世界と断片:右腕と日常
表と裏の両方の世界から絶大な信頼を誇る闇の仲介屋、シルビア。
そんな彼女にはただ一人、弟子が存在する。
名はリア=ルービック。
同じ魔眼でありながら魔眼殺しとも呼ばれる神殺眼をその両眼に秘めている。
中々、表に出てこない闇の仲介屋であるシルビアの代わりに、リアが依頼の受け取りから雑務を全て一人でこなしているのだ。
こうした事から闇の仲介屋の右腕とも自称していた。
「……ようやく見つけたぞ、ルービック。貴様……何をしている」
漆黒の上下のスーツと靴。
清潔感漂う黒髪の七三に分けた男性。
全身黒ずくめのこの男性は、ノイタール聖国の公平王、ノア=エーデンの側近。
この国と王に忠誠を誓っている。
そんな男性がリアの前に現れた。
つまり、闇の仲介屋の力が必要なのだ。
「へッ、アンタッスか。……見てわかんないんスか? 残飯漁ってんスよ」
中央街の市場を少し離れたゴミ収集所。
これからこの国の最底辺、ダンプラーへと廃棄される予定のゴミの山。
その中から、何とか食べれそうな物を探すリアの姿に男性は驚きを隠せないでいた。
「……いや、貴様程の男が何故そのような行為に及んでいるのかと質問したのだが」
茶髪のオールバックに、胡散臭いサングラス。
カジュアラルなシャツにズボン。
一見、その姿はチンピラそのもの。
しかしこのリアは、仮にも裏の世界でトップクラスに君臨する闇の仲介屋の一番弟子。
そんな彼がどうしてこの様な状況になっているのか男性は疑問を抱いていた。
「おぉ、こいつは豚肉ッスね!! ……おえッ、げほっ、げほッ、く、腐ってやがるッ!?」
ゴミの山から豚肉の残骸を見つけ、迷わずそれを口にするリア。
しかし、それはこの場所に捨てられてから大分経っており変色を始めていた。
すぐにそれを口から吐き捨てて男性の質問に答える。
「ぺッ、ペッ、……俺程の男、ッスか。姉御も俺をそう評価してくれればこうやって残飯を漁らないで済むんスかね」
ファウストが魔鍵の盗みを成功してからというもの、いや違う。
正確にはファウストがジルを殺害してからというもの、シルビアの機嫌は最高潮に悪かった。
リアも原因はわかっていた。
あの三人は裏の世界に生きる者達には珍しく、ただの関係ではなかった。
そんなジルがこの世界から消えたのだ。
その心中をリアもわかっている、だからこうして自分の財産を全て取り押さえられ、残飯を食って生きる事を強要されようが、無意味に暴力を振られようが、無視されようが、自分のマイカップを隠されようが、女性用の下着を着用するように命じられようが、何ともなかった。
「ま、姉御の悲しみに比べりゃこんなもん平気ッスよ!! そうだ。俺、最近ブラに拘ってんスけど見てもらって良いッスか?」
シルビアの命令を素直に聞き入れ、真面目にブラジャーを着用しているリアが自身の着ているシャツをはだけさせ、それを見せようとする。
だが、男性はそれをあっさりと拒否する。
「闇の仲介屋が今どうなっているのかは知らんが、貴様……いつからそんな趣味に走った。おぞましいモノを見せるな。逮捕するぞ」
「へいへい、相変わらずバルゼットさんはお堅いッスねぇ」
バルゼット=ジアーロン。
それが公平王の右腕と呼ばれるこの男性の名前。
「それに俺を逮捕なんてしちまったら姉御が黙っちゃいないッスよ?」
「……」
しかし、リアとバルゼットは考える。
果たしてあのシルビアがリアが逮捕されたからといって動くだろうか。
否。
恐らく動かない。
リアは涙目になりながら、その場にゆっくりと正座する。
そして両手を強く握り、懇願する。
「た、逮捕だけは勘弁してくださいッス!! どうかこの通り!! これはあくまで姉御の命令で着けてるだけなんス!! 断じて俺の趣味じゃないッス!!!」
ゴミ山で必死に赦しを乞うリアの姿にバルゼットも哀れみを感じてしまう。
「……ごほんッ。 貴様を逮捕してしまうと闇の仲介屋に依頼できなくなってしまう。……見逃してやるから二度と私の前で馬鹿な真似はよせ」
「ば、バルゼットさん」
その赦しに、リアは涙ながらパァッと表情を輝かる。
そして、バルゼットに飛び込み抱きつく。
が、華麗に避けられてしまう。
ゴミ山の中に突っ込んでしまったリアのせいでゴミ山が崩れ、リアがゴミの生き埋めになってしまう。
「そのまま廃棄されてしまえ。あと、ジアーロンと呼べと何度言えばわかる」
どことなくリアへの扱いがシルビアに似ている。
しかし、リアはこの程度ではビクともしない。
頑丈な心と身体をシルビアによって養われているのだ。
すぐに生き埋め状態から脱出してみせる。
「ぷはッ、ふぅ、危なかったッス」
「うッ!? ……そ、そう見えんが」
身体全体に廃品を纏わせて、悪臭を漂わせるリアに鼻をつまむバルゼット。
その精神とタフさにはバルゼットも呆れてしまう。
「と、とにかくだ。闇の仲介屋に依頼を頼みたい」
ようやく本題へと進める。
わざわざ公平王の右腕がこの様な場所にリアを訪ねてきたのだ。
リアもそれはわかっている。
だが、一つだけ。
シルビア直々から、とある依頼に関してはあまり受けるなと言われている。
それは泥棒王と魔鍵に関する依頼。
とはいえ、既にいくつものそれに関する依頼をシルビアは受けている。
しかしそれは、あくまで闇の仲介屋が泥棒王と繋がっている事を隠す為だ。
リア持ってくる依頼の中でも、シルビアが特に当たり障りの無い依頼を見極めているので繋がりが公になる事はない。
今までの盗みの依頼をファウストに任せる時は、自分達の繋がりを知られても問題ない人物からしか受けていないので問題無かった。
しかし、このバルゼットは違う。
「悪いんスけど……せっかく築き上げてきた信頼を姉御は傷つけたくないんスよ。あの伝説の泥棒王と魔鍵の捕獲の依頼なら断るよう言われてるんスよ。これに関しては姉御も絶対を確信できないみたいッスからね」
このノイタール聖国だけではない。
他の国からも泥棒王と魔鍵に関する依頼が舞い込んでいた。
流石に四大国家からの依頼を受けてしまうとシルビアも庇いきれない。
なので国が絡むその依頼だけは何度も断ってきた。
「確かに、あの泥棒と魔鍵に関する依頼は何度も闇の仲介屋に断られてきた……だが、今回は――――」
すると、何者かの気配にリアとバルゼットが気づく。
「……さて。私と貴様、どちらの客だと思う」
「うーん」
二人の前に刃物を持って現れた男。
只ならぬ気配、狂気を感じる。
長く伸びた黒ずんだ汚い金髪。
あまりに長く伸びすぎた髪によって顔がよく確認できない。
だが、ボロボロの死刑囚の服に包まれたこの男の風貌と気配に、リアとバルゼットは心当たりがあった。
「……どうやら貴様の客みたいだな」
「そッスねぇ」
この男は先日、バルゼットがシルビアに依頼した事によって逮捕された連続殺人犯だった。
ダンプラーの住人であるこの男は、その鬱憤を晴らすべく表に出て、何度も殺人を犯していたのだ。
兵も総力を挙げて捜索していたが、何故かそれを掻い潜り上手くその姿を眩ませ殺人を繰り返すこの男に、ノアは困っていた。
世界一、治安が良いとされるこの国でこうも頻繁に罪を犯されては示しがつかない。
……私の国には必要ありません、処分しましょう。
その、ノアの一言によってバルゼットはシルビアへの依頼へと踏み込んだ。
「フー……フー……リア……ルービック……」
バルゼットから受けたノアの依頼はリアに任された。
シルビア曰く、あのノイタールの兵が総力をあげてこの国に潜むその男を発見できないのは魔眼が絡んでいる恐れがあると睨んだのだ。
記憶眼と、特に千里眼を警戒して神殺眼を持つリアにこの男の捕獲を命じた。
その結果、今まで何度も兵達の目を掻い潜りその姿を眩ませていたこの男はリアに呆気なく捕まってしまった。
疑問が残る中、この男は何かに怯えるように頑なにその口を決して割らなかった。
そして、こうして自分を捕まえたリアの前に再び現れたのは完全な逆恨みである。
しかし闇の仲介屋の弟子であるリアにとってこの様な事態は日常茶飯事だった。
「うわぁ……目が逝っちまってるッスよ。つか、死刑囚を脱獄させるなんてノイタールは何やってんスか」
「……」
そう。
この男は特別何かに長けているわけでも、魔眼を持っているわけでもない。
そんな男がどのような手段で脱獄したのか謎。
「……リア、ルービックッ!!!!!!!!!!」
だが、考える余地も今はないようだ。
刃物を持ってリア目掛けて突っ走ってくる男。
「ッチ、アンタも懲りないッスねぇ!!」
リアが拳を握り、迎撃体勢を取り始めた。
しかし、そんなリアの前にバルゼットの腕が現れそれを制止する。
「……やれやれ、すまんな。私がすぐに終わらせる」
バルゼットの両眼から、神々しい光が発せられる。
そして、バルゼットの身体をその光が覆い包みこむ。
「ガハッ、グッ、ゲホッ、」
決着はすぐ着いた。
バルゼットの両眼から放たれた神々しい光。
その神を思わせ俊敏性と力。
リアと同じ、いや。
完全な神殺眼の力を用い、男を瞬時に押さえ込んだ。
神殺眼を完全に扱うバルゼットは、常人であれば命を落としてしまう程の力を完璧に調整しこの男の命を生かしたまま捕らえる事に成功した。
公平王、ノアエーデンの右腕であるバルゼット=ジアーロン。
通称、王の盾。
ノイタール聖国に、ノアに忠誠を誓う唯一の魔眼を持つ者。
その実力は王の盾に相応しく、何人たりとも寄せ付けない圧倒的なものだった。
「おぉ。流石ッスね」
バルゼットは神殺眼を使ったにも関わらず、力を上手く調整して自身への負荷を和らげたのでまったく息を荒げていない。
「ググ、クッ……!!」
バルゼットは完全に男の身柄を確保した状態でリアに告げる。
「すまなかったな。どうやらこちらの不手際で貴様に迷惑をかけた。……依頼の詳しい話はこいつを連行してからにしよう」
そう言ってバルゼットが男を引き連れ、一旦このゴミ収集所を去ろうとした。
するとリアの腹の音が物凄い音を鳴らす。
ここ数日、ロクな物を食べていなかったのだ。
そろそろこの生活にも限界を感じていた時にこうしてバルゼットから依頼がきた。
これをきっかけにしてシルビアから何とか財産を返して貰える様にもう一度、許しを得ようと考えたリア。
「ちなみにどんな依頼なんスか?」
悪臭漂うこの場から早々と去ろうとするバルゼットがリアに短く答えた。
「今度は女性の眼ばかり狙うという連続殺人犯の確保だ」
この世界の断片の物語は、後にファウストの支配眼が暴走する引き金となる千里眼を持つ不気味な男、アイズと接触する前の世界の記憶。




