世界と断片:酒場と日常
いつもの酒場。
そこにファウスト、バッドエンド、シルビア、リアの四人が居た。
千里眼を持つアイズの襲撃から数日経った頃の話。
現在、男VS女の激しい言い争いが起きていた。
「だぁから男は中身で勝負だって言ってんスよ!! 何でわかんないんスかねぇッ!?」
「そうですとも!! 今回ばかりはリアの言う通りですッ!!」
店の奥にある横長の団体客用のソファーにファウストとリアが腰かけ、喚いている。
それをカウンターの奥に座るシルビアが冷ややかな表情で呆れ返っている。
バッドエンドはシルビアに用意された可愛らしいマグカップに入ったミルクをカウンター席で飲んでいる。
「見た目が悪い男程、中身で勝負だ何だと言うが大抵その中身すら伴っていないものだ。なぁ、バッドエンド」
「あはは……ど、どうなんだろ」
シルビアの同意を求める強烈な言葉にバッドエンドは半笑いを浮かべる事しかできない。
「ンフフ、無駄ですよ。バッドエンドは私達の味方です、そうですよねぇ?」
確かにバッドエンドはファウストが大好きだ。
何があろうと味方になりたいと思っている、が。
今回ばかりは違う。
「ん~……でも」
「良いか? よく考えろバッドエンド。……お前が”ファウストの為”にと想うならここでハッキリさせないと駄目なんだぞ? ……見てみろあの二人の見た目、酷いと思わないか?」
何日も寝ていないかのような深いクマが特徴的な黒髪短髪のファウスト。
しわくちゃの白いカッターシャツの袖を捲り、黒のズボンに黒の革靴。
幼さを残している顔に、茶髪のオールバック、胡散臭いサングラスをかけているリア。
服装に関してはチンピラそのもの。
バッドエンドがそんな二人を見つめて深く唸っている。
「う~ん……」
「うわぁ、姉御ってばせこいッスねぇ。そうやって自分のぶげへぁッ!!!」
リアの言葉を遮る為に、分厚い本が顔面にシルビアによって物凄い勢いでぶつけられた。
ファウストは素早く動き、そんなリアの身体を必死に起こしにいき、シルビアを睨む。
「だ、大丈夫ですか!? 傷はまだ浅い!! 気をしっかり持つんです!! ……クッ、私達は貴女の暴力には決して屈しないぶげへぁッ!!!」
第二投目がファウストの顔面に飛んできた。
「ファ、ファウストッ!? やめてよシルビア!! ファウストが可哀想じゃないかッ!!」
ファウストとリアが身体を痙攣させ、その場で静かに倒れこんでいる。
そして、ファウストへの暴力に関してのみ物申すバッドエンドにシルビアは優しい微笑みと共に告げた。
「安心しろ。お前がファウストを想っている様に……あたしも、あんな見た目のファウストが心配なんだ。だから……うッ、本当はこんな事したくないが、わかってもらうにはこうするしか無いんだ……うッ、ううッ」
シルビアの見せる涙。
全てはファウストを想っての行為。
それを理解したバッドエンドがシルビアに声をかける。
「ごめんね……全部シルビアの優しさだったんだね」
「き、気に……するな、うッ、嫌われるのは慣れて、る……ううッ」
「そんな……わ、ワタシはシルビアも好きだよ!」
「……ば、バッドエンドッ」
シルビアがバッドエンドの柔らかい身体をカウンター越しに抱きしめる。
ようやく身体を起こしたファウストとリアは、そんな光景を眼にして改めてシルビアに恐怖していた。
アンタそんなキャラじゃないじゃん。
二人はそう思っていた。
こうして平気で女の武器である涙を、出し惜しみ無く演技の為に使うシルビアの姿にまず最初にリアが口を開いた。
「バッドエンド!! 簡単に騙されちゃいけないッスよ!! 姉御はこれっぽっちもそんな事思ってないッス!!」
ファウストもリアを援護する様に口を開く。
「そうです!! その血と涙は全部嘘です!! 私がそれに何度騙されてきた事か……ッ!!」
二人の男の言葉が聞こえると、シルビアから大量の涙と嗚咽が出てくる。
「うッ、うッ、ぐッ……」
「……シルビア。……ッ!!」
目の前で自分に抱きつきながら泣くシルビアの姿。
バッドエンドはファウストとリアの二人を力強く睨みつける。
「リアはともかく、ファウストまで……最低だぜ。……ワタシはシルビアの味方だからもう泣かないでよ。せっかく綺麗な顔してるのに台無しだぜ?」
「ありが、とう、バッドエンド……」
「え……?」
最低。
ファウストが世界から言われ続けてきたその言葉。
今更なんでも無い。
しかし、こうしてバッドエンドに言われるのは別だ。
ファウストの脳裏に最低という言葉がこだましていく。
「ば、バッドエンド……いや、違、あの、わ、私が悪かったです、じ、冗談ですよ、ン、ンフフ」
「ちょっと待つッス!!! 俺はともかくって何スか!? とりあえず兄貴も簡単に動揺してんじゃねぇッスよ!! 真の男は時に譲れないモノがあるんスよ!?」
全ての事の発端。
それは先日、リアが苦い体験をしたという会話からだった。
もう一度、リアはその苦い体験を告白する。
これより先から、リア本人の口から語られる少し脚色された会話が始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リアは一人で、ノイタール聖国の中央街にある行きつけのバーに訪れていた。
そこはシルビアの酒場より大きかったが、店の規模は小さかった。
しかし、それでも毎晩このバーには多くの男性客が押し寄せていた。
全てはこのバーの看板娘であり、美しい踊り子が目当てだった。
今日もリアは渋いその面立ち、世の女性が思わず惚れてしまう風貌で、カウンター席で優雅に酒を飲み日々の疲れを癒していた。
そして、特に気にも留めていなかったマリアと呼ばれる踊り子と一瞬、眼が合ってしまう。
だが、リアはマリアに何ら興味もなかった。
すぐに美味い酒を飲み続ける。
グラスの中に入っている氷に映る自分の姿。
男らしい茶髪のオールバック、センスの良いサングラス。
見知らぬ女性が自分に惚れてしまうのも無理はなかった。
すると、ステージを終えたマリアが自分に近づいてきた。
「うふふ、いつも来てくれてますよね?」
どうやら毎回ここに訪れるリアを意識していたようだ。
明らかにリアに対して色目を使っているマリア。
しかし、男の中の男であるリアの前ではその色仕掛けは通用しない。
「……マスター、この美しい女性にこの店で一番高価なモノをくれてやってくれ」
「畏まりましたリア様、いつもありがとうございます」
店主がリアの一声で酒の準備を始める。
「え!? 良いんですかッ!!?」
他の客とは違う、リアの器の大きさに驚きを隠せないでいるマリア。
そんなマリアを特に気にかける様子を見せず酒を飲むリア。
「フン……たまには誰かと酒を飲むのも悪くねぇ。ただそう思っただけだ、気にするな」
「リア様……」
マリアは完全にリアに惚れていた。
あまりにも男らしいその中身に。
マリアによる一方的な会話、リアはそれに対して適当に頷くだけだった。
それでもマリアは嬉しそうに会話を弾ませていた。
しかし、最後のマリアは流石のリアも衝撃的だった。
「ごめんなさい。私、ダサイ人嫌いなの」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「外見で男を評価する女は全員死んでしまえええええええええええ」
一同はリアから語られたその会話に改めてもう一度黙り込んでしまう。
つまり、リアの外見が良くなかった為にマリアと呼ばれる女性にリアがフラれたという話しだった。
「脚色しすぎだ馬鹿。何が男らしい茶髪のオールバックにセンスの良いサングラスだ。子供が大人に憧れて真似したような髪形にダッサイサングラスの間違いだろうが。最後の言葉とか違和感しかなかったぞ」
「しかも……全然いつもと口調違うし……」
「ンフフ、どこまでが本当なんです? 今になって私も馬鹿らしくなってきたんですが……」
すっかり嘘泣きを止めたシルビアを筆頭に、口々にリアのエピソードについて不平不満が告げられる。
味方であるはずのファウストですらようやく正気に戻り、疑問を抱く始末。
「あ、兄貴ッ!! 兄貴はわかってくれたじゃねぇッスか!! ……ッ、こ、この際、俺の失恋話なんてどうでも良いんスよッ!!!」
「……ん? プッ、お、お前……し、失恋したのか? プフッ」
「何々? シツレンって何?」
「あれま……。バッドエンド、後で教えてあげますよ。……それよりリア。ちゃんと真実を話してもらわないと私も擁護しきれなくなってきましたよ」
ここぞとばかりに、シルビアがカウンターから勢いよく離れてファウストとリアの元へとやって来る。
二人はこれ以上、一体何をされるのかと怯えていると、ファウストだけは安堵の溜息をつく。
シルビアによってリアが首を絞められ、そのまま持ち上げられた。
毎度の事ながらどこにそんな力があるのかとファウストは呆れてしまう。
「さぁ、吐け。面白そうだ。本当の事を話せば男は中身だと前言撤回して認めてやらなくはないぞ。というか言え、命令だ」
「ぐふぁッ、わ、わがっだズがら、お、おどじ、で……」
シルビアはニヤリと笑いリアをその場に下ろしてやる。
土下座するような体勢で咳き込み、リアが息を整える。
真実はこうだ。
これより先から、リア本人の口から語られる一切の脚色がされていない会話が始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リアはその日、シルビアに怒られて気分が沈んでいた。
何とか元気を取り戻そうと一人で、ノイタール聖国の中央街にある行きつけのバーに訪れていた。
シルビアに怒られた日はよくこうして訪れていたのだ。
そこはシルビアの酒場より大きかったが、店の規模は小さかった。
しかし、それでも毎晩このバーには多くの男性客が押し寄せていた。
全てはこのバーの看板娘であり、美しい踊り子が目当てだった。
今日もリアは情けない表情を浮かべ、チンピラのような万人受けしない風貌で、カウンター席で元気なく安い酒を飲んでは溜息を吐いていた。
そして、夢中になっているマリアと呼ばれる踊り子と一瞬、眼が合ってしまう。
マリアは嫌悪感丸出しだったが、当のリアは舞い上がっていた。
落ち着くために不味い酒を飲み続ける。
グラスの中に入っている氷に映る自分の姿。
茶髪のオールバック、胡散臭いサングラス。
思わず溜息が出てしまう、とても女性受けが良いとはリアも思えなかった。
それでも、ステージを終えたマリアに、リアは押し寄せる客を潜り抜け自ら近づく。
「あ、あの、いつも来てるんスけど覚えてくれてるッスかね?」
毎回ここに訪れる度に、リアはマリアを意識していた。
明らかにリアに対して嫌悪感を示すマリア。
他の客から罵声や暴力を振るわれながら、何とかそんなマリアをカウンターに無理矢理連れていく事に成功したリア。
「……ま、マスター、この美しい女性に、ハァ、ハァ、この店で一番高価なモノをお願いするッス!!!」
「その前にツケをとっとと払え。いい加減にしねぇと国に突き出すぞ」
店主がリアの一声を無視して背を向ける。
「私も別に今、飲みたくないし……」
他の客と違い、リアの持ち金の無さに驚きを隠せないでいるマリア。
そんなマリアを何とか引きとめようと模索し、あろう事か自分の飲みかけの酒を渡すリア。
「あ、あの……い、意外とこれイケるッスよ? よ、よ、良かったら一緒に飲まないッスか!?」
「は……?」
マリアは完全にリアなど眼中になかった。
あまりにも男らしくないその中身に。
リアによる一方的な会話、マリアはそれに対して完全に無視を決め込む。
それでもリアは嬉しそうに会話を弾ませていた。
しかし、最後にはマリアの口から当然のようにその言葉が放たれる。
「ごめんなさい。私、ダサイ人嫌いなの」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「結局、女は見た目で男を選んでるんスよおおおおおおおおおおおお」
一同はリアから語られたその真実に開いた口が塞がらなかった。
先程の話しとまったく違う内容。
つまり、単純にリアの外見と中身が伴っていなかっただけの話しだった。
「ファウスト……何か飲むか」
「……あ、ではいつものブラックコーヒーでお願いします」
シルビアとファウストが静かにカウンターへと戻っていく。
「ち、ちょ、あ、兄貴ッ!? 裏切るんスか!? ってか、姉御も男は中身だって前言撤回してくれるんじゃなかったんスか!?」
一人残される孤独なリア。
しかし、そこに天使が現れる。
カウンター席からわざわざリアを心配してバッドエンドがやってきたのだ。
「ば、バッドエンド……」
「結局、リアは見た目も中身もダメダメなんだよ」
天使の笑顔はリアの心を容赦なく粉々にしていった。
その日から暫く、リアはやさぐれていたという。
それはまた別の断片の物語。




