命を辿った”彼”の望みが叶うように。




