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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
世界と断片《番外編》
39/46

世界と断片:魔鍵と日常Ⅱ

 ファウストに初めて選ばれた白と黒を基調としたノースリーブのドレス。

 それをとても嬉しそうな表情で着ているバッドエンド。

 二人はノイタール聖国の小さな村ティアラにあった若い女性向けの服屋を後にしていた。


「えへへ~」


 記憶の大半を失っているバッドエンドはこのティアラと呼ばれる村に訪れた事があると言った。

 それが何十年前なのか、何百年前なのかはわからない。

 それでも何かを思い出すきっかけになるかもしれない、そう思ったファウストはバッドエンドと共にこの村に訪れていたのだ。


「たかが服でそこまで喜ばなくても良いでしょうに……。とても似合ってますよ」


 すっかり機嫌が良くなったバッドエンドが後ろで手を組み、満面の笑みを浮かべてファウストの隣を歩いている。

 そんなバッドエンドの姿にファウストも内心は喜しかった。

 こうして誰かを喜ばした事があまりなく、感謝される事に慣れていない。

 とても気分が良い。


「ううん、とても嬉しいんだ! シルビアにも早く見せたいな~」


 自分の隣を歩くファウストに笑顔を振りまくバッドエンド。

 その姿はとても眩しく、服もそうだが笑顔がとてもよく似合っていた。


「ンフフ、そうですか。喜んで頂けたようで良かったです」


 バッドエンドが先程まで着ていたシルビアの服を紙製の袋に入れてそれを持つファウスト、そして幸せ一杯のバッドエンド。

 二人が適当にティアラを歩き続けていると、何やら人だかりができている場所に出た。


「あれ何だろ?」


「んー、ちょっと見てみましょうか」


「あいあいさ~」


 二人もその人だかりが気になり、中に入っていく。

 すると、その中央に一人の奇抜な格好をしたピエロの男の姿を確認した。

 ご丁寧に、落とすのに大変苦労しそうなピエロメイクをばっちり施している。


「さぁアア~、お次は何とォ~!? 瞬間移動を披露するよォッ!!」


 仰々しい仕草と大げさな口調で手品を披露するというピエロ。

 そのピエロにバッドエンドは興味深々だった。


「ね、ねぇ! 今、瞬間移動って言ったよあの人! 本当にできるのかな?」


 目を輝かせ、子供の様にファウストの服を掴むバッドエンド。

 

「ンー……、まぁ、お手並み拝見しましょうか」


 この手の手品はファウストにとって何ら興味を引かれるモノではなかった。

 ファウストが両眼に宿す魔眼、支配眼クロノスはその瞳に映る世界が全てコマ送りのようなスローモーションで見る事ができる。

 そのロースピードの世界でファウストだけはいつもの様に通常通り動くことができ、他者からすればファウストが認識できないハイスピードで動き、まるで消えてるかのように錯覚して見える。

 つまり大抵の手品は。支配眼クロノスによってそのネタを知る事ができ、鍛錬も積まずできてしまうのだ。


「わくわく」


 言葉に出してピエロの手品に期待するバッドエンド。

 それはとても微笑ましかった。

 ファウストはそんなバッドエンドを見て、たまには手品でもして喜ばせてやろうか等と考えていた。

 すると大げさな口調でピエロが観客達に向けて発言する。


「でェ~はァ~、どなたかこちらに出てきて貰いましょうかァ~!! 我こそはァ、そんな方はおりませんかァ~!? ぜひそんなァ、勇気ある方が挙手をォ~!!」


「!?」


 バッドエンドの身体が反応した。

 人だかりがざわめく中、それを見逃さなかったファウストが身体をうずかせるバッドエンドに優しく声をかける。


「ンフフ、行ってみたらどうです?」


 その言葉にバッドエンドが嬉しそうに反応する。


「え、良いのかなぁ~、へへ、どうしようかなぁ~」


「しかし、そこそこ手を挙げてる人がもう何人か居ますよ?」


 ファウストの言葉にバッドエンドが辺りを見渡す。

 すると人だかりの中、何人かの手を挙げている者を確認できた。


「!? はいッ! はいッ! ワタシやりたいッ!」


 元気良く手を挙げるバッドエンド。

 ファウストは子供の様なそんなバッドエンドに微笑む。


「おやおやァ~? 何と元気でお美しい方だァ~!? ではそこのお嬢さんに頼みましょうかァ~!! やはり私も綺麗な方とご一緒したいですからねェ~!?」


「はっは、素直な奴だ」「引っ込めエロピエロ~」「わ、わたしじゃ駄目だっての!?」「あはははは、自分が選ばれなかったかたって僻むなよ、頑張れよ二人共~」


「……」


 ピエロの発言に観客達から歓声に似たブーイングの嵐が飛んでくる。 

 それに対して仰々しく両手を振り、お辞儀を何度もしていくピエロ。

 バッドエンドは自分が選ばれた事と、今まで味わった事の無いこの空気が楽しくて仕方なかった。


「や、やった!! ワタシ選ばれたよ!? ちゃんと見……ど、どうしたのさ?」


 伝説の泥棒王ファウストがただのピエロ相手に凄まじい殺気を放っていた。


「……私のモノに色目を使うとは良い度胸をしてらっしゃる。少しでもおかしな真似をしてみなさい、その首、落としてあげますよ……ンフフ」


 歓声飛び交う中、ファウストの小さなその物騒な呟きはバッドエンドを除く誰一人として聞けはしなかった。

 初めて見せるファウストの嫉妬らしき発言に、バッドエンドはファウストの腕に抱きつき胸を押し当てる。


「うぉッ!?」


「えへへ、ワタシはファウストのモノだよ、安心しなって!! さぁ……ちゃんと見ててよ~!!」


「あ、は、はい」


 ファウストの腕に体温と胸の感触を残して、バッドエンドが気分良さそうに人だかりを抜けてピエロの元に向かっていく。


「……えへへ」


 大好きなファウストが自分に嫉妬してくれた、顔の緩みが止まらない。

 そして、何とかピエロの元に、観客が取り囲む中央にバッドエンドは到達した。


「こォれからァ~、奇妙な体験をして頂くこんのォ~、勇気あるお嬢さんにまず拍手をォ~!!!」


 ピエロの声と共にバッドエンドに拍手喝采が送られる。

 バッドエンドがそんな観客達に目をやると、ファウストも小さく手を叩き、バッドエンドにちゃんと眼をやっている。

 それに気づくとファウストに満面の笑みと両手を振る。

 

「ではァ~? お嬢さんッ!!! 何か手の平サイズの物はお持ちですかァ~!?」


「え?」


 バッドエンドはピエロの発言に目を丸くする。

 手の平サイズの物、そんな物は持ち合わせていなかったのだ。


「今回~!! 瞬間移動さッせるのは手の平サイズの物なんでェ~、何でも良いですよォ~!?」


 最初に言っておいて欲しかった。

 心の中でそう思ったバッドエンド。

 もしかすると何も持ってなければバッドエンドは下げられてしまうのか。

 せっかくの面白そうな体験が出来なくなってしまうと思うと非情に残念だ。

 諦めてファウストの元に帰ろう、そう考えていた時だった。


「あ、あれ?」


 いつの間にかバッドエンドの手には一枚の金貨が握り締められていた。

 先程までこんな物は持っていなかった。


「まさか……」


 バッドエンドが急いでファウストへと視線を向ける。

 すると、ファウストが優しい表情で微笑み返してきた。


「ファウスト……」 


 ピエロのいきなりの要求に応えれなかったバッドエンドの為に、ファウストは急いで支配眼クロノスを発動させて金貨を握らせたのだ。

 そんな大好きな主の名前を小さく呟き、その優しさに心が温かくなる。

 そして一枚の金貨をピエロに差し出す。


「あの、これで良いのかな?」


「おほォ~、金貨大好物ですゥ~!! ではではァ~!!!!」


 ピエロが優しくバッドエンドから金貨を受け取ると、それを人差し指と親指で掴み、それを観客達に見せ付けるように大きく手を挙げる。


「こんのォ~? お嬢さんから貰った金貨をォ~!? 何と瞬間移動させて消してしまいと思いますゥ~!!!」


「おい誰もやるとは言ってないだろー」「ちゃんと後で返せよ~」


 観客達の笑いがドッと溢れる。

 それにつられてバッドエンドも思わずピエロの冗談に笑ってしまう。

 ピエロも大きく困ったような表情を演技で浮かべる。


「ではァ~、本当に貰ってしまっては皆様の反感を買ってしまうのでェ~……まぁ、ちゃんと後で返すとしてェ~!!!」


 バッドエンドが前の方でで両手を握り、観客達が見守る中。

 ピエロの手品がついに始まる。


「ではでは皆様ァ~!! ご注目あれェ~!!!」


 ピエロは仰々しい動きをした後、金貨を握り、拳の中に隠す。

 これから起こる瞬間移動というものを見逃すまいと、バッドエンドもピエロの拳に集中し、誰よりも近くで注目している。

 観客達も静かにその瞬間を待つ。

 ただ、一人。

 ファウストは何故か怒り顕となり、今にもピエロを殺してしまいそうになっている。

 その凄まじい殺気に周囲の人々も気づき、只ならぬオーラを放つファウストから離れていく。

 バッドエンドは何も気づいていない。

 ただファウストのそんな様子に疑問を抱いていた。

 それでもピエロの手品は進行していく。

 

「さァ~!? この拳に握られた金貨がァ~!? お、おォ!? うぐッ!!!」


 ピエロの拳がバッドエンドの胸元に向けられた。

 すると、バッドエンドは自分の胸の違和感に気づく。


「え、え?」


 まさか。

 バッドエンドは自分の胸に手を当て動揺する。


「ふぅ~……瞬間移動は完了しましたァ!!!」

 馬鹿な、誰もがそう思っていた。

 しかし、バッドエンドは自分の胸の違和感に気づき、どんどん表情が強張っていく。

 そんなバッドエンドの様子に、観客達がどよめきだす。


「お嬢さんッ!! その美味しそうなお胸に何か違和感が~ッ!?」


 観客達がバッドエンドに注目している。

 そのピエロの大げさな口調にバッドエンドは頷く。


「え、と……何か、胸の谷間にあるみたいなんだけど……」


 その言葉にピエロは慌てふためく演技をする。


「そ、それは大変だァ!? おや? おやおやァ!!?」


 ピエロは握っていた拳を広げ、この場にいる全員に手を広げ見せ付ける。

 先程まで確かに握られていた金貨が、消えていた。


「そ、そんないつの間にッ!!?」


「おいおい本当に消えたぞ……」「ど、どこに消えたんだ!?」「すげぇ……」


「クッ!!」


 バッドエンドは自分の胸の谷間にある違和感を察した。

 その様子にピエロが満足気な表情で、大きな声でバッドエンドに告げる。


「お嬢さん~ッ!! 大変失礼なんですがァ~、”その違和感”を取り出してくれますかァ~!? いえ、ホント、いやらしい事は何にも考えておりません~ッ!!!」


 ピエロの指示通りバッドエンドは恥ずかし気もなく、自分の胸の谷間に手を入れてみる。

 その姿に、観客の男性陣達は大盛り上がりとなる。

 しかし、ファウストの殺気がすぐにそれらを黙らせてしまう。


「え!?」

 

 自分の胸の谷間に手を入れたバッドエンド。

 すると、すぐその違和感を掴み取った。


「ではではァ~!! ……お嬢さん、それを皆様に見えるようにしてもらえますか?」


「う、うん」


 恐る恐るバッドエンドはそれを掴み、手を挙げた。

 そこには、確かにピエロが握り締めていた金貨があった。


「うぉおお」「何で? ずっと持ってたはずじゃ……?」「凄いぞピエロー!!」「お嬢ちゃんも最後に良いモン見せてくれてありがとう!!!!」


「金貨の瞬間移動ッ!!! お楽しみ頂けたでしょうかァ~!!? それではこのお嬢さんにも拍手をお願いしますゥ~!!!!!」


 未だポカーンとしているバッドエンドに次々と拍手が鳴り響く。

 すると我に返り、拍手に対して礼儀正しく深々とお辞儀する。


「ど、どうもありがとう!!」


「で~はァ~、お戻りください~!! 本当にありがとうございましたァ~!!!」


 ピエロに誘導され、人だかりの中へと戻っていくバッドエンド。

 観客達がバッドエンドを拍手で見送っていく。

 バッドエンドはこの不思議な体験に満足したように笑顔を浮かべている。

 少し驚いたが、今までこんな体験をした記憶がないバッドエンドは楽しかった。

 そして早くこの楽しみをファウストと共有したかった。

 急いでファウストの元に戻ると、怒り顕なファウストがそこに居た。


「ど、どうしたんだよ?」


 凄まじい殺気を放っている。

 何故こうもファウストが怒っているのかバッドエンドにはわからない。


「……フゥ、無事あのピエロを殺さず我慢した自分を褒めてやりたいですねぇ」

 

 ファウストはあの手品のネタを把握していた。

 まず最初にあのピエロは最初から金貨を用意していた。

 大抵さっきの様に、何か手の平に収まるサイズの物を手品の最中にいきなり要求されれば咄嗟に金貨を取り出す事が多い。

 それ以外の物もある程度は用意していたはず。

 そして、バッドエンドから金貨を受け取ると、わざと仰々しい動きで金貨を握り締めた拳に観客達の注目を集める。

 その間に、予め用意していた金貨を素早く取り出し、バッドエンドの胸の谷間にそれを入れた。

 バッドエンドも、改めて初めて見る手品に興味が引かれ、集中していた為それに気づいていなかった。

 だが、それをハッキリと目撃していたファウストはバッドエンドの胸に少し触れたピエロに殺意を隠せなかったのだ。

 そして今度はバッドエンドの胸に注目させ、拳の中にある金貨を素早く隠したのだった。

 ここまで観客とバッドエンドを見事に騙したピエロにファウストは賞賛を送らないでもなかった。

 しかし、バッドエンドの胸に少しとはいえ触れた事は万死に値する。


「そんな事言っちゃ駄目だよ、せっかく楽しませてくれたのに~」


 そう言って再びファウストの腕に抱きつき胸を押し付けるバッドエンド。

 本当に楽しそうな表情だった。


「うッ」


 ファウストは胸の感触に戸惑う。

 そしてそんなバッドエンドの笑顔に煮え切らないまま答える。


「わ、わかりましたよ、今回だけは見逃してやります……」


 手品に驚き、楽しむバッドエンドにとてもネタ明かし等できないファウスト。

 だからこの怒りの理由も伝えられないので心の中にソッと仕舞う事にする。


「あはは、大好きだよッ」


 バッドエンドの心からくる言葉にファウストも満更ではなく、機嫌が良くなる。

 こうしてファウストとバッドエンドの思い出がまた一つできていく。

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